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第88話初めての狩り02

衛兵隊の拠点に着くと、さっそく今回の狩りに参加するメンツと挨拶を交わす。

ルイージは何度か話したことがある中年の男で、いかにも盾役らしいがっちりとした体付きをしていて、私の、

「今回はじっくり学ばせてもらおうと思っている。よろしくな」

という挨拶に、

「ははは。ご領主様にお願いされたんじゃたまりませんや」

と豪快な感じで笑いながら割と気さくに話しかけてきた。


次にエリックにも、

「よろしくな」

と、割と気さくに声を掛けて右手を差し出す。

しかし、エリックはかなり緊張した面持ちで、私の手を軽く握り返し、

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

と衛兵隊の隊員にしてはかなり丁寧な口調で、遠慮がちに挨拶を返してきた。

(なるほど。真面目で人見知りする感じの人間なんだな)

と思いつつ、苦笑いを浮かべる。

そんな私の苦笑いを見て、エリックは何を思ったのか、

「…すみません…」

と力ない感じでそう反省の言葉を述べてきた。

「いや。これから3日間とはいえ命を預け合うんだ。もう少し気楽にいこう」

と声を掛けその肩をポンポンと叩く。

しかし、その言葉は余計にエリックを緊張させてしまったらしく、エリックはやや引き締まった感じの表情で、

「はっ!懸命に尽くします」

とまるで騎士のような返事をしてきた。

「はははっ。なんだそれ。硬すぎるだろ!」

と言ってハンスが笑う。

ルイージも同様に、「がはは」と笑い、

「なに。いつもの軽い狩りだ。落ち着いていけ。必要以上に緊張してると、下手こいちまうぜ」

と言ってエリックの肩をバシバシと叩いた。

そんなみんなの言葉にエリックが恥ずかしそうな表情を浮かべる。

私はその真面目な性格に何となく好感を持ちつつ、

「狩りに関してはみんなが私の先生だ。余計なことは考えずいつも通りやって見せてくれ」

となるべくにこやかな笑顔でそう言った。


「はっ!」

と、また真面目な対応で返してくるエリックを含めた4人で簡単な打ち合わせに入る。

今回狩りをする場所は、普段ならゴブリンも出るか出ないかというくらいの浅い場所だという事だった。

「まぁ、肉が向こうからやってきてくれるって考えればありがたいのかもしれないっすけど、山菜採りの連中にしてみたらたまったもんじゃないでしょうからね。きちんと狩っておかないと大事になりかねないんすよ」

と、やや苦い顔で言うハンスの言葉にうなずきつつ、

「じゃぁ、気合を入れて狩らないとな」

と言って表情を引き締める。

そんな私にルイージが、

「ははは。ルーカス様もまじめですなぁ」

と言ってまた豪快な笑顔を見せてきた。


そこから、最終的な準備の確認を済ませてさっそく出発する。

盾役のルイージが乗る馬を先頭に隊列を組み、まずは森に続く田舎道を進んでいった。


初日は順調に進み、森の入り口からやや奥に入ったところで野営にする。

意外にもルイージは料理が得意だということで、調理担当はルイージに任せ、私たちはさっさと寝床の準備を整えた。

やがて、いかにも男飯といった感じのベーコンサンドとスープを食べ、お茶にする。

流石にみんな慣れたもので、必要以上に緊張することもなくゆったりとした雰囲気で世間話をしながらお茶を飲み、やがて日が落ちるのを待って、ゆっくりと体を休めた。


翌日。

本格的にイノシシの魔獣を追い始める。

ハンス曰く、イノシシの魔獣がよく現れる場所には特徴があるらしく、そういう場所を探りながら私たちは森の中を素早く移動していった。

やがて、それらしい痕跡を発見する。

「…デカいっすね」

とハンスがつぶやくようにそう言った。

その視線の先を見ると、かなり大きな足跡がはっきりと残っている。

(なるほど。これがイノシシの魔獣の痕跡か…)

と思いつつ、私がその足跡を観察していると、

「たぶん近くに寝床があるっすよ。こっからは慎重に追っていきましょう。エリック。頼むぜ」

とハンスが表情を引き締めつつそう言った。

「了解」

と言ってエリックが先行していく。

私は最後尾に付き、緊張しながらみんなの後に続いた。


やがて、エリックが馬の足を止める。

そして、

「近いですよ。ここからは歩きでいきましょう。馬たちは任せても?」

と、私に向かってそう言葉を掛けてきた。

「ああ。任せてくれ」

とひと言返してライカに視線を送る。

その視線にライカは、

「ぶるる…」

と小さく鳴いて、了解の意思を伝えてきてくれた。

全員が馬を降りて慎重に進んで行く。

そして、ある程度の所でまたエリックが足を止めると、

「追い立ててきます」

と言ってひとり先行し、森の奥へと進んでいった。

「この先の開けた場所に追い込んでくるはずなんで、そこで待ち構えましょう」

と言ってルイージを先頭にこちらも慎重に進んでいく。

そして、その言葉通り、やや開けた場所に着くと、馬たちを木陰に待機させて私たちは気配を消しながら、それぞれの位置に陣取った。

やがて、

「ブギャァ!」

という醜い声とドシドシという足音が近づいてくる。

「来るっすよ!」

とハンスがそう声を掛けると、森の奥から2メートルを超えようかというような大きなイノシシの魔獣がこちらに突っ込んでくるのが見えた。

「おっさん!」

という言葉に、ルイージが、

「おうよ!」

と答えて前に出る。

ルイージは迷わずイノシシの魔獣の正面に突っ込んでいくと、大きな盾を構えてその巨体に当て身をぶちかました。

そこへすかさずハンスが飛び込んでいく。

よく見ればイノシシの魔獣の背中や腰には何本かの矢が刺さっていた。

当て身を食らってよろけたイノシシの魔獣にハンスが斬りつける。

どうやら足元を狙っているようだ。

(なるほど…。いきなり致命傷になるような所を狙うというよりも動きを止めて仕留めるという感じか…)

と感心しながら、私はその狩りの光景をじっくりと観察した。

脚を斬られたイノシシの魔獣が、

「ブギャァ!」

とまた醜い声を上げて地面に突っ伏す。

そこへまたルイージが盾で当て身をかまし、イノシシの魔獣をひっくり返した。

すかさずハンスがトドメを刺しにかかる。

ハンスの剣は過たずイノシシの魔獣の首筋を捉えた。

ビクンッと痙攣してイノシシの魔獣が動きを止める。

その光景を見て、私は、

(さすがだな…)

と、また素直に感心してしまった。

「さて。こっからっすよ」

と言ってハンスが剣を納め、解体用のナイフに持ち変える。

ルイージも盾を素早く背負うと腰につけた縄を取ってイノシシの魔獣の後脚を縛り始めた。

ルイージが適当な木に何回か縄を渡して一気に引っ張る。

すると、巨大なイノシシの魔獣がグイッと持ち上がって一気に宙吊りになった。

(おいおい。いったいどれだけ力が強いんだ…)

と感心して見ていると、ハンスが私に向かって、

「ちょっとしたコツがあるんすよ。覚えちまえば楽なもんですぜ」

と苦笑いしながらそう言ってきた。

(なるほど…。これも狩りの技というわけか…)

とまた感心しながら、吊るされたイノシシの魔獣を見る。

すると、そこへエリックが駆けつけてきて、イノシシの魔獣を空中で固定する作業を手伝い始めた。


半ば呆気にとられる私の目の前でハンスが迷いなくイノシシの魔獣を捌いて行く。

解体しながら、ハンスは、

「ここに太い血管があるんでまずはこいつを切って血を抜くんです。あ、魔石は胸の辺りっすね。内臓はハツとレバー以外捨てていいっす。…血なまぐさくて食えたもんじゃありませんからね」

と作業手順を細かく私に説明してくれた。

(これは一度で覚えきれるものじゃないな…)

と苦笑いしつつも、真剣にその解体の様子を観察する。

ハンスの手並みは私から見れば見事なものだったが、ルイージ曰くまだまだひよっ子という事らしく、時々、

「おい。そこの肉は丁寧に取れって教えただろうが」

というような声を掛けつつハンスに解体の指導をしていた。

(何事も経験なんだろうな…)

と思いつつ、解体の様子を観察する。

私の横ではエリックも真剣にその解体の様子を観察していた。


やがて、皮がはがれ、次々と肉が切り出されていく。

気がつけば日は西に沈みかけていて、私の胸元からコユキの、

「きゃふぅ…」(お腹空いた…)

という声が聞こえてきた。

「ははは。待たせちまってすまねぇな」

と言ってハンスがコユキに軽く謝る。

ルイージも、笑顔を浮かべつつ、

「じゃぁ、コユキの嬢ちゃんには一番美味い所を焼いてやろうかね」

と言ってやや不機嫌なコユキを荒々しく撫でてくれた。


解体された肉を次々と袋に詰めたり縛ったりしてまとめていく。

そして、あらかたの肉をまとめ終えると、ルイージが、

「じゃぁ、今日はこの首筋の所を焼きましょうや。ここは鮮度が良い方が美味いですからね」

と言ってさっそくその場で調理の準備を整え始めてくれた。

私たちも手伝って、野営の準備を始める。

やがて、私たちの野営の準備が終わる頃、辺りには脂身が溶けるいい匂いが立ち込め始めた。


「さて。ここからはお楽しみの時間すよ」

とハンスが声をかけて、焼肉大会が始まる。

その日焼かれたのはいわゆるトントロの部分で脂身も多く歯ごたえもあったが、狩りで疲れた体にはその脂身の甘くパンチの効いた味がなんとも心地よく感じられた。


「きゃん!」(これ、美味しいね!)

と言ってコユキが嬉しそうにトントロにがっつく。

今日はお行儀のことを言うマーサがいないから遠慮なくがっついているようだ。

そんなコユキを微笑ましく思いながら、私もいい感じに脂身がこんがりと焼けたトントロに思いっきりかじりついた。


ワイワイという楽しい雰囲気で、男臭い焼肉大会が進んで行く。

「ここに酒があれば最高なんすけどねぇ…」

とハンスが笑いながら言うと、エリックが、

「飲めない私は断然米ですね」

と言って苦笑いを浮かべた。

そんな二人に私は、

「ははは。今年の秋にはジェイさんの酒が飲めるようになるらしいし、米もたんまりとれるだろう。その頃になったら、また狩りに出てみんなで焼肉大会でも開けばいいさ」

と笑いながら提案する。

すると、ルイージが、

「はははっ。そいつぁいいや!」

と言って豪快に笑った。


森の中に陽気な声が響く。

私たちは美味い肉をたんまりと食べ、楽しい時間を過ごした。

やがて、腹いっぱいになったところで、食後のお茶を淹れる。

コユキは満足したのか、私の膝の上ですっかり眠り込んでしまっていた。

「初めての狩りはどうでした?」

とハンスが笑顔で聞いてくる。

私は今日感じたことを素直に伝え、

「こういうみんなの努力に支えられて辺境の生活は成り立っているんだな…。いつもありがとう」

と心からの感謝を述べた。

「ははは。なんだか照れくさいっすよ」

と言ってハンスがはにかんだような笑顔を見せる。

「あははっ。やっぱり俺たちの領主様はまじめな人だ!」

と言ってルイージがまた豪快に笑った。

それに続いてエリックが、

「私もみんなの生活を支えられるようにこれからも精進します」

と言って真面目な顔を見せる。

そんなエリックの態度にみんなが微笑ましい気持ちになり、

「ああ。頑張ってくれ」

「おう。これからもビシビシしごくっすよ」

「ははは。未来は明るいな!」

と声を掛けた。


春の月夜に明るい声が溶けていく。

その日の私たちはなんとも言えない明るい気持ちでゆっくりと体を休め、翌日、意気揚々と村への帰路に就いた。


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