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第55話SSカツカレーとイチゴタルト

ベル先生やジェイさんたちと行った調査から帰ってきた翌日。

朝食後、さっそくエリーを訪ねてイチゴを渡す。

エリーは初めて食べるイチゴの味にものすごく感動した様子で、

「まぁ、なんて甘いんでしょう…。それに酸味も爽やかでいいですわねぇ」

とうっとりした表情でそう言ってくれた。

私はその表情を見て心から、良かったと思いつつ、エリーにイチゴの調理を託す。

すると、エリーはさっそくマーサに声を掛け、

「タルトにしてみましょう。きっと美味しくなるわ」

と言いつつ、嬉しそうな表情を見せてくれた。


(多少の気晴らしにはなったようだな…)

と嬉しく思いつつ屋敷に戻る。

そして、執務室に入ると、いつものように書類仕事を片付けていった。


午後。

農作業の現場にジェイさんたちを訪ねる。

簡単に挨拶を交わしたあと、

「例の果物、私はイチゴと名付けたが、それを使ってうちにいるご令嬢にお菓子を作ってもらっている。そろそろちゃんとご令嬢の紹介もしたいから良ければ今夜うちに飯を食いに来ないか?」

と言い、ジェイさんたちを夕食に誘った。

「お。そりゃいいな。楽しみにしてるぜ」

と言って、すぐに了承してくれたジェイさんに夕方になったら屋敷に来てくれと伝えてまた屋敷に戻る。

そして、そのことを一応ミーニャに伝えると、私はまた軽く書類仕事を片付けながら夕食の時間を待った。


やがて窓から差し込む西日で陽が暮れてきたのを知る。

(そろそろか…)

と思って、書類の束を片付けていると、執務室の扉が叩かれ、

「ルーク様。ジェイさんたちがお見えになりましたよ」

と、ミーニャが伝えに来てくれた。

「ああ。すぐに行く」

と伝えてさっさと席を立つ。

そして、ミーニャに、

「すまんが、エリーを呼んで来てくれ」

と頼むと、自分はまっすぐにリビングへと向かっていった。


「すまん。待たせたな」

と言いつつ、リビングに入る。

すると、そこではジェイさんたちとベル先生がなにやら談笑していた。

「おう。お言葉に甘えて来たぜ」

というジェイさんに、

「ああ。よく来てくれた。今、例の令嬢を呼びに行っている。先に紹介させてもらうから少し待っていてくれ」

と伝えて、自分もソファに座りお茶を淹れてもらう。

そして、しばらくジェイさんたちと仕事の話をしていると、リビングの扉が叩かれ、

「失礼します」

と言いつつエリーが部屋の中に入って来た。

「今、我が家に逗留していただいている、エレノア・ブライトン嬢だ。こちらはジェイコブスさんとアインさん、それにノバエフさんだ」

と言ってお互いを紹介する。

エリーは、

「お初にお目にかかります。エレノア・ブライトンです。お話はかねがね」

と言い、綺麗な礼を取った。

「お、おう…。えっと、俺…私がジェイコブスでこっちがアイン、そして、そっちがノバエフだ。よろしく頼む」

とジェイさんがちょっとつっかえつつ挨拶をする。

私はその様子に少し苦笑いを浮かべ、

「まぁ、固い挨拶はそのくらいでいいだろう。そろそろ飯の時間だ。詳しい話はそっちでしようじゃないか」

と言うと、みんなを促がしてさっそく食堂へと向かった。


食堂に入るとさっそく料理が運ばれてくる。

今日はジェイさんたちが興味を示したカツカレーにしてもらった。


「ぬっ!こいつぁ、この間野営の時に食ったのとは全く別物だな。香辛料の香りの立ち方がまるで違う」

と言ってジェイさんが唸る。

私はそれに、

「ははは。なにせ今日のカレーは挽きたての香辛料を使っているからな。しかもエレノア嬢の特製レシピだ。携帯食用の物とは一味違うぞ」

と、したり顔で答えてやった。

その答えにジェイさんがうなずき次にカツを頬張る。

すると、

「むっ!このカツっていったか?これはいいな。最初のさっくりとした歯ざわりが面白い。それに外側はサクサクなのに中の肉はしっとりしてるときやがる。肉にこんな食い方があったとはな…」

と言って驚きの表情を浮かべた。

「ああ。肉を油で揚げる料理はあるが衣にパン粉を使うというのが要点だ。うちの場合はパン粉も揚げる時の油の温度も工夫しているからなかなかのものだぞ」

と、またしたり顔で答える。

そんな私に向かってジェイさんは、

「はっはっは。こいつぁ恐れ入ったわい」

と言って豪快に笑うと、

「すまんがお替りの用意を頼む」

と言って、そのままガツガツとカツカレーをがっつき始めた。


やがてお替り合戦が一段落し、デザートの時間になる。

その日、紅茶と一緒に運ばれてきたデザートは、イチゴのタルトだった。

丸いタルト生地の上にびっしりとイチゴが乗せられ、光沢を放っている。

「ほう…。これはこれは…」

と、まずはジェイさんがその美しい見た目に感嘆の言葉をつぶやいた。

そのつぶやきに照れながら、エリーが、

「初めて扱う果物でしたから上手く出来ていればいいんですけど…」

と遠慮がちな言葉を発する。

そして、エリーがマーサに目配せすると、マーサが軽くうなずき、熟練の手捌きでそのイチゴタルトを切り分け始めた。

(迷いの無い見事な包丁捌きだな…)

と妙なところに感心しつつ、その様子をウキウキとして見つめる。

そして、切り分けが終わり全員の手元にイチゴタルトが配られると、

「どうぞ、お召しあがりくださいませ」

というエリーの言葉を合図に全員がイチゴタルトに手を伸ばした。


「むっふー!?」

という奇声がベル先生から上がる。

そして、ベル先生が続けて、

「見事じゃ。見事じゃぞ、エリー。これはよい!イチゴの甘酸っぱさと濃厚なカスタードの調和が見事じゃ。これはよいものを作ってくれた!」

と立て続けに感想を述べると、全員の口から、それぞれエリーを称賛する声が上がった。

「きゃん!」(甘くておいしいの!)

というコユキに、ミーニャが、

「はい。とっても瑞々しくて美味しいですね!」

と同調する。

そして、あまり甘い物を食べたことがない父やエマ、バティスは、

「むう…」

「まぁ…」

「これは、これは…」

と言葉にならない感嘆の声を上げた。

「うん。美味い。最高だ」

と私も出来る限りの称賛の言葉をエリーに送る。

そんなみんなの言葉を聞いてエリーは、すっかり照れてしまいながらも、

「よかったですわ…」

と嬉しそうに微笑んだ。

そんなエリーの横で、マーサが、

「ようございましたねぇ」

と言って微笑む。

私はその光景を見て、なんだか胸が温かくなったように感じた。


美味しい食事とデザートのおかげで話に花が咲く。

当初は緊張気味だったエリーとジェイさんたちもずいぶんと打ち解けた。

「今度、この香辛料の配合の勘所を教えてくだせぇ。俺の勘じゃ、このカレーって料理はもっと美味くなるし、いろんな種類のものが作れる気がする」

と言うジェイさんに、

「はい。私もそう思いますわ。是非一緒に研究いたしましょう」

とエリーが気さくに応じ、笑顔を浮かべる。

その会話にベル先生も混じり、

「はっはっは。よし、じゃぁ私は香辛料にも使えそうな薬草をどんどん見つけてやろう」

と意気込みを述べた。

ますます笑顔が広がり、食卓が明るさに包まれる。

そして、あっと言う間に時間が過ぎ、コユキがうとうとし始めたのを合図にその楽しい食事会はお開きとなった。


「美味かったぜ。また、呼んでくれ」

と言うジェイさんたちを見送り、いったん食堂に戻る。

そして、後片付けを手伝ってくれていたエリーに、

「今日はありがとう。ものすごく美味かった」

と礼を言った。

「いえ。私もみなさんに喜んでいただけて嬉しかったですわ」

と言って微笑むエリーを見て、

(心配事は尽きないだろうが、とりあえず笑ってくれて良かった)

と思いほっと胸を撫で下ろす。

そして、後片付けが終わり離れに戻っていくエリーを見送ると、私も寝る支度をして自室へと戻って行った。


今日のことを簡単に書き記してさっさとベッドに向かう。

枕元ではすでにコユキが、幸せそうに丸くなって眠っていた。

そんなコユキをひと撫でしてやる。

するとコユキが、

「きゃふぅ…」

と幸せそうな寝言を発した。

微笑みながら、静かに布団の中に入る。

横になり枕元の灯りを消すと、私は静かに目を閉じた。

(いい一日だった…)

という簡単な感想が心の底から湧いてくる。

そして、エリーの笑顔を思い浮かべた。

(きっといろいろ思う所はあるんだろう。私にはどうしてやることもできないが、せめてここにいる間はああやって笑っていて欲しいものだ…)

としみじみ思う。

そんなことを考えていると、少し物悲しいような気持ちにもなった。

しかし、

(今はあまり考えてもしょうがないな。私は私にできることを精一杯やろう)

と思い直して、ひとつ深呼吸をする。

すると不思議と前向きな気持ちになることができた。

(大丈夫だ。きっと明日もいい一日になる)

と自分に言い聞かせるようにそう思う。

そして、私はまた静かに深呼吸をして、軽く気持ちを整えた。

(明日も頑張らねばな…)

という言葉を胸にいだく。

私の隣でまたコユキが、

「きゃふぅ…」

と幸せそうな寝言を言った。

その寝言に、

(ああ。明日も楽しい一日になるさ)

と心の中で返す。

すると、自然と心が綻んで、幸せな眠気が降りてきた。

そのままその眠気に身をまかせる。

私はその眠気の中で今日という一日の幸せを噛みしめつつ、静かに意識を手放していった。


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