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第87話初めての狩り01

晩春。

そろそろ田植えに使う苗を育て始めようかという頃。

田畑の様子を見て回ったついでに、用水路を整備している現場に向かう。

現場に着くと、そこにはジェイさんとドワイトさんがいて、なにやら現場で指揮を執っていてくれた。


「おーい。様子を見に来たぞ!」

と声を掛けつつ二人に近づいていく。

すると向こうからも、

「おう。お疲れさん」

「わざわざご苦労なこったなぁ」

という声が返ってきた。

「今日はこっちに来てくれていたのか?」

と、どちらへともない感じで2人に声を掛けると、まずはジェイさんが、

「ああ。酒の仕込みは一段落したからな。暇つぶしに覗きにきたってわけよ」

と答え、続いてドワイトさんも、

「こっちも似たようなもんだな。知っての通り役場と薬院の方はあとは内装の仕上げだ。現場はガルフとアーズマに任せてあるから俺は暇になっちまったんだよ」

と苦笑いでそう答えてくれた。

「そうか。助かるよ」

と言って、現場に目を向ける。

現場ではなにやら縄や杭で目印をつけた箇所を村の若者たちが懸命に掘ったり石を並べたりして作業をしてくれていた。

その様子を見て、

「順調なようだな」

とつぶやくと、ジェイさんが、

「ああ。みんなよくやってくれてるぜ」

と何故だか少し自慢げな感じでそう言ってきた。


そんなジェイさんやドワイトさんとしばらく立ち話をして最近の状況を聞く。

ジェイさん曰く、今年の秋ごろには新酒が振舞えるようになるそうだ。

まだ試作段階だからそれほどの量は仕込んでないそうだが、侯爵領に手土産で持って行ったり、領内で振舞ったりする分は十分にあるということで、今年の秋は大々的に新酒祭りが出来るだろうとのこと。

来年からは本格的に仕込んで行くから今、村の若者で酒造りに興味がありそうな人間に声を掛けているところらしい。

村に雇用が生まれることは歓迎すべきことなので、もし、人手が足りないようだったら遠慮なく声を掛けて欲しいと言うことを伝えた。


ドワイトさんの方も順調らしく、村の大工たちの技術はずいぶんと上達しているらしい。

中には内装や細工物作りに興味を示す人間もいるらしく、こちらも人材が育っているそうだ。

私はそのことを素直に喜び、

「人員の募集があるなら各村に声を掛けよう。しばらくは面倒を掛けるかもしれないが、よろしく頼む」

と頭を下げる。

すると、ジェイさんもドワイトさんもなんだか照れくさそうな表情を浮かべて、

「おいおい。そんなにかしこまるなよ」

「ああ。こちとら好きでやってることだしな」

と言って、顔を上げるように言ってくれた。


私は改めて2人を含めたドワーフたちの飾らない性格と職人ならではの気風の良さを快く思いつつ、2人と握手を交わす。

すると、ジェイさんもドワイトさんもはにかんだように笑って、

「へっ。相変わらずまじめだな」

「ああ。くそがつくほどまじめなご領主様だよ」

と、やや呆れたような感じを装いつつそんな言葉を掛けてきてくれた。


そんな2人に別れを告げて、屋敷に戻る。

すると門のところで、ハンスと鉢合わせした。

「あ。ちょうど良かったっす。ルーカス様をお誘いしろって言われたもんで、ちょうどお話にきたところだったんすよ」

と言うハンスに、

「ん?なんの誘いだ?」

と率直な疑問を返す。

そんな単純な質問にハンスはあたかも当然というような感じで、

「狩りっす」

といつものようにニカッと笑って単純な答えを返してきた。


「まぁ、なんだ。とりあえず上がってお茶でも飲んで行ってくれ。詳しい話を聞こう」

と言ってハンスを屋敷に誘う。

そして、玄関先で馬を降り、後のことをバティスに頼むと、先に立って屋敷へと入っていった。

「今日はライカの嬢ちゃんじゃないんすね」

と呑気に聞いてくるハンスに、

「ああ。今日はエリーたちと一緒にピクニックに行ったらしい。羨ましい限りだ」

とこちらも呑気に答えながら執務室に入る。

そして、すぐミーニャにお茶を頼むと、さっそく、

「で。狩りだったな?」

と言ってハンスに先ほどの話の続きを促がした。


「はい。毎年この時期になると、イノシシの魔獣が森の浅い所にまで出てくるんで万が一にも村に近づかないように追っ払ってるんです。それでついでにお肉も頂戴しようって感じなんすけど、今年はうちの隊長殿がルーカス様にも参加してもらったらどうだ?って話してて。普段の衛兵隊の仕事を見てもらういい機会にもなるし、狩りと討伐の違いを知ってもらうのにもいい機会だろうってことだったんで、お誘いにきたっす」

と言うハンスの言葉になんとなくうなずきつつ、

「そうだな。そういえば討伐と狩りの違いはよくわかってなかったかもしれん。いい機会だ。是非参加させてもらおう」

と答える。

するとハンスは、

「あざっす。じゃぁ、さっそくですけど、明日お迎えに上がりますね。あ。準備はミーニャに言っとくんで心配無いと思うっす」

といつものように軽い口調でそう言って、お茶が来る前にさっさと執務室から出て行ってしまった。


その後、お茶を持ってきてくれたミーニャとせっかくのお茶をゆっくりいただきながら明日の話をする。

どうやらハンスはすれ違いざま、

『明日ルーカス様と狩りに行くから準備よろしくっす』

と、ひとこと言っただけだったようだ。

「まったく。せっかちな男だな」

と苦笑いしつつ、ミーニャに狩りの準備の詳細を聞く。

聞けば狩りと言っても持っていくものは基本的に冒険に行くときと同じで、違いと言えば、肉や皮を持ち帰ってくるための袋や縄を多めに持って行くことと、解体用のナイフを複数本用意していくことくらいらしい。

そんな話を聞いて私は、初めての狩りというものに期待と不安を抱きつつ、少し苦めの緑茶をすすった。


翌朝。

早めに稽古を切り上げて、軽く朝食を済ませる。

そして、手早く準備を整え玄関に降りると、ちょうどそこへハンスがやって来た。

「おはようございます!」

といつもの調子で明るく挨拶してくるハンスに、

「ああ。おはよう。今日はどんな感じで行動するんだ?」

と何気なく聞く。

そんな質問にハンスは、

「あ。そう言えばそういうの説明してなかったっすね…」

と言って「あちゃー」と言うような顔をした後、

「とりあえず3日くらいの予定っす。詳しいことは道々話しましょう」

と言っていつも通りややせっかちな感じで、先に馬に乗り込んだ。

「ははは。とりあえず落ち着いてくれ」

と苦笑いを浮かべつつ、

「じゃぁ、いってくる」

と見送りに出て来てくれたミーニャやエマに挨拶をして、私もライカに跨る。

すると、私の胸元でコユキが、

「きゃん!」

と楽しそうな声を上げ、それを合図に私たちはとりあえず衛兵隊の拠点に向けて出発した。


「まず、今回のメンツは俺とルイージのおっさん、それからエリックっていう若造っす。ルイージのおっさんが盾でエリックは弓使いっすね。経験はまだまだっすけど、弓の腕はかなりのもんっすよ」

と、どこか嬉しそうに今回の狩りに参加する連中の紹介をしてくれるハンスに、

「ああ。ルイージは何回か話したことがあるな。エリックってのはどんなやつなんだ?」

と、なんとなくの人物像を聞く。

そんな質問にハンスは少し考えるような素振りを見せたあと、

「あー。なんていうか、静かな男っすね。獣人の集落出身で、根は真面目ないい奴っすよ。まぁ、酒が飲めねぇんであんまり突っ込んだ話は聞いたことがないっすけどね」

と、少し苦笑いを浮かべつつそんな風にエリックという男の印象を教えてくれた。

「ほう。獣人なのか。なら見ればわかるかもしれないな」

と、おそらくどこかで見かけているんだろうなと思いながら、今度は狩りについての話を聞く。

ハンス曰く討伐も狩りも魔獣を追っていくという基本は同じなのだそうだ。

普通の獣と違って魔獣は積極的に人に襲い掛かってくるから、それを相手にするという点では似たようなものだとハンスは言った。

しかし、唯一違うとすればちゃんと肉がとれるように慎重に仕留めなければならない点だという。

そんな話を「なるほどな…」と思いながら聞いているうちに、私たちは衛兵隊が拠点にしている簡素な建物が並ぶ場所に辿り着いた。


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