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第52話初夏

そろそろ夏が近づく頃。

村は田植えの最盛期を迎えている。

私やミーニャにくわえて父も連日手伝いに出た。

最近ではエリーも良く農作業の現場に弁当を差し入れたり、時々炊き出しを行ってくれたりしている。

そのおかげか、村のご婦人方ともずいぶん打ち解けたようだ。


それにアインさんやジェイさんの土魔法のおかげで、開墾も順調に推移している。

特にジェイさんの土魔法は素晴らしく、アインさんよりもより広い範囲の地形をより正確に整地できるのが大きかった。

そのおかげで一番困難だと思っていた用水路の整備にある程度目途が立ち、来年からは大幅に作付けを増やせそうな勢いになっている。

それにブドウやリンゴの畑も開けた。

むしろジェイさんたちはそっちの方が乗り気で、さっそく森に入ってはせっせと苗木を採取してきてくれている。

(ワインにシードル。そのうちブランデーでもできるな…)

と私も楽しみに思いながら、農作業を頑張っていると、そこへ、いつものように、

「そろそろお弁当の時間ですよ」

と言ってエリーがやって来た。


「ああ。ありがとう」

と声を掛け返して、さっそく田んぼから上がる。

そして、さっそく、

「今日の飯はなんだ?」

と聞くとエリーは笑いながら、

「ただのサンドイッチですよ」

と言いつつ、バスケットの蓋を開けてくれた。

続いて、エマやマーサが持ってきたバスケットの蓋も開けられる。

そちらにも同じようにサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。

やや遅れてベル先生もやって来る。

「おーい。ライカ用にニンジンもたくさんもってきてやったぞ」

と言っているから、ベル先生が持っているバスケットにはきっとニンジンがたくさん入っているのだろう。

「みなさんでいただきましょう」

というエリーに、

「そうだな。みんなで食おう」

と笑顔で返して畔に腰を下ろす。

その辺で遊んでいたライカとコユキも「ご飯」という言葉に反応して、こちらにやってきた。

「きゃん!」(エリーのご飯!)

と言って、トテトテと駆け寄って来るコユキを抱き上げ、膝の上に乗せる。

そして、みんなが揃ったところで、

「いただきます」

と声を合わせて思い思いのサンドイッチに手を伸ばした。


まず、ポテトサラダが挟まれたものを手に取る。

ひと口かじりつくと、ほくほくのジャガイモの食感が口の中で踊った。

(お。このマヨネーズの酸味がいいな。普通のよりも少し酸っぱい。これだけゴロゴロとしたジャガイモが入っていればもう少しもったりとした口当たりになってもおかしくない。しかし、それを少しの酸味で絶妙にバランスを取っている。素晴らしい出来だ)

と思って、

「うん。美味いな」

とつぶやく。

すると、私の横でエリーが、

「まぁ、良かったですわ!」

と嬉しそうな声を上げた。

「うふふ。そちらはお嬢様がお作りになったのですよ」

とマーサがやや得意げに言ってくる。

私はその主従の関係性を微笑ましく思いながら、

「おお。そうだったか。いや、このマヨネーズの酸味の加減が絶妙だ。すごいな」

と賛辞を送った。

エリーが少し照れくさそうにはにかむ。

私がそれを微笑ましい気持ちで見ていると、横からベル先生が、

「お。こっちの卵焼きのもよいのう。ケチャップの甘味が最高じゃ」

と言った。

横目に見ると、ベル先生は、両手にその卵焼きサンドと、レタスとチーズのサンドイッチを持って交互に食べている。

(わんぱくだな…)

と思いつつ、そちらも微笑ましく眺める。

コユキとライカも、

「きゃん!」(美味しいね!)

「ひひん!」(うん!)

と嬉しそうな声を上げた。

あぜ道に笑顔の花が咲く。

私はその光景をなんとも嬉しく思いながらまたひと口サンドイッチを頬張った。


それから数日後。

田植えが一段落した所でアリア、クララ、ミリエラのエルフ3姉妹の家を訪ねる。

先日、アリアから織機と紡績機が完成したからそのうち見に来て欲しいという要望を受けていた。

村の新たな産業の基盤となる機械の完成を祝うべく、どこか高揚した気分で3人が暮らす家に向かう。

玄関の扉を叩き、おとないを告げるとすぐにアリアが出てきて、

「お待ちしておりました。さっそくですが、作業小屋の方へどうぞ」

と言い私を家のすぐ脇に建てられている作業小屋の方へと案内してくれた。

「さぁ。どうぞ」

と言われて作業小屋の中へ入る。

すると、そこには少し大きな機織り機と糸巻き機があった。


(なるほど。この機械類もまだまだ改良の余地がありそうだな)

と思いつつしげしげとその機械観察する。

そんな私の横でアリアが、

「どうです?」

と少し自慢げにそう言ってきた。

「ああ。素晴らしい出来だ。さっそくだが、大工の連中と打ち合わせて、工場の規模なんかをまとめてくれ。場所の確保が出来たらすぐに建設に取り掛かれるよう許可を出す」

と答えて微笑み、右手を差し出す。

アリアはその右手を嬉しそうに握り返して、

「これからもよろしくお願いいたしますわ」

とにこやかにそう言ってきた。


その後、試作品の糸と布の見本を見たり、実際に機械が動く様子を解説してもらったりして視察を終える。

帰り際、祝いの品にと持たされたケチャップを渡すと、異常なほど喜ばれた。

(なるほど、ケチャップ派なんだな…)

と微笑ましく思いつつ、アリアたちの家を後にする。

その後、少し村の様子を見回って、その日は夕方前に屋敷へと戻って行った。


さらに数日後。

今度はドワーフのジェイさん、アインさんとともに、果樹園を訪ねる。

日頃果樹の世話をしている農家から順調に根付いているという話は聞いていたが、一度専門家の意見も聞いてみたいと思っていた。

まずはリンゴの苗木を植えた場所に行くと、いくつかの木にはすでに小さな実が生っていた。

驚いて、アインさんの方に視線を向ける。

すると、アインさんは少し苦笑いをしながら、

「ああ、こいつはまだ食い物にはなんねぇぜ。なにせ小さすぎるからな。来年からは食えるやつがちらほらつくだろうよ」

と説明してくれた。

それでもその小さな実に希望を感じつつ感慨を持って眺める。

そして、私たちはその嬉しい気分のまま今度はブドウを植え付けてある場所へと足を運んだ。


いわゆる垣根仕立てで植えられているブドウ畑をつぶさに見てまわる。

「生育は順調だ。実が生るにはあと2年くらいかかりそうだが、今から期待しかねぇ。早く秋口になってその場所で味見がしてみたいもんだ」

というジェイさんの言葉にうなずきつつ、

「秋になったら、また色々と収穫に行かなければならんからな。その時は是非一緒に行こう」

と約束してその後もこれからの農業に関する計画案を話し合いつつ、果樹園の中を見て回った。

(リンゴもブドウも順調。柿ことヨックもいい感じだと言っていたな。…あとは梨ことトーリが少し遅れているくらいか。それでも再来年辺りから実をつけると言うし、楽しみだ…)

と思いつつ、視察を終えて屋敷に戻る。

いつものように、

「ただいま」

と帰還の挨拶をすると、さっそくミーニャが、

「おかえりなさいませ。お風呂、沸いてます!」

と言って、出迎えてくれた。

さっそく使わせてもらって、いったん自室に戻る。

そして、簡単に身支度を整えると、今度はみんなが待つ食堂へと降りていった。


「今夜はハヤシライスのソースが掛かったオムライスらしいぞ」

と嬉しそうに言うベル先生に、

「お。そいつは美味そうだな」

と答えて笑顔で席に着く。

するとさっそくエマとミーニャ、そしてマーサが料理を運んできてくれた。

「お。こいつは美味そうだな」

と言って、父が目を輝かせる。

(父上はすっかりハヤシライスの虜だな…)

と我が父を微笑ましく思いつつ、みんなの前に料理が配膳されるのを確かめてから、私が最初に、

「いただきます」

の号令をかけた。

「いただきます」

という声が重なって、食事が始まる。

私もさっそくそのオムハヤシをひと匙口に運んだ。

(お。これはなかなか…。この時期のまだ酸っぱいトマトの酸味がソースに爽やかさを出しているのが、逆にいい。バターのこってりした感じをちょうどよく中和して全体の味を引き締めている。これはパクパクいけてしまう系の味付けだな)

と思いつつ、微笑んで食べる。

すると、私の横でベル先生が、

「うむ。やはりケチャップは正義じゃのう」

と満足げな言葉を口にした。

(エルフがケチャップ好きなのは民族性か?)

と妙なことを思いつつ、斜め前で美味しそうにオムハヤシを頬張るミーニャに、

「今度、アリアたちにもこのレシピを教えてやってくれ。きっと喜ぶぞ」

と頼む。

そんな私の頼みにミーニャは、

「はい!」

と明るく答えて微笑んでくれた。

「うふふ。今日のお食事も美味しくて楽しいですわね」

と言ってエリーが微笑む。

私はその笑顔を見て、

(ああ、少しは気晴らしになってくれているようだな…)

となんだか安心したような気持ちになった。

「ああ。美味くて楽しいな」

と私も微笑んでエリーに伝える。

「きゃん!」(楽しいの美味しい!)

とコユキが口の周りを茶色にしながら、そう嬉しそうな声を上げた。

「まぁ、コユキちゃんったら、もう少しお行儀よく食べなければなりませんよ」

と言って、マーサがコユキの口元を拭いてくれる。

そのちょっとした優しい窘めに、コユキも応えて、

「きゃふ」(うん、がんばる)

となんだかやる気があるような言葉を口にした。


「うふふ。コユキちゃんはきっと将来、立派なレディーになりますわね」

と言って、エリーが微笑む。

私も微笑みながら、

「ああ。そうだな」

と答えて、なんとか上手に食べようと奮闘するコユキを見守った。

「うふふ。お上手ですよ」

と言ってマーサがコユキを褒める。

その言葉にコユキは嬉しそうな顔をして、

「きゃん!」(レディーだからね!)

と何ともおしゃまなことを言った。

その言葉にみんなが微笑む。

そして、食堂全体を優しい空気が包み込む中、今日も我が家の夕食の時間は楽しく過ぎていった。


食後のお茶を済ませ、すっかり眠ってしまったコユキを抱いて自室に戻る。

コユキを寝かせ、私も今日の出来事を軽く帳面にまとめると、さっさと支度をして床に就いた。

充実した気持ちを抱え、満足しながら目を閉じる。

(さて、明日はどんな一日になるだろうか)

と思うと、心の底から楽しい気持ちが湧き上がってきた。

思わず、

「ふっ」

と笑って頬を緩める。

そして、その楽しい気持ちを噛みしめていると、

(きっと楽しい一日になるだろうな…)

という確信に近い思いが浮かび上がってきた。

(領民全員がこんな気持ちで一日を終えられるようにするのが私の仕事だ)

と思って少しだけ気を引き締める。

そして、静かに興奮した気持ちを整えるように軽く深呼吸をすると、私はそのまま安らかな眠りに落ちていった。


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