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第65話森の異変07

緑茶でひと息ついた後、

「さて、そろそろ魔石でも取りに行くか」

と言ってジェイさんがいかにも「よっこらしょ」という具合に腰を上げる。

それに続いてみんなも立ち上がり、軽く荷物の整理をすると馬たちを連れて先ほどまで戦場だった窪地へと戻っていった。


「じゃぁ、まずはロードからだな。ノバエフ。頼んだぜ」

と言うジェイさんにノバエフさんが無言でうなずく。

そして、ノバエフさんが私のもとにやって来ると、ひと言、

「火魔法。見てろ…」

と言い、オークロードの方に向かって手をかざした。

ノバエフさんから魔力が高まる気配を感じる。

すると、次の瞬間オークロードが勢いよく燃え始めた。

初めて見る本気の火魔法に驚き、ノバエフさんの方を見る。

そんな私の視線にノバエフさんは静かにうなずくと、

「熱を操ることを想像しろ…。最初のうちはロウソクで練習するといい」

と言って助言をしてくれた。

「ああ。ありがとう。帰ったらさっそく訓練してみよう」

と言って、ノバエフさんに軽く礼を言う。

すると、ノバエフさんはひとつうなずいて、

「火事には気をつけろ…」

とだけ言ってくれた。


「ああ」

と返しつつ、燃え盛るオークロードを見る。

オークロードの巨体はどんどん燃えていき、しばらくすると完全に灰になってしまった。


その灰の山にノバエフさんが近づき、足で無造作に灰をかき分ける。

そして、私を手招きで呼び寄せると、

「これがオークロードの魔石だ」

と言って、ソフトボールよりやや大きな赤黒い多角形の物を指し示してくれた。

(やはりデカいな…)

と感心しながらその赤黒い魔石を見る。

すると、ノバエフさんはそれを無造作につかんで私に差し出してきた。

「熱くないのか?」

と、やや驚いて聞く私に、ノバエフさんが、

「魔石は火に強い…」

と言ってさらにその魔石を私に近づけてくる。

私は恐る恐るといった感じでその魔石を受け取ってみたが、それはノバエフさんの言う通り、ほんのりと温かい程度で熱くはなかった。

「不思議なもんだな…」

と、つぶやきつつその魔石をしげしげと見つめる。

正直、

(あまり美しいものじゃないな…)

という感想を持っていると、私の横からアインさんが顔を出し、

「ほう。けっこうデカいな。売れば高いぜ」

と少しニヤケながら、そう言ってきた。

「ほう。どのくらいの価値になるんだ?」

と興味本位で軽く聞いてみる。

その質問にアインさんは少し考えるような仕草を見せると、

「そうだな…。最低でも金貨500ってところじゃねぇか?」

と軽い感じでそう言ってきた。

「ご、ごひゃく!?」

と驚きの声を上げてしまう。

そんな私に向かってアインさんは、

「そりゃそうだろ。なにせ滅多にとれないからな。それなりの価値になるぜ」

と、さも当たり前のような顔で平然とそう言ってきた。

(これが、5千万か…)

と思いながら、またしげしげとその美しくない魔石を見つめる。

私はなんとも言えない微妙な感覚で、その魔石の重さと温かさを感じた。


やがて、

「おい。こっちも手伝ってくれ」

というベル先生の声がして、その他のオークの処理を手伝う。

こちらもノバエフさんが燃やしたり、火炎石を使って焼いたりしながら、テキパキと灰にしていった。


「40ちょっとか…。それなりだったな」

とジェイさんが何気ない感じでつぶやく。

私は、そのつぶやきを聞いて、

(これが、村に押し寄せてきていたら…)

と思い、密かに眉をひそめた。


「さて。ちょいと場所を移して昼にしようや」

とジェイさんが腰の辺りを軽く叩きつつ、そう声を掛けてくる。

「そうじゃな」

とベル先生もその意見に賛同すると、私たちは適当に魔石を荷物の中に入れ、その場を後にした。


やがて、適当に開けた小川のほとりに出たところでミーニャが昼食の準備に取り掛かる。

馬たちもやっと安心したのか、美味しそうに水を飲み、その辺に生えている草をのんびりと食み始めた。

私たちも装備を外し、それぞれに小川の水で顔を洗ったり体を拭いたりし始める。

そんな中、ベル先生が、

「さて、明日からは残党狩りじゃな」

と、やや疲れた感じでそうつぶやいた。

「すまん。苦労を掛けるな」

と一応、謝罪のような言葉を返す。

すると、ベル先生は困ったような笑顔を浮かべ、

「なに。これも研究のためじゃよ」

と軽い感じでそう返してきてくれた。

「ありがとう」

と返して、こちらも笑顔を浮かべる。

すると、そこへ、

「スープが出来ましたよ」

というミーニャの明るい声が聞こえてきたので、私たちはさっそくミーニャのもとへと向かった。


スープを飲み、人心地着いたところでさっそく出発する。

そこからはまた気を引き締めて歩を進めていった。


帰路は行きと違い、積極的に魔獣の気配を追っていく。

ここでもライカが大活躍して、私たちは次々と残党のオークを倒していった。


そうやって進むこと4日。

明日は衛兵団が築いている防衛線付近まで行けるだろうかという所で野営になる。

夕食の席で、私がふと、

「村は大丈夫だろうか」

と、つぶやくと、

「大丈夫です。きっとみんなが守ってくれていますよ!」

とミーニャが明るい声で力強くそう言ってくれた。

その前向きな言葉に、

「ああ。きっとそうだな」

と笑顔で返して、スープをひと口すする。

パチパチとはじける焚火の炎が私たちを温かく照らし、その日の夜は何事も無く穏やかに更けていった。


翌日。

「ひひん!」(もう、いないよ)

と嬉しそうに言うライカの言葉に安心し、足早に森の中を進んで行く。

するとやがて、簡素な防衛陣地が見えてきた。

ミーニャが、

「ただいま戻りました!」

と見張りの衛兵に声を掛ける。

すると、その衛兵は、

「おお…!」

と感動したような感嘆の言葉を短く発し、急いで防衛陣地の中へと駆けこんでいった。

ややあって、ハンスがこちらに駆けてくる。

「お疲れ様っす!」

というにこやかな表情を見て、私の緊張は一気に解けた。

「無事だったみたいだな」

と微笑みながらそう声を掛ける。

「はい。何回か接敵したっすけど、返り討ちにしてやりましたぜ!」

と自慢気に語るハンスの様子を頼もしく見つつ、私たちはさっそく防衛陣地に入り、その日はそこで休息を取らせてもらうことになった。


さっそく衛兵隊の隊員が用意してくれた飯を食う。

夕食はなんて事のない鹿肉のシチューだったが、そのいかにも辺境らしい素朴な味付けのシチューが疲れた体と心には妙に沁みた。

「ありがとう。美味かった」

と用意してくれた衛兵に礼を言う。

その衛兵はその言葉に少し照れたような表情を浮かべると、

「こちらこそ、村を守ってくれてありがとうございます」

と言って頭を下げてきた。

「ははは。それはお互い様だ」

と笑って、その衛兵に右手を差し出す。

するとその衛兵は、

「ははは。そうっすね」

と嬉しそうにニカッと笑って、私の手を握り返してきてくれた。


和やかな雰囲気の中、ライカやコユキと一緒に眠りに就く。

(野外で眠るのにもずいぶんと慣れたな…)

と、妙なところに感慨を覚えつつ、静かに目を閉じると、やはり長い冒険の疲れがあったのだろうか、私はすぐ意識を手放してしまった。


翌朝。

ずいぶんすっきりとした気持ちで目を覚ます。

軽く伸びをし、

(さて。今日はいよいよ帰還だな…)

と思って、微笑みながらまだ眠っているコユキを撫でてやると、コユキがくすぐったそうに、

「くぅん…」

と小さく鳴いた。

「おはよう」

と、みんなに挨拶をして、明るい朝の光の中、またいかにも辺境らしいマッシュポテトと腸詰の朝食を手早く腹に詰め込む。

そして、念のため、もうしばらく警戒を続けるというハンス達に軽く激励の言葉を伝えると、私たちは意気揚々といった感じで防衛陣地を後にした。


午後。

みんなで屋敷の門をくぐる。

すると、庭で掃き掃除をしていたバティスが、慌てて屋敷の中へと駆けこんで行くのが見えた。

ゆっくりと玄関に近づき、

「ただいま」

と声を掛ける。

すると、中から父とエマ、バティスが出て来きて私たちを出迎えてくれた。

「よくやった」

と父から言葉を掛けられる。

私はその言葉に、やや誇らしい気持ちで、

「無事、討伐してまいりました」

と答えると、差し出された父の右手を力強く握り返した。

「おかえりなさいまし」

「よくぞご無事で…」

と言って、涙ぐむエマやバティスとも握手を交わす。

「今夜は盛大にお祝いをしませんと」

と言って嬉しそうに微笑むエマに、ミーニャが、

「はい。とびっきりのご馳走を作りましょう!」

と元気いっぱいにそう返事をした。

「うふふ。じゃぁ、さっそくエリー様を呼んできていっしょに作りましょうね」

と言って、エマとミーニャが奥に下がっていく。

私たちも手分けして馬から荷物を下ろすと、

「すぐに風呂を準備させていただきます」

と言ってくれるバティスに礼を言ってまずはリビングでゆったりとさせてもらった。

緑茶を入れてもらい、しばらく歓談する。

「いやぁ、なかなかの冒険になったな」

「ああ。いい運動になったわい」

「ははは。久しぶりに楽しかったぜ」

と言い余裕の表情を見せるジェイさん、ベル先生、アインさんを頼もしく眺めつつ、緑茶の苦みを堪能していると、そこへやや慌てたような様子のエリーがやって来た。

「ああ、ルーク様…。おかえりなさいまし」

と言いつつ涙ぐんでいるエリーに、

「ああ。ただいま。無事終わったよ」

と言って微笑みつつ、右手を差し出す。

するとエリーは目を赤らめつつ、

「ご無事でなによりです…」

と言って、私の右手を両手で優しく包み込んでくれた。

「ああ、これが効いたみたいだ」

と言いつつ、エリーにもらった守り袋をポケットの中から取り出して、エリーに見せる。

それを見てエリーは、軽く頬を赤らめつつ、

「良かったです」

と言って少しはにかんだような笑顔を私に向けてくれた。

リビングに、ほのぼのとした空気が流れる。

その空気に私もエリーもなんだか照れくさいような気持ちになってしまった。

「あの、今日はたくさん美味しい物をお作りしますわね」

と言ってはにかむエリーに、

「ああ。楽しみにしているよ」

と微笑みながら答える。

すると、その会話にベル先生が、

「なんでもいいが、ケチャップを多めに頼むぞ」

と言って横入りしてきた。

「うふふ。かしこまりましたわ」

と言ってエリーが嬉しそうに笑う。

その笑顔をきっかけにみんなに笑顔が広がって、ほのぼのとした雰囲気のリビングがより一層明るさを増した。


そこから順番に風呂を使い、いったん自室に戻る。

そして、身支度を整えて食堂に入ると、するとそこにはもうすでにみんなが集まっていた。

「お。待っておったぞ」

と言って早く座れと促してくるベル先生に苦笑いしつつ、さっそく自分の席に着く。

食卓の上を見ると、ハンバーグ、ナポリタン、クリームシチューにポテトサラダといったまるでファミリーレストランのような食事がすでに並べられていた。

「美味そうだな」

と言って作ってくれたエマやミーニャ、そしてエリーとマーサに笑顔を向ける。

するとそんな私にベル先生が、

「おい。早く食わせてくれ」

と、まるで子供のようなことを言ってきた。

その、あまりにも正直な心の叫びに苦笑いしつつ、

「まずは乾杯だ」

と言って、ワインが入ったグラスを手に取る。

そして、

「みんなで掴んだ勝利に!」

と言ってグラスを掲げると、

「乾杯!」

というみんなの声がそろって楽しい夕食が始まった。

「む。やはりナポリタンは正義じゃな!」

と言いつつ豪快にナポリタンを頬張るベル先生に負けじと、私もハンバーグを頬張る。

「へへっ。やっぱり冒険の後の酒は格別だぜ!」

と言って豪快にワインを流し込むアインさんの勢いにやや驚きつつ、私もワインをひと口飲んだ。

ハンバーグの濃厚なデミグラスソースの味を爽やかな飲み口のワインがより引き立てる。

(一番いいワインを開けたんだな…)

と、みんなの気遣いを嬉しく思いつつ、私は次々に料理を口に運んでいった。


「きゃん!」(美味しいね!)

と言ってコユキが嬉しそうな顔を向けてくる。

私は、そのケチャップまみれの口元を軽く拭いてやりつつ、

「ああ。最高に美味いな」

と返して微笑んだ。

「はっはっは。やっぱり勝利の後の飯ってのは最高だな!」

と言って豪快に笑うジェイさんの笑顔に釣られてみんなも笑顔になる。

もちろん私も心の底から笑顔になって、

「ああ。最高だ」

と、ひと言正直な感想を述べた。

楽しい食事は夜更けまで続き、コユキが完全に眠ってしまったのを見て、笑顔のうちにお開きとなる。

私は、眠ってしまったコユキを抱いて起こさないようにそっと歩きながら自室に戻っていった。


満腹と酒の酔いでなんとも言えない幸福感に包まれた体を少し冷まそうと、コユキをベッドに寝かせ、ベランダに出る。

「ふぅ…」

と息を吐き、夜空を見上げると、そこにはいつものように美しい辺境の星空が広がっていた。

(帰って来たんだな…)

と改めて感じる。

そう思うと、守りたいものを守れたというなんとも言えない充実感が心の底から湧き上がってくるのを感じた。

庭の片隅に目をやる。

そこに見える離れの窓から小さな明かりが漏れていた。

(守れたんだな…)

と改めて心の中でそうつぶやく。

すると自然に頬が緩むのを感じた。

再び夜空を見上げ、

「ふぅ…」

と息を吐く。

そこには相変わらず満天の星がきらめいていて、辺境の夜空を美しく彩っていた。

(さて。明日からはまた仕事だな…)

と妙に現実的なことを思って苦笑いを浮かべる。

そんな私の耳に、

「きゃふぅ…」

という幸せそうなコユキの寝言が聞こえてきた。

「ふっ」

と笑って部屋の中に戻る。

そして、コユキが眠るベッドに入ると、その日は今ここにいる幸せを噛みしめながら、幸せな気持ちでゆったりとやってくる眠気に身を委ねた。


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