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第51話開墾しよう

ジェイさんたち3人がこの領にやって来て1か月ほど経った頃。

春本番から季節は徐々に夏へ向かっている。

村中が農作物の作付に忙しい中、私とアインさんは連れ立って開墾の現場に出掛けることにした。


お互い馬の背に揺られながら、

「長屋の暮らしはどうだ?」

と何となく聞いてみる。

すると、アインさんは、

「ああ。今のところ快適だな。近所のおばちゃん連中の世話焼きのおかげで何も困ってねぇぜ」

と笑顔で答えてくれた。

「そいつは良かった」

とこちらも笑顔で応じる。

「それよりジェイの旦那が、現場に入り浸っちまってすまねぇな」

と言うアインさんの言葉通り、ジェイさんはさっそく米が生えていたあの現場にも行ったし、将来酒や味噌、醤油を作る蔵の場所の選定やら米を始めとした農作物の生育の確認だとかで毎日忙しそうにしていた。

「いや。こちらは助かるばかりだ。たいした礼も出来ないが、なにかあったら遠慮なく言ってくれ」

とにこやかに返す。

そんな会話をしながら私たちは開墾の現場へとのんびり向かっていった。


やがて開墾現場に着き、作業をしていた有志の村人たちに労いの挨拶をする。

「みんなご苦労だな。後で、ご婦人方が差し入れを持ってきてくれるそうだから、楽しみにしていてくれ」

と声を掛けて、さっそく私も作業の輪に加わろうとする。

しかし、それをアインさんが止めて、

「ちょいと土を柔らかくするから、いったんみんな退いてくれ。魔法で一気にいくぜ」

と言うと、何やら短いロッドのようなものを取り出し、それを地面に突き立てた。

みんながアインさんの後にいったん退く。

それを確認したアインさんは、

「んじゃぁ行くぞ!」

と言ってなにやらぶつぶつとつぶやきだした。


ロッドの先端についていた宝石のようなものが光る。

そして、おそらく魔力のような力が一瞬で周りに広がると、目の前の地面がボコボコと音を立てて波打ち始めた。

その圧巻の光景にしばし目を奪われる。

そうして、私たちが呆気に取られていると、それまで掘り起こすのにやたらと苦労していた切り株がゴゴゴと音を立ててゆっくりと浮き上がって来た。

(まるで液状化現象だな…)

と思いながら、その光景を見つめる。

するとやがて、その魔力の波が収まり、私たちの目の前には浮き上がってきた大きな切り株が転がり、柔らかく耕された地面が現れていた。

「おおぉ…」

とみんなから驚きの声が上がる。

私も思わずぽかんとして、その光景を見た。

「んじゃぁ、この調子でやっていくから、後始末を頼んだぜ」

と言い、アインさんはさっさと次の切り株に向かっていく。

そして、私たちが驚いてぽかんとしているうちに、また魔法を発動し、切り株を浮かびあがらせた。

呆気に取られていた私たちもハッとして動き出す。

みんなして、切り株に綱を回すと馬も使ってその切り株を移動させに掛かった。


そんな仕事が続いて、昼の休憩時間。

私は、

「ふぅ…」

と息をしながら、腰の辺りをトントンと叩いているアインさんの側に近寄り、

「すごいな」

と素直な感想を伝える。

すると、アインさんは、

「なぁに、たいしたことじゃねぇさ。ちょいと腕の立つドワーフならけっこう使えるもんだぜ」

と、やや照れたような言って、謙遜してみせた。

村のご婦人方が差し入れてくれた具沢山のスープをいただきつつ、アインさんが、

「ところで」

と話題を変えてくる。

私が、それに、

「なんだ?」

と答えると、アインさんは、

「あの切り株。やけに綺麗に切られてたが、いったいどうやって切ったんだ?」

と意外なことを聞いてきた。

「ああ。あれか。あれは私が魔法を乗せた刀で斬った」

と素直に答える。

すると、アインさんは、

「はぁ!?」

と言って目を見開いた。


「後でやるから見てみるか?」

と何気なく言う私の言葉にアインさんが、

「あ、ああ…」

と言ってうなずく。

そんなアインさんの表情に私は苦笑いを浮かべて、またスープをひと口すすった。


やがて、昼休憩が終わり、みんなが作業に戻る。

私はそこから少し離れた林の際まで歩いて行くと、そこで一度図面を確認し、さっそく伐採の準備に入った。

「木が倒れてくるから気を付けてくれよ」

と一応アインさんに注意を促してさっそく魔力を練り始める。

そして、いつものように全身に魔力を巡らせると身体強化の状態を作り上げ、おもむろに刀を抜いた。


「ふぅ…」

と、ひとつ深呼吸をして目標の木を見定める。

そして、一気に駆けだすと刀に風魔法を乗せ一気に振り抜いた。

スパッという感じの手ごたえを感じつつ、次の目標に向かう。

また駆け抜けざまに木を斬るとまた次へ。

そうやって何本かの木を斬り、残身を取って刀を納めると、私の後でバキバキと音を立てて何本もの木が倒れていった。


「ふぅ…」

と息を吐いてアインさんの方を振り返る。

するとアインさんは唖然とした表情で私の方を見つめていた。

そんなアインさんの方へ近寄りつつ、

「どうだった?」

と気軽に声を掛ける。

するとアインさんはふと我に返り、

「ははは。こりゃすげぇもんを見させてもらったぜ」

と言って、おかしそうな、しかして呆れたような笑顔を浮かべてそう言った。


その後、再びみんなのもとに戻って作業を手伝う。

その日の作業はアインさんのおかげで、予定していた作業の何日分も進めることが出来た。

「どうせ、米やら大豆やらが獲れるまでは暇なんだ。ちょくちょく手伝いに来てやるぜ」

と言ってくれるアインさんに、

「ああ。私も出来るだけ顔を出すから、これからもよろしくな」

と言って、右手を差し出す。

すると、アインさんは、

「今度はジェイの旦那やノバエフも連れてこよう。きっと驚くぜ」

と少しイタズラな表情で私の右手を握り返してきてくれた。

作業を終え、遊んでいたライカとコユキを呼び寄せる。

そして、一日の作業で程よく疲れた体でライカに跨り、屋敷へ続くあぜ道をアインさんと一緒に戻っていった。


赤い夕陽に照らされた私たちの影があぜ道に長く伸びる。

そんな平和な光景の中で、コユキが、

「きゃん!」(あのね、今日も追いかけっこ楽しかった!)

と無邪気な声を上げた。

「ぶるる」(うん。楽しかったね)

と優しく返すライカを軽く撫でてやる。

すると、ライカが、

「ぶるる」

と嬉しそうに鳴き、コユキが私の懐で、

「くぅん」

と甘えた声を上げた。

「ははは。コユキもいい子だぞ」

と言いつつ、コユキも撫でてやる。

そんな私たちにアインさんがなんとも微笑ましそうな視線を向けてきた。

「いい家族だな」

と言うアインさんに、

「ああ。いい子たちに巡り会えたよ」

と答えて笑顔を向ける。

そんな私の笑顔を見て、アインさんが、

「ははは。そりゃなによりだ」

と言って楽しそうに笑った。


やがてアインさんと別れ、屋敷の玄関をくぐる。

「ただいま」

と声を掛けると、

「おかえりなさいませ!みなさん揃ってますよ」

というミーニャの明るい声が返って来た。

さっそく軽く汗を拭き、食堂に向かう。

「おかえりなさいまし」

というエリーに、

「ああ。ただいま」

と返すと、なんだかものすごくほっとしたような感覚が湧いてきた。


(村のみんなも家でこんな幸せを噛みしめているんだろうか…)

と思いつつ、席に着く。

するとすぐに食卓に料理が運ばれてきた。

さっそくみんなでいただく。

前世の記憶からすれば、なんということもない普通の生姜焼き定食を食いながら、

(ああ、やはり醤油と味噌は正義だな…)

としみじみそう思った。

(土産に醤油や味噌をたんまり持ってきてくれたジェイさんたちには感謝しかないな…)

と思いつつ、口いっぱいに米を頬張る。

そんな私の横でコユキが、

「きゃん!」(これも好き!)

と楽しそうな声を上げた。

「うむ。このマヨネーズがたまらんな」

とベル先生も美味しそうに生姜焼きを食べながらご飯を頬張っている。

父もバティスもエマもマーサも、みんな楽しそうだ。

「うふふ。楽しいですわね」

と言って、エリーが私に笑顔を向けてきた。

「ああ。楽しいな」

とこちらも笑顔で返す。

家族みんなの幸せな笑顔が広がり、その日の夕食も笑顔のうちに終わった。


食後、さっと風呂を済ませ、自室に戻る。

そして、今日一日の作業状況を簡単に書面につけてから、ゆったりとした気持ちでベッドに入った。

程よい疲れがじんわりとした眠気を連れてくる。

そのまま目を閉じると、

(今日も一日楽しく働けたな…)

という満足感が私の胸に広がった。

耳元からコユキの、

「きゃふぅ…」

という幸せそうな寝言が聞こえてくる。

私はそれを微笑ましく思いながら、徐々に眠気に身を任せていった。

(さて、明日はどんな楽しいことが待っているだろうか…)

と思うと、自然と顔が綻んでいく。

静かに夜が更け、私は、なんとも言えない充実感を抱えながら、そっと意識を手放した。


~ドワーフの酒盛り。アイン視点~

「ただいまかえりましたぜ」

という私にジェイの旦那が、

「おう。どうだった?」

と聞いてくる。

おそらく、開墾の現場はどんな様子だったんだ?という意味で聞いた来たのだろうが、私は真っ先にあのルーカスの旦那の見事な剣技を思い出し、

「凄まじい切れ味でしたぜ」

と、やや頓珍漢な答えを返した。

当然、

「なんだそりゃ?」

という疑問が返ってくる。

ノバエフもどこかきょとんとしてこちらを見てきた。

「はっはっは。今日は相当面白い物を見られたんですぜ」

と言って、席に着く。

するとジェイの旦那がすぐに火酒を注いでこちらに寄こしてくれた。

ちょびっと舐めるようにしてから話を始める。

そして、私の話を聞き終わった2人はやはりぽかんとした表情になった。

「いやぁ、あの魔力。下手したら旦那や西の姫に匹敵するんじゃないですかい?」

と率直に思ったことを伝える。

するとジェイの旦那が、

「おいおい。そんなにか?」

と驚いたような感じで疑問を呈してきた。

「ええ。それに聞いたところじゃ魔法を覚えてまだ2、3年ってことでしたぜ。それであれなんだから将来はどうなっちまうのか…」

と、ややおかしく思いながら答える。

するとジェイの旦那は、さもおかしそうに笑って、

「はっはっは。じゃぁそのうち土魔法や火魔法も使えるようになるかもな」

と冗談を言い、自分の手元にあった火酒をぐいっと一気にあおった。


「こりゃぁしばらく退屈しねぇな」

と嬉しそうにいうジェイの旦那に、

「ええ。楽しいことになりそうでさぁ」

と答えて、こちらも酒をあおる。

「………」

と何も言わないがノバエフもどこか楽しそうな表情で酒をあおった。


「よし、今日も飲むぞ!」

と言ってジェイの旦那が酒瓶を取り出す。

「そりゃ願ったりですが、在庫は十分なんでしょうね?」

と笑いながら一応聞くが、

「おいおい。俺がそんなヘマすると思ってるのか?もう、たんまり発注しといたに決まってるだろ」

という予想通りの答えが返ってきた。

「へへ。じゃぁ遠慮なく」

と言ってコップを差し出す。

そして、互いが無遠慮に酒を酌み交わし、いつものように楽しい酒盛りが始まった。

夜が更けていく。

そして、いくつかの瓶が空になったところで、私たちはそれぞれの寝床へと戻っていった。


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