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第94話再び森へ06

翌日。

朝からほんの少し事務仕事を片付けつつも冒険の準備を進めていく。

ミーニャには食料や備品の調達を主にやってもらい、私は装備の点検を進めていった。

(こうして準備をしていると緊張感が増してくるな…)

と苦笑いしつつも淡々と準備を進めていく。

そして、あらかた準備を整え終えた頃、気が付けば空はオレンジ色に染まっていた。


いつものように食堂に下りていく。

自分の席に着いて食事を待っていると、父から、

「準備はどうだ?」

と珍しく心配するような声を掛けられた。

「大丈夫ですよ」

と苦笑いしつつ答える。

すると父も、少し苦笑いをして、

「歳かのう。どうも心配になってしまってなぁ」

と言い軽く肩をすくめて見せた。

「いえ。ありがとうございます」

と礼を言って、とりあえずお茶を飲む。

そんな私に今度はエリーが、

「あ、あの…」

と遠慮がちに声を掛けてきた。

「ん?」

と軽く聞き返す。

するとエリーはなんとなく気まずそうに、

「大変なお仕事なのですか?」

と、やや上目遣いでそう聞いてきた。

「うーん…。いつもよりちょっと長く森に入ることになるが、心配ないぞ」

と、あえて笑顔でそう答える。

しかし、エリーはまだ心配そうな顔で、

「…そうですか」

と答え、少し顔を伏せた。

「なに。私が付いておるんじゃ。心配はいらんぞ」

とベル先生が明るくそう付け加えてくれる。

その言葉にエリーはなんとか顔を上げて、

「ええ。そうですわね」

と笑顔を作ってくれた。

「心配をかけてすまんな」

と私が軽く謝ると、エリーはまた遠慮がちに、

「いえ…」

と言って顔を伏せる。

私はそのことを申し訳なく思いつつも、

「帰ってきたらきっと大宴会になる。その時は手伝いを頼んでもいいか?」

と、あえて冗談めかしてそう言ってエリーに、やや苦笑い気味ながらも微笑んでみせた。

ベル先生も続いて、

「お。それはよいのう。そうじゃな。帰ってきたら盛大にやろう!」

と言って笑顔を見せる。

すると、そんな私たちの態度に安心してくれたのか、エリーは、

「かしこまりました。存分にお手伝いさせていただきますね」

と少し困ったような感じながらも微笑んでそう言ってくれた。


いつものように食事が始まり、楽しく進んでいく。

そして、いつものように食後のお茶を終えると、みんないつものようにそれぞれの部屋に戻っていった。

私も自室に戻り、先に眠ってしまったコユキを微笑ましく見つめつつ、簡単に今日の出来事を書き付ける。

書き物は簡単に終わりふと窓の外を見ると、離れに灯りが灯っているのが見えた。

(余計な心配をかけてしまったな…)

と反省しつつその灯りを眺める。

そして、

(なんとしても無事に帰ってこなければ…)

と気を引き締めつつも、

(帰って来た時の宴会はかなり盛大なものになりそうだな…)

と思って軽く苦笑いを浮かべた。


手早く寝る支度を整えてベッドに入る。

私が布団をめくるとコユキが、

「きゃふぅ…」

と鳴いてもぞもぞと動いた。

そんなコユキをあやすように軽く撫で静かに横になる。

(…コカトリスか…)

と思うと妙な緊張感が胸の奥底から湧き上がってくるのを感じた。

(おいおい。今から緊張してどうする。みんなついてるじゃないか)

と心の中で苦笑いしつつ、軽く深呼吸をする。

それで少しは緊張がほぐれたのか、自然と浅い眠気が襲ってきた。

(何事もやってみなくちゃわからんもんさ)

とある意味割り切って目を閉じる。

そして、意外と落ち着いている自分を、

(ずいぶん辺境に慣れてきたもんだな…)

とおかしく思いつつ、私はいつものように眠りの世界へと落ちていった。


翌朝。

いつもと変わらず早朝に目を覚ます。

ベッドから出て軽く体を動かしてみたが、特にいつもと変わったところは無いように思えた。

(よし。しっかり眠れたな)

と安心しつつ、身支度を整える。

防具をつけ、刀を差して食堂に下りていくと、そこには珍しくエリーの姿があった。


「あの。時間が無かったので、小さいものですが、おまじないだと思って持って行ってくださいまし」

と言って私に小さな刺繍の入った守り袋を手渡してくるエリーに、

「ありがとう」

と言ってそれを受け取る。

よく見ると、その守り袋の刺繍はコユキの姿を模したものらしかった。

「良く出来てるな」

と言って微笑みつつエリーを見る。

すると、エリーは少し照れたような感じで、やや下を向き、

「男の人が持つには少し可愛らし過ぎましたでしょうか…」

と遠慮がちにそう言ってきた。

「いや。いかにも我が家らしくていいと思うぞ」

と苦笑い半分の微笑みを返す。

そんな私にエリーも、

「お出かけになってる間にもっといい物を作っておきますね」

と微笑みながらそう言ってくれた。


さっそくその可愛らしい守り袋を剣帯の邪魔にならないところに付けて朝食の席に着く。

その日の朝食はサンドイッチだった。

きっと、手早く食べられるようにと考え作ってくれたのだろう。

「お昼の分もたっぷり作りましたから、みなさんで食べてくださいましね」

とエリーが言ってくれたので、きっとこのサンドイッチもエリーが作ってくれたのだろう。

「ああ。ありがとう」

と礼を言って卵サンドを頬張る。

その卵サンドはマヨネーズの味がややすっきりとしていて、危うく食べ過ぎてしまいそうになるほど美味しかった。


手早く朝食を終えて玄関に向かう。

玄関先に着き、父に、

「少し長くなりますが、よろしくお願いします」

と言って軽く頭を下げると、みんなにも、

「なるべく早く帰って来る。留守は頼んだぞ」

と声を掛け、私はライカに跨った。


ミーニャとベル先生もそれぞれの馬に跨った所でさっそく出発する。

私たちはまずジェイさんたちや「旋風」の3人と落ち合うべく彼らの住む長屋へと向かった。

やがて長屋の入り口辺りで待ってくれていたみんなと落ち合う。

「おはよう。よろしく頼む」

と言葉を掛けると、

「おう。よろしくな」

というジェイさんの明るい声が返って来た。

アインさん、ノバエフさん、「旋風」の3人ともそれぞれに挨拶を交わす。

どうやらみんな気合は入っているが、それほど緊張はしていないようだ。

そんな様子を頼もしく思いつつ私は、

「じゃぁ、さっそくいこうか」

とみんなに声を掛けて、ライカに前進の合図を出した。


早朝から仕事に励む村人たちに時折手を振りつつ、いつものように森に向かう。

その道すがら、

「わりと落ち着いてるみてぇだな」

とジェイさんからややからかうような感じで声を掛けられた。

その問いかけに私はなんとなく苦笑いを浮かべつつ、

「ははは。みんながいると思うとなぜだか妙に落ち着いてな」

と自分が思っていることを正直に答える。

すると、ジェイさんは豪快に笑って、

「はっはっは。そう言われるとなんだか照れちまうな」

と言い、続いてその横からアインさんも、

「ええ。たしかに。ルーカスの旦那にそう言われたんじゃ気合いれねぇわけにはいかねぇってもんでさぁ」

と言ってこちらも「はっはっは」と豪快に笑った。

「おいおい。なんとも気楽なもんじゃのう」

と言いつつベル先生もどこか楽しそうな顔をしている。

そして、ミーニャはなぜか胸を張って、

「大丈夫です。ルーク様は選ばれたお方ですから!」

と自信たっぷりにそう言った。

そんなミーニャの言葉に、

「おいおい。私はそこいら辺にいるただの人間だぞ」

と苦笑いしながら返す。

すると、ベル先生が笑って、

「ふっ。そこいら辺の人間にフェンリルは懐かんわい」

と、さもおかしそうにそう言った。

「きゃん!」

と私の胸元で嬉しそうにコユキが鳴く。

私はなんだか照れてしまって、

「ははは。そうか、そうか」

と言いつつコユキの頭を優しく撫でてやった。


そんな感じで田舎道を軽快に進み、やがて森の入り口に辿り着く。

その日はそこから少し進んだ衛兵隊の野営地で野営することになった。

さっさと設営を済ませ、ミーニャのスープを待ちつつみんなでお茶を飲む。

そんな中ジェイさんが、私に、

「フェンリルの話じゃ、ここから鶏の巣までは7、8日だったか?」

と声を掛けてきた。

「ああ。まっすぐ行ければな」

と、少し困ったような顔で笑いながらそう返す。

「ああ、そうだな。おそらく途中でいろんなのが出てくるだろうよ。それを見越すと…、まぁ、10日くらいか?」

と言うジェイさんに、

「ああ。そのくらいになるかもしれん。一応、食料は余裕をもって用意してきたが、そっちはどうだ?」

と念のため聞いてみる。

するとジェイさんは少しシニカルな笑みを浮かべて、

「ああ。もちろん大丈夫だ。まぁ、もし足りなくなっても狩れば問題ないだろうよ」

と言ってきてくれた。

(ああ。そうか。狩ればいいんだな…)

と思いつつ、先日行った狩りのことを思い出す。

そして、ふと、

(コカトリスが食えたら、何人前になるんだろうか?…領民全員が腹いっぱいになりそうだな…)

と思い、思わず、

「ふっ」

と笑みを漏らしてしまった。

「ん?どうした?」

とジェイさんが不思議そうに私の顔を覗き込みながらそう聞いてくる。

私はまだ少し笑いつつ、

「いや。ふとコカトリスが食えたら何人前になるだろうか?と想像してしまってな」

と正直に今思いついたことを話した。

「はっはっは。そりゃねぇぜ!」

と言ってジェイさんが豪快に笑う。

おそらくみんなにも聞こえていたのだろう、みんなもやや呆れたような笑みを浮かべて、

「おいおい。食いしん坊もほどほどにしとけよ」

とか、

「さすが、ご領主様だ。人とは考え方が違うねぇ」

というような言葉が返って来た。

そんな声に私は、

「ははは。すまん、つい、な」

と笑いながら答える。

その場に笑顔が広がり、朗らかな雰囲気になったところへ、

「ご飯が出来ましたよ!」

とミーニャから明るい声が掛けられた。

みんな笑顔でスープをもらいにいく。

偶然だろうが、その日のスープは鶏肉とトマトのスープだった。


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