自室に戻り、ミーニャにもシンシアとアルベルトの結婚のことを報告する。
ミーニャにとってはあまり馴染みのない二人の結婚だったろうが、ミーニャは、
「よかったですね!」
と心から嬉しそうな表情でそう言ってくれた。
優しいミーニャのことだ。
おそらく私が心から嬉しく思っていることを察して、自分ごとのように喜んでくれたのだろう。
私はそのことが嬉しくて、ミーニャに、
「ああ。本当に良かったよ」
と満面の笑みを返す。
そんな私に、ミーニャが、
「うふふ。次はルーク様の番ですね」
と侯爵様と同じようなことを言ってきた。
私はそれにも、
「そうそう上手くはいかんさ」
と返して曖昧に笑う。
そして、やや話題を変えるように、
「さて、夕飯まで時間がある。少し仕事をするから、近くにいるメイドに頼んで紙をもらってきてくれ」
と言うとさっさと机に向かい、昨日買い付けた物をまとめた書付やメモ帳を取り出して、それらをまとめる作業に取り掛かった。
やがて、扉を叩かれる音で夕刻が近いことを知る。
「すまん。すぐに着替える」
と言って大急ぎで着替えると、またメイドに案内されて食堂へと向かっていった。
その日の夕食は侯爵様が言った通り、めでたい席で良く出される大きな七面鳥のローストや伝統的な焼き菓子が並べられ、ちょっとした宴会風に仕立てられていた。
いつもより少しくだけた感じで飲み、食べる。
昼間同様、話にも花が咲き、終始明るい雰囲気で食事は進んでいった。
やがて、男性陣はサロンに向かう。
シンシアとユリア様はきっと女同士でしかできない話をするのだろう。
そんなことを考えながらサロンに入ると、案の定仕事の話になった。
「エレノア嬢の件だ」
と侯爵様が話を切り出す。
私は、一瞬で酔いから覚め、気を引き締めてその話に耳を傾けた。
「もう少しという所まではいっている」
という侯爵様の言葉に安心したような、歯がゆいような気持ちになりながら、
「詳細をお伺いしても?」
と訊ねる。
すると、侯爵様はうなずいて、
「できればルークは巻き込みたくないから概要だけにしておこう」
と言い、大まかなこれまでの流れを話してくれた。
それによると、エリーの父、ライエル・ブライトン子爵の罪は横領罪らしいが、結局その横領した金はもちろん、行先を示す書類も一切出てこなかったということなのだそうだ。
(その手の話にはよくある事だな…)
と思いつつ続きを聞く。
「怪しい者、つまり、政治的に子爵を貶めて得をする人間は何人かいて、犯人の候補は3人に絞られている。しかし、肝心の金の流れが解明されていなくてな…。そこで調査が行き詰っている」
と侯爵様はいかにも悔しそうにそう言って歯噛みした。
それを聞いて私は少し考え、
「その3人のうち、商売熱心なのはどなたですか?」
と聞いた。
「ん?なぜそんなことを聞く?」
と侯爵様が不思議そうな顔でそう聞いてくる。
その質問に私は何となくだが、と断ったうえで、
「贅沢な暮らしをしていればその人物が一番怪しく一目でそれとわかるでしょう。しかし、現時点で絞り込めていないということは、一見してわかるほど派手な生活をしている者がいないということだと推察しました。となると、貴族が公金を横領する理由はいくつかに絞られます。たいていは博打か女でしょうが、その影も無いとすると領地経営の失敗、特に先物取引辺りが関係しているのではないかと推測しました。なので、私ならその候補者のうち一番領地経営に熱心…というよりも金のことに細かい人物を疑います」
と自分の意見を述べた。
「なるほど、一理あるが…」
と言って侯爵様が考え込む。
そんな侯爵様を見て私はさらに、
「金の行方が分からないという事なら上手く書類を隠す算段を知っている人間、つまりそれなりに悪知恵の働く商人が裏にいる可能性があります。普段から商売熱心なものならばその手の商人ともつながりがあるはずです。まずはその辺りから探りを入れてみてはいかがでしょうか?」
と提案してみた。
そんな提案を侯爵様はうなずきながら聞いてくれて、
「なるほどな。確かにその視点は欠けていたかもしれん。よし、さっそくその線でも調査するように指示しよう」
と言ってくれる。
私は、
(こうやって部下の意見を素直に取り入れる柔軟性は見習わなければならないな)
と密かに感銘を受けながら、
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
と言って頭を下げた。
「ははは。相変わらずよく切れるね」
と言ってアルベルトが笑う。
そんなアルベルトに向かって、
「こういうのは傍から見てる人間の方がよく気が付くものさ」
と苦笑いしながら冗談めかしてそう言った。
「まったく。お前が次男坊だったらどんなにうちが助かったことか…」
と言って侯爵様が苦笑いを浮かべる。
私はその言葉を嬉しく思いつつも、
「これからも辺境をさらに発展させて、お力にならせていただきます」
と答えて軽く頭を下げた。
そんな私に侯爵様は、
「ははは。相変わらずじゃのう…」
と言って、いかにも慈愛に満ちた微笑み向けてくる。
私はその言葉に照れつつ、
「はい。相変わらずです」
と、また冗談めかしてそう答えた。
その答えにみんなが笑って仕事の話が一段落する。
その後、侯爵様に勧められたブランデーを軽く舐めながら、今度は辺境での生活の話になった。
「そう言えば手紙には魔獣討伐に行ったとも書いてあったが、辺境の森にはどんな魔獣が出るんだ?」
と侯爵様が興味津々といった感じでそう聞いてくる。
私はその質問に少し困ったような笑顔を浮かべながら、
「はい。たいていはゴブリンやオーク、グレートウルフなんかの魔獣です。たまにリザードも出てくるようですね」
と正直に現状を答える。
その答えを聞いて、今度はアルベルトが、
「そんなに出てくるのか…。兵は足りているのか?」
と、やや心配そうな顔で聞いてきた。
「ああ。問題無い。みんなよくやってくれているよ。それに私もずいぶんと魔獣には慣れてきたからな」
と、何気なくそう答える。
すると、アルベルトは、
「まさか、ルークも実戦で戦っているのか!?」
と驚きの表情でそう聞いてきた。
「ああ。メイドのミーニャやエルフの賢者イルベルシオート殿、ドワーフの賢者ジェイコブス殿たちの力を借りながらだが、実際に森の奥で戦っているぞ」
と、なぜだかやや自慢げにそう答える。
その答えにアルベルトは、
「おいおい…」
と、驚きと呆れを足して二で割ったような表情で絶句するようにそうつぶやいた。
「残念ながら、辺境ではそれが出来んと領主としてやっていけんからな」
と肩をすくめ、苦笑いしながらそう答える。
すると今度は侯爵様が、
「はっはっは。さすがはバルガスの子だな」
と、さもおかしそうに笑いながらそう言った。
そこからは魔獣討伐の話になる。
侯爵様もアルベルトも時々心配そうだったり、怖そうに眉を顰めたりしながらも、基本的には興味を持って聞いてくれた。
そんな話の流れで、オークロードを討伐したという話になる。
「ロードというのはなんなんだ?」
という質問から始まり、その時の様子を詳しく語って聞かせた。
「なるほど、そんな危険なことが…」
と言ってアルベルトが複雑そうな顔をする。
私はその心配をありがたく思いつつも、
「なに。慣れれば楽しいものさ」
と、あえて軽くそう言って見せた。
「頼もしくなったな」
と言って侯爵様が目を細める。
私はその視線に少し照れながらも、
「こちらで学ばせていただいたおかげです」
と、こちらも笑顔でそう返した。
気が付けば深夜。
「すっかり話し込んでしまったな」
という侯爵様の言葉でそのちょっとした酒席はお開きとなる。
自室に戻ると、ソファに座ってうとうととしているミーニャの姿があった。
「遅くなってすまんな」
と静かに声を掛ける。
その声にミーニャがハッとして起き、
「おかえりなさいませ」
と慌てた様子でそう言ってくれた。
「待たせてすまん。急いで支度をしよう」
と苦笑いでそう言い、急いで寝支度を整える。
そして、ミーニャに「おやすみ」と言ってベッドに入ると、
(今日は怒涛の一日だったな…)
と心から幸せな気持ちでそう思い、私はその喜びをかみしめながら静かに目を閉じた。