バーベキュー大会から10日ほどが経つ。
領内ではそろそろ今年の収穫に向けてみんなが動き出し、私も各種書類の山に囲まれて忙しい日々を送っていた。
そんな中、執務室の扉が叩かれる。
「どうぞ」
と書類と格闘しながら気軽に答えると、ミーニャの声で、
「アリアさんがいらっしゃいました」
という声が聞こえた。
(お。そろそろ到着か?)
と思いつつ、
「通してくれ」
と言って、いったん仕事を切り上げる。
そして、席を立つとやや遠慮がちに執務室へと入って来るエルフ3姉妹の長女アリアをソファに促し、私も対面に座った。
「そろそろ次の人員が到着するという報せが来ましたのでご報告にまいりました」
というアリアに、
(やはりそうだったか)
と思いつつ、
「おお。それはなによりだ。何人くらい来ると?」
と微笑みながら聞く。
するとアリアはややほっとしたような表情で、
「とりあえずは、5人ほど、機織りや染物の職人が合わせて4人と意匠が得意な者が1名とのことです。あと、護衛の冒険者が数名いると聞いておりますが、その者たちがどうするかまでは聞いておりません」
と答えた。
「なるほど。わかった。住む場所は長屋を自由に使ってくれ。確か十分に空きがあったはずだ。書類関係は落ち着いてからで構わないから、ゆっくりとまずは身を落ち着けるように伝えてくれ」
とまた笑顔で答え側に控えていたミーニャにお茶を頼む。
そんな私にアリアは、
「着いたらさっそく挨拶に来させますわ」
と言って軽く微笑んだ。
そこからはミーニャの淹れてくれた緑茶を飲みながら、現在の生活の様子や今年の予定なんかの話になる。
アリア曰く、今年の綿花の収穫は順調らしく、衛兵隊が森で収穫してくる綿花と合わせればそれなりの量の布が作れるだろうとのこと。
そのことを嬉しく思いつつ、不足する物はないかと言うようなことを丁寧に聞き取っていった。
そんな質問にアリアは現在の所不足はないが、将来的には染料なんかが不足するだろうから手配を頼むと申し出て来たので、その調達網の確保を約束する。
そして、最後に握手を交わすとその希望に満ちた会談は和やかなうちに無事終了した。
(さて、忙しくなるな)
と思いながら仕事に戻る。
再び書類の束をめくり内容を逐一確認していくが、その作業は先ほどよりも楽しいものに感じられた。
その日の夜。
オムライスを食べながらみんなに新しい領民が増えることを伝える。
その報告にみんながそれぞれ、「よかった」というようなことを言って喜んでくれたが、最後に父が、
「しっかり世話をしてやれよ」
と少し気を引き締めるようなことを言ってきた。
「はい。お任せください」
と真剣な表情で答えて、少し気を引き締める。
その表情に納得してくれたのか、父は、
「うむ」
と、ひと言短く言うと、どこか満足そうな顔で再びオムライスを頬張り始めた。
翌日。
さっそく受け入れ準備の書類を整え始める。
そのついでと言っては何だが、侯爵様宛の手紙もしたためた。
内容は、エリーについての報告や染料の仕入れのため、冬になったらまたそちらに伺うというもの。
(米と綿をたっぷり持っていかねばな)
と、ひとり微笑みながらその手紙を書き終える。
そして、丁寧に封をすると、私の側で書類の整理を手伝ってくれていたミーニャにお願いしてその手紙を出しに行ってもらった。
それから数日は長屋の準備状況や各作物の状況を見て回ったりして、わりと忙しく働く。
その日も麦の生育状況を確認しながら農家のおっちゃんと話していると、村の門から続く道を3台ほどの馬車の列がハンスに案内されてこちらに向かってきているのが見えた。
(お。着いたようだな)
と思って農家のおっちゃんに別れを告げ、急いで屋敷に戻る。
そして、バタバタと作業着から普段着に着替えると、執務室に入って、その待望の移住者たちがやって来るのを待った。
その後、軽く書類を処理していると、執務室の扉が叩かれる。
「どうぞ」
と答えて席を立つと、ミーニャに案内されて、4人のエルフが執務室に入ってきた。
「失礼いたします。先ほど到着しましたので、連れて参りました」
と先頭のアリアが言って、後ろにいる他の3人を前に出す。
すると、まずはそのうちの1人が、
「お初にお目にかかります、領主様。私、機織り職人を束ねております、リリアーヌと申します。他にユリア、オリビア、ラフィーネの機織り職人とシリウスという染物職人が一緒に参っております。大勢で押しかけてはと思い、本日はまず私が代表してご挨拶に参りました」
と、淀みなく自己紹介をしてくれた。
「ああ。領主のルーカス・クルシュテットだ。よろしく頼む」
と言って右手を差し出す。
リリアーヌと名乗ったその女性はその手を柔らかく握り返してきて、
「こちらこそよろしくお願いいたします」
と言い、柔らかく微笑んだ。
次に、年若くややぼさぼさとした髪の女性に目を移す。
するとその女性はやや緊張したような様子で、
「あ、あの。エチカです。意匠をしてます。よろしくお願いします!」
と言ってガバッと勢いよく頭を下げてきた。
そのエチカと名乗った女性にも、
「よろしく頼む。領主のルーカス・クルシュテットだ」
と言って、右手を差し出す。
エチカはやはりやや緊張した面持ちで、私の右手を握り返すと、もう一度、
「よろしくお願いします」
と言ってそのまま頭を下げた。
その横から、
「私はシルフィー。見ての通り冒険者だ。せっかく辺境まで来たんだし、しばらくの間この辺で冒険をさせてもらいたくてね。いいかい?」
と気さくな感じで最後の一人の女性が右手を差し出しつつ声を掛けてくる。
私はそんなシルフィーに、
「ああ。もちろんだ。ゆっくりして行ってくれ」
と声を掛け、差し出されたその右手を握り返した。
「ほう…」
と言って、シルフィーが目を細める。
おそらく、それなりに武術をやっているというのが分かったのだろう。
もちろん私が握ったシルフィーの手も同じく武人のそれだった。
(頼もしい限りだな)
と思いつつにこやかに握手を交わす。
お互いに簡単な自己紹介が終わったところで、
「とりあえず、今日は疲れただろう。手続きに必要な書類は後日届けるから、今日の所はゆっくりしてくれ」
と言葉を掛けて、4人をソファに促す。
そこからはミーニャが淹れてくれたお茶を飲みながら、それぞれの略歴なんかを軽い世間話程度に聞いた。
リリアーヌ率いる織物職人たちはそれぞれ10~20年ほどの経験がある者たちだそうで、材料さえあればすぐにでも作業に入れるし、村の希望者への指導も任せてくれという。
シリウスという染物の職人も同じくらいの経験を持っているそうだから、そちらにも見習いをつけてもらって構わないという事だった。
次にエチカに話を向ける。
すると、エチカは、
「はい。私は、5年前に意匠専門学校を卒業してイリスフィア王国の王都で見習いをしていました。まだまだ若輩ですが…」
と、やや自信なさげにまずそう言った。
その横からリリアーヌが、
「見習いとはいえ、なかなか良い図案を書くのですよ。将来有望だと専らの噂でした」
とエチカを持ち上げるようにことを言う。
そんな言葉を聞いてエチカは「あはは」と苦笑いで頭を掻いて照れたような仕草を見せた。
「ほう。それは楽しみだな。思う存分働いてくれ」
と笑顔でそう言葉を掛ける。
そんな私の言葉に、エチカは恐縮したような、しかして、嬉しそうな顔になり、
「はい!」
と元気よく答えてくれた。
最後に、冒険者シルフィーの話を聞く。
シルフィーたちは、リーシェン、ザインという2人と一緒に「旋風」というパーティーを組んでいるのだそうだ。
本人曰く、
「ちょっとデカい狼くらいなら経験があるから任せてくれ」
と言うので、
「それは頼もしいな。後で衛兵隊を紹介させるから、そちらと調整しながら上手くやってくれ」
と言って、また軽く握手を交わした。
よもやま話も終わり4人が帰っていく。
私は後のことをミーニャに頼むと、再び書類仕事に戻っていった。
(楽しくなりそうだな…)
と思いつつ、移住してきた人員の書類を作っていく。
もちろんシルフィー率いる「旋風」の滞在許可も作った。
やがて、書類が出来上がり、
「ふぅ…」
と息を吐き軽く伸びをすると、部屋がオレンジ色に染まっている。
(もう、そんな時間か…)
と思いつつ、出来上がった書類をまとめて席を立った。
食堂の扉を開けると、コユキが真っ先に飛び込んでくる。
「きゃん!」(今日、ステーキだって!)
と私の腕の中で嬉しそうに言うコユキに、
「そうか。それは楽しみだな」
と答えてそのもふもふの体を目一杯撫でてやると、コユキが気持ちよさそうに、
「きゃふぅ…」
と鳴いて、より一層私に甘えだしてきた。
そんなコユキを微笑ましく思いつつ席に着く。
「無事に着いたみたいじゃな。近いうちに様子を見に行くなら私も同行してやろう」
と言ってくれるベル先生に、
「ああ。助かる」
と軽く礼を言っていると、そこにエリーとマーサがやって来た。
「今晩もお邪魔いたしますわ」
と微笑みながらそう言ってくるエリーに、
「ははは。食事は大勢で食った方が美味いからな」
と言って笑いかける。
「はい。私もそう思います」
と言って微笑むエリーを見ていると、
(すっかり元気になったようで、よかった…)
という思いが込み上げてきた。
そんな幸せな空気が流れる食堂にお待ちかねのステーキがやって来る。
私はその、わりと厚めに切ってある牛肉を見て、
(そのうち、牧草地も広げていかねばな)
と、密かに思いつつも、
「よし。さっそくいただこうか」
と、みんなに明るくそう声を掛けた。
「いただきます」
という声が重なって楽しい食事が始まる。
コユキの、
「きゃん!」(美味しい!)
という嬉しそうな声をきっかけにして、食卓に笑顔がこぼれた。
私はその光景を心の底から愛おしく思いつつ、思いっきり肉を頬張る。
いかにも辺境らしい少し硬めの牛肉から、たっぷりとしたうま味があふれ出してきた。
(いかにも肉を食っているという感じだな…。これはこれで美味いがそのうち霜降り肉も広めたいものだ)
と、ひとり妙なことを考えつつみんなと一緒に笑顔をこぼす。
秋の夜長を楽しく過ごし、その日も我が家は温かい一日の終わりを迎えた。