翌朝。
(いかん。ついぐっすり眠ってしまった)
と反省しつつ、しかし、すっきりとした気持ちで目を覚ます。
そして、ひとつ伸びをするとすでに起きて朝食の支度をしてくれていたミーニャに、
「おはよう」
と、にこやかに声を掛けた。
「おはようございます。そろそろスープが出来上がりますよ」
と、いつものように明るく答えてくれるミーニャの姿にどことなく安心感を覚える。
そんな朝のやり取りで目を覚ましたのか、ベル先生やジェイさんたちも起き上がって来て、それぞれに、
「おはよう」
と言って朝の挨拶を交わした。
みんな揃って和やかな雰囲気の中、さっそく朝食を囲む。
「うむ。なかなかじゃな」
「ああ。冒険中の飯としては上出来だ」
とベル先生やジェイさんがミーニャのスープを褒め朝食は和やかに進んでいった。
「さて。食ったらとっとと出発だな」
と言ってジェイさんが立ち上がる。
その言葉に、
「そうじゃな」
とベル先生が続いて、みんながそれぞれに支度を整え始めた。
慣れた手つきで手早く準備を整えるみんなに遅れないよう、私も準備を整えライカに跨る。
そして、
「よし。みんないいようじゃな」
と言うベル先生の声をきっかけに私たちは森の奥を目指して進んでいった。
午後。
「そろそろってところだな…」
とジェイさんがつぶやく。
その声にアインさんが、
「ええ。この辺りからは油断できねぇって感じがしやすぜ」
と、やや引き締まった声でそう応じた。
その声を聞いたライカが、
「ぶるる」(まだ遠いよ)
と、やや得意げに答える。
すると、アインさんが少し驚いたような顔で、
「へぇ。魔獣がどの辺にいるのかわかるのか?」
とライカに話を向けた。
「ぶるる」(うん。だいたいわかるよ)
とライカがやや胸を張ってそう答える。
「ほう。そいつぁすげぇな」
とジェイさんも驚き、ベル先生も、
「うむ。さすがはユニコーンじゃな」
と感心したような声を上げた。
私もなんだか誇らしいような気持ちになり、ライカを撫でてやる。
すると、私の胸の抱っこ紐の中からコユキが顔を出し、
「きゃん!」(私もできるもん!)
と、やや不満げな声でそう言った。
「ははは。そうだな。いざという時は頼りにしてるぞ」
と微笑みつつコユキも撫でてやる。
撫でられたコユキは気持ちよさそうに、
「きゃふっ」
と甘えたように満足気な声を上げた。
魔獣がまだ遠いとわかり、順調に歩を進めていく。
そして、夕方が近づいてきた頃。
予定よりも少し奥まで進んだところで、野営の準備に取り掛かった。
「この調子なら、予定よりも早く片付きそうじゃな」
と少し気楽な調子で言うベル先生に、ジェイさんが、
「ああ。それならそれに越したこたぁねえがな…」
とやや心配そうな感じを交えて答える。
「なんじゃ?何か気になる事でもあるのか?」
と聞き返すベル先生に、ジェイさんは、
「いや。なにせ相手はロード付きの大群だ。油断できんと思ってな」
と言って、首を軽く横に振りつつ、苦笑いを浮かべた。
「なんじゃ、意外と慎重派なんじゃな」
と言ってベル先生が少しからかうような視線をジェイさんに送る。
すると、ジェイさんは、少し渋い顔をして、
「けっ。どこぞのお転婆姫と違って現実的なだけだ」
と不満の声を上げた。
和やかな雰囲気の中、野営の準備が整えられていく。
そして、辺りが薄ぼんやりとした光に包まれた頃。
「みなさん。お食事の準備が出来ましたよ!」
というミーニャの明るい声が聞こえてきた。
その日も和やかな雰囲気の中で食事を済ませ、ゆったりと体を休める。
(明日からはこうもいかんのだろうな…)
という何となくの不安を抱えつつも、私はまたライカとコユキの柔らかい体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
翌朝もテキパキと準備を済ませてさっそく出発する。
その日も午前中は何事も無くずんずんと進んで行った。
午後。
昼の休憩を取って再び出発しようかというところで、ライカが、
「ひひん!」(近いよ!)
と緊張感のある声で魔獣の存在を教えてくれた。
一瞬にしてみんなの間に緊張が走る。
「どうする?」
というジェイさんの問いかけにベル先生が、
「やり過ごせるのであれば無駄な戦闘は避けるのがよかろうが…」
と答えて私の方を見て来た。
その視線に軽くうなずき、
「ライカ、上手いこと避けられるか?」
と聞く。
するとライカは、
「ぶるる!」(うん。任せて!)
と、やる気満々といった感じで答えてくれた。
「ありがとう。頼んだぞ」
と声を掛けて、ライカの首筋を撫でてやる。
すると、私の胸元で抱っこ紐の中に入っていたコユキが顔を出し、私に頭をこすりつけて来た。
きっと、お姉ちゃんばっかり撫でてずるいとでも思っているのだろう。
私はそんなことを思ってほっこりとした苦笑いを浮かべ、コユキのことも撫でてやる。
そして、ライカに前進の合図を出すと、静かに移動を開始した。
緊張の中進み、夕方。
「ぶるる」(いなくなったよ)
というライカの声を聞き、安心して野営の準備に取り掛かる。
準備をしながら、ベル先生が、
「便利なものじゃな」
と私に声を掛けてきた。
「ははは。うちの子は優秀だろ?」
と、やや冗談っぽく返す。
その言葉にベル先生は軽く苦笑いを浮かべて、
「さすがは伝説の存在といったところじゃな」
と感心したようにそう言った。
やがて、良い匂いがしてくる。
どうやら今日のスープが出来上がったらしい。
私たちは、その匂いに引き寄せられるかのように、ミーニャのもとへ向かい、
「今日はタマネギとチーズたっぷりのスープですよ!」
と楽しそうにいうミーニャからそれぞれスープを受け取って、各自ゆっくりとした気持ちで夕食を食べ始めた。
翌日も順調に進みまた野営に入る。
しかし、その日はそれまでのように和やかな雰囲気では無かった。
「さっき、ライカの嬢ちゃんが言った通りだとすりゃ、気が抜けねぇな」
と言いつつスープをすするジェイさんに、
「ああ。いよいよだな…」
と返しつつうなずき、無意識のうちに軽く刀に触れる。
先程ライカは、
「ぶるる…」(周りにいっぱいいるけど、どうしよう…?)
と、みんなにそろそろ魔獣を避けるのは限界だと言ってきた。
(いったい何が出てくることやら…)
と内心不安に思いつつ、私もスープをすする。
ミーニャはいつも通り美味しく作ってくれたのだろうが、その日のスープはなんとなく味が薄いように感じた。
「今晩は交代で見張りじゃな。最初は私がやるぞ」
と言ってベル先生がさっさと食事を済ませる。
私もジェイさんたちもそれにうなずき、同じく手早くスープを飲み干すと、各々がブランケットを取り出し、焚火の近くで体を休めた。
「ぶるる」(大丈夫。私もちゃんと見張ってるよ)
と言ってくれるライカに、
「ああ。ありがとう」
と優しく声を掛け、撫でてやってから軽く目を閉じる。
(大丈夫。みんないるじゃないか…)
と緊張する自分に言い聞かせつつ、私は気を落ち着けるようにひとつ深呼吸をした。
それからどのくらい時間が経ったのだろうか。
一瞬意識を手放しそうになってしまった自分に気が付き、ハッとして、気を引き締めなおす。
すると、その瞬間、
「ぶるる!」(来るよ!)
とライカが鳴いて、私の周りからそれぞれが武器を取る音が聞こえた。
私も慌てて飛び起き、刀に手をやる。
「前衛は俺たちがやる。ルークたちは馬の護衛だ。ベル。後衛は頼んだぞ!」
とジェイさんが言って、アインさん、ノバエフさんとともに、前に出た。
「わかった」
と短く答えてミーニャと一緒に馬たちの側に寄る。
そして、
「ひひん!」(コユキとお馬さんたちは任せて!)
と言ってくれるライカに、
「ありがとう」
と短く礼を言うと、ひとつ深呼吸をして魔力を練り、集中力を高めていった。
じりじりとした時が流れる。
そんなひりついた空気の中、私が、
(どっちから、何が来る…?)
と思っていると、遠くから、
「ワオーン!」
という遠吠えが聞こえて来た。
「…狼か」
とジェイさんがつぶやく。
そのつぶやきに続いてベル先生も、
「数によっては乱戦になりかねんな…」
と、やや苦々しい感じでそう言った。
私はその言葉を聞き、
「場合によっては前に出る。ライカ達を頼んだぞ」
とミーニャに声を掛ける。
するとミーニャは、
「了解です。こちらはお任せください」
と力強くそう言ってゆっくりと剣を抜いた。
私も刀を抜き、辺りの気配に集中する。
すると、私たちの周りの空気が徐々にザワザワとざわめくようにうごめきだしてきたのが分かった。
(けっこうな数がいるらしいな…)
と改めてそのことを確認しつつ、より集中を高めていく。
そして、私たちの周りを動くその気配をじっくり探っていると、また遠くから、
「ワオーン!」
という遠吠えが聞こえて来た。
空気が変わる。
(来る!)
と直感的にそう思った。
どうやら私のその直感は当たっていたらしく、前衛に出ていたジェイさんが、
「来やがるぜ!」
と、みんなに声を掛ける。
その言葉にみんなが、それぞれ、
「おう!」
と返し、一瞬のうちに緊張感が高まった。
やがて、私たちの周りから1匹、また1匹と狼たちが顔を出す。
(デカいな…。これがグレートウルフってやつか…)
と妙に冷静に考えつつ、まずは戦いの動向を見守ることにした。
先頭でジェイさんが、
「ベル!」
と叫ぶ。
すると、ベル先生が、
「おう!」
と答えて、いきなり矢を放った。
その矢が過たずに1匹の狼を捉え、
「ギャン!」
という悲鳴を上げさせる。
すると、そこから一気に周りの狼たちが動き、こちらへと押し寄せるように攻めてきた。
ジェイさんがハルバードを振るい次々に狼たちを屠っていく。
アインさんとノバエフさんのコンビもそれに続いて、的確に狼たちを倒していった。
続けざまにベル先生の矢が飛ぶ。
私はその様子を見て、
(すごいな…)
と素直に感心してしまった。
次の瞬間、
「そっちにいったぜ!」
というアインさんの声にハッとする。
そして、やや慌てたように、
「おう!」
と返すと、気を引き締めて目の前に迫って来る狼を見据えた。
牙をむいてこちらに飛びかかってくる狼を見て、
(隙が多いな…。なにか焦っているのか?)
と意外と冷静に分析する。
そして、その隙だらけの突進をあえてギリギリのところでひらりと交わすと、すれ違いざまに魔法を乗せた一撃を放ち、狼を一刀両断した。
(次!)
と心の中で油断なく叫び、集中力を高める。
するとまたジェイさんたちの間をすり抜けて1匹の狼がこちらに飛びかかってきた。
(させるか!)
と心の中で叫びつつ、刀を横なぎに一閃する。
その一閃から風魔法の刃が飛び出し、過たず狼を切り裂いた。
再び集中して前線の様子を見る。
狼たちは相変わらず次々に襲い掛かって来るが、ベル先生の矢とジェイさんたちの強固な前線の前に次々と倒れ、徐々にその数を減らしているように思えた。
(そろそろ終わりだろうか…)
と思いつつその様子を注視する。
すると、また少し離れた所から、
「ワオーン!」
という遠吠えが響き、残った狼たちが襲い掛かるのを止め、いったん陣形を整え始めた。