翌日。
さっそく、ベル先生を伴って織物工場を訪ねる。
すると、そこには昨日挨拶出来なかったユリア、オリビア、ラフィーネ、シリウスの4人もいたので、さっそく軽く挨拶を交わした。
エルフの面々はベル先生の登場に少し驚いていたようだったが、和やかに挨拶は終わり、みんながそれぞれの持ち場に帰っていく。
私とベル先生は、着々と進んで行く準備状況をアリアの説明を受けながら視察し、領内からの働き手の受け入れに向けた今後の日程なんかを詰めていった。
「ある程度材料が集まったら、まずは試験稼働をさせてください。その後ならいつでも人員は受け入れ可能ですから、こちらからまたお声をおかけします。最初のうちは簡単な工程から覚えてもらって徐々にという風になりますので、一人前になるには最低でも3年くらいかかると思いますが、どうぞ、気長にお待ちください」
というアリアの言葉に、
(職人の世界というのは厳しいものだからな…)
と改めて思いつつうなずく。
そして、一通り話を終えると、私たちは次に「旋風」がいる長屋へと向かっていった。
玄関の扉を叩き、
「ルーカスだ。様子を見に来た」
と声を掛ける。
すると中から少しバタバタとした足音がして、
「今開けるよ」
という声が聞こえてきた。
やがて、扉が空き、
「すまねぇ。昨日ちょっと飲み過ぎた…」
と言ってやや青ざめたような顔のシルフィーが出迎えてくれる。
「ははは。さてはジェイさんたちに捕まったな」
と笑いながらそう言うと、
「ああ。ドワーフに酒で勝負を挑んだ私たちがバカだったよ」
という言葉と苦笑いが返ってきた。
そんなシルフィーにこちらも苦笑いを返しつつ、
「今日は衛兵隊を紹介しておきたい。ゆっくりで構わないから準備してくれ」
と今日来た目的を告げる。
その言葉を受けてシルフィーはまた苦笑いをすると、
「ああ。すぐに叩き起こすから待っててくれ」
と言いつつ、急いで家の中へと戻っていった。
「ほら。ぼさっとしてんじゃないよ!」
というシルフィーの声が聞こえてくる。
私とベル先生がそんな声に苦笑いを浮かべていると、そこへアインさんがやって来た。
「よう。ルーカスの旦那にベルの姐さんじゃねぇか。どうしたんだ?」
と気さくに挨拶をしてくるアインさんに、
「昨日きたエルフの冒険者がいたろ?その連中の様子を見がてら衛兵隊の連中に紹介しようと思って呼びに来たんだが…」
と言いつつ、シルフィーたちが住む部屋の方に視線を向ける。
すると、アインさんは、
「あっはっは」
とおかしそうに笑って、
「すまねぇ。潰しちまったみてぇだな。一応俺も心配になったんで様子を見に戻ってきたんだが…。どれ、二日酔いの薬でも取って来てやるかな」
と言うと、さっさと自分の家の方へと向かっていった。
やがて、アインさんがなにやら薬が入っているらしき瓶を持ってきたところで、「旋風」の3人が出てくる。
「待たせたね」
というシルフィーの後からは、どこかおっとりしたような感じのエルフの女性とエルフにしてはガタイのいい男性が、シルフィー同様少し青い顔をして出てきた。
「はっはっは。まずは飲みねぇ。良く効くぜ」
と笑いながらアインさんが薬瓶をシルフィーに渡す。
シルフィーはそれを、
「すまないねぇ」
と言いながら受け取ると、他の2人にも渡してから栓を抜きさっそく飲んだ。
「うげぇ…」
とシルフィーがひと言漏らして顔をしかめる。
それを見てアインさんがまた笑い、
「ははは。良薬なんとやってな。安心しな。効き目は保証するぜ」
と言うと、
「んじゃぁ、俺はまた作業に戻るからよ。今夜も飲みたきゃうちにきな」
と言って後ろ手に手を振りながら帰っていった。
「…しばらく酒はいいよ」
と言ってシフルフィーがまた顔をしかめる。
その言葉に後ろの2人もうなずいて、薬を飲み、シルフィー同様顔をしかめた。
「ああ。遅くなっちまったね。紹介するよ。こっちのおっとりしてそうなのがリーシェン。で、そっちの無口なのがザインだ」
とシルフィーがものすごく簡単に他の2人を紹介してくれる。
そんな適当な紹介を受けて私は、やや苦笑いしつつ、
「一応、この領の領主をしているルーカス・クルシュテットだ。気さくに接してもらって構わんぞ」
と言って2人に向かって右手を差し出した。
まずはリーシェンと紹介された方が私の手を握り返し、
「お恥ずかしい所をお見せしちゃいました。これからよろしくお願いしますね」
と、ほんわかとした口調でそう言ってきた。
次に男性の方が、
「ザインだ。よろしく頼む」
とひとこと言って手を握り返してくる。
その手は見た目以上にゴツゴツとしていた。
(盾役か?)
と見当をつけつつ、
「ああ。よろしく頼む」
と言って手を放す。
そして、一通り挨拶が終わると、私は、
「じゃぁ、さっそくだが衛兵隊の詰所まで行こうか。詳しいことはそっちで聞けるだろう」
と言って、3人を先導するような形で馬に乗った。
「ぶるる!」
と楽しそうに鳴きながら歩くライカを先頭にあぜ道を進んで行く。
そんな私にシルフィーが、
「なぁ、その馬ってユニコーンだよな?」
と、恐る恐るといった感じでそう聞いてきた。
「ああ。そうだ。ちなみに、この子はフェンリルの子だぞ」
と言って胸に下げた抱っこ紐の中のコユキを見せてやる。
その言葉にシルフィーは、
「はぁ!?」
と素っ頓狂な声を上げた。
少し間を置き、
「おいおい…。マジかよ」
と言うシルフィーに、
「ああ。マジだ」
と冗談めかしてそう答える。
すると、私たちのそんなやり取りが面白かったのか、ベル先生が話の横から入ってきて、
「慣れてみればどっちも可愛いもんじゃぞ」
と苦笑いを浮かべながらそう言った。
「ははは。さすが辺境だな…」
と言ってシルフィーが乾いた笑いを浮かべる。
そんなシルフィーに、コユキが、
「きゃん!」(よろしくね!)
と可愛らしく挨拶をした。
「ひひん」(よろしく)
とライカも少し照れくさそうな感じで挨拶をする。
そんな挨拶に、シルフィーはやや固まったような感じの笑顔を見せたが、リーシェンは、
「うふふ。二人ともお利口さんなのね」
と言ってライカに近づき、微笑んで見せた。
「ぶるる…」
とライカが照れたように鳴く。
そして、コユキは、
「きゃん!」(私もお利口さん!)
と、可愛らしく抗議の声を上げた。
「うふふ。ええ。コユキちゃんもお利口さんよ」
と言ってリーシェンが微笑む。
その笑顔を見てコユキは、
「きゃん!」
と嬉しそうな声を上げた。
そんな感じで道中は楽しく進み、やがて衛兵隊の詰所に着く。
門番をしている衛兵に軽く様子を聞くと、ちょうどエバンスもハンスもいるという事だったので、さっそく詰所の中に案内してもらった。
隊長執務室と書かれた部屋に入る。
するとそこにはエバンスとハンスがいて、なにやら地図を見ながら話をしていた。
「仕事中にすまんな」
と声を掛ける。
そんな私にエバンスは軽く微笑むと、
「いえ。そろそろお越しになるだろうと思って準備をしておりました。狭苦しい所ですが、どうぞ」
と言って使い込まれたソファを勧めてくれた。
ソファに座る前に、
「しばらくの間この領に滞在することになった冒険者『旋風』の3人だ。うちの森で冒険したいそうだから色々と打ち合わせも必要だろうと思って連れて来た」
と言いつつ、「旋風」の3人を紹介する。
私の紹介された「旋風」の3人は、それぞれ、
「シルフィーだ」
「リーシェンです」
「ザインだ」
と言って、エバンスとハンスに自己紹介をした。
さっそくソファに腰掛けてテーブルの上に広げてあった地図を見る。
どうやらそれは森の地図らしく、衛兵隊の拠点や魔獣の目撃情報らしいバツ印がいくつか記されていた。
「さっそくだが…」
と言ってエバンスが「旋風」に説明を始める。
その説明によると、基本的に衛兵隊の活動の邪魔になるような所以外ならどこに行っても構わないということだった。
ただし、フェンリルの領域には入らないこと、米や綿花の群生地には近寄らないことなんかの注意事項を言い渡される。
その注意事項に「旋風」の3人はうなずき、その後、この辺りの森にでる魔獣の話になった。
「浅い所ではゴブリンとか普通の獣、奥に行けばオークやグレートウルフ、水辺ではリザードやカエルなんかがいる場所もあるっすね。薬草の類はベル先生曰くわんさか生えてるらしいっすよ」
と簡単に地図を指しながらハンスがざっくりとした説明をする。
そして、その説明の最後に、ハンスは、
「この地図に載ってない所には行かない方がいいっすね。…何がいるかわかったもんじゃないっすから」
と、意外にも真剣な目でそう言った。
「…さすが、辺境の森だな」
とシルフィーがつぶやく。
そのつぶやきにリーシェンが、
「ええ。この範囲でそれだけの魔獣がいるってことは、その奥はもっと恐ろしい場所ってことなんでしょうね」
と固唾を呑むような感じでそうつぶやき返した。
「ああ。この間なんてオークロードが出たからな。この地図に載っている範囲だって十分に危険だぞ」
と私もひと言注意する。
するとその言葉に「旋風」の3人全員が目を見開いた。
「マジか…」
というシルフィーに、
「マジだ」
と真剣な表情で答える。
「ああ。あれはちょっとした事件じゃったからのう」
とベル先生がどこか懐かしいような感じでそう言うと、
「ははは。そりゃおっかねぇ…」
と、シルフィーが張り付いたような笑顔でひと言そう漏らした。
「あらあら。予想以上に大変なところに来ちゃったみたいねぇ」
とリーシェンがどこか間延びしたような感じでそう言う。
そんなリーシェンにハンスが、
「なに。慣れっすよ」
と軽く返した。
「ははは…」
と、またシルフィーが乾いたような笑みを浮かべる。
それを見て、私は、
(やはり辺境の環境は厳しいものだったんだな…)
と当たり前のことを今更ながら痛感した。
そんな対面が無事終わり帰路に就く。
またあぜ道を進みながら、シルフィーが、
「はぁ…。オークの1匹や2匹は覚悟してたが、そんなに数がいやがるのか…」
とため息交じりにそう漏らした。
そんなシルフィーにややからかうような口調で、
「帰りたくなったか?」
と聞いてみる。
すると、シルフィーは少しムキになったような感じで、
「バカ言ってんじゃねぇよ」
と強気な言葉を投げ返してきた。
「ははは。まぁ、慣れないうちは無理せずやってくれ。ケガだけはして欲しくないからな」
と、あえて軽くそう言って励ます。
その言葉にシルフィーは、ムッとしたような表情を浮かべたが、リーシェンは、
「うふふ。せいぜい楽しませてもらいますわ」
と微笑みながら返してきた。
(ほう。どうやらリーシェンの方が肝が据わっているらしいな)
と思いつつ、
「ああ。辺境の生活を楽しんでいってくれ」
と笑顔で答える。
そんな私の胸元からコユキが、
「きゃん!」(お腹空いた!)
と空腹を訴えてきた。
「ああ。そうだな。よし、急いで帰って飯にしよう」
と答えてライカに少し速足の合図を出す。
その合図にライカは、
「ひひん!」
と楽しそうな声を上げて、少しだけ足を速めてくれた。
ちょっとした散歩気分で楽しく帰路を進んでいく。
私も、
(これから村が楽しくなりそうだな)
という予感を感じつつ、どこかウキウキとした気持ちでライカの背に揺られた。