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第91話再び森へ03

「これは初歩の防御魔法。慣れれば魔力そのものを利用してもっと硬い壁みたいなものを作れるようになるわ」

というフェンリルの言葉を少し唖然としながら聞く。

(おいおい。こんなのできるようになるのか…?)

と思いつつ私は微妙な視線をフェンリルに送るが、フェンリルは少し苦笑いしただけで、

「さぁ、やってみて」

と言いつつ、また大きな水の球を作り始めた。


「え。おい…」

と止める間もなく、私の上で水の球が弾ける。

当然、その水は私の上にけっこうな勢いで降り注いできた。

(ちっ…)

と密かに心の中で舌打ちをしつつ、咄嗟に風魔法を放つ。

しかし、私の放った風魔法は一部の水滴を弾き飛ばしただけだった。

当然のようにずぶぬれになる。

「…あのなぁ…」

とフェンリルに少し恨めしいような視線を送るが、フェンリルはあえてそれを無視するような感じで、

「もう一度いくわよ」

と言い、また水の球を作り始めた。


(くっ…)

と思いつつ集中して魔力を練る。

そして、

(傘だ。傘をイメージしろ…)

と自分に言い聞かせつつ、またけっこうな勢いで降り注いでくる水に向かって風魔法を放った。


自分の放った魔法に水が当たったような感覚を覚える。

(やったか!?)

と思ったが、思ったよりも水をはじくことは出来ていなかったようで、先ほどのように頭から派手に水を被るようなことはなかったものの、私の体はまたびしょ濡れになってしまった。

「もっと薄く広く広げなさい」

と言いつつ、またフェンリルが水の球を作る。

私は、

(ちくしょう。こうなりゃとことんまでやってやるよ…)

と、心の中でやや口汚い言葉をつぶやきつつ、また集中して魔力を練り始めた。


そんな訓練を何回繰り返しただろうか。

「はぁ…はぁ…」

と肩で息をしつつ、膝に手をつく。

ここまでで私はやや大きな傘くらいの風の膜を張る事が出来るようになっていた。

しかし、まだまだフェンリルほどの大きな膜を作るには至っていない。

おかげで私はびしょ濡れだ。

そんな私にフェンリルが近づいてきて、

「いったん休憩にしましょう」

と声を掛けてくる。

私はその言葉をありがたく思い、なんとか顔を上げると、ライカが遠慮がちに近づいてくるのが見えた。

「きゃん!」(ルーク、ご飯!)

というコユキの声が聞こえる。

どうやらコユキはライカの背中に乗っているらしい。

私はその声に軽く苦笑いを浮かべつつ、

「ああ。ちょっと待っててくれ」

と返して、さっそく疲れた体で昼食作りに取り掛かった。


炙った腸詰をパンに挟んだだけの簡素なホットドッグを作りパクつきながら、スープを煮込む。

スープは晩飯用だ。

このぶんではきっと晩飯の支度をする余裕は無くなっているだろうと思って、先に仕込んでおくことにした。

そんな私の横でライカとコユキが仲良く昼食を食べている。

私はその光景になんともいえず癒されながら、

(さっさとできるようにならなければな…)

と思い軽く気合を入れた。


やがて、飯を食い終わり再び訓練を始める。

「もう少し大きな膜を想像してみなさい」

というフェンリルの言葉を受け、私は傘ではなく天幕のようなものを想像してみることにした。

「いくわよ」

と言ってフェンリルがまた水の球を作り私の頭上に放つ。

私は午前中にも増して集中し魔力を練ると、その魔力を一気に解放した。

薄く大きな風魔法の気配が広がる。

(よし。上手くいった!)

と思ったが、頭上からはぽたぽたと少量の水が漏れ堕ちてきた。

「薄くしすぎよ。広げることばかりでなく防ぐことにも意識を向けなさい」

というフェンリルの言葉を受けてもう一度集中を高める。

そして、繰り返し訓練するとこ数時間。

私はようやく、まともに水を防げるようになった。


「はぁ…はぁ…」

と肩で息をしつつ、膝に手をつく。

午前中よりもよほど疲れたような気がした。

(スープを先に仕込んでいて正解だったな…)

と心の中で苦笑いしつつフェンリルに視線を向ける。

するとフェンリルは、軽くうなずいて、

「このくらいできればコカトリスの攻撃は防げるはずよ」

と太鼓判を押してくれた。

(よかった…)

と思いつつ、思わずその場に座り込む。

まだ肩で息をしながら、空を見上げると、辺りはすっかり茜色に染まっていた。


そんな私のもとへまたライカが遠慮がちに近づいて来くる。

そして、あたかも私に、「大丈夫?」と問いかけるような感じで優しく頬ずりをしてきてくれた。

「ありがとう。大丈夫だ」

と答えつつライカを撫でてやる。

すると、そんなライカの背中から、

「きゃん!」(私も!)

というコユキの甘えたような声が聞こえてきた。

「ははは」

と苦笑いしながら、なんとか立ち上がりライカの背中に乗っていたコユキを抱き上げる。

そして、

「くぅん」

と鳴きながら私に頭を擦り付けてくるコユキを優しく撫でてやった。


「よし。飯にしようか」

と言ってさっそくスープを温め直す。

その日のスープはいったん冷まして火を入れなおしたおかげだろうか?いつもより野菜の優しい甘味が際立っているように思えた。


スープを飲み干し、ようやく人心地ついてお茶を淹れる。

そんな私のもとにフェンリルが近づいて来て、

「大丈夫。頑張りなさい」

とひとこと言ってくれた。

「ああ。おかげでなんとかなりそうだと思えてきたよ」

と軽く礼を述べる。

すると、フェンリルは満足げにうなずいて、

「村のこと。頼みましたよ」

と言うといつものように突然いなくなってしまった。

「きゃふぅ…」

とコユキが寂しそうな声を上げる。

私はそんなコユキに、

「大丈夫。また会いにくるからな」

と言葉を掛け、いつものように優しくその体を撫でてやった。


その日は早めに休み、翌日。

早朝から準備を整え、さっそく帰路に就く。

私の胸元ではコユキがまだ眠たそうに、

「きゃふぅ…」

と小さくあくびをしていた。


帰路も順調に進み、夕方には森の入り口に到着する。

私はいつもより張り切って帰路を進んでくれたライカを労い、甘えてくるコユキを撫でてやるとその日も温かい食事をとり、みんなで固まって眠りに就いた。


翌日の夕方前。

屋敷に着くとさっそく父のもとを訪れ、今回のことを報告する。

コカトリスという単語を聞いた父の驚き様は言うまでもないだろう。

父は必死に平静を保とうとしていたが、その顔には明らかに動揺しているという表情が浮かんでいた。

そんな父に、

「フェンリルから防御魔法を授かりました。フェンリル曰く、コカトリスの攻撃は防げるだろうとのことです。ついては討伐隊を組みたいと思いますが、明日、みんなを集めてもかまいませんか?」

と声を掛ける。

そんな私の言葉に父はややハッとしたような感じで、

「ああ。そうだな。エバンスも呼んでさっそく話し合おう。賢者殿たちへの声掛けは頼んだぞ」

と言うと、さっそくエバンスに声を掛けに行くため、部屋を出て行った。

私も一緒に部屋を出てまずはベル先生の部屋を訪ねる。

軽く扉を叩き、

「すまん。ちょっといいか?」

と声を掛けると、部屋の中から、

「おお。待っておったぞ」

という声が返ってきた。

そんな返事を頼もしく思いつつ、部屋に入る。

久しぶりに入るベル先生の部屋は相変わらず箱や書物がたくさん置かれていて、雑然とした印象を受けた。

「どうじゃった?」

と単刀直入に聞いてくるベル先生に、

「コカトリスらしい」

と、こちらも短く答える。

その答えにベル先生は、一瞬驚いたような表情を浮かべ、言葉を失ったように見えたが、すぐに気を取り直し、

「ならば、解毒薬が必要じゃの」

と冷静な言葉を発した。

「作れるのか?」

と少し驚いて聞く。

すると、ベル先生は軽くうなずき、

「ああ。たしか昔の賢者が遺したレシピがあったはずじゃ。そんなに特別な薬草は使わなかったはずじゃから手持ちの薬草でなんとかなるじゃろう」

と言い、さっそくその辺に積まれている本をガサゴソとやり始めた。

私はそんなベル先生を頼もしく思いつつ、

「これからジェイさんたちにも声を掛けてこようと思うが、『旋風』の3人はどう思う?」

と声を掛ける。

その問いかけにベル先生は本を探す手を一瞬止め、

「そうじゃのう…」

と少し考えたあと、

「戦闘に参加するにはまだ早かろうが、帰りは荷物持ちが必要になる。それでもいいなら勉強がてらついてこいとでも伝えておいてくれ」

と言い、また本を探し始めた。

「了解だ」

と言ってベル先生の部屋を辞する。

そして、いったん執務室に入り、ミーニャに、

「すまんが、ジェイさんたちの所にいってくる。帰ったら風呂にしたいから用意を頼んでもいいか?」

と声を掛けると、私は帰って来たばかりの屋敷を慌ただしく飛び出していった。


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