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第50話ドワーフも村にやってきた02

お互いの自己紹介を経て、とりあえず客人を客間に案内する。

その日はジェイさんが一部屋使い、アインさんとノバエフさんが同じ部屋で休んでもらうことになった。

狭苦しくて申し訳ないようにも思ったが、アインさんとノバエフさんは何も気にしていない様子で、

「屋根と壁があるだけ贅沢ってもんさ」

と言って笑ってくれた。


その後、いったん外に出てライカを紹介する。

ライカは少し人見知りしてしまっていたようだが、私が促すと、

「…ぶるる」(…ライカです)

と少し恥ずかしそうにしながらもきちんと挨拶をすることが出来た。

そんなライカを褒めてから再び屋敷に戻る。

その後は、夕食の時間まではゆったりと過ごしてもらうことにした。


やがて、夕食の時間になり、父を紹介する。

「これの父でバルガス・クルシュテットと申す。田舎のことでたいしたもてなしも出来ないがごゆるりと過ごされよ」

という父に対して、ジェイさんは、

「お気遣い痛み入る。ジェイコブスだ。どうせそのうちバレるだろうから先に言っておくが、世間では東の賢者と呼ばれている」

とさらっとすごいことを言った。

「ほう。あのドワーフの賢者殿であったか。それは失礼した」

と言って頭を下げる父に続いて私もやや慌てて頭を下げる。

そんな私たちに向かって、ジェイさんは、

「なに。ただの酒好きのおっさんだ。そういうのは気にしないでくれ」

と、やや気恥ずかしそうにそう言った。

そこへベル先生が、

「ああ。こやつは本当に酒が好きなだけの変わり者じゃ。酒の研究のついでにいろんなものを生み出したが故に賢者などと呼ばれておるが、本質はただの風来坊よ」

と、さもおかしそうに注釈を入れる。

その注釈にジェイさんは、「けっ!」と言うような感じで、苦笑いを浮かべながら、

「どこぞのお転婆姫に言われたくはないわい」

と悪態らしきものを吐いてみせた。

「はっはっは。お互い様じゃな」

と笑うベル先生に、ジェイさんもつられて、

「あっはっは。そうだな」

と言って笑う。

私はそんな2人を見て、

(なんだ。いわゆる似た者同士ってやつか)

というような感想を持った。


やがて、料理が運ばれてくる。

「今日は急遽だったから普段の食事になってしまったが、遠慮なく食ってくれ」

という私の言葉をきっかけに食事が始まる。

食事中の話題はこれまでの冒険の話なんかが中心になった。

聞けばジェイさんはハルバードを使うらしくオーク程度の魔獣なら何度も相手にしたことがあるのだそうだ。

それにアインさんは剣、ノバエフさんは盾を使うらしい。

「こいつの材料調達でよく洞窟に潜るから、ゴーレム辺りならお手の物だぜ」

というアインさんにノバエフさんがうなずく。

私も一応魔獣の経験がないわけではないというような話をしたが、

「まだまだ初心者だ。いろいろと教えてほしい」

と言うと、

「オークの相手ができるんなら初心者ってことはねぇだろうよ」

とジェイさんに苦笑いをされてしまった。

「まったく。とんだ逸材もいたものよ」

とベル先生まで冗談半分に私を持ち上げる。

私はその言葉になんともバツの悪さを感じて、

「おいおい。よしてくれ。魔法を覚えたのだって最近のことなんだ。いろいろと教えてもらいたいのは事実だよ」

と苦笑いで正直なところを話した。


食事は和やかに進み、食後のお茶の時間になる。

今日はあえて、干し柿と緑茶を出してもらった。

ベル先生のこれまでの反応でどちらもそれなりに評価されているというのはわかっているが、ドワーフにはどんな評価を受けるだろうかと思い、やや緊張しながら3人が食べる様子を見る。

「お。こりゃぁ甘くて美味いな。干し果物のようだが、何を干したものだ?」

と聞くジェイさんに、ベル先生が、

「ヨックじゃよ。ここでは柿と呼んでいるらしいがな」

と説明してくれた。

(柿はヨックって名だったのか…)

と妙なことに感心しつつ私もその甘さを味わう。

すると、一拍置いてジェイさんが、

「ヨックってのはあのヨックか?」

と、やや驚きの表情でそう言った。

「ああ。あのヨックじゃ」

とベル先生が、なぜかしたり顔でそう答える。

「ほう…。あのイタズラにしか使えないと思っていた渋い実がこうなるとはなぁ…」

と感心顔のジェイさんに、ベル先生が、

「思いついたのはこやつじゃぞ」

と言って、今度は私に視線を向けてきた。

「なに!?…すごいな」

とジェイさんが感心したような目を向けてくる。

そんな2人の目に私は少し照れてしまって、

「なに。たまたまだ」

と照れ隠しに苦笑いを浮かべながらそう謙遜して答えた。


「まず、あれを食おうと思う勇気がすごい」

とジェイさんが笑いながら言う。

それに続いてベル先生も、

「ああ。まったくその通りじゃ」

と言って笑った。

どうやら私は相当な食いしん坊認定を受けてしまったらしい。

私はそのことをやや不服に思いながらも、

「辺境の地で果物は貴重品だからな。みんなのためにもなんとかしたいと思ったらこうなったんだ」

と、一応領主らしい答えを返す。

そんな私にジェイさんはまた笑いながら、

「はっはっは。まぁ、食い物は人生の基本だからな。美味い物が食えれば明日も頑張ろうって気になるもんだ。なかなかいいご領主様じゃねぇか」

と、私の信念に近いことを言ってくれた。

「ははは。統治の基本が食い物とはなんともドワーフらしい考え方だな」

とベル先生が笑いながらそう言う。

しかし、私もジェイさんも、それに反論するかのように、

「食は重要だぞ?食の充実は住民の活力に直結するかならな」

「ああ、まったくその通りだ。食い物がしっかりしてなきゃ統治もくそもない」

と、それぞれに持論を展開した。

その答えにベル先生は、一瞬呆れたような表情を見せたが、

「ふっ。まぁ、一理あるな」

と言って、笑いながら美味しそうに干し柿をかじり緑茶をすすった。


やがて、その場がお開きとなる。

自室に戻ると、これからのことを考えてみた。

考えただけでワクワクしてくる。

ジェイさんは新しい酒の可能性があると言ってくれたから、おそらく将来的には日本酒が出来上がって来るだろう。

それに、あの甘いブドウからはいったいどれだけ極上のワインが作れるのだろうか。

私は、

(上手くブランディングできればきっとこの領の主力商品になるぞ…)

とひとり微笑みながら、自分を落ち着けるかのようにコユキを撫でた。

「きゃうん?」

とコユキが小首をかしげる。

そんなコユキに、

「これからは美味しい物がもっと食べられるようになるといいな」

と言って微笑んで見せると、コユキは、

「きゃん!」(美味しいの好き!)

と言って無邪気に喜びを露にした。

「そうか、そうか」

と言って、またコユキを撫でる。

そして、

(醤油や味噌も出来ればこの領の食事情はもっと良くなる。きっとみんな喜んでくれるだろう。それにエリーたちにも、王都風の美味しいご飯を食べてもらえるようになるな…)

と考えまたひとり微笑んだ。

「きゃん!」(よかったね、ルーク!)

とコユキが言ってくれる。

おそらく私の顔は相当嬉しそうにしていたのだろう。

「ああ。これからが楽しみだ」

と言ってコユキに微笑みかけ、わしゃわしゃと撫でる。

するとコユキは、

「くぅーん」

といかにも気持ちよさそうに鳴いた。


そんなコユキを見て、なんとも微笑ましい気持ちになる。

コユキを抱いたまま窓を開け、少し夜風を入れる。

春の涼しい夜風が興奮冷めやらぬ私の頬にはなんとも心地よく感じられた。

ふと見上げればぼんやりとした三日月が夜空に小さく浮かんでいる。

そんな月を見て、

(あの月が何回か満ちたころ、この領はどう変わっているだろうか)

と考えを巡らせた。

しかし、すぐに、

(いやいや。そんなすぐには変わらんな…。まったく何を急いているんだか)

と自分に苦笑いを浮かべる。

しかし、きっと何かのきっかけはつかめているはずだ。

そう思うとまた自然と顔が綻んでくる。

「きゃん!」

と私の腕の中でコユキが楽しそうな声を上げた。

「明日からは忙しくなるぞ」

と声を掛けて、また軽く撫でてやる。

すると、コユキは、

「きゃん!」(いっぱい遊ぶ!)

と元気に、しかし、どこか的外れな返事をしてきた。

私はそんな答えがなんともおかしくて、

「ああ。そうだな。いっぱい遊んでしっかり大きくなってくれよ」

と言ってまたわしゃわしゃとコユキを撫でる。

そんな私にコユキは、

「くぅーん」

とまた鳴いて甘えてきた。

しばらく夜風に当たりながら、コユキを甘やかす。

そして、やっと自分の頬が普通の温度に戻ったことを認識すると、私は窓を閉めて、寝支度に取り掛かった。

今日も一日が終わる。

しかし、すぐまた楽しい一日が始まるだろう。

そう思うと、またワクワクとした気持ちが湧き上がって来たが、私はその興奮を抑えるようにして、ベッドの中で静かに目を閉じ、今日という楽しい一日に幕を閉じた。


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