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第74話再び侯爵領へ02

ギルドから30分ほど歩き、リッツ商会の玄関をくぐる。

すぐに対応に出て来てくれた店員の若い男性に、

「ルーカス・クルシュテット男爵だ。商会長のエラルド殿に面会したい」

と告げると、その男性はすぐに奥へと下がっていき、あまり時間を置かずに戻って来た。

「どうぞこちらへ」

という男性の案内で、応接室へ入る。

すぐに出されたお茶を飲み、ほっとひと息吐いていると、扉が軽く叩かれ、商会長のエラルドが部屋に入ってきた。

「ご無沙汰しておりますな」

と言いつつ、右手を差し出してくるエラルドに、

「ああ。こっちこそ久しぶりだ」

と返しつつにこやかに握手を交わす。

そして、エラルドは私の正面に座ると、さっそく、

「本日は何をお求めで?」

と商売の話を切り出してきた。

そんなエラルドを、

(いかにも商売人らしいな)

と思いつつ、

「ああ。買いたいものの前に少し相談があるんだが…」

と言って先ほどのギルドでのやり取りを簡単に説明した。

「左様でございましたか。かしこまりました。うちで引き取らせていただきましょう」

と快諾してくれたエラルドに、

「助かる」

と返して、魔石と鑑定書を差し出す。

すると、エラルドはさっそくその魔石を眺めて、

「金貨800枚でいかがです?」

とギルドでギリアムが予想した通りの値段をつけてきた。

「ああ。それで頼む」

と即答して、商談をまとめる。

そして、次に仕入れたい物が書かれた紙を手渡すと、そこからは商品の質やら量の話になった。


「染料は量よりも種類を多くしてくれ。それで試作して次からは良かったものを仕入れよう」

「かしこまりました。こちらの鍛冶に使う金属というのは、鉄と聖銀、それからエテン鉱がよろしいかと思いますがいかがでしょう?」

「ああ。そんなものだろう。あと、使い古しの武器なんかがあったらそれも追加してくれ。打ち直して使えれば使うし、使えなければ鋳つぶして農具にでもさせよう」

「そうですね。かしこまりました。そろそろ騎士団の武器の買い替えの時期ですから、そちらからいくつかご用意いたしましょう」

「ああ。それで頼む。あと香辛料と薬草はそこに書いてあるだけで足りるはずだから、適当に見繕ってくれ」

と簡単に会話を交わし具体的に仕入れる商品を決めていく。

そして、なんとなく詳細が決まると、私とエラルドは再び握手を交わして商談をまとめた。


応接室を出て、玄関まで見送りに出てくれたエラルドに、

「次からはうちで作った綿や酒なんかの買い付けも頼むから、定期便の用意を頼む。詳しいことはこちらの準備が整い次第手紙を寄こそう」

と言って、再度右手を差し出す。

そんな私の言葉に、エラルドも、

「かしこまりました。楽しみにしておりますよ」

と、にこやかにそう言って再び硬い握手を交わした。


リッツ商会を後にして、今度は下町の市場を目指す。

歩きながら、

「昼は市場の屋台で土産選びをしつつ食べ歩きをしよう」

とミーニャに提案をすると、

「はい!私、お魚がいいです!」

という元気な声が返ってきた。

「ははは。じゃぁ、最初はサバサンド辺りにするかな。けっこう美味いぞ」

と笑いながら答えて、その屋台を目指す。

私もミーニャも一仕事終えた安堵感から、ウキウキとした気持ちで石畳の道を軽快に歩いていった。


やがて、市場に着きさっそくサバサンドをパクつきながら通り沿いの店を眺めて回る。

そして目についた、わりと大きめの雑貨屋に入り、

「あ。あの竹籠なんてどうですか?きっとコユキちゃんが喜びますよ!」

とか、

「ライカにはあの大き目のブラシにしよう。きっと喜んでくれるぞ」

と会話しながら商品を選んでいると、ふと小さなブローチが置いてあるのが目に入ってきた。

手に取って見ると、銀製の簡素な飾り彫りがしてある台座に緑色の色石がはめ込んである。

おそらく近隣の奥様方が日常使いで使うような物だろう。

私がそのブローチをしげしげと眺めていると、横からミーニャが覗き込んできて、

「エリー様に似合いそうですね」

と微笑みながらそう言ってきた。

「ん?あ、ああ…」

と、やや慌てて答える。

そして、小さく「こほん」と咳払いをすると、

「ついでだ。ミーニャも好きな物を選ぶといい」

と照れ隠し気味にミーニャにも何か好きな物を選ぶようにそう言った。

「私はあっちの携帯用ナイフの方がいいです」

とミーニャが「らしい」と言えば「らしい」答えを苦笑いで返してくる。

私もそんな答えに苦笑いしつつ、

「ははは。じゃぁ、一番いいやつを買ってやろう」

と言って、そのブローチを手に携帯用ナイフが並べてある棚の方へと近寄っていった。


やがてその雑貨屋を出てジェイさんたちに喜んでもらえそうな酒や辺境ではなかなか手に入らない干し果物やお菓子、魚の干物なんかの日持ちしそうなものを荷馬車に積めるだけ注文していったん宿に戻る。

そして、簡単に準備を整えると、

(あの綺麗な色の飴玉は各村に配ったら喜ばれるだろうな…)

などと考えながら、その日は少し早めにミーニャを連れて銭湯に向かった。


夕方。

宿に戻って注文した物を受け取る。

そしてその日は宿の1階にある酒場で軽く食事と酒を済ませた。

(さて。明日からは少し忙しくなるな…)

と思いながら床に就く。

ふんわりとした酔いに包まれながらも私は軽く気を引き締め、ゆっくりと瞼を閉じた。


翌日。

いつも通り早くに目を覚ます。

普段なら稽古をしている時間で、やや手持無沙汰になりながら、ゆっくりと身支度を整え1階の食堂へと降りていった。

食堂にはすでにミーニャが来ていて、

「おはようございます。今朝はお肉が入ったオムレツみたいですよ」

と明るく朝の挨拶をしてくれた。

「お。そいつは楽しみだな」

と答えながら席に着く。

そして、出てきたオムレツとパンを食い、

(デミグラスソ―スもいいが、やはり朝食となるとケチャップが欲しくなるな…)

と、まるでベル先生のようなことを思いながらもそれなりに満足いく朝食をミーニャと一緒に楽しんだ。


朝食後。

軽く準備を整えてさっそく侯爵邸に向かうべく荷馬車に乗り込む。

お土産を積んだ荷馬車はガタゴトとやや大きな音を立てつつも順調に石畳の道を進み、1時間とかからずに侯爵邸の通用門に到着した。

「おはようございます。お待ちしておりました」

と笑顔で挨拶をしてくれる門番のルッツに、

「ああ。おはよう。少し早く着きすぎてしまったよ」

と苦笑いで朝の挨拶を返す。

そんな私にルッツは、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、

「今朝は侯爵様も早起きだったみたいですよ」

と、ちょっとした侯爵家の内幕を披露してくれた。

「そうか。楽しみにしてもらっているなら嬉しい限りだ」

と笑顔で答えて通用門をくぐる。

そして、家族や近しい使用人が使う玄関の前に着くと、荷馬車をルッツに預け出迎えてくれた執事のアルフレッドにも無沙汰の挨拶をし、さっそくその扉をくぐった。


アルフレッドの案内でまずは昔使っていた自室に入る。

そして、手早く身支度を整えると、さっそく一人で侯爵様の待つ執務室へと向かっていった。

「ルーカス様がお着きになりました」

というアルフレッドの呼びかけに、

「うむ。入れ」

という侯爵様の声がしてメイドのサナさんが内側から扉を開けてくれる。

私は、サナさんにも軽く目配せで挨拶をし、さっそくその扉の内側へと足を踏み入れた。

「ご無沙汰しております。侯爵様」

と軽く挨拶をして礼を取る。

その気軽な挨拶に侯爵様も、

「ああ。元気そうでなによりだ」

と朗らかに答えてくれて、お互いに笑顔を見せあった。


「手紙を読む限り順調そうだな」

と言いつつ、ソファに腰掛けた侯爵様に続いて、私も遠慮なくソファに座る。

「はい。開墾も順調に進んでおりますし、エレノア嬢も無事辺境に慣れてくれました」

と簡単に近況を報告すると、侯爵様は安堵したような表情を浮かべて、

「うむ。それはなによりだ」

と感慨深そうにそう言った。


それからしばらくはサナさんが淹れてくれた侯爵家御用達の紅茶を飲みながら近況報告の続きをする。

綿花や米の栽培が順調なことや領内にエルフやドワーフがやって来て徐々にではあるが産業が育ちつつあることなんかは手紙でも伝えていたが、領内で新種のブドウやリンゴ、梨ことトーリなんかが見つかったことを報告すると、侯爵様はずいぶんと興味深そうにその味や品質のことを訊ねてきた。

(このお方の食いしん坊は相変わらずだな)

と微笑ましく思いながらドワーフ曰く相当美味しい酒になるだろうから、出来たら必ず送ると約束してとりあえずの挨拶を終える。

「昼はエルドのやつがとっておきのカレーを作ってくれるらしいから楽しみにしておくといい」

といういかにも侯爵様らしい言葉に、

「はい。楽しみにしております」

と笑顔で答えて侯爵様の執務室を辞する。

そして、いったん厩に向かうと、近くにいた使用人たちにも手伝ってもらって侯爵家へ渡すお土産の米や綿布、緑茶なんかを屋敷の中に運び込み自室へと戻っていった。


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