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第59話森の異変01

そろそろ夏も終わろうかという頃。

私は今日も午前中は開墾現場で伐採の手伝い、午後からは屋敷に戻って書類仕事という具合に仕事に追われている。

大きな机一杯に書類を広げ、ミーニャの淹れてくれた緑茶をすすりながら、

(さて、薬院はある程度の規模感が掴めてきたが、役場はどうするか…)

と考えつつ未来のことを思い描いていると、執務室の扉が軽く叩かれ、

「ハンスさんがお見えです」

とミーニャから声を掛けられた。

(はて。なんだろうか?)

と思いつつ、

「ああ。通してくれ」

と、返事をする。

すると、すぐにハンスがやって来て、いつもとは違う真面目な表情で、

「失礼します。念のためご報告にきました」

と、やや心配になるようなことを言ってきた。

「何があった?」

と怪訝な顔で聞き返す。

すると、ハンスはいつもの軽い調子ではなく、やや引き締まった表情で、

「はい。最近魔獣の数がほんの少しですが、増えてきているようなので、ご報告に上がりました」

とかなり気になる事を答えてきた。


「…詳しく聞こう」

と言って地図を取り出しソファに移る。

私はハンスにも座るよう促して、応接用のローテーブルに地図を広げるとさっそく、

「状況を教えてくれ」

と言い、ハンスに真剣な眼差しを向けた。


「はい」

と返事をしてハンスが現状の説明をしてくれる。

その説明によるとどうやら、フェンリルの縄張りを少し越えた、普段ならゴブリン程度しか出ないはずの場所に、グレートウルフが出現したとのことだった。

また、オークの数も増えているらしい。

現状、衛兵隊が対応できないほどではないが、後手に回らないように対策を強化したいと言う。

私はその話をうなずきながら聞き、森の入り口に簡単な拠点を設置し防衛体制を整えるよう指示を出した。


ハンスが任務に戻ったところで、私も執務室を出てベル先生の部屋を訪ねる。

扉を軽く叩きつつ、

「ルークだ。ちょっといいか?」

と、おとないを告げると、部屋の中から、

「ああ。どうした?」

と、やや呑気な返事が返って来た。

「忙しいところすまんな」

と言いつつ扉をくぐる。

初めて入ったベル先生の部屋は所狭しと木箱が置かれ、ちょっとした倉庫のようになっていた。

そんな部屋の様子を見て、

(これはちゃんとした研究室を早々に作ってやらなければな…)

と少し関係ないことを思う。

そんな私に対して、ベル先生は、机に向かってなにやら書き物をしながら、

「何かあったのか?」

と気軽な感じで聞いてきた。

「ああ。さっきハンス…衛兵隊の副隊長が報告に来てくれたんだが、少し気になることを言ってな」

と言って話を切り出し、無遠慮にソファに腰掛ける。

すると、ベル先生は書き物の手を止めて、こちらを振り返り、

「ほう?」

と言って話の続きを促がしてきた。


「どうやら最近森に魔獣が増えてきているらしい」

と言って、先ほどハンスが伝えてきてくれた状況をそのまま話す。

ベル先生は、その話をうなずきながら聞き、

「うーん…」

と言って少し考えるような仕草をした。

そんなベル先生を緊張しながら眺める。

一瞬の沈黙がその場に流れた。


その沈黙に耐え切れず、

「どう思う?」

と訊ねる。

そんな私の問いかけに、ベル先生は、

「実際に見てみないとわからんことも多いが、おそらく森の奥になんらかの異変があるのじゃろうな…」

と恐ろしいことを言ってきた。

「異変?」

と、やや気色ばんで聞き返す私にベル先生が、

「ああ。おそらくな」

と言ってうなずく。

そのうなずきを見て、私の心の中には、「やはりか」という気持ちと「信じたくはないが…」という気持ちが同時に湧き上がってきた。

そんな私をよそにベル先生がおもむろに席を立つ。

そして、その辺にあった箱をガサゴソと漁り始めた。

ややあって、

「ああ、あった。これじゃ」

と言って1冊の本を取り出す。

そして、また席に着くとその本を開いて、軽く中身を流し読みするように見てから、

「ほれ。ここじゃ。読んでみい」

と言いつつ、私にその開いた本を手渡してきた。


(なんだろうか…)

と思いつつその本を手に取り、開かれた頁を見てみる。

それはどうやらベル先生の手記のようなものらしく、手書きでびっしりと文字が書き込まれていた。

(意外と字が下手なんだな…)

と、どうでもいい感想を持ちつつ、その頁を読む。

するとそこにはベル先生が過去に行った観察の記録に混じって出現した魔獣の数などが書かれていた。

「そこにオークロードと書いてあるじゃろ」

と言いつつ、ベル先生が本を覗き込み、その単語を指さす。

私もその単語を読み、驚愕と疑問の表情をベル先生に送った。


「そのオークロードってのは…?」

とやや言葉に詰まりながら聞く。

その質問にベル先生はややため息を吐きながら、

「集団を統率する個体…。まぁ、わかりやすく言えばオークの親分じゃな。そういう個体に昔出くわしたことがある…」

と言い、次に私に真剣な表情を向けると、

「厄介じゃぞ」

と短くも恐ろしい言葉を私に向けてきた。

「じゃぁ、今回もそんな厄介者がいると?」

と心の中で冷や汗をかきつつ聞く。

その問いにベル先生はまたやや考え込みながら、

「ああ。もしかしたらな…。もちろんオーク以外、例えばグレートウルフなんかの可能性もあるが、まぁ、どちらにしろ統率の取れた魔獣というのは厄介なものじゃて」

と言って苦々しい表情をした。


「どうすればいい?」

と端的に聞く。

先程、ハンスはそのロードとやらの可能性に触れていなかった。

ということは、まだその可能性に気が付いていないのだろう。

だとすれば、ここはベル先生の知見に頼るしかない。

そう判断してベル先生に真剣な目を向ける。

その視線に対してベル先生はまた考え込むような仕草を見せた後、

「まず村の防御は十分に固める方がよいじゃろうな。そっちの差配は慣れた連中がやった方がいい。あとは、フェンリルにも相談じゃな。今回は私も動こう」

と言ってくれた。

「いいのか?」

と素直に頼もしく思いつつも遠慮がちに聞き返す。

するとベル先生は苦笑いを浮かべて、

「せっかく見つけた面白い研究対象が魔獣に荒らされてはたまらんからな。おそらくジェイのやつも協力してくれるじゃろうて」

と頼もしい言葉を返してきてくれた。


「そうと決まればさっそく作戦会議じゃな」

と言って立ち上がるベル先生に、

「ああ。ジェイさんと…あと、衛兵隊の隊長を呼んで来よう」

と言って私も席を立つ。

そして、ミーニャに急いで隊長のエバンスを呼んできてもらうよう頼むと私はおそらく酒蔵の建設現場にいるであろうジェイさんのもとへと向かった。


建設現場に着き、何やら周りに指示をしているジェイさんに、

「おーい。ジェイさん。ちょっといいか?」

と声を掛ける。

すると、ジェイさんはすぐに作業の手を止めて、

「おう」

と短く返事をしつつ、こちらへと歩み寄ってきてくれた。


「どうした?」

と聞くジェイさんに、

「実は少し厄介なことになってな…」

と言って話を切り出す。

そして、話を進めていくにつれてジェイさんの顔が段々と苦々しいものになっていった。


「ロードか…」

とジェイさんがつぶやき、眉間にしわを寄せる。

「ジェイさんも知っているのか?」

と聞くと、ジェイさんはますます苦々しい顔で、

「ああ。面倒なやつだな…」

と吐き捨てるようにそう言った。


「そうか…」

と答えて、この後作戦会議をするから良ければ出てくれないかと頼む。

そんな頼みにジェイさんは、

「ああ。もちろんだ。せっかく美味い酒が造れる材料が見つかったってのに、豚か狼か知らんが、そんなやつらに荒らされてたまるもんか」

と言ってやる気に満ちた表情を見せてくれた。


そんなジェイさんを伴ってさっそく屋敷に戻る。

そして、さっそく執務室に入ると、衛兵隊長のエバンスと父もいて、全員がその場に揃っていた。


「忙しいところすまんな。さっそくだが、作戦会議に移ろう」

と言って、テーブルの上に地図を広げる。

その言葉に全員がうなずいて、さっそく地図を覗き込んだ。

「まずは現在の状況を説明してくれ」

と言ってエバンスに説明を求める。

するとエバンスは、

「かしこまりました」

と重々しくうなずき、地図を指し示しながら現状を説明してくれた。

その説明によると、どうやら領の西側、フェンリルの森とは逆方向でオークの数が増えているらしい。

接敵回数自体はそれほど変わらないが、普通4、5匹ほどで行動することが多いはずのオークが、7、8匹、時にはそれよりも多い数で行動していると言う。

そんな話を聞いて、ベル先生とジェイさんが眉間にしわを寄せた。


「オークロードか…」

と、つぶやくジェイさんに、

「ああ。十中八九そうじゃろうな」

とベル先生が追従する。

そして、ジェイさんが、

「これまでロードの経験は?」

と言ってエバンスに視線を向けた。

「いいえ。残念ながら」

とエバンスが端的に答える。

しかし、その顔はいかにも悔しそうに見えた。

その返事にジェイさんがうなずき、

「やつらは厄介だ。なにせ魔獣がまるで作戦を立てたようにして攻めてきやがるからな…」

と言い、再び何やら難しい顔で地図に視線を落とす。

その言葉にベル先生もうなずき、

「ああ。じゃが、早めに気が付けたのは幸いじゃったな。話を聞く限り、一気に溢れ出すように攻めてくることは今のところあるまい」

と言い、同じく地図に目を落とした。


「…早期発見出来たのは幸いだったとして、あとは村の防御態勢か…」

と言いつつ私も眉間にしわを寄せつつ地図を眺める。

そして、エバンスがつけてくれた目撃地点を確認しつつ、

(ある程度組織的に攻めてくるとしたら、どう守るべきか…)

と自分なりに考えを巡らせた。


やや重苦しい雰囲気の中、ベル先生が、

「先に叩くか…」

と、つぶやく。

それにジェイさんも、

「ああ。それが良さそうだな」

と、つぶやき返した。

私はそれに、

「先に叩くというと?」

と聞き返す。

すると、ベル先生が地図の目撃地点を確認するようになぞりながら、

「衛兵隊は防衛線を張って各個撃破の態勢を取っておくのが良いじゃろう。その間に遊撃部隊を編成してロードを叩く。おそらくロードはこの目撃地点を結んだ円の中心、すなわちこの辺りにおるはずじゃ」

と言って、地図で大まかな位置を示してくれた。


その言葉に、エバンスが、

「なるほど…」

とつぶやき、

「その辺りなら集団でたむろできるような広い草地もありますし、たしか大きめの洞窟もありましたな…」

と言って地図上にいくつかの印をつける。

それを見たジェイさんは軽くうなずき、

「ある程度絞れたな。フェンリルの森の近くに狼が出たってのはおそらくオークに追いやられた結果だろうぜ」

と言って私の方を見て来た。

その視線を受け、

「ああ。ジェイさんとベル先生がそう言うなら間違いないだろう。あとはフェンリルに確認だな」

と言って私も軽くうなずいて見せる。

そして、父が、

「後は布陣と人選じゃな」

と言うと、そこからエバンスも交えて具体的な作戦立案の作業に入っていった。


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