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第47話エルフが村にやってきた01

初春。

辺境の雪はようやく溶ける気配を見せ始めている。

そんなある日。

執務室の扉が叩かれ、ベル先生がやって来た。

「どうした?」

と書類から目を上げ、軽く聞く。

すると、ベル先生は、

「ああ。本格的な春になったらエルフの職人がやって来るらしい。まずは先遣隊として3人ほどだ」

と思いがけないことを言ってきた。

「えらく早かったな」

と素直に驚く。

しかし、ベル先生は、苦笑いのような笑みでその言葉を受け止め、

「ふっ。それだけここの綿花が魅力的だったんじゃろう」

と、ともすればややあきれ顔に軽いため息を交えてそう言った。


「まったく。職人連中の好奇心ってやつは時に凄まじいのう」

と感心したような呆れたようなことを言うベル先生に、

「ああ。すごいな。しかし、うちは大助かりだ」

と笑顔で返す。

「さっそくじゃが、適当な棲み処を用意してやってくれ。なに、姉妹と書いてあったから家は1軒でよかろう」

というベル先生の言葉に応じて、私はすぐ家の手配を命じにバティスのもとへと向かって行った。


幸い適当な空き家が1軒あるということで、さっそく手直しに入ってもらう。

そして、ベル先生が「先遣隊」と言ったからにはそのうちまた来るのだろうと思ってその空き家の近所に急いで長屋を何棟か立てるよう指示を出した。

一方、私は、

(当面、木材の在庫は十分だろうが、また伐採しなければな)

と思い、さっそく刀を持って開墾現場に向かう。

そして、いつものように魔法で一気に伐採を行った。


夕方。

屋敷に戻って夕食の席に着く。

その席で、みんなに改めてエルフの先遣隊がやってくることを伝えた。

「そんなわけで、私は明日からも伐採の手伝いをするし、それ以降は建設現場の指揮を執らねばならん。少し忙しくなるが家の中のことは頼む」

と言って軽く頭を下げる。

すると、父が、

「まぁ、書類関係は私とバティスに任せておけ」

と言ってくれた。

「ありがとうございます」

と素直に礼を言う。

そして、そんな話を横で聞いていたエリーも、

「じゃぁ私はミーニャちゃんと一緒に炊き出しをさせてもらいましょう。職人のみなさんに美味しいカレーを振舞わせてもらいますよ」

と言ってくれた。

「ありがとう。みんな喜ぶだろう。助かるよ」

と、こちらにも頭を下げる。

私はそうしながら、

(やはりみんなの存在は大きいな…)

と、家族の力の大きさを思ってひとりなんだか嬉しい気分でその日の夕食、辺境名物鹿肉のローストを頬張った。


翌日から忙しない毎日が始まる。

私は刀で木を切り、建設現場を訪れる傍ら、各地の作付け状況を見て回ったりして一日中領内を駆けずり回る日々を送った。

そんな生活を送る事1か月と少し。

ちょうど空き家の手入れが終わる。

一度中を見てみたが、3人が暮らすには何とかなるだろうという広さだった。

(そのうち長屋に移ってもらうことも考えた方がいいかもしれんな…)

と思いつつ、長屋の建設現場の状況も視察する。

そちらはまだ骨組みだけの状態だったが、作業は順調に進んでいるという報告を聞き、こちらも安心してその日は屋敷に戻った。

(やはりカレーの効果は大きいな。あれで現場の士気が高まった…)

とエリーやミーニャの活躍に感謝しつつ、夕食の席に着く。

その日の夕食は辺境風のポトフで、飾らない味だったが、懐かしい味で、妙に心に沁みた。


翌日。

手紙が届く。

どうやら、あと数日でその先遣隊が到着するらしい。

(なんとか間に合ったな…)

と安堵しつつ、手紙の内容を読む。

やって来るエルフは、みんな「ベルシオン」という姓で、それぞれ、アリア、クララ、ミリエラというそうだ。

到着し、準備が整ったら、さっそく作業に取り掛かりたいから、作業小屋を建てる職人の用意を頼みたいということが書かれていた。

その手紙を読み終え、さっそく現場に出向く。

そして、職人の棟梁と簡単に作業小屋を建てる場所や材料の算段を立てると、今度は当座の生活に必要そうな備品の確保に動いた。


そんな慌ただしい日々を送ること3日。

ついにその時がやって来る。

私がいつものように執務室で、書類仕事を片付けていると、衛兵隊のハンスがやって来て、

「いらっしゃったっすよ」

と先ぶれに来てくれた。

私はさっそく着替えて玄関に向かう。

すると、遠くから2台の荷馬車がこちらにやって来るのが見えた。


(いよいよか…)

と、いろんなことを思いつつ、その馬車が到着するのを待つ。

そして、その馬車が到着するとすぐに、その3人のエルフが降りて来て、私の前に立ち、

「アリア・ベルシオンです。後ろの2人がそれぞれ私の妹で、クララとミリエラと言います」

と言って、右手を差し出してきた。

「ああ。私がこの領の領主ルーカス・クルシュテットだ。よろしく頼む」

と言って差し出された手を握り返す。

そして、クララ、ミリエラとも握手を交わすと、

「長旅で疲れたろう。まずはゆっくりお茶を飲みながら、軽く今後のことについて話をさせてくれ。そのあと、住居に案内しよう」

と言って、3人を屋敷の中に招き入れた。


3人を案内してリビングに向かう。

すると、そこにはベル先生がいて、呑気に緑茶をすすっていた。

私の後で3人がさっと跪く。

それに対してベル先生は、

「よい。楽にしろ」

と、やや尊大な感じで短くそう言った。

「はっ。恐れ入ります」

とミーナが答えて、全員が立ち上がる。

私はややあっけにとられつつも、

(ああ、そう言えばベル先生は賢者様だったな…)

と、今更のように思い出して、少し恥ずかしいような気まずいような気になりつつも、

「まぁ、とりあえずかけてくれ」

と言って、3人にソファを勧めた。

3人が緊張気味にソファに腰掛ける。

するとそこへ、ベル先生が、

「ここのお茶は美味いぞ」

と言って、3人にも緑茶を出してくれるようミーニャに頼んだ。

やがてお茶がやって来るとさっそく実務的な話に入る。

アリア曰く、作業小屋はとりあえず折り機や糸を紡ぐ機械が作れる程度の広さがあればよいとのことだった。

ただ、そこで布の試作もしたいからある程度雨風に強いものにしてくれとの要望が出される。

私はその辺りの話を詳しく聞き、その場で簡単な仕様書を作成していった。


簡単な打ち合わせが終わりお茶を飲む。

どやら3人の口にも緑茶があったらしく、

「これは美味しいですね」

「ええ。初めてなのにどこか懐かしい味がします」

「これはどの国でも売れるでしょうね」

と嬉しいことを言ってくれた。


その後、しばらく世間話をして、さっそく住居に案内する。

「少し手狭かもしれんが大丈夫だろうか?」

と言う私にアリアが代表して、

「3人で暮らすには十分ですわ」

とにこやかに答えてくれた。

その言葉にほっとしつつ、荷下ろしを手伝う。

3人は当初、領主自ら荷下ろしを手伝うという行為にかなり戸惑っていたが、

「なに。辺境の領主なんてこんなもんだ」

という私の言葉を一応受け入れてくれ、作業は順調に進んだ。


夕方になって荷下ろしが終わる。

その日の晩はさすがに大変だろうからと言って、家からシチューを持ってこさせた。

「辺境のことでなんの変哲もないシチューだが、遠慮なく食ってくれ」

とやや謙遜して言う私に3人は礼を言ってくれてその日は別れる。

明日からの細々とした生活の支援は当面の間ミーニャとエマに頼んでおいたから、おそらく大丈夫だろう。

私は、

(これでまたこの領が一歩前進するな…)

という感慨にふけりながら、夕暮れのあぜ道を歩き、屋敷へと戻っていった。


その日の晩。

「どうじゃった?」

と聞いてくるベル先生に、

「ああ。当面の間は問題無さそうだ」

と軽く答えて現状を報告する。

ベル先生はその報告にどこかほっとしたような表情を浮かべて、

「それは重畳」

とひと言そう言った。

そこで私は気になって、

「そう言えば、3人が来た時ベル先生の前で跪いていたが、あれはエルフ式の礼か?」

と聞く。

そんな単純な疑問に、ベル先生は苦笑いをして、

「まぁ、そんなところじゃ」

とややはぐらかしたような言い方をした。

「そうか。すまん、私が不躾だったようだ」

と軽く謝る。

しかし、ベル先生は、また苦笑いをして、

「いや。その方がかえって気楽でいい。気にせんでくれ」

と軽く応じて許してくれた。


その日もエリーやマーサを招いての食事になる。

いつものように和やかに食事が進み、

「きゃん!」(おかわり!)

とコユキが元気にお替りを申し出、続いてベル先生も、

「お替り!」

とまるで子供のようにお替りを要求した。

ミーニャが笑って2人のお替りをよそう。

その光景にみんなが微笑み、我が家の食堂はいつものように温かい雰囲気に包まれた。


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