冬。
小雪がちらつき始めた辺境の空を見ながら、
(そろそろか…)
と思い少し気重になる。
(コユキはまた泣くんだろうな…)
と思うと、心が痛んだ。
(しかし、これも領の発展のためだ)
と心に決めて、夕食の席に向かう。
そこで私はまた冬の間侯爵領に行き、売り込みや情報交換をしてくることをみんなに告げた。
案の定、コユキが、
「きゃん!」(離れるのやだ!)
と鳴きながら抗議してくる。
私はそれに困ってしまって、
「みんなの生活のために仕事をしてこなくちゃいけないんだ。わかってくれ」
と言ってコユキを撫でてやりながら、何とか宥めようとするが、コユキはまた泣いて、
「きゃん!」(やだったらやだ!)
と、さらに激しく抗議してきた。
「あらあら…。大丈夫よ、コユキちゃん。ルーク様のいない間私がたくさん遊んであげますからね」
と言ってエリーが助け舟を出してくれる。
それで、コユキはほんの少し抗議の声を抑えてくれたが、やはり不貞腐れたまま私の袖を噛んできた。
「すまんな…」
と謝ってコユキをさらに慰める。
そんな慰めにも、コユキは、
「きゃうぅ…」
としょんぼりしたような声で鳴いた。
そんなコユキを納得いくまで撫でてやる。
すると、コユキは不承不承ながらも、という感じで食事に戻ってくれた。
やがて、食事が終わり甘えてくるコユキを膝の上に乗せて撫でてやりながら食後のお茶にする。
「留守中は頼んだぞ」
とみんなに向かってそう言うと、
「ああ。病人が出たら任せておけ。土木工事の方はジェイたちがおれば大丈夫じゃろ」
とベル先生が一番に答えてくれた。
「コユキちゃんとライカちゃんのことはお任せくださいましね」
と言ってエリーが微笑む。
父も、
「ああ。領のことは心配ないから存分に働いてこい」
と力強い言葉を返してきてくれた。
そんな心強いみんなの言葉に感動しつつ、
「ありがとう」
と頭を下げる。
そんな私の態度にベル先生は、
「なに。居候の身じゃ。このくらいどうということも無いわ」
と、やや照れくさそうにそう言ってきた。
エリーも笑顔で、
「がんばりますね」
と言ってくれる。
そんなみんなの言葉に安心し、私はまだ私から離れようとしないコユキを抱いて自室へと戻っていった。
翌日からさっそく準備に取り掛かる。
コユキはその様子をなんとも微妙な感じで見ていたが、時々手を止めて遊んでやると、楽しそうな笑顔を見せてくれた。
さらに翌日の夕食の時。
準備を終えたので明日出発するとみんなに告げる。
コユキはやはり不貞腐れていたが、昼間ライカに、
「ひひん」(コユキちゃんはいい子だからちゃんとお留守番できるよね?)
と言われたのが効いたのか、なんとか泣かずにこらえてくれていた。
そんなコユキのちょっとした成長を嬉しく思いながら、から揚げを口に運ぶ。
その日のから揚げは妙にしょっぱいような気がした。
翌朝。
さっそく荷馬車に乗り込み、みんなに別れの挨拶を済ませる。
エリーに抱かれたコユキが、
「きゃふぅ…」(早く帰ってきてね…)
と言ったのには思わず泣きそうになってしまった。
「ああ。さっさと用事を済ませて早めに帰ってくるよ」
と約束して、コユキの頭を撫でてやる。
そして、寂しそうにしながらも、
「きゃふ…」(いってらっしゃい…)
と言ってくれるコユキや、
「ひひん」(お仕事頑張ってね)
と言ってくれるライカに別れを告げて、私とミーニャは侯爵領に向けて旅立っていった。
厳しい山道を超え、最初の宿場町に入る。
そこで十分に英気を養うと、私たちは再び荷馬車に乗り侯爵領を目指し始めた。
そこから進むこと25日ほど。
ようやく侯爵領に到着する。
私たちはとりあえず下町で適当な宿に入ると、まずはそこで旅装を解き、旅の垢を落とすべく銭湯に向かった。
風呂から上がり夕食にする。
「やっぱりお魚って美味しいですね!」
と居酒屋の干物に感動するミーニャを微笑ましく見つめ、私はエールを飲んだ。
翌日。
さっそく侯爵邸に赴き、顔見知りの門番ルッツさんに到着を報せる。
そして、用事があるから明日正式に訪問する旨を告げると、私たちは再び下町へと戻っていった。
「これからどうするんですか?」
と聞いてくるミーニャに、
「ああ。とりあえずギルドに行こう。例のオークロードの魔石を売りたい。その後はリッツ商会に向かって物品の手配だ。あとは町を散策しよう。みんなのお土産を選びたいからな」
と今日の予定を伝える。
その予定を聞いて、
「今日も楽しい一日になりそうですね」
と言って微笑むミーニャの笑顔に私も自然と笑顔になりながら、私たちは石畳の道をギルドを目指して進んでいった。
やがてギルドが見えてくる。
「ギルドってどんな所なんでしょうね?」
と言うミーニャに、
「私もあまり来たことがないからな…。昔の印象だと冒険者の連中がたむろしてガヤガヤしている印象だ」
と答えつつ、ギルドの扉をくぐる。
すると、昔の印象通り、たくさんの冒険者がいてガヤガヤと活気のある声が聞こえてきた。
(にぎやかだな…)
と苦笑いしつつ、奥のカウンターを目指す。
そして、とりあえず空いている受付に着くと、
「魔石を売りたい。物はオークロードだ。どうすればいい?」
と単刀直入にそう聞いた。
「え?あ、はい…。えっとオークロードですか?」
と驚いたような様子で聞いてくる受付の若い女性に、
「ああ。クルシュテット男爵領の領主、ルーカス・クルシュテットだ。領内で討伐されたものを売りにきた」
と自分の身分を明かしつつ、経緯を説明する。
その言葉にその受付の女性はさらに驚いて、
「し、失礼いたしました。すぐにギルドマスターを呼んでまいります」
と言うと、慌てた様子で奥に駆けこんでいった。
「なんだか申し訳ない感じですね…」
と言ってミーニャが苦笑いをする。
私も同様に困ったような笑顔を浮かべつつ、
「ああ。思っていたよりも大事だったみたいだな」
と言って、カウンターの奥を眺めた。
ややあって、先ほどの受付嬢が戻ってくる。
そして、やや緊張した様子で、
「お待たせしました。執務室でお話を伺いたいそうなので、ご案内いたします」
と言ってきた。
「ああ。わかった」
と答えて、その受付嬢の後に続く。
そんな私たちには周りの冒険者たちからちょっとした好奇の視線が向けられていた。
「お連れいたしました」
「おう。入れ」
というやり取りがあって、執務室の扉が開けられる。
私は遠慮なくその扉をくぐった。
「ルーカス・クルシュテットだ。よろしく頼む」
と自己紹介しつつギルドマスターと思しき人物に右手を差し出す。
すると、そのギルドマスターらしき大柄で髭を蓄えたごつい男はそのやたらとゴツゴツした手で私の右手を握り返し、
「お初にお目にかかる…ます。ギルドマスターのギリアムとい…申します」
と、ややつっかえ気味ながらもなるべく丁寧な言葉で自己紹介を返してきた。
「ははは。普通でいいぞ。私は気にしない」
と笑いながら、楽にしていいと伝える。
その言葉にギリアムは少し苦笑いしつつ、
「そう言ってもらえると助かる」
と急にくだけたような感じでそう言い、
「とりあえず座ってくれ」
とソファを勧めてきた。
「ああ。すまんな」
と言いつつ遠慮なく腰掛ける。
ミーニャも私の隣に座り、さっそく話が始まった。
「オークロードだって?」
といきなり聞いてくるギリアムに、
「ああ。領内の森に出てな」
と言いつつ荷物の中からその魔石を取り出して手渡す。
その魔石を見たギリアムは一瞬驚きの表情を浮かべたあと、その魔石をしげしげと見つめて、
「…たしかに、それらしいな。昔一度見たことがある」
と感心したような感じでそう言った。
「売りたいんだが、いくらになる?」
と単刀直入に聞く。
しかし、ギリアムは少し困ったような顔をして、
「おそらく金貨で7、800枚にはなるはずだが…」
と歯切れ悪くそう言った後、
「なぁ、大店の商会で懇意にしているところはないか?」
と意外なことを言ってきた。
「ん?ああ。リッツ商会なら懇意にしているが…」
と、なぜそんなことを言ってくるのかと不思議に思いながらそう聞き返す。
その言葉にギリアムはややほっとしたような表情を浮かべて、
「じゃぁ、そっちに売ってくれないか?鑑定書はすぐにでも用意する。なにせ物が物だ。すまんが、すぐに金の用意ができない。まぁ、競売にかける間待ってくれるってんなら話は別だが…」
と言いつつ、こちらに「どうだ?」というような視線を送ってきた。
「なるほど。たしかにそんなに待っている時間はないな。わかった。これはリッツ商会に売ろう」
と言って右手を差し出す。
するとギリアムはどこか申し訳なさそうな感じの顔で、
「すまんな」
と言い私の右手を握り返してきた。
その後、
「すぐに書くから待っていてくれ」
と言うギリアムが鑑定書を書くのを待って、ギルドを後にする。
そして、無事にギルドを出たところでミーニャが、
「すっごいお値段になりましたね…」
と感心したような驚いたような感じでそう言ってきた。
「ああ。思ったより高かったな」
と苦笑いで返す。
そして、
(これで、役場と薬院の建設費用は賄えたな)
と思いつつ、嬉しい気持ちでリッツ商会へと向かっていった。