大豆、ブドウを収穫してきた調査から1か月ほど。
辺境の地にはうっすらと雪が積もり始めている。
安定的に寒くなってきたのを見て、私は衛兵隊に渋柿の採取を依頼した。
そして、それから一週間ほど。
「ご指定通り持って帰ってきたっすけど、なんに使うんすか?薬とかっすか?」
といつも通り軽い口調で聞いてくるハンスに、
「いや、食い物にする」
と、少しニヤリとした顔で答える。
案の定ハンスは驚き、同時に、「うげぇ」という表情も見せた。
どうやら、渋柿を食わせるのは衛兵隊の中で定番のイタズラなんだろう。
そんなハンスに、
「上手くいけば甘くなるはずだから期待して待っていてくれ」
と言い、さっそく前世の記憶を思い出しながら、ミーニャと一緒によく洗った渋柿の皮を剥く。
「本当に甘くなるんですかねぇ…」
とまだ半信半疑のミーニャに、
(ふっ。驚く顔が楽しみだな…)
と思いつつ、私はその完成の日を心待ちにしながら、せっせと渋柿を軒先に吊るして行った。
そんな平和な日々が続き、雪がしっかりと積もってきた頃。
出来たばかりの干し柿を持って離れにエリーを訪ねる。
初めて作った干し柿は大成功で、かなり甘い干し柿が出来た。
(これならエリーも喜んでくれるだろう…)
と内心ニコニコしながら、通されたリビングでエリーを待つ。
すると、しばらくして、地味なドレスを着たエリーがリビングに入ってきた。
「新しい食べ物ができたとお伺いいたしましたわ」
と言って微笑むエリーにさっそく干し柿を見せる。
「まぁ…。何かの果物ですか?」
と不思議そうに干し柿を見つめるエリーに、
「ああ、カキという果物を干したものだ。是非食べてみてくれ」
と言って干し柿を勧めた。
「ではさっそく」
と微笑んで干し柿をひと口食べ、エリーが、
「まぁ…。ねっとりしていて濃厚な甘さですわね」
と驚きの声を上げる。
私はその反応を見て、心の中でガッツポーズをしつつ、
「よかった。この辺境で冬の甘味は貴重だ。今回は試験的に作ったからあまり量は無いが、気に入ったのなら後でいくつか届けさせよう」
と言って、エリーに微笑んで見せた。
「まぁ、ありがとう存じます」
と言ってエリーが軽く頭を下げる。
そんなエリーに私は、渋柿はそのままでは渋くて食べられないことや干し柿をどうやって作ったかというような話を聞かせてやった。
そんな話を聞いたエリーが、
「うふふ。ルーク様ってすごいんですのね」
と感心したように微笑む。
そんな微笑みに私は照れながら、
「なに。たまたま思いついただけさ」
と言ってはにかみ、頭を掻いた。
そんな会話を経て今度は生活の話に移る。
「辺境の冬は寒いが体調はどうだ?」
と聞くと、エリーは、
「おかげ様で薪や炭をたっぷりいただきましたから、存外快適に過ごしておりますのよ」
と言って微笑んでくれた。
その話を聞き、ほっとしながら、
「辺境は王都と違って雪も多いから驚いたんじゃないか?」
と話題を少し変える。
すると、エリーは楽しそうな顔になって、
「はい。でも、とっても綺麗ですから、毎日見ていても飽きませんわ」
と、まるで少女のような感想を口にした。
その子供のような純粋な笑顔を見て、
「ははは。それは良かった。もう、雪だるまは作ったか?」
と冗談で聞く。
すると、エリーはパッと顔を華やがせて、
「それ、やってみたいと思ってましたの!」
と胸の前で手を合わせ、私に期待のこもった眼差しを送ってきた。
そんな期待の眼差しを私はちょっとした苦笑いで受け止めると、
「じゃぁ、一緒に作ってみるか?」
と言って、エリーを雪遊びに誘った。
「まぁ!いいんですの!?」
と言うエリーに、
「ああ。かまわん。せっかくならみんなで大きいのを作ろう。濡れても構わんような動きやすい恰好に着替えて庭に来てくれ」
と言い笑顔でいったん離れを辞する。
そして、私も屋敷に戻ると早速作業着に着替えた。
雪遊びと聞いてはしゃぐコユキと一緒にまずはベル先生に声を掛ける。
するとベル先生は意外にも、
「はっはっは。たまにはよいかもしれんのう」
と言って、私の誘いを受けてくれた。
コユキを抱き、ベル先生と一緒に厩に向かう。
厩に着くとさっそくライカに、
「これからみんなで雪遊びをするんだが、一緒にどうだ?」
と声を掛けた。
「ひひん!」(する!)
と喜びの声を上げるライカを連れて庭に出ると、さっそく隅に設えられた納屋からスコップなんかの道具を引っ張り出してきて、エリーが来るのを待った。
やがて、
「お待たせしました」
と言いつつ、おぼつかない足取りでエリーがこちらにやってくる。
私は急いで駆け寄ってエリーの手を取ると、
「大丈夫か?」
と声を掛けた。
「あ、はい…」
とエリーが、やや伏し目がちに照れながら返事を返してくる。
私もそんなエリーを見て、やや照れてしまうが、それでもなんかと、
「準備は出来てる。さっそくやってみよう」
と言って、エリーを庭の真ん中へと案内した。
さっそくスコップで集めた雪を適当な形に固めて、コロコロと転がす。
「なんじゃ、魔法は使わんのか?」
と聞いてくるベル先生に、
「ああ。こういうのはこうやって自分の手でやる方が楽しいかと思ってな」
と答えると、ベル先生も、
「そうじゃな。その方が風情がありそうじゃ」
と言って、雪玉転がしに参加してくれた。
結果、直径1メートルほどの大きな雪玉が出来る。
「まぁ、なんて大きいんでしょう」
と言って喜ぶエリーを微笑ましく思いつつ、次は上に乗せる小さめの雪玉作りに取り掛かった。
こちらは先ほどよりも丸くなるよう、気を付けて転がす。
そして、ある程度の大きさになると、先ほどの雪玉の上に乗せて最後の仕上げに取り掛かった。
ぺたぺたと雪を撫でて形を整える。
「うふふ。冷たくて楽しいですわね」
「うむ。たまには童心に帰るのもよいのう」
「ああ。やってみると意外と楽しいな」
と言いつつみんなで綺麗に形を整えていく。
そして、適当に拾ってきた石や枝で顔を作ると、けっこう見事な雪だるまが完成した。
「意外と立派なのができたな…」
「ああ。大人の本気を感じるのう」
「うふふ。可愛らしいのが出来ましたわね」
「きゃん!」(やったー!)
「ひひん!」(うふふ。大きいのが出来て良かったね)
と、それぞれに感想を述べあう。
それぞれがそれぞれに満足しながら、その雪だるまを眺めていると、そこへミーニャが、
「温かいスープができましたよ」
と声を掛けに来てくれた。
ミーニャに、
「ああ。ありがとう」
と返事をしつつ、みんなに、
「そろそろ戻るか」
と声を掛ける。
するとみんなから、
「はい」
「そうじゃな」
「きゃん!」(ミーニャのスープ!)
「ひひん!」(楽しかったね!)
と満面の笑顔で返事が返って来た。
連れ立って屋敷に戻る。
そして温かいリビングに入ると、雪遊びで冷えた体をスープで温めた。
「楽しかったですわね…」
と窓の外にたたずむ雪だるまを見つめ、目を細めながらエリーがつぶやく。
私も同じように目を細めて雪だるまを見ながら、
「ああ。楽しかったな…」
とつぶやき返した。
柔らかな午後の日差しが雪面をキラキラと輝かせている。
ふと見上げた冬晴れの空は、どこまでも澄み渡っていた。
(明日もきっといい日になる)
そんな予感を胸にスープをひと口すする。
そんな私の膝の上で、丸くなっていたコユキが、
「くわぁ…」
とひとつあくびをした。
私たちの間に穏やかな空気が流れる。
そして、その穏やかな時間はそのまま夕暮れまで続いた。