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第72話冬の一コマ

収穫も無事終わり、辺境はすっかり寒さを増してきている。

村の家庭は我が家を含めてどこも冬支度に追われ、私も家人もみんな忙しい日々を送っていた。

そんな中、私と父が炭や薪を準備するために裏庭の納屋で作業をしていると、ふと父が、

「また退屈な冬がやってくるのう…」

と、どこか寂しそうな感じでそうつぶやいた。

たしかに辺境の冬はなにもすることがない。

特に第一線から退いた父にとっては退屈極まりない時間になってしまうだろう。

私はその言葉を聞いて、

(部屋の中でも楽しめる娯楽があればいいが…)

と考え、ふと将棋の存在を思い出した。

(ああ、あれなら老後の趣味としては申し分ないじゃないか)

と思いつつ作業を終え、さっそく執務室に戻り将棋の駒っぽい物のデザインと覚えている限りのルールを紙に書き始める。

そして、その日のうちにある程度の物を完成させると、翌日、さっそくそれをドワイトさんたちの住む長屋へと持ち込んだ。


「新しい遊びを考えてみたんだが、作ってもらえないだろうか?」

とドワイトさんにその紙を見せると、ドワイトさんは首をひねりつつも、

「おーい。アーズマ。こういうの作れるか?」

と言って飾職のアーズマさんを呼んだ。

その言葉を受けて、アーズマさんがやって来る。

そして、黙ってその将棋っぽいもののアイデアが書かれた紙を見ると、

「できると思う」

と言って、その紙を取り、さっさと奥に引っ込んで行ってしまった。

「…お願いしていいってことなのか?」

と一応ドワイトさんに聞いてみる。

するとドワイトさんは笑って、

「ああ。けっこう乗り気みたいだったぜ。2、3日もあればできるだろうよ」

と何でもないことのようにそう言ってくれた。


屋敷に戻り、また仕事に取り掛かる。

(父上が気に入ってくれればいいが…)

と思いながらも、

(まぁ父上が気に入らなくても誰かが好きになってくれるだろう。どのみちこの領に新しい娯楽が増えることに違いはないな)

と思ってその日はなんとなく楽しい気持ちで仕事を片付けていった。


翌々日。

午後を少し回ったところでいったん仕事を切り上げてお茶の時間にする。

私がミーニャの淹れてくれた緑茶でほっと一息吐いているとそこへエマが、

「アーズマさんがいらっしゃいましたよ」

と告げにやってきてくれた。

「おお。もうできたか。すぐに通してくれ」

とエマに伝えて、ミーニャにお茶の用意を頼む。

するとあまり間を置かずにアーズマさんが執務室に入ってきた。

さっそくソファとお茶を勧める。

アーズマさんは相変わらず朴訥とした感じでソファに座ると、

「できたぞ」

と言って風呂敷のような布に包まれたものをテーブルの上に置いた。

「開けて見ても?」

と聞き、アーズマさんがうなずいたのを確認して包みを開く。

中身を見て私は思わず、

「おお…」

と感嘆の声を上げてしまった。

きれいな木目の将棋盤にこれまた美しい造形の駒が揃えられている。

(将棋盤の出来も想像以上だが、駒の造形が素晴らしいな…。これならこの世界の人間にもわかりやすい…)

と感心しながら、

「いい仕事をしてくれた。ありがとう」

と言って私はアーズマさんに右手を差しだした。

「いや。楽しかった。こちらこそいい仕事をさせてもらった」

と言って、アーズマさんがその手を握り返してくる。

私とアーズマさんはそれぞれに満足の笑みを浮かべると、さっそくそれぞれの仕事に戻っていった。


その日の夕食の後。

お茶の時間。

さっそく出来上がった将棋盤と駒を父に見せる。

その場にいたみんなも物珍しそうに将棋盤と駒を見つめていた。

「なるほど。これは興味深い。まるで戦術立案のようじゃな」

と、一目で将棋の奥深さに気が付いた父を、

(さすが、現場が長かっただけあるな…)

と感心しながら見ていると、

「これは楽しそうな遊びですなぁ」

と言ってバティスも将棋に興味を示してくれた。

「はっはっは。ではさっそく一戦交えるとするか?」

と父が不敵に笑ってバティスを将棋に誘う。

するとバティスも嬉しそうな顔になり、

「はい。お手柔らかにお願いしますよ」

と言って微笑みながら、父の正面に座った。

簡単にルールを説明しながら、対局の様子を見守る。

勝負はずいぶんと白熱したが、その日はなんとか父が勝ち切った。

「やはり負けると悔しいものですな」

とバティスが意外にも負けず嫌いな言葉を発する。

「はっはっは。明日も挑戦を受けてやろう」

と父が言うと、バティスは苦笑いを浮かべえて、

「ええ。ぜひ」

と言ってその目を密かに光らせた。


(気に入ってもらえてよかった)

と思いつつ2人を微笑ましく見る。

そんな私にエリーが、

「よかったですわね」

と微笑みかけてきてくれた。

「ああ。喜んでもらえてよかったよ」

と答えて微笑み返す。

そんな様子にみんなも微笑ましいような笑顔を浮かべ、その日は暖かい雰囲気のままに更けていった。


翌日。

織物工場の視察に向かう。

ついでにようやく完成したノバエフさんの鍛冶場も見学させてもらう予定だ。

いつものようにコユキを抱っこ紐に入れ、ライカに乗って工場に向かうと、工場が近づくにつれて、ガチャガチャという音がはっきりと聞こえるようになってきた。

(みんな頑張ってるみたいだな)

と頼もしく思いながら工場の門をくぐる。

そして、さっそく工場の中に入っていくと、なにやら打ち合わせをしていたらしいアリアとリリアーヌが私に気付いて、小走りにこちらへとやってきてくれた。

「いかがなさいました。ルーク様」

と聞いてくるアリアに、

「いや。ちょっと様子を見にな」

と軽く答えて、

「書類の上では順調に見えるが、実際どうだ?」

と聞いてみた。

「はい。機械の故障もありませんし、新しく来てくれた村の子達も順調に育っていますから、たった今もそのうち、機械を増設して人手の補充もしなければならなくなりそうだっていう話しをしていたくらいなんですよ」

と嬉しそうに答えてくれるアリアの笑顔に安心して、作業の様子を見学させてもらう。

新しく働き手として工場に入った領の若者にも話を聞いてみたが、何の問題もなく、楽しく働けているという明るい返事が返ってきた。

「よかった。頑張ってくれよ」

と声を掛けて見学を終える。

帰り際、案内してくれたアリアとリリアーヌに、

「順調なようでよかった。何か困ったことがあったらいつでも相談してくれ」

と伝えると、笑顔で握手をして工場を後にした。


それからすぐ隣にあるノバエフさんの鍛冶場を訪ねる。

こちらの建物の中からも、やはりトンカンと作業をするような音が聞こえてきていた。

(順調のようだな)

とまた嬉しく思いつつ、

「ルークだ。様子を見に来た」

と、おとないを告げる。

すると、先ほどまで響いていた作業の音が止まって鍛冶場の中から、

「おう」

と短い返事が聞こえてきた。

「忙しいところすまんな」

と声を掛けながら中に入っていく。

すると、なにやら炉の前で作業をしていたノバエフさんが、汗を拭きながら立ち上がり、

「いや」

と、ひとこと言ってくれた。

「仕事は順調か?」

と聞く私に、ノバエフさんは軽くうなずき、

「包丁や農具が多い。いいのを作ってやっている」

と短く答える。

私もその言葉に軽くうなずき、

「困ったことがあったらいつでも言ってくれ。人手に困るようだったらいつでも弟子を紹介するからな」

と言ってノバエフさんに右手を差しだした。

ノバエフさんが無言でうなずきその手を握り返してくる。

私はそのどっしりとした感じのうなずきと握手に安心感を覚えつつ、笑顔でその場を後にした。


(綿も順調。鍛冶場も問題なさそうだ。どちらも雇用を生み出してくれそうだし、これは領主としてしっかり下支えしてやらんとな…)

と考えつつライカに跨る。

すると、それまでおとなしくしていたコユキが、

「きゃん!」(かけっこしたい!)

と言って私に期待するような目を向けてきた。

「ははは。もうすぐ晩ご飯だからちょっとだけだぞ?」

と微笑みながら答えて適当な空き地に向かう。

空き地に着くと、コユキはさっそく一面枯草色に染まった地面を元気に駆け回り始めた。

元気に駆けてじゃれ合うコユキとライカを微笑ましく見つめる。

そんな2人を見ながら、

(順調だな…)

と感慨深くそう思った。

この領に戻ってきた当初はまさかここまで順調に行くとは思ってもみなかったし、今で若干信じられない気持ちでいる。

当然暮らしはもっと厳しいものになるだろうと思っていたし、産業の発展も難しいだろと思っていた。


(前世の記憶様様だな…)

と思って苦笑いを浮かべる。

そして、突然の魔力の増加という出来事も含めて、これまでの自分の幸運を振り返ってみた。

(フェンリルのおかげで命拾いしたし、それがきっかけでライカやコユキというかけがえのない存在にも巡り合えた。それにベル先生に会えたのも大きい。それがきっかけでエルフのみんなドワーフのみんなもこの領にやってきてくれた。…本当に私は恵まれているな)

としみじみ感じ入る。

そんな思いで、これまでの幸運とこれからの希望に思いを馳せていると、

「きゃん!」(お腹空いた!)

と言いながら、コユキが私の足に飛びついてきた。

「ははは。そうだな。腹が減ったな」

と笑顔で答えて、コユキを抱き上げる。

そんな私たちを微笑ましそうに見つめるライカに、

「いつもお姉ちゃんしてくれてありがとうな」

と声を掛けてその首筋を軽く撫でてやった。

「ぶるる…」

とライカが照れたような声で鳴く。

その様子に「ふっ」と軽く微笑み、

「さて。帰ろうか」

と2人に声を掛ける。

「きゃん!」

「ひひん!」

と元気な声が返ってきて、私はさっそくライカ跨らせてもらった。


初冬のあぜ道を軽快な歩調で進んでいく。

(さて、今日の晩飯はなんだろうか?)

と、そんな呑気なことを考えていると、自然と心が温かくなった。

(私もとんだ食いしん坊だな)

と思って頬を緩める。

そんな私の胸元で、コユキが、

「きゃん!」(今日はシチューがいいな!)

と言って私に同意を求めるような視線を送ってきた。

「ははは。そうだな」

と答えてコユキをワシャワシャと撫でてやる。

すると、コユキは嬉しそうに、

「きゃふぅ」

と鳴いて気持ちよさそうな顔をした。


夕日に染められた屋敷の門をくぐり厩へと向かう。

そこで私がライカから降りると、コユキがライカに、

「きゃん!」(また明日!)

と元気に声をかけた。

「ひひん!」(うん。また明日ね!)

と、ライカも明るい言葉を返してくる。

私は、その「また明日」という言葉になんとも言えない希望を感じ、

「今日もありがとう。また明日もよろしくな」

と声をかけ、屋敷の玄関へと向かっていった。


「ただいま」

と声をかけ、

「おかえりなさいませ。今夜はシチューですよ!」

と、いつものように明るいミーニャの出迎えを受ける。

私の胸元で、コユキが、

「きゃん!」(やったね!)

と嬉しそうな声を上げた。

「ははは。よかったな」

と言いつつ食堂へ向かう。

そして、食堂の扉を開けみんなの笑顔を見た瞬間、私の胸に、

(今日もいい一日だったな)

という感慨が心の底から湧き上がってきた。

(明日も頑張ろう)

と思いながらいつもの席に着く。

私の正面でエリーがなんの意図も無く微笑んだ。

その微笑みに私も軽く微笑み返していると待望のシチューがやって来た。

「きゃん!」(いただきます!)

というコユキの元気な声を合図にみんなが「いただきます」と声をそろえて食事が始まる。

「美味いな」

と私がつぶやくと、私の隣でコユキが、

「きゃん!」(うん。温かくて美味しいね!)

と嬉しそうに私を見ながらそう言ってきた。

「ああ。暖かいな」

と言ってコユキに微笑みかける。

そんな私の言葉を嬉しそうに受け止めてまたシチューを美味しそうに食べるコユキをなんとも言えず幸せな気持ちで見つつ、私もシチューをひと口頬張った。

鹿肉のどっしりとしたうま味と野菜の優しい甘さが口いっぱいに広がる。

(ああ、美味いな…)

と心からそう思い、私はその辺境風のなんということもない普通のシチューを微笑みながら食べ進めた。

今日という一日が終わる。

そして、当たり前のようにやってくる明日も今日のようにいい一日であることを確信しながら、私はその日も楽しい心のままに締めくくっていった。


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