翌日。
朝からほんの少しの仕事を片付けたあと、ピクニックに出掛ける。
私はいつものように抱っこ紐にコユキを入れ、ライカに乗ってあぜ道を進んでいった。
後からはミーニャの操る馬車がついてきている。
乗っているのは当然エリーとマーサで、2人は早朝から弁当の準備をしてくれていた。
荷物には簡単な野営道具も積んであるからきっと温かいものも出てくるんだろう。
私がそんなことを考えていると、ライカが、
「ひひん!」(楽しいね!)
と声を掛けてくる。
私がそれに、
「ああ。楽しいな」
と微笑みながら返すと、胸元からコユキも、
「きゃん!」(お弁当楽しみ!)
と楽しそうに声を掛けてきた。
やがて麦畑の脇を流れる小川のほとりに着き、さっそく簡単な設営に取り掛かる。
焼き台に炭を入れ、敷物を敷くだけの設営とも言えない設営だったが、みんなでワイワイ言いながらする作業は普段の冒険とは違いなんとも楽しく感じられた。
準備を終えるとさっそく遊び始めたライカとコユキにまじって私も遊ぶ。
ボールを投げてやったり追いかけっこをしたりして遊んでいると、やがてミーニャから、
「お昼の準備ができましたよ!」
と明るい声が掛けられた。
さっそく敷物が敷いてある場所までみんなで戻り、どっかりと腰を下ろす。
そんな私に、エリーが、
「うふふ。お疲れ様でした」
と微笑みながら手ぬぐいを差し出してくれた。
「ああ。ありがとう」
と、こちらも微笑みつつその手ぬぐいを受け取り軽く汗を拭う。
するとそこへマーサとミーニャがさっそく料理を持ってきてくれて、昼食が始まった。
「きゃん!」(ご飯、なぁに?)
と、コユキが「はぁはぁ」と舌を出しながら、待ちきれない様子で聞いてくる。
そんなコユキに、
「はははっ。なんだろうな?」
と言いつつバスケットの中を覗くと、そこには色とりどりのサンドイッチが収められていた。
「お。美味そうなサンドイッチがいっぱいあるぞ」
と微笑みながらコユキに教えてやる。
すると、コユキは喜んで、
「きゃん!」(やったー!)
と言いつつ、その場でくるくると踊るように回り始めた。
そんなコユキの側にライカがやって来て、
「ぶるる!」(よかったね!)
とお姉さんらしく声を掛ける。
私やエリーもその光景を微笑ましく思い、「あはは」と笑いながら目を細めて2人を撫でてやった。
そこへ、
「そうそう。ライカちゃんにはニンジンでケーキを作りましたのよ」
と言ってエリーが別の小さなバスケットの蓋を開ける。
(ほう。キャロットケーキか…)
と思いつつ、私も興味を持ってその小さなバスケットの中身を覗く。
そこにはほんのり黄色い生地のパウンドケーキがいくつも入っていて、いかにも美味しそうな匂いをさせていた。
「ぶるる?」(ニンジンの、ケーキ?)
とライカが不思議そうな感じでエリーに訊ねる。
そんなライカにエリーは「うふふ」と微笑んで、
「ええ。ニンジンをたっぷりいれたから、きっと美味しいわよ」
と言うと、さっそくひとつ手に取って、
「はい。お味見」
と言い、ライカにそのニンジンのケーキをひとつ差し出した。
「ぶるる…」(ありがとう…)
と言って、ライカが少し遠慮がちにエリーの手からケーキを食べる。
すると、ほんのわずかな間を置いて、ライカが、
「ひひん!」(美味しい!)
と喜びの声を上げた。
「よかった!」
とエリーが胸の前で手を合わせながら喜びをあらわにする。
きっと、ライカのことを思って一生懸命レシピを考えてくれたのだろう。
私はそのエリーの優しさをなんとも嬉しく思い、万感の思いを込めて、
「よかったな。ライカ」
と言いつつ、ライカの鼻筋を優しく撫でてやった。
「ひひん!」(うん!)
と言ってライカが私に頬を寄せてくる。
そんな様子にエリーも微笑み、
「うふふ。本当に良かった」
と言ってライカを撫でた。
「ひひん!」(エリーありがとう!)
と言ってライカが今度はエリーにも頬ずりする。
私とエリーは2人してライカを撫でると、そこへコユキが、
「きゃん!」(私も!)
と言って楽しそうに笑いながら参戦してきた。
みんなしておでこを突き合わせるような感じで固まり笑い合う。
私はその時間をこの上なく楽しいと感じながら、
「さぁ、みんなで一緒にご飯を食べよう!」
と声を掛け、さっそくサンドイッチに手を伸ばした。
その後、
「シチューもありますからね」
というミーニャからシチューをもらい温かい食事を囲む。
コユキはまた口の周りにべったりとシチューをつけて、マーサから、
「あらあら、まぁまぁ」
と苦笑いされつつ口の周りを拭かれていた。
長閑な草原に楽しげな声が響く。
そんな楽しい昼食は満腹になったコユキがうとうととして眠ってしまうまで楽しく続いた。
眠ってしまったコユキを膝に乗せ、食後のお茶を飲む。
そんなコユキをエリーが微笑ましく眺めながら、
「可愛らしいですわね」
と目を細めながらそう言った。
「ああ。無邪気なものだ」
と苦笑いで返す。
そんな会話を交わしてお互いに目が合った私たちは、それぞれ「うふふ」「ははは」と笑いながら、クッキーをつまみ、ゆっくりとお茶を楽しんだ。
やがて私の膝の上でもぞもぞとコユキが動き、
「くわぁー…」
とあくびをする。
どうやら起きたようだ。
そんなコユキに、
「おはよう」
と笑いながら声を掛けると、コユキは眠そうに目をこすりながらも、
「きゃぅ…」(おはよう…)
と返してきた。
そんなコユキに、
「さて。午後は何をして遊ぼうか?」
と笑顔で問いかける。
するとコユキはパッと目を見開いて、
「きゃん!」(水遊び!)
と期待のこもった眼差しで私に水遊びがしたいと訴えてきた。
「ははは。そうか、そうか。よし、じゃぁそれで決定だな」
と言ってコユキを抱き上げ、小川のほとりに近づいていく。
その小川はほんの小さな流れで、コユキが入っても危険はないほどだったから、私は、
「ほら。足をつけるぞ。冷たくないか?」
と聞きつつ、その流れの中にコユキを降ろしてやった。
「きゃん!」(気持ちいい!)
と言ってさっそくコユキがはしゃぎだす。
そんなコユキにちょこんと水をかけてやると、コユキは、
「きゃ!」
と言って楽しそうにその場で飛び跳ねた。
「ははは。冷たかったか?」
と聞くと、コユキが、
「きゃん!」(楽しい。もっと!)
と笑いながら言ってくる。
そんな声を聞いた私はふと閃いて、
「よし、じゃぁ、今度は上から行くぞ」
と声を掛け、フェンリルが私に防御魔法を授けてくれた時のような感じで、コユキの上に小さな水の球を作ると、それをパンっと弾けさせ、コユキの上から水をばら蒔いた。
「きゃん、きゃん!」
と鳴きながら、コユキが嬉しそうに飛び跳ねる。
それを見ていたライカもワクワクしたような目を私に送ってきた。
「ははは。よし。じゃぁ、ライカにもいくぞ」
と言って、コユキの時よりも少し大きな水の球を作り同じようにライカの上で弾けさせる。
すると、ライカも、
「ひひん!」
と嬉しそうな声を上げて、その場できゃっきゃと軽く飛び跳ね始めた。
コユキとライカの「もっと」という声に応えてさらに水の球を作り2人に水を掛けてやる。
2人はますます喜んでその場ではしゃぎ始めた。
「まぁ、楽しそうですわね」
と私の後の方から声が掛かる。
「ははは。子供は水遊びが好きだからな」
と答えて振り向くと、日傘をさしたエリーがこちらを微笑ましいような少し羨ましいような感じの表情で眺めていた。
そんなエリーの目の前に水の球をふよふよと浮かせてやる。
その水の球を目の前にしたエリーは、それを物珍しそうに見つめて、
「…これが魔法なんですのね…」
と感心したようにつぶやいた。
「ああ。触ってみるか?」
と微笑みながら聞いてみる。
するとエリーは少し驚いたような顔をして、
「いいんですの?」
と聞いてきた。
「ああ」
とうなずいて、水の球をほんの少しエリーの方に近づけてやる。
エリーはそれを恐る恐るといった感じで、つんとつつくと、
「まぁ…!」
と驚きの声を上げた。
「お水なのにプルプルしてます。…不思議…」
と言いつつ、驚きの表情を崩さないままそんな感想をつぶやく。
「ああ。使ってる本人が言うのもなんだが、魔法というのは不思議なものだ」
と私もそう感想を述べると、エリーは「うふふ」と微笑みながら、
「魔法って楽しいものなんですのね」
と無邪気にそう言って私に微笑みかけてきた。
その言葉に少しハッとする。
(魔法は攻撃のためのものという感覚が強かったが、使いようによっては他人を喜ばせることもできるんだな…)
と気付かされ、目から鱗が落ちたような気持ちになった。
「そうだな。今度村の子供達にも見せてやるか」
と言いつつ、エリーに微笑みかける。
そんな私にエリーは、
「ええ。きっと喜んでもらえますわよ」
と心から嬉しそうな表情でそう言って微笑んでくれた。
そこへ、
「きゃん!」
「ひひん!」
とコユキとライカが催促の声を掛けてくる。
私はそれに苦笑いをしつつ、
「よし。今度は少し大きなのをいくぞ」
と声を掛け、ほんの少しだけ大きくした水の球を作りまた2人に水をかけてやった。
それからも楽しい水遊びは続く。
しかし、やがて日が傾き始め、私がやや疲れを感じ始めてきたところで、その日は残念ながらお開きとなった。
少し残念そうなコユキをライカも含めた全員で慰めて、帰り支度を整え始める。
荷物を馬車に積み込むと、エリーが、ほんの少し寂しそうな顔をしつつも、
「楽しかったですわ」
と言って微笑んでくれた。
私はその寂しそうな表情を見て、
(単にこのピクニックが終わってしまうことが寂しいのだろうか。それともなにかご両親との思い出でも思い出させてしまったのだろうか…)
と複雑な感情になりつつ、
「ああ。楽しかった。また来よう」
となるべく明るい笑顔でそう返す。
するとエリーは、その表情にパッと明るさを取り戻して、
「はい!」
と元気にそう答えてくれた。
遊び疲れて眠ってしまったコユキを抱っこ紐に入れ、ライカに跨る。
そして、
「ひひん!」(楽しかったね!)
と言うライカの首筋を軽く撫でてやりながら、
「ああ。またみんなで来ような」
と答えると、私たちは茜色に染まり始めたあぜ道を屋敷に向かって帰り始めた。