イチゴの発見から数週間。
ここ辺境には本格的な夏がやってきている。
そんな暑い日の午後、屋敷にジェイさんがやってきた。
とりあえず執務室に招いてお茶を出す。
「忙しいとこ悪いな」
と言うジェイさんに、
「いや。かまわんが、どうした?」
と端的に聞くとジェイさんは、
「ああ。農作業も一段落したし、開墾作業も順調に進んでるからな。そろそろアインの醸造蔵やらノバエフの鍛冶場なんかの建設にとりかかろうと思ってるんだがどうだ?」
と言って、私に諸々の施設の建設許可を求めてきた。
「具体的な計画や希望はあるか?将来の発展につながる事業だ。できる限り協力するぞ」
と前向きな返答を返す。
その返答にジェイさんは、
「ありがてぇ。実は建設予定地に目星はつけてあるんだ。醸造蔵は小川の畔の空き地がいい。あと鍛冶場はエルフさんたちの織物工場の隣がいいと考えているんだがどうだろうか?」
と具体的な候補地を挙げてきた。
「とりあえず地図をみながら話そう」
と言って、書棚から地図を取り出す。
そして、それぞれの施設に必要な条件なんかを聞きながら、候補地が最適かどうかの検討に入っていった。
鍛冶場はある程度騒音が出るから村のはずれがいいということで、織物工場建設地の横が最適だと判断する。
醸造蔵に関しては、ジェイさんが挙げた小川の畔もなかなかの立地条件だったが、よく聞くときれいな水がふんだんに使えればどこでも構わないということだったので、私は思い切って村の中心にある商店街の端にやや広めの土地を確保するからそちらにしてはどうかと提案してみた。
「その場合、井戸を掘らなきゃいかんが、かまわんのか?」
と聞くジェイさんに、
「ああ。あの場所なら農業用水に影響はでないだろう。そのあたりは一応村長のバルドさんとも協議してから決めてくれ。土地の広さは十分か?」
と軽く了承して、逆に土地の広さが十分かどうかを聞く。
するとジェイさんは、
「なに。この領内で流通する分を作ればいいんだ。そのくらいの広さがあれば十分過ぎるだろう。まぁ、将来この領の人口が大幅に増えるってんなら話は別だが、それはその時になってから考えればいいだろうよ」
と豪快に笑いながら、そう答えてくれた。
「よし。なら決まりだな。急いで書類を作るから、建設予定地の縄張りと建物の計画図を頼む」
と言ってジェイさんに右手を差しだす。
そして、その右手を、
「ああ。わかった。急いで作ろう」
と言ってジェイさんが握り返したところで、おおよその話が決まった。
さっそく書類づくりに取りかかる。
村長宛に建設にかかる木材の調達依頼書を書き、建設計画に認可を下す書類を作ってそれに添えた。
出来上がった書類に過不足が無いか見直してみる。
すると、心の中に、
(いよいよ動き出すな…)
という実感が湧いてきた。
ウキウキとした気分を少し落ち着けようと、手元に置いたあったお茶を飲む。
お茶はすっかり冷めていたが、ほのかな苦みが私のやや浮き立った心をすっと落ち着けてくれるような気がした。
ほっと一息吐き、窓の外を眺める。
日はすっかり落ち、空はオレンジから紺色に色を変えつつあった。
コンコンと扉が叩かれる。
軽く返事をすると、ミーニャが入ってきて、
「ルーク様。夕食の時間ですよ」
と、にこやかに声を掛けてくれた。
「ありがとう。すぐに行く」
と答えて席を立つ。
そんな私にミーニャが、
「今日はオムライスですよ」
と嬉しそうに声を掛けてきた。
「そうか。ベル先生が喜びそうだな」
と笑顔で答えて執務室を出る。
そして、いつもの通り明るい調子で私の前を歩くミーニャの姿を微笑ましく思いつつ、私たちはそろって食堂へと降りていった。
翌日から忙しくも充実した日々が始まる。
ジェイさんたちと何度も打ち合わせを繰り返し、徐々に建設計画を固めていった。
そんな日々を過ごすこと数週間。
ようやく建設計画が固まる。
私はさっそく正式に着工を許可する書類を作ると、今日も現場で作業しているであろうジェイさんたちのもとを訪ねていった。
建設現場に着き、なにやら作業をしているジェイさんに、
「おーい。正式な許可を持ってきたぞ」
と声を掛ける。
するとジェイさんは、
「おう。そいつはありがてぇ」
と言って、作業の手を止め、こちらにやってきてくれた。
「すまん。待たせたな」
と言いつつ、ジェイさんに許可証を渡す。
それを受け取りつつジェイさんは、
「辺境にしちゃ、手続きがちゃんとしてるんだな」
と言って苦笑いを浮かべた。
私も同じく苦笑いを浮かべて、
「行政ってのは法やら手続きやらで縛らないと時にとんでもない方向に進みかねないからな」
と答える。
そんな私の答えにジェイさんは、
「立派なもんだな…」
と感心したような表情を浮かべてそう言ってきた。
「たいしたことじゃないさ」
と少し照れつつ謙遜して答える。
そして、
「明日の朝、さっそく基礎工事をやるから来てくれ。ほら。フェンリル殿に言われたからな。土魔法の基礎ってやつを教えてやるよ」
というジェイさんに、
「わかった。ありがとう」
と答えると、軽く握手を交わして、その日は屋敷へと戻っていった。
翌日。
朝食を済ませるとさっそく作業着に着替えて建設現場に向かう。
するとジェイさんとアインさん、ノバエフさんはすでに現場に入っていて、なにやら作業らしきことをしていた。
「すまん。待たせた」
と縄張りの外から声を掛ける。
「おお。来たか。さっそく始めるから来てくれ」
と言うジェイさんの言葉に軽くうなずき、私は建設予定地の中に入っていった。
「んじゃあ、とりあえずやってもらおうか」
と言っていきなりジェイさんからアインさんが以前使っていたようなロッドを渡される。
「は?」
と、やや間抜けた感じで返事をすると、アインさんが、
「ジェイの旦那。そいつぁいくらなんでもですぜ」
と言ってやや呆れたように笑った。
「ん?そうか?…あーなんて言うか、あれだ。今日はもう、準備を整えてあるから、魔力操作の要領で地面に魔力を流してくれりゃぁそれでいい。ああ、でも気をつけろよ。けっこう一気に持っていかれるからな。とにかくまぁ、慎重にやってくれ」
と言うジェイさんの適当な説明に苦笑いを浮かべる。
すると、横からアインさんが出て来て、
「あの目印をつけてるところにそのロッドを刺してやってくれ。ジェイの旦那も言ってたが、最初はけっこうな勢いで魔力を持っていかれるから慎重にな。細かい所の調整はこっちでも手伝うからあんまり考えずにやってくれりゃぁ大丈夫だ」
と言って、ニコリと笑ってくれた。
とりあえず、
「わかったやってみよう」
と言って、敷地の真ん中あたりにつけてあるバツ印の所に向かう。
そして、
(まぁ、あんまり考えても仕方ないな。とりあえず言われた通りやってみるか)
と思い、何となく覚悟らしきものを決めると、私は地面に跪き、渡されたロッドを地面に突き刺した。
「ふぅ…」
とひとつ息を吐き、集中を高める。
私は、
(いつもの魔力操作の要領で慎重に…)
と心の中で唱えながら、言われた通り慎重に、絞り出すような感覚でそのロッドに魔力を流していった。
その瞬間一気に魔力が持っていかれる。
(なっ…。気を付けていたつもりだったが…)
と一瞬パニックになりそうな頭をなんとか落ち着け、出来る限り冷静に対処した。
(慎重に、慎重に…)
と心の中で唱えつつ魔力を流していく。
しかし、私の中の魔力は想像以上の速さで、どんどんと吸い取られていった。
(くっ…)
と、思わず手を放したくなるのを我慢して、集中し続ける。
そして、私はもうそろそろ限界だという所まで魔力を流し続けると、ようやくそのロッドから手を放し、その場に大の字で寝転んでしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
と肩で息をする。
言葉はまったく出てこない。
(なにがどうなった…)
と思うが、周りを見渡す余裕などない。
それほど疲れ切ってしまった。
「よう。お疲れさん。たいしたもんだぜ」
というアインさんの声が聞こえる。
次に、
「ああ。まさかここまでとは思わなかったな」
というジェイさんの明るい声も聞こえた。
(ということは、一応上手くいったのだろうか…)
と思いつつ、アインさんの手を借りてなんとか起き上がる。
そして、まだ肩で息をしつつも、周りの様子を何となく眺めてみた。
そんな私に、
「基礎工事はこれで完了だ」
とジェイさん声を掛けてくる。
(え?)
という思いでジェイさんの方に視線を向けた。
するとその横からアインさんが、
「よーく見てみな。きっちり図面通りになってるぜ」
とニコニコ笑いながら、そう言ってくる。
半ば信じられないような気持ちで周りを見渡すと、図面通りかどうかはわからなかったが、確かに地面にはきっちりとした凹凸があって、しっかりと固められているのが分かった。
(おいおい…。ここはさっきまでただの空き地だったはずだぞ…)
と思いつつ、再びジェイさんに視線を向ける。
すると、ジェイさんはさもおかしげに、
「これがドワーフ流の建築術ってやつよ。まぁ、ちっとばかし準備に手間はかかるが、見ての通り工事は一瞬だ」
と、どこか自慢げに言って、「わっはっは」と豪快に笑った。
再びぽかんとして周りを見渡す。
(これを私がやったのか…)
と思うと、誇らしいような信じられないような、そんななんとも言えない気持ちになった。
「建物の方も任せてくれ。身体強化でヒトの5倍は働けるからな」
と言ってまた豪快に笑うジェイさんを頼もしく思いつつも苦笑いで見つめる。
そして、私はしばらく休憩させてもらった後、なんとも気だるい体を引きずるようにして屋敷へと戻っていった。