夏の盛りもそろそろ過ぎ去っただろうかという頃。
領内の各村には収穫に向けてウキウキ、ソワソワとした空気が流れ始めている。
そんな空気の中、私が土魔法の練習がてらドワーフの3人と一緒に用水路建設を手伝っていると、そこへエルフ3姉妹の長女アリアがやって来た。
作業現場の隅から軽く頭を下げてくるアリアに、気が付いて作業の手を止め、
「久しぶりだな。どうした?」
と声を掛けながら近寄っていく。
すると、アリアは軽く礼を取り、
「昨日、やっと機械の据え付けが終わって工場の稼働準備が整いましたので、ご報告に参りました」
と嬉しいことを言ってくれた。
「おお!そうか。それは何よりだ」
と言いつつ、笑顔を返す。
そんな私の言葉にアリアも微笑んで、
「それにそろそろ追加の人員も着く頃です。おそらく近日中にも報せが来ると思いますので、そちらも楽しみにしておいてください」
とさらに嬉しいことを言ってきた。
「そうか…。いよいよ、動き出すんだな…」
と言いつつ感慨深い気持ちになる。
そんな私を見て、アリアはどこか嬉しそうに、
「ええ。いよいよ私たちも本領発揮ですわ」
と気合のこもった言葉を言ってくれた。
「ああ。期待しているぞ」
と言って私が差し出す右手を、
「ええ。任せてください」
と嬉しそうに言いながらアリアが握り返してくる。
私は明日、さっそく工場を視察させてもらう事を約束して、その日はまた用水路建設の手伝いに戻っていった。
翌朝。
(さて、どんな感じになっているだろうか…)
とウキウキとした気持ちで屋敷を出る。
建設途中の様子は時折確認していたが、中の様子は知らない。
私は、楽しみな気持ちを抑えきれずやや足早に工場へと向かった。
農作業に勤しむ村人に挨拶をしながら、田舎道を進んで行く。
すると、人家の密集した地域からやや離れたところに、織物の工場とまだ建設途中のノバエフさんが使う予定の鍛冶場が見えてきた。
(あっちも楽しみだな…)
と鍛冶場を見て思いつつ、さっそく工場の中へ入っていく。
すると工場の中にはアリア、クララ、ミリエラの3人が待っていて、
「ようこそおいでくださいました」
と言うアリアを先頭に軽く礼をしてくれた。
「ああ。楽しみにしてきたよ」
と言いつつ、辺りを見回す。
その工場は小学校の体育館より少し広いかというほどの広さで、織機や紡績機などが整然と並べられていた。
「紡績機は5台。織機は10台ほど置いております。広さにはまだ余裕がありますから、将来増設も可能ですわ。あと、あちらは原材料と製品在庫の保管庫で、簡単な事務室もありますから、ここで製造から在庫の管理まで一括して行えるようになってますの」
と、やや自慢げに言うアリアにうなずきながらその説明を聞く。
そして、
(将来、もっと効率のいい織機や紡績機を開発出来たら即導入可能になるな…)
と密かに思いつつも、
「よくやってくれた。ありがとう」
と言って、3人それぞれと握手を交わした。
そこからは、機械の実演を見せてもらったり、さっそく織り上げてもらった布の試作品を見ながらこれからの生産体制の話になる。
現在の所、村で収穫した綿花は十分にここの設備で加工可能なのだそうだ。
しかし、人手については、これから来る追加の人員だけでは手が足りないだろうから、村からも数人手伝いに寄こして欲しいという話になった。
私はさっそく希望者を募ると約束し、工場を後にする。
そして、その足でそのまま村長のバルドさんのもとへ向かい、クルス村だけでなく、シーバ村やラッテ村、獣人たちの集落にも声を掛けて、織物工場で働きたい人員を募って欲しいと頼んだ。
それからバルドさんの家で昼をご馳走になり、屋敷に戻る。
そして、私はさっそく執務室に入ると、現在の空き家や長屋の空き状況なんかを確かめつつ、今後の住宅整備の概要を考え始めた。
現在村クルス村にある空き家は数件しかない。
どれも、長年人が住んでいた古い建物だ。
ほんの少し手を入れれば住めないことも無いだろうが、いっそのこと新築してしまった方がいいかもしれない。
ついでに区画の整理もしてしまった方がいいだろう。
そんなことを考えつつ村の地図に線を引いたりして書き込みをしていく。
するとそのうち段々ワクワクとした気持ちが湧いて来て、私はいつの間にかその作業に熱中していた。
「コンコン」と扉を叩かれる音でハッと我に返る。
すると、扉が開きミーニャが、
「そろそろご飯ですよ」
と声を掛けてきた。
その声にまたハッとして窓の外を見る。
窓からは西日が差し込んできていて、部屋の中を鮮やかなオレンジ色に染めていた。
「ありがとう。少し夢中になっていたようだ」
と少し照れくさく思いながら、書類を片付けて席を立つ。
そして、
「うふふ。今夜はエリー様がロールキャベツを作ってくださいましたよ」
と楽しげに言うミーニャに続いてさっそく1階の食堂へと下りていった。
トロトロに煮込まれたロールキャベツを美味しくいただく。
その席でみんなに織物工場が完成し、村に新しい産業が生まれたことを報告すると、みんなそれぞれに祝いの言葉を述べてくれた。
父が、
「そうか。未来が拓けたな…」
といかにも感慨深いといった感じでそんな言葉を口にする。
そして、バティスも、
「ここまで苦労も多くございました…」
と言って、目頭を押さえた。
そんな2人を見て、エマも涙ぐむ。
私も父たちの世代がこれまで重ねてきた苦労を思って、目頭を熱くしてしまった。
食堂にしんみりとした、しかして温かい空気が流れる。
そんな空気の中またロールキャベツを口にすると、気のせいか、先ほどよりも甘味が増しているように思えた。
翌日。
朝からさっそく執務室で昨日の続きに取り掛かる。
ああでもない、こうでもないと思いながら、楽しく地図を眺め計画図を作っていると、そこへベル先生がやって来た。
「邪魔をしてすまんな」
と言いつつ、ミーニャが淹れてくれたお茶を美味そうに飲むベル先生に、
「どうした?」
と聞いてみる。
すると、ベル先生は、
「うむ。屋敷の前に原っぱがあるじゃろ?あの原っぱは今後何かに利用するのか?」
と意外なことを聞いてきた。
私は、その質問に「はて?」と思いつつ、
「いや。特には考えてないな。まぁ、将来領が発展していくようだったら役場でも作ろうかというようなことくらいは考えていたが…」
と、なんとなく答えベル先生に目で話の続きを促がす。
そんな視線にベル先生は軽くうなずき、
「うむ。その役場のついでに薬院も作らんか?村には必要じゃろうて」
と意外なことを提案してきた。
私は一瞬驚きつつも、
「それは願ってもない話だが、いいのか?」
と聞き返す。
そんな私にベル先生は、また軽くうなずき、
「うむ。あの森は面白い。しばらく腰を据えて研究するから、拠点を作ってくれ。ああ、ついでに弟子の一人や二人、育ててやるからその人員の手配も頼むぞ」
と何気ないことのようにそんなことを言ってきてくれた。
「ありがとう」
と率直に礼を言って頭を下げる。
そんな私に、ベル先生は、
「なに。年寄りの気まぐれじゃ。気にするな」
と言いながら、少し照れくさそうな顔をした。
そこからしばらくベル先生と話をして薬院に必要な広さや施設の概要を聞く。
ベル先生曰く、建物が完成したら生活の拠点もそちらに移してしまいたいとのことだった。
私はそのことになんとなくの寂しさを感じつつも了解し、ベル先生が帰っていくと、さっそく先ほどまでの続きに取り掛かった。
(住宅建設に加えて役場に薬院か…。これから忙しくなるぞ)
と、ひとり嬉しく思いながら地図に線を書き込んでいく。
ひとつ線を書き込む度に私の頭の中には楽しい未来の姿が浮かび上がってきた。
しかし同時に、
(この未来を是が非でも実現せねばな)
という思いも浮かび上がってくる。
私はその思いをしっかりと胸の中で噛みしめ、また気を引き締めて書類作成を進めていった。
また、「コンコン」と扉を叩かれる音でふと我に返る。
部屋の中を見渡してみるとやはり部屋の中は綺麗なオレンジ色に染められていた。
「今日はポテトグラタンですよ」
というミーニャの楽しげな声に、
「お。そいつはいいな」
と微笑みながら書類を片付け席を立つ。
そして、
「今日の食事も楽しみだな」
「はい。今日のポテトグラタンは自信作です!」
と会話をしながらいつものように食堂へと下りていった。
食堂の扉を開けると、みんなの笑顔が見える。
私の顔を見た途端、
「きゃん!」(ルーク、待ってたよ!)
と言ってコユキが私の足元に駆け寄ってきた。
「ははは。すまん。待たせたな」
と言いつつコユキを抱き上げ、撫でてやりながら席に着く。
すると、それを見計らったかのように、エマとバティス、そしてマーサが料理を運んできてくれた。
目の前に置かれたグラタン皿からベシャメルソースの甘い香りとほんのり香ばしいチーズの香りが漂ってくる。
私の横でコユキのお腹が「きゅるる」と可愛らしく鳴った。
その音にみんなが微笑み、食事が始まる。
「きゃん!」(これ美味しい!)
と言うコユキに、
「ポテトグラタンっていう料理だぞ」
と教えてやりながら私もグラタンを口に運ぶ。
「うむ。このトロトロとジャガイモのホクホクがよいのう」
とベル先生もご満悦の表情でグラタンを頬張った。
「うふふ。ミーニャちゃんの自信作ですものね」
と言ってエリーがミーニャに微笑みをかける。
その視線にミーニャは、
「えへへ。喜んでもらえてなによりです」
と照れながらも嬉しそうにそう言ってはにかんだ。
微笑ましい空気が食卓を包み込む。
みんなそれぞれの顔に微笑みが浮かび、楽しく会話が弾んだ。
私はそれを聞きながら、
(こういう食卓を領民全員が囲めるようにせねばな)
と心の中で思い、そっと気を引き締める。
そんな私に父が、
「そのうち、みんなこんな風に食事を楽しめるようになるさ」
と、まるで私の気持ちを察したかのような言葉を掛けてきた。
「そうしなければなりませんね」
と答えて、また笑顔でグラタンを頬張る。
そんな私にエリーが、
「ルーク様ならきっとおできになりますわ」
と言って微笑みかけてきてくれた。
その言葉と微笑みになんとも言えない明るい気持ちが湧いてくる。
しかし、同時に私は、ほんの少し照れくさいような気持ちにもなって、
「ああ。自分でもそう信じて頑張るよ」
と答え、少し苦笑い気味の笑顔を返した。
「うふふ」
とエリーが笑う。
私もまた、微笑んでグラタンに手を伸ばした。
みんなの笑顔が食卓にこぼれ、楽しげな声が食堂に響き渡る。
私はその光景を心の底から愛おしいものだと感じた。