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第92話再び森へ04

あぜ道を小走りに駆け、長屋を訪ねる。

まず、「旋風」の3人がいる部屋の扉を叩くと、上手い具合に3人ともいてくれたので、3人を連れて今度はアインさんがいるであろう醸造蔵を訪ねた。

「おう。ルーカスの旦那。どうしなすってい?」

といつものように気さくに声を掛けてくるアインさんに、

「すまんが、急用なんだ。ちょっと時間をもらってもいいか?」

と訊ねて醸造蔵の中へ入らせてもらう。

するとそこにはジェイさんもいてくれて、

「おう。ルーカス。どうした?」

とこちらも気さくに声を掛けてきた。


そんなジェイさんたちに、

「どうやら、コカトリスだったらしい」

と真剣な表情で伝える。

すると、当然ジェイさんたちの表情が変わった。

「そいつぁ、大物だな…」

とアインさんが息を呑みつつ、そう答える。

私はそんなアインさんにうなずいて、

「詳しいことは明日打ち合わせようと思っている。すまんが午後、屋敷に集まってもらえないか?」

とまじめな顔で、そうお願いした。

「おう。ノバエフのやつにはこっちで声を掛けておくから心配すんな」

と言ってくれるジェイさんに、

「ありがとう」

と言って頭を下げる。

そんな私にジェイさんはいつものように豪快に笑うと、

「ははは。そうかしこまるなよ。村の一大事なんだ。力を貸すのは当然だ」

と力強い言葉を返してきてくれた。


「私らにも声が掛かったってことは、手伝えってことかい?」

と私の後から「旋風」のシルフィーが声を掛けてくる。

私はそんなシルフィーに、

「ああ。ベル先生曰く、戦闘に参加させるのは少し早いだろうという事だったが、帰りは荷物持ちが必要になるらしいし、なにより戦闘中、馬たちを守ってもらう人員が必要だ。そんな役目でも良かったらついてきてくれないか?」

と頼む。

すると、シルフィーは一瞬悔しそうな顔をしたが、

「わかった。その依頼受けるよ。…まぁ、ちょいと悔しいがね」

と言って右手を差し出してきてくれた。

「ありがとう。報酬はあとで相談させてくれ。出来るだけのことはしよう」

と約束して、その差し出された右手を握り返す。

そして、詳しい話は明日にするからともう一度繰り返すと、私は屋敷へとまた小走りで戻っていった。


屋敷に戻りコユキと一緒に風呂に入る。

久しぶりの風呂に浸かると、一気に疲れが抜けていくのが分かった。

「ふぅ…」

と息を吐き、何も無い天井を見上げる。

そして、

(みんながいればなんとかなるさ…)

と心の中で唱えると、少し気合を入れるようにパシャンと顔にお湯をかけ、またゆっくり、

「ふぅ…」

と息を吐いた。


風呂から上がり、着替えを済ませて食堂に向かう。

食堂には私以外全員が顔をそろえていた。

「すまん。待たせたな」

と声を掛け、自分の席に着く。

そんな私にエリーが、

「おかえりなさいませ。お疲れ様でした」

と声を掛けてくれた。

その声を聞いて私は、なんだか疲れや不安がなくなっていくような感覚を持ちながら、

「ああ。ありがとう。ただいま」

と微笑んで返す。

すると、エリーもなんだか照れたように微笑んで、

「今夜のクリームシチューは良く出来ましたのよ」

と、はにかむようにそんな言葉を掛けてきてくれた。

「それは楽しみだ」

と答えてミーニャがクリームシチューを取り分けてくれるのを待つ。

そして、みんなの前にシチューが置かれると、

「いただきます」

と声を掛けてさっそくその良く出来たというクリームシチューを口に運んだ。


牛乳とバターの優しい香りが口いっぱいに広がる。

(ああ、癒されるな…)

と素直にそう思った。

「美味い。ありがとう」

とエリーに礼を言って、またひと口食べる。

そんな私にエリーは、

「喜んでもらえて嬉しいですわ」

と言うと、こちらも笑顔でクリームシチューを口に運び始めた。


和やかに食事が続く。

父やベル先生もコカトリスの話題は一切出さなかった。

やがて食後のお茶になる。

その日のデザートは、イチゴのジャムをたっぷり使ったジャムクッキーだった。

(こうして、食後に甘い物が食べられるようになるとはな…)

と自分がこの辺境に帰ってきたばかりの頃を思い出してなんとも感慨深い気持ちになる。

ここ数年でこの辺境はずいぶんと様変わりした。

前世の記憶を持つ私からすればまだまだ物足りないが、父を始め昔からこの辺境で育ってきた人間からすれば大きな発展を遂げたと思っていることだろう。

そんなことを思いつつ甘いジャムクッキーを食べ、紅茶を飲む。

「このクッキー、美味しゅうございますねぇ。今度村の子供達にも食べさせてあげませんと」

と感慨深そうにいうエマの言葉を聞いて、私はより一層、

(この領をもっと豊かにしていかねばな)

という思いを強くした。

そのためにも、コカトリスなんかに邪魔をされている場合じゃない。

面倒事はさっさと片づけてみんなと過ごすこの生活に戻ってこなければ。

そんなことを思いつつ、もう一枚ジャムクッキーを口に入れる。

サクサクのクッキーとねっとりとしたジャムの食感が口の中で踊り、爽やかなイチゴの香りが軽やかに鼻から抜けていった。


翌日。

いつもの稽古をし、少し早い時間に手早く朝食を終える。

そして私はさっそく執務室に入ると、留守中に溜まった書類を片付け始めた。


そして午後。

リビングを臨時の会議室にして作戦会議を始める。

まずは、フェンリルの見立てではどうやらコカトリスらしいということを改めて全員に伝えた。

一応、ジェイさんとベル先生に過去にコカトリスと相対したことはあるかと訊ねてみたが、答えはないという事だった。

しかし、どちらも賢者と言われるだけあって、鶏の化け物のような見た目であることや毒や魔法を使って攻撃してくることは知っていたらしく、

「今回は盾役が重要になってくる。対策はあるのか?」

とジェイさんが聞いてきた。

そんな2人に、フェンリルから防御魔法を授かったことを伝える。

すると、ジェイさんが、

「なら大丈夫だな。うちもノバエフのやつが簡単な防御魔法を使える。俺たちの守りは気にしなくていいから、ルーカスは自分とミーニャの嬢ちゃんを守ることに集中してくれ」

と言ってくれた。

ベル先生もうなずきながら、

「私も自分の身を護るくらいのことは出来る。あと、解毒薬の方も大丈夫じゃ。ただ、作るのにあと2日ほどかかるから、それを待ってもらう必要はあるがのう」

と言う。

私はその言葉を聞いて、心強く思いながらも、エバンスに、

「聞いての通りだ。衛兵隊には万が一に備えておいてほしい」

と伝えた。

「かしこまりました。防衛拠点の設置を急ぎます」

と答えてくれるエバンスに、

「くれぐれも頼む」

と言いつつ、ベル先生やジェイさんの意見も聞いて、その防衛拠点の位置を決めていく。

そして、その作業が一段落すると、私は「旋風」の3人に向かって、

「みんなには荷物持ちや馬たちの護衛の他に、いざという時の伝令役を頼みたい。万が一の時はとにかく逃げて、衛兵隊に危急を報せることを第一に行動してくれ」

と真剣な表情でそう伝えた。

「…わかった」

とシルフィーが重々しくうなずく。

リーシェンとザインも同様に、しっかりとうなずいてくれた。

私はそんな「旋風」の3人にしっかりとうなずき返し、最後は父に視線を送る。

すると父はしっかりとうなずき、

「総指揮は任せておけ」

と力強くそう言ってくれた。


その言葉に安心しつつ、

「よろしくお願いします」

と言って頭を下げる。

そこからは、各自の行動の詳細を詰めていくための話し合いになった。


討伐への出発を3日後と決めてその日は解散となる。

「ふぅ…」

と息を吐き、ゆったりとソファに体を預けていると、そこへエマがお茶を淹れにやって来てくれた。

「そろそろコユキちゃんたちが帰ってくるころですかねぇ」

というエマの言葉を聞いて窓の外に目をやる。

気が付けば外は夕暮れが近づいていて、窓から差し込んでくる光もずいぶんと橙色に近い物になっていた。

「もうそんな時間だったんだな…」

と言いつつ、エマが淹れてくれた緑茶をすする。

すると、リビングの扉の外から、

「きゃん!」

という声が聞こえて、コユキと一緒にエリーとマーサがリビングに入ってきた。


さっそく私のもとへ駆け寄って来て、甘えてくるコユキを抱き上げ、

「今日も楽しく遊べたか?」

と微笑みながら聞く。

そんな私の問いかけに、コユキは、

「きゃん!」

と楽しそうに鳴き、その後ろからエリーが、

「今日はみんなでおままごとをして遊びましたのよ」

と、にこやかな笑顔でそう言ってきてくれた。

「そうか。たくさん遊んでもらえてよかったな」

と言いつつ、コユキを撫でてやる。

そんな私にコユキは、

「きゃん!」

と嬉しそうに鳴きながら、ぐりぐりと頭をこすりつけてきた。

「ははは。明日は私も一緒にいっぱい遊ぼう」

と約束してさらにコユキを喜ばせてやる。

すると、エリーが、

「まぁ、では明日はピクニックなんていかがですか?」

と、なかなか魅力的な提案をしてきてくれた。

「おお。それはいいな。みんなでその辺の原っぱにいって弁当を食べよう」

と言いその提案に乗る。

「うふふ。じゃぁ、明日は早起きしてお弁当を作らないといけないわね」

とマーサに向かってエリーが楽しそうにそう告げた。

「ええ。美味しい物をたくさん作りましょう」

とマーサも嬉しそうに答える。

私はそんな2人の笑顔を見て、

(良かった)

と素直にそう思った。

エリーもマーサもずいぶんこの辺境での生活に慣れてきてくれたみたいだ。

それに、辛いこともあるだろうが、表面上はこうしていつも笑っていてくれる。

私はそのことを嬉しく思い、

「ははは。よかったな、コユキ」

と言って、またコユキをワシャワシャと少し強めに撫でてやった。


やがて、

「そろそろお食事の準備にしませんか?」

とミーニャが声を掛けに来てくれる。

その声に、

「あら。そうね。急いで支度しますので、もう少しお待ちください」

とエマが答えて、リビングを後にする。

そんなエマの後を、

「私もお手伝いしますわ」

と言いつつ、マーサが追いかけていった。

そんな後姿を見送りつつ、私は、

「さて。今日の飯はなんだろうな」

と、楽しげにつぶやく。

そんな私に向かってエリーが、

「うふふ。ルーク様は食いしん坊さんでらっしゃいますわね」

とおかしそうにそう言って笑った。

リビングに和やかな空気が満ちていく。

私はその空気を心から心地いいと感じながら、ゆっくりとお茶を飲んだ。


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