翌朝。
いつもよりやや早くに目を覚ます。
(緊張しているんだろうな…)
と自嘲しながらも簡単に身支度を整えるといつものように食堂へと下りていった。
「おはようございます。今朝は手早く食べられるようにサンドイッチにいたしましたよ」
と言ってくれるエマに、
「ありがとう」
と言って席に着く。
すると、そこへベル先生もやって来て、さっそく朝食のサンドイッチが運ばれてきた。
「いただきます」
という声がそろってそれぞれがサンドイッチを口に運ぶ。
「ほう。このオムレツのやつは美味いのう。ケチャップがよく効いておる」
とベル先生がやや呑気な感じで朝食の感想を述べた。
その感想にエマが、
「うふふ。それはエリー様がお考えになったものですよ」
と、なんとも微笑ましいような顔でそう答える。
それを聞いたベル先生も、微笑ましい顔になって、
「ほう。なら帰ってきたら是非礼を言ってまた作ってもらわねばならんな」
といつもの調子でそう言い、また美味しそうにそのオムレツサンドを頬張った。
これから戦闘に赴くとは思えないほど和やかな空気が流れる。
私がそんな空気を感じて、ついつい微笑むと、私の横でコユキが口の周りをケチャップだらけにしながら、
「きゃん!」(今日も美味しいね!)
と可愛らしくそう言った。
「ははは。そうだな。美味いな」
と朗らかに言いつつ口の周りを拭いてやる。
するとみんなもその様子に微笑んでその日の朝食もいつもと同じく和やかなうちに終わった。
食後のお茶を手早く済ませ、ベル先生が、
「さて。準備に取り掛かろうかのう」
と言って席を立つ。
その言葉に私とミーニャもうなずいて、それぞれ準備を整えるべく席を立った。
部屋に戻り装備を着けて玄関に降りていく。
するとそこにはすでにジェイさん、アインさん、ノバエフさんが到着していて何やらベル先生と話をしていた。
「すまん。待たせたな」
と声を掛けつつ近づいていくと、
「おうよ。おはようさん」
とジェイさんがいつもの調子で気軽に声を掛けてくる。
それに私も、
「ああ。おはよう。よろしく頼む」
と気軽に声を掛け返して、右手を差し出した。
「ああ。こっちこそよろしくな」
と言って、ジェイさんがにこやかに手を握り返してくる。
そんな和やかな挨拶を交わし、私たちはさっそく荷物を持って玄関の外に出た。
「ひひん!」
と鳴いてライカが迎えてくれる。
「今回もよろしくな」
と言いながら、撫でてやるとライカは気持ちよさそうな顔をして、
「ぶるる!」(うん。任せて!)
と、やる気のこもった返事を返してきてくれた。
そんな私の足元にコユキがやって来て、
「きゃん!」
と鳴きながら何か期待のこもった目で私を見上げてくる。
私が、
「ん?」
と言ってコユキに視線を向けると、コユキは元気よく、
「きゃん!」(私も行く!)
と言ってきた。
「おいおい。お散歩じゃないんだから、今回はお留守番だぞ」
と言って窘めると、
「きゃん!きゃん!」(やだ!一緒に行くもん!)
と言って私のズボンの裾を噛み、駄々をこねだしてしまった。
「おいおい…。頼むからおうちで大人しく待っていてくれ」
と言ってコユキを撫でてやる。
しかし、コユキは、
「ぐるるぅ…」
と唸るような声を上げ、私のズボンの裾をいっそう強く引っ張って来た。
「まいったな…」
と言いつつ頭を掻く。
するとそんな私の横からベル先生が、
「ははは。いいじゃないか。コユキもこう見えてフェンリルじゃ。将来相手にしなければならないかもしれない相手は早めに見せておいた方がよいというものよ」
と笑いながらそう言い、コユキの傍らにしゃがみ込んで、
「仲間外れは寂しいものじゃからなぁ」
と言って、コユキをあやすように撫で始めた。
「きゃん!」(ルークと一緒がいい!)
と言ってコユキがやっと私のズボンの裾を放す。
私はそんな様子に苦笑いを浮かべながら、
「ライカ言うことを聞いて、ちゃんと大人しくできるか?」
と一応聞いてみた。
「きゃん!」(うん!)
とコユキが嬉しそうな声を上げる。
私はその声にまた苦笑いを浮かべると、コユキを抱き上げ、
「危なくなったらちゃんとライカと一緒に逃げるんだぞ」
と言い、コユキを優しく撫でてやった。
「きゃん!」(うん!)
と返事をしながら、満足そうな顔をしているコユキをライカに乗せ、さっそく荷物を積み込み始める。
すると、そこへ、
「良かった。間に合いましたわ」
と言いつつ、エリーがマーサを伴ってこちらに小走りでやって来た。
「わざわざ見送りに来てくれたのか。すまんな」
と言う私にエリーは、
「いえ…」
と少し恥ずかしそうほんの少し顔を伏せる。
そして、少しハッとしたような感じで顔を上げると、
「あの。よろしければこちらを…」
と言って、布製の小さな守り袋を差し出してきた。
私はその意外な贈り物に驚きつつも、
「作ってくれたのか?」
と率直な疑問をエリーに投げかける。
そんな私の言葉に、エリーは、
「はい…。こんなことくらいしかできませんが…」
と、やや恥ずかしそうにそう答えた。
「ありがとう。きっとこれを持って戻ってくる」
と言ってその守り袋をジャケットの内側にそっと入れる。
そして、もう一度エリーに目を向けると、その目を真っすぐに見て、
「安心してくれ。必ず守る」
と力強くそう宣言した。
「はい!」
と、にこやかに微笑んでくれるエリーの笑顔を見てどこか和やかな気持ちになる。
私はその笑顔を見て、改めて、
(守らねばな…)
と強く思った。
やがて準備の続きに取り掛かり、ライカに跨る。
馬上から父に、
「留守中のことは頼みます」
と言うと父は、
「任せておけ」
と力強くうなずきながらそう言ってくれた。
私もうなずき返し、ライカに前進の合図を送る。
そして、
「いってらっしゃいませ」
とか、
「お気をつけて」
というみんなからの見送りの言葉を背に森へと向かって一歩を踏み出していった。
朝の柔らかい光の中、長閑なあぜ道をやや急ぎ足に進んで行く。
当たり前だが、森の入り口までは順調に辿り着いた。
まずは衛兵隊が築いてくれている即席の拠点を訪れる。
そこで出迎えてくれたハンスに、さっそく、
「抜かりはないか?」
と訊ねると、
「大丈夫っす。村には猫の子一匹近づけさせませんよ」
と胸を叩きながらそう言ってくれた。
「ははは。頼もしいな。よろしく頼んだぞ」
と言って握手を交わす。
そして、その後簡単にこれからの動きを説明すると、私たちはさっそくその場を発って森の中へと入って行った。
その日は普段衛兵隊が使っている野営場所を借りて体を休める。
ミーニャ特製のジャガイモとベーコンがごろごろと入ったスープを飲み、パンをかじりながら、話はなんとなくこれからの行動を確認するような内容になっていった。
「少し回り込むような感じで行くから、五日といったところかのう」
「ああ。ちょいと慎重に行動しないといかんから、そのくらいは見ておいた方がいいだろうな」
「うむ。大丈夫じゃろうとは思うが、先に勘付かれてしまえばこちらの作戦が崩れるからのう」
「まぁ、所詮豚の親玉だ。そこまで知恵が回るかどうかはわからんが、油断はせんほうがいいだろうな」
というベル先生とジェイさんの会話を聞きつつ一緒に地図を眺める。
今回の作戦は前線で衛兵隊があちらの動きを牽制している間に私たち遊撃部隊が敵の中心を叩くということになっていた。
その後、無事ロードを倒したら、残党を挟み撃ちにして討って行く掃討戦に移ることになる。
私は改めてそんな作戦の内容を自分の中で振り返りつつ、密かに緊張感を高めていった。
そんな臨時の作戦会議も終わり食後のお茶を飲む。
私の膝の上では満腹になったコユキが、幸せそうに丸くなっていた。
(無邪気なもんだな…)
と微笑ましい気持ちで眺めつつ、コユキをゆっくりと撫でる。
すると私の横にライカがやって来て、やや甘えるように頬を寄せてきた。
「ははは。明日からもよろしく頼むぞ」
と言いつつ、ライカも撫でてやる。
そんな私の言葉にライカは、
「ぶるる」
と気持ちよさそうな声を上げその場に膝をついて体を休め始めた。
「そうだな。今日は一緒に寝るか」
と言って手元にあったブランケットを引き寄せライカにもたれかからせてもらう。
ふと見上げると満天の星が輝いている。
私はその星々を、
(いつ見ても辺境の空は美しいな…)
と思いつつ眺め、
(この戦いが終わったら、この星を見ながら一杯やるか)
と心の中で密かに戦いが終わった後のことを考えた。
(いかん。油断しすぎだな)
と思ってひとり苦笑いを浮かべる。
そして私は、
(みんながいてくれるというのはこんなにも心強いものなのか…)
と改めて、今回の作戦に参加してくれたベル先生やジェイさん、アインさんやノバエフさんのことを思い、心の中で感謝の念を抱いた。
ゆっくりと目を閉じる。
すると、私の膝の上でコユキが、
「くぅん…」
と何やら幸せそうな寝言を言った。
そんな声に私もどこか幸せな気持ちになり、自然と頬を緩める。
そして、私は背中にライカの柔らかい体温を感じながら、自然と眠りに落ちていった。