翌朝。
さっそく少し移動して採取に取り掛かる。
私とジェイさんたちはブドウの苗木になりそうなものを探し、ベル先生は他に何か有用なものはないか辺りを探索してくれることになった。
昼を挟んで夕方。
それぞれの成果を持ち寄る。
私たちは苗木を10本ほど確保し、ベル先生も新しい薬草を麻袋いっぱいに採取することが出来た。
「これは咳によく効く薬になる。風邪が流行る時期には重宝するぞ」
と言って嬉しそうな顔をするベル先生をなんとも頼もしく思いついつい微笑む。
そして、またいつものように野営の支度をし、夕飯のスープをウキウキとした気持ちで美味しくいただいた。
その夕食が終わって食後。
みんなで新茶をすすり一服する。
そんな中ジェイさんが、
「明日はどうする?」
と言って、私の方に視線を向けてきた。
私は少し迷ったが、
「せっかくだ。1日だけ奥に行ってみよう」
と答えて、フェンリルの領域から出ることを提案する。
その提案に、ジェイさんがひと言、
「わかった。任せときな」
と答えて、明日はさらに奥地を目指すことが決まった。
翌日。
荷物をまとめると、やや引き締まった気持ちで出発する。
道案内のミーニャを先頭に、私は真ん中で守られるようにして進んだ。
時折、殿のベル先生がなにやら植物を採取しつつも順調に進んでいく。
そして、昼頃。
そろそろ食事休憩を挟もうかという所で、ライカが、
「ひひん!」(なんか来る!)
と言って、私たちに魔獣が近づいているということを教えてくれた。
みんなの表情が引き締まる。
そして、私たちは、適当に開けた場所で陣取ると、
「ここは任せな」
と言ってくれるジェイさんたちを前衛にして、臨戦態勢を取った。
私も刀を抜き、ミーニャと一緒に馬たちを守れる位置につく。
ベル先生も弓を構えいつでも後方から支援できる態勢を取ってくれた。
徐々に気配が近づいてくる。
私がその気配に緊張の度合いを高めていると、ジェイさんがひと言、
「…ただのゴブリンだな」
とつぶやいた。
それに続いて、アインさんが、
「まったく。あいつらはどこにでも湧いてきやすねぇ」
とため息交じりに言う。
その横で、ノバエフさんも、やや嘆息混じりといった表情になっていた。
「ちょいと数が多いかもしれん。西の。漏れたら頼むぞ」
というジェイさんに、ベル先生が、
「ああ。任せておくのじゃ」
と簡単に答える。
そして、気配はいよいよ強まり、藪の中からワラワラとゴブリンたちが姿を現した。
(なっ…。50はいるぞ…)
と驚く。
しかし、前衛のジェイさんたちは落ち着いたもので、
「んじゃぁ、ちょっくら狩ってくるわ」
とまるで近所の八百屋に菜っ葉を買いに行くような気軽さでそう言うと、一気に駆けだし、手近なゴブリンを次々と屠っていった。
(速い。…そして重たい)
という感想を持ちながら、その戦いぶりを見る。
時折ベル先生が矢を放つが、なんとなく、暇だから矢を放っているという感じで、前衛の3人に危ない様子は見られない。
ジェイさんがハルバードを振り抜く度にゴブリンが倒れ、ノバエフさんとアインさんも息の合った連携で、次々とゴブリンを倒していった。
やがて、戦闘が終わる。
結局、私とミーニャに出番は回ってこなかった。
「まぁまぁ運動になったわい」
と言い余裕を見せるジェイさんたちを手伝ってゴブリンを一か所にまとめる。
そして、私が火炎石を取り出し、その山に放り込もうとすると、
「ああ、そいつはいらねぇぜ」
と言って、アインさんが止めに入ってきた。
私が「ん?」といような顔でアインさんを見ると、アインさんは、
「ノバエフのやつが燃やしてくれるからな」
と言いつつ、ノバエフさんの方に視線を送る。
するとノバエフさんは軽くうなずいて、ゴブリンがうず高く積まれた所へ無造作に近づいていった。
ノバエフさんがゴブリンに向かって手をかざし、なにやらぶつぶつとつぶやく。
すると一気に魔法の気配が膨らんで、ゴブリンたちの下から火柱が上がった。
わずかな熱を感じる。
私はその光景をややぽかんとして見つめていると、ほんの少しの時間でその火柱はおさまった。
「さて、終わったぜ。次は魔石拾いだ」
というアインさん声で我に返る。
そして、火柱が上がっていた場所を見ると、そこにはこんもりとした灰の山があった。
「少しだけ熱いから気を付けてな」
と言いつつ、アインさんが剣で灰の山をほじくっていく。
ノバエフさんとジェイさんも足やらハルバードを使って器用に灰の中から魔石を探し出しては麻袋に詰めていっていた。
私とミーニャも慌てて手伝いに入る。
しかし、その作業もそれほど時間がかからずに終わり、私たちは少し移動すると、そこで少し遅めの昼食をとることにした。
「すごかったな」
と素直な感想をジェイさんたちに伝える。
するとジェイさんははにかんだような、しかし、面倒くさそうな表情で、
「なに。あれくらいたいしたことはないさ」
と少し嘆息気味にそう言った。
「ああ。ルーカスの旦那も慣れちまえばあんなもの一瞬で片付けられるようになるぜ」
とアインさんも苦笑いでそう言う。
その言葉に私はなんとも実感が湧かなかったが、その場は一応、
「…そういうものだろうか?」
と軽く疑問で答えておいた。
「大丈夫です。ルーク様は選ばれたお方ですから!」
と、なぜかミーニャが誇らしげに言う。
私はそんなミーニャの言葉を苦笑いで受け流しつつ、とりあえず簡単なサンドイッチを頬張った。
やがて、昼を食い終わり、再び出発する。
人の手が入っていないにしては整った林の中を進んでいると、不意に私の胸の中からコユキが、
「きゃん!」(甘いの!)
と嬉しそうな声を上げた。
その声に、一同が色めき立つ。
私も期待を込めて、さっそくコユキに、
「どっちだ?」
と、やや前のめりに聞いた。
「きゃん!」(あっち!)
とコユキ前脚で器用に方角を指し示してくれたので、急いでそちらに向かう。
するとしばらくして、灌木の生える開けた場所に出た。
「きゃん!」(ここ!)
と言ってコユキが私の胸の中でもぞもぞしだす。
私はライカから降りてコユキを地面に降ろしてやった。
トテトテとコユキが駆け出す。
私たちは急いでその後を付いていくと、やがて、コユキが赤い実が点々とついている低木の前で立ち止まった。
「きゃん!」(これだよ!)
と言って、その木の前でお座りをする。
私はとりあえず、
「よくやったな」
と言ってコユキを撫でてやった。
そして、じっくりその赤い実を観察する。
いや、その赤い実は観察するまでもなく、見た目はイチゴだった。
(しかし、木に生っているが…)
と思いつつ、ひとつもいでみる。
そして、恐る恐ると言った感じで小さくかじると、あのイチゴ独特の甘酸っぱい味と香りが一瞬で口の中に広がった。
「イチゴだ…」
と思わずつぶやく。
すると、ベル先生もその赤い実を興味深そうに見つめて、私と同じようにひと口かじった。
「む!なんだ、この美味しい実は!?」
と驚きの表情を浮かべる。
その言葉にジェイさんたちも興味を引かれたのか、次々に手を伸ばし、その実を口に放り込んだ。
「…なんだ、この甘味と香りは…」
とジェイさんが驚きの声を上げる。
「こいつぁすげぇ…」
とアインさんも驚愕の表情を浮かべた。
ノバエフさんは無言だが、その表情は明らかに驚いているように見える。
私はすぐさま、
「これはぜひ採取して帰ろう。いい、村の特産になるぞ」
と言って、さっそく採取することを提案した。
皆がうなずいて、さっそく苗木になりそうな小さな木を探す。
そして、しばらくすると、5本ほど苗木を採取することに成功した。
「大収穫だな」
と言う私の言葉に、ベル先生も、
「ああ。コユキには感謝せねばなるまいのう」
とうなずいて、コユキを撫でる。
コユキは褒められたのが嬉しいのか、
「きゃん!」(えへへ!)
と嬉しそうに笑った。
その日の晩は魔獣に警戒しつつも楽しく夕食を囲む。
「帰ったら忙しくなりそうじゃわい」
と言うジェイさんに、
「カレーに植え付け…。どっちも楽しみでさぁ」
と言って、アインさんが続いた。
ノバエフさんもどこか楽しそうな表情で微笑み、私も嬉しい気持ちになる。
「よかったですね。ルーク様」
と言って、ミーニャが私に微笑みかけてくれた。
「ああ。また美味しいものが増えるな」
と言って私もミーニャに微笑みかける。
すると横から、
「エリーに頼んでケーキにしてもらうのが楽しみじゃわい」
とベル先生が素晴らしい提案をしてその場に笑顔の輪が広がった。
パチパチとはじける薪の音がなんとも楽しげに聞こえる。
そんな笑顔の広がる輪の中で食べる少し香辛料の効いたスープはなんとも陽気な味がした。
朗らかに夜が更けていく。
私たちは一瞬、魔獣の緊張というものを忘れて、その和やかな晩餐を心ゆくまで楽しんだ。