ピクニックに行ったあの日を境にエリーとの距離はずいぶんと縮まったように思う。
マーサも含めて昼食や夕食を一緒に食べる機会が増えた。
それにどうやら、カレーはエリーの心に何らかの火をつけたらしく、毎日楽しそうにこんな工夫をしてみたらどうかとか、香辛料がもっと手に入ればもっと美味しくなるような気がすると言って、楽しそうにしている。
私はそんなエリーを、
「カレーは多くとも週1回にしよう。でないと体が黄色くなってしまいそうだからな」
と冗談で窘めつつ、心の中では喜んで、
「カレーその物の工夫もいいがカレーに何かを乗せる…。例えばハンバーグやカツなんかだな。そういう工夫も面白いぞ」
と、トッピングという概念を教えてやった。
すると、そこでエリーが、
「ハンバーグはわかりますが、カツとは何ですか?」
と不思議そうな顔をする。
私は若干「しまった」という顔をしつつも、とっさに、
「ああ、何かの本で読んだことがあるんだ…。どこだったか…。とにかくどこか外国の料理らしい。作り方は何となく覚えているから今度一緒に作ってみないか?」
と言って、エリーを料理に誘った。
「はい。よろこんで!」
と嬉しそうな顔をするエリーの視線を苦笑いで受け止める。
そして、私はエリーを介してこの世界にカツを生み出すことになってしまった。
そんなある日からしばらく経った頃。
村には本格的に秋の気配が漂ってきている。
私はそんな季節の移ろいを感じて、再び森に調査に入ることにした。
その日の昼はエリーやマーサも交えてみんなで昼を食べる。
その時、私は、
「近々森に調査に入ろうと思うんだが、一緒にどうだ?」
と、ベル先生に声を掛けてみた。
「ん?もひろん。いつれもいいぞ」
とハンバーグ乗せハヤシライスを美味そうに頬張りながら答えるベル先生の姿に苦笑いしつつ、今度はエリーに視線を向け、
「そんなわけで、長ければ15日ほど留守にするが留守の間も遠慮なく遊びに来てくれ。父が退屈するといかんかならな」
と話を振る。
するとエリーはどこか青ざめた顔で、
「大丈夫なのでしょうか?」
と聞いてきた。
「ん?ああ、父上なら遠慮しなくていいぞ。ですよね?父上」
と言って父に話を振る。
しかし、父は苦笑いして、
「バカ。そっちじゃないわい」
と言ってきた。
私はどっちじゃないのかわからず、「?」という顔を父に見せると、父は、
「エリー嬢はお前の心配をしとるんじゃよ」
とため息交じりにそう言ってきた。
私はそこでようやく合点がいき、
「ああ。そっちか。それなら心配無いぞ。今回は危険な所にはいかないからな。それにいざとなってもベル先生やミーニャがいるからなんとでもなるだろう」
と、やや軽い口調でそう言ってみせた。
しかしそれでもエリーは心配そうな顔を私に向けてくる。
私はそんな視線を苦笑いで受け止めて、
「これも領主の仕事だからな」
と、重要な使命があるということを説明してみた。
「そうなのですね…」
と言ってエリーがうつむく。
そこへようやくハンバーグ乗せハヤシライスを平らげたベル先生が、
「安心しろ、エリー。このルークという男はそんじょそこらの魔獣にどうこうされるほどやわな男じゃないわい」
とエリーに向かってそう言った。
「そうなのですか?」
と言って、エリーがこちらに驚きの顔を見せる。
私は苦笑いで軽くうなずくと、
「ベル先生ほどじゃないがな」
と言ってエリーに微笑んでみせた。
その場で出発を明日にしてさっそく準備に取り掛かる。
そろそろ準備にも慣れたもので、ミーニャに手伝ってもらわなくてもひとりで夕方までには準備を終えることができた。
その日の夕食もエリーとマーサを招く。
(もう、いっそのこと食事は一緒に食うことにしてしまってもいいのではないか…)
と思いつつ、いかにも辺境風な鹿肉のシチューを食べて楽しい時間を過ごした。
やがて、食事が終わり食後のお茶を飲む。
そして、そろそろお開きかという時間。
「あの…」
とエリーが、なにやらおずおずと話しかけてきた。
「どうした?」
と気軽に返すと、
「よろしければこちらを…」
と言って、私になにやら布切れを差し出してきた。
「あの、ベル先生の分もありますの」
と言って、ベル先生にもなにやら布を渡す。
私が何だろうかと思ってその布を見ると、それは、小さな花模様が刺繍されたハンカチだった。
「ああ。ありがとう…」
と言って受け取るが、なぜ、今ハンカチ何だろうかと思い少しだけキョトンとする。
するとエリーは少し恥ずかしそうにしながらも、
「ちゃんとしたお守りを作りたかったんですが、時間が無かったので…」
とそのハンカチをくれた意図を説明してくれた。
「ああ、そういう意味だったのか。ありがとう。大切に持っていこう」
と礼を言い、微笑んで返す。
「ははは。なかなか良い出来ではないか。こちらもありがたく使わせてもらうぞい」
とベル先生も礼を言って、その場がなんとも和やかな雰囲気に包まれた。
「ご無事をお祈りしておりますわ」
というエリーに、
「ああ。無事に帰ってくる」
と約束して握手を交わす。
そして、その日の夜。
私はそのもらったハンカチをジャケットの内ポケットに入れると、なんとも微笑ましいような気持ちで床に就いた。
翌朝。
エリーにも見送られながらさっそく森へ向けて出発する。
今回はコユキの里帰りも兼ねて、一度フェンリルに会いに行き、そこからさらにその奥を目指していくことにした。
途中、村長のバルドさん宅に泊めてもらい、米や綿花の状況を確認したりしつつ順調に進み3日。
無事フェンリルと会うあの滝のある場所に着く。
するといつものようになんの気配もなく後ろから、
「久しぶりですね。ルーカス」
といきなり声を掛けられた。
「ああ。久しぶりだな」
と言いつつ苦笑いで軽く礼を取る。
すると、私の横でベル先生も礼を取って、
「お初にお目にかかるフェンリル殿、私はクララベル・フラン・イルベルシオート。エルダーを束ねる者のうちのひとりであります」
と自己紹介した。
(エルダー?なんだそれ?)
と思いつつ、2人の会話を聞く。
「ほう。エルダーとは久しぶりに会いますね。かの地は平穏ですか?」
と問うフェンリルにベル先生がかしこまって、
「はい。おかげ様をもちまして、森の恵みに浴しております」
と答えると、フェンリルは満足そうに、
「それは重畳」
と答えたあと、
「この地にはなぜ?」
と短くベル先生に質問をした。
「は。新たな穀物があると聞き及びましたうえ、興味に駆られて」
とベル先生がその訳を話す。
するとフェンリルはうなずき、
「そうでしたか。頼みましたよ」
とだけ言った。
「はっ」
とまたベル先生がかしこまって短い会話が終わる。
そして、話題は私の方に移った。
「時にルーカス。コユキは元気ですか?」
と聞くフェンリルにさっそく先ほどから私の胸の中でウズウズしていたコユキを放してやる。
するとコユキはいつものようにトテトテとフェンリルに駆け寄り、真っ先にその胸のモフモフの毛の中へと入っていった。
ややあって、
「うふふ。そうなのね…」
と言ってフェンリルが微笑む。
その微笑みは慈愛に満ちていて、まさしく母のそれだった。
「一応、順調に育っているとは思うが、母の目から見てどうだ?」
と率直な感想を求める。
するとフェンリルはまた優しく微笑んで、
「ちょっと食いしん坊になったみたいだけど問題無いわ」
と言ってくれた。
そんなフェンリルに、私は苦笑いで、
「それはすまん。なにせ、家の料理は日に日に美味くなっていってるかなら。コユキの舌もずいぶんと肥えさせてしまった」
と冗談を返す。
「うふふ。この子、カツっていうのが好きみたいよ。これからも時々食べさせてあげてね」
と言うフェンリルに、私が、
「ああ。約束しよう」
と笑顔で答えるとフェンリルは本当に嬉しそうな顔になり、
「よろしくね」
と言って微笑んだ。
それからフェンリルに魔法の訓練の成果を見てもらう。
フェンリル曰く、ずいぶんと制御が上手にできるようになってきているとのことだった。
自分ではあまり実感が湧かないが、その意見にベル先生もうなずいていたから、きっとそうなのだろ。
そのことに少しホッとして訓練を終える。
そして、訓練を終え、フェンリルが気配もなく消えると、その日はその場で野営をさせてもらうことにした。
ミーニャの作る温かいスープを飲み、ライカにもたれかかってゆっくりと体を休める。
ほんの少し肌寒い風を頬に受けながら眺める夜空には大きな月がふんわりと輝いていた。