翌日。
さっそく候補地の下見に行くというドワイトさんやジェイさんたちを連れて隣のシーバ村へと向かう。
ライカやコユキを紹介すると、一瞬ドワイトさんたちが固まるといういつもの光景を経て、昼前には隣のシーバ村に到着した。
地図を広げつつ、
「この辺りの空き地ならどう使ってもらってもかまわんぞ」
と言って、辺り一面草に覆われた空き地を示す。
それを聞いたジェイさんは、
「広さ的には十分だと思うが、どうだ?」
と言ってドワイトさんに視線を向けた。
その視線を受け、ドワイトさんは、少し考えるような素振りをした後、
「そうだな…。よし。出来たものを運ぶことも考えてあの辺りにしよう」
と言って比較的道に近い一角を指さす。
私もジェイさんもその言葉に軽くうなずくと、ジェイさんたちはさっそく目印になる木の杭を辺りに打ち始めた。
私も地図上に軽く印をつける。
しばらくそんな作業をした後、
「後は帰ったら正式な図面を起こして明後日には着工できるぜ」
と言うアインさんの言葉をきっかけに、作業を終えると、ジェイさんとドワイトさんはさっそく村に戻っていき、私は事情を説明すべくシーバ村の村長宅を訪ねることにした。
「忙しいところすまんな」
と、たまたま家で事務仕事をしていた村長のイサークさんに声を掛ける。
「いえ。かまいませんが、どうなさいました?」
と聞いてくるイサークさんに今回の件を説明した。
「本来なら事前に説明する方がよかったんだろうが、なにせ話がトントン拍子にすすんでな…」
と、説明の順番が逆になってしまっていたことに今更気が付き、軽く謝罪の言葉を述べる。
そのことに対してイサークさんは、
「いえいえ。村のためになる事ですし、私はかまいませんよ」
と軽く笑って話を受け入れてくれた。
「そう言ってくれると助かる」
と言ってまた軽く謝罪した後、
「おそらく人員の募集があるだろうから、手先が器用な連中を中心に声をかけておいてくれ」
と人員の募集を頼んでイサークさんと握手を交わす。
その後、収穫の状況や来年の見通しなんかのよもやま話をして村長宅を後にした。
夕方。
屋敷に戻り今日決定したことを書類にまとめる。
(これで、少しだが、各村にも産業が広がっていくな…)
と思いながら、にんまりとした気持ちで出来上がった書類を見ていると、執務室の扉の外から、
「きゃん!」(ご飯の時間だよ!)
というコユキの声が聞こえてきた。
コンコンと扉を叩く音がして、コユキを抱いたミーニャが扉を開ける。
「すまん、すまん。つい夢中になってしまってな」
と苦笑いで書類を綴じると、すでに日は傾き、執務室の中は暗くなり始めていた。
「待たせたな。行こうか」
と声を掛け、ミーニャからコユキを受け取り撫でながら食堂へ向かう。
私の腕の中で、
「きゃふぅ…」
と甘えた声を出すコユキを微笑ましく思いながら、私はまた今日という一日を楽しく終えた。
翌々日。
さっそくドワーフたちと一緒にシーバ村に向かう。
私と一緒に向かったのはジェイさんとアインさん、それにドワイトさんとアーズマさんの4人。
なんでも、アーズマさんは飾職でありながら焼き物もこなしてしまうとのこと。
「窯の図面を書いてきた」
と言葉数少なに渡された図面を見ると、そこにはなんとなく前世の記憶にある登り窯に似た物が書かれていた。
「けっこう本格的なんだな」
という感想を述べる私にアーズマさんが、
「将来、役に立つ」
と、また言葉数少なにそう言ってくる。
私はその言葉にうなずきつつ、図面をアーズマさんに返し、シーバ村へと歩を進めていった。
やがてシーバ村の建設予定地に着くと、ドワーフの4人がさっそく作業に取り掛かる。
「今回は全部土魔法で作るから、けっこう魔力を使うぞ。なんならやってみるか?」
と言うジェイさんの言葉にうなずいて、その準備とやらが整うのを静かに見守った。
しばらくして、
「よし。準備が出来たぞ。やってくれ」
とジェイさんから声が掛かる。
私はまたそれにうなずくと、静かに集中力を高めながら、ジェイさんがつけてくれた目印へと近寄っていった。
「ふぅ…」
と息を吐き、魔力を練る。
そして、予め地面に刺されていた短いロッドのような物に手を添えると、一気に魔力を解放した。
(…くっ)
と思わず食いしばり眉間にしわを寄せてしまう。
ジェイさんの言う通り、かなりの魔力を持っていかれた。
その感覚に耐えつつ、集中して魔力を放出していく。
(まだいける…。もうちょっとだ…)
と心の中でつぶやきつつ目の前の魔法に集中していると、やがてフッとその抵抗が軽くなったような感覚になった。
(…終わったか?)
と思って集中を切り、ロッドから手を放す。
すると、私の目の前には立派な塔のような建造物が出来上がっていた。
(…ほう。これがレンガを焼く窯か…)
と息を切らしつつも感心して見上げる。
そうやって、私が感心していると、
「お疲れさん。またずいぶん魔法の使い方が上手くなったじゃねぇか」
とジェイさんが声を掛けてきてくれた。
「ああ。用水路工事やらなんやらで練習させてもらったおかげだ」
と言いつつジェイさんが差し出してくれた手を借りて立ち上がる。
「これだけの物があればけっこうな量のレンガが量産できるぜ」
と言いつつ満足げにその塔のような窯を見るアインさんの横に立って私もしばらくその窯の威容を眺めた。
「あとは仕上げにちょっとした調整があるから、その辺の作業はこれからだな。3日もあれば終わる。そしたらすぐにでも使えるぜ」
と言うドワイトさんの言葉を嬉しく思いつつ、
「次は焼き物の窯だな」
と言うアーズマさんの言葉にうなずいて、私は再度気合を入れなおした。
ドワーフの4人が準備をしている間、少し休ませてもらう。
なんだか妙に腹が減ったので、みんなのおやつにと持ってきたクッキーを頬張りながら、ゆっくりとお茶を飲ませてもらった。
そんな私のもとにコユキがやってきて、
「きゃん!」
と鳴いて自分にもくれとねだってくる。
そんなコユキを笑顔で撫でてやりながら、私の横に膝をついたライカも交えてみんなでゆっくりとした時間を過ごした。
ややあって、
「おう。準備が出来たぞ」
とジェイさんから声が掛かる。
私はその声に、
「ああ、わかった」
と返事を返すと、やや重たい腰を上げて、軽く伸びをし、また気合を入れて魔力を練り始めた。
「大丈夫か?無理なら代わるぜ」
と言ってくれるアインさんに、
「ありがとう。大丈夫だ」
と礼を言って、また例の短いロッドのような物に手を添える。
そしてまた先ほどと同じように集中して魔力を流すと、今度もまた一気に魔力を持って行かれるような感覚に襲われた。
(やっぱり土魔法はキツイな…)
と思いつつ、魔力を流していく。
すると今度は立派な登り窯のようなものが出来上がった。
再び、
「はぁ…はぁ…」
と肩で息をしながら、その構造物を見る。
「お疲れ。おかげで楽させてもらったぜ」
と言いつつアインさんが、私に水筒を差し出してくれた。
「ああ、ありがとう…」
と息を切らしつつ、その水筒を受け取ってぐびりと水を飲む。
「はぁ…。生き返ったよ」
と苦笑いでアインさんにそう言うと、アインさんは、
「ははは。これだけの魔法を使ったにしちゃぁ元気じゃねぇか」
と言って、私の肩を軽くポンポンと叩いてくれた。
(上達してるんだな…)
と一定の満足感を得ながら、敷物を広げた所まで下がりどっかりと腰を下ろす。
先程飲み残したお茶をひと口飲み、その爽やかさに人心地ついていると、そこへコユキとライカがやって来た。
コユキを膝の上に乗せ、私の隣に膝をついたライカを撫でてやる。
そして、
「さすがに疲れたよ」
と、肩をすくめながら苦笑いでそう声を掛けた。
「ぶるる」(お疲れ様)
とライカが労いの言葉を掛けてきてくれる。
そんな優しいライカをまた撫でてやっていると、私の膝の上でコユキが私に頭をこすりつけてきた。
「ははは」
と軽く笑いながら、コユキのことも撫でてやる。
そして、またしばらくゆっくりさせてもらっていると、なにやら作業を終えたジェイさんたちが私のもとにやってきた。
「お疲れだったな」
と言うジェイさんに続いて、
「話にゃ聞いていたが、たいしたもんじゃねぇか。驚いちまったぜ」
とドワイトさんが感心したような言葉を掛けてきてくれる。
「これもジェイさんたちにコツを習えたおかげだ」
と答えて苦笑いを浮かべると、ドワイトさんも笑顔で、
「いや。ヒトでここまでの使い手になれるのは稀だ。自信をもっていいぜ」
と褒めるようなことを言ってきてくれた。
そんなドワイトさんたちと一緒にお茶で一服する。
気が付けば日はずいぶんと西に傾き始めていた。
「きゃん」(今日も楽しかったね)
と無邪気なことを言ってくるコユキを撫でつつ、ゆっくりとお茶を飲む。
ほっとひと息吐き、
(さて、明日からまた忙しくなるぞ)
と思うと、妙に嬉しい気持ちが湧き上がってきた。
なんとなく空を見上げる。
晩秋の澄み切った空には薄い雲がたなびき、なんとも辺境らしい長閑な風景を作り出してくれていた。
(さて、今日の晩飯はなんだろうか?)
と思い、屋敷で待つみんなの顔を思い出す。
すると、急に空腹を感じ、私の腹が「きゅるる」と鳴った。
「ははは。今日は頑張ったからな。気持ちはわかるぜ」
と言ってアインさんが笑う。
みんなもそれにつられて笑うと、ジェイさんが、
「よっしゃ。腹も減ったし、さっさと帰るか」
と言って立ち上がった。
みんなもそれに続いて立ち上がりさっさと帰り支度を始める。
「きゃん!」(今日のご飯何かな?)
とコユキが先ほど私が思ったのと同じことを口にした。
「ははは。なんだろうな。今日はたくさん動いたからきっとなんでも美味しいぞ」
と返してコユキを撫でてやる。
そして、いつものように抱っこ紐に入れてやると、コユキは甘えるように私に頭を擦り付けてきた。
ライカに跨らせてもらい、前進の合図を出す。
「ひひん!」
と鳴いて、楽しそうに歩き出すライカの背に揺られ、私たちは屋敷のあるクルス村へと戻っていった。
「ただいま」
と声を掛けて屋敷の玄関をくぐる。
すると、すぐにミーニャがやって来て、
「おかえりなさいませ。今日はエリー様が作ったロールキャベツですよ!」
と今日の夕食の献立を教えてくれた。
「お。そいつは楽しみだな」
と笑顔で返しつつ、そのまま食堂に向かう。
食堂に入ると、そこにはみんなが揃っていて、口々に「おかえり」と言ってくれた。
「おかえりなさいませ」
と言って微笑んでくれるエリーに、
「ああ。ただいま」
と、こちらも微笑みながら返して席に着く。
「早よう食べるぞ」
と、どうやらトマト好きのベル先生が待ちきれない様子で声を掛けてきたのを合図に「いただきます」の声をそろえてみんなが笑顔で食事を始めた。
「きゃん!」(美味しいね!)
と言うコユキに、
「ああ。美味いな」
と答えて、大きな口でロールキャベツを頬張る。
「うふふ。良かったですわ」
と嬉しそうに微笑むエリーに、
「いつもありがとう」
と言って、こちらも微笑み返した。
私とエリーの間になんとも微笑ましい空気が流れて、お互いに少し照れる。
そんな私たちを見て、みんながなぜか微笑ましいような表情を浮かべた。
「こほん」と小さく咳払いをしてまたロールキャベツを口にする。
トロトロに煮込まれたキャベツの甘味がトマトの酸味を纏ってなんとも爽やかに口の中に広がった。
いつものようにささやかだが、十分に幸せな空気が食堂全体に広がる。
私はその幸せな空気を心の底から大切なものだと感じ、
(明日も明後日も、ずっとこんな食事をすることが出来ればそれでいいんだ…)
と心の中でつぶやいた。
晩秋の空は早くも暗くなり星が瞬き初めている。
そんな美しい夜空の下、今日も我が家の一日は楽しいうちに暮れていった。