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第42話エレノアと辺境01

エレノア嬢を晩餐に誘った翌日。

ベル先生を伴って離れを訪れる。

目的はエレノア嬢とマーサの診察。

見た目に問題は無さそうだとしても、やはり長旅の疲れやいろんなことがあるだろうから、早めに診察しておいた方がいいだろうと思って、ベル先生にお出ましいただいた。

ベル先生を離れに連れて行き、私は玄関先で帰る。

「せっかくですのでお茶を」

というマーサに、

「なに。これから仕事もあるし、診察の邪魔になってはいかんからな」

と笑顔で断りを入れてさっさと屋敷に戻った。


執務室に入り、まずは作物の生育状況に関する報告書を読む。

米と綿花の育ち具合は順調のようで、今年はそれなりの量が収穫できるのではないかとのこと。

しかし、それでも輸出だったり、村中に行き渡らせるのにはまだ足りないから、今年もやはり森に収穫に行かなければならないだろう。

(農地の開発を急がねばな…)

と思いつつ、傍らにあった地図を見ながら、私はなんとなく次の開墾地の候補を挙げていった。

次の項目、リンゴ、梨ことトーリ、柿なんかの果樹の植え付け状況に目を通す。

こちらも順調に根付いたらしく、早ければ2、3年で実をつけるだろうとのこと。

特にカキは生育が早く、この秋にもわずかながら実をつけそうだという。

(桃栗三年柿八年とうい言葉が通用しない世界なんだな…)

と変なことを思いつつ、

(桃と栗も見つかればいいが…)

と思って、次の採取の時期を計る。

そんなことをしているといつの間にか昼になっていた。

「ルーク様、お昼ですよ」

と呼びにきたミーニャと一緒に食堂へ降りていく。

するとベル先生はもう診察が終わったのか、戻って来て先に席に着いていた。


「どうだった?」

と聞きながら私も席に着く。

「ああ。多少疲れはあったみたいじゃから薬湯を渡しておいたが、大きな問題は無さそうじゃ」

と言ってくれるベル先生の言葉にほっとしながら昼食が来るのを待つ。

今日の昼食はハヤシライスだった。

ふと、

(エレノア嬢は米をどう思うだろうか…)

と不安がよぎる。

そんな私の考えを見通したのか、ミーニャが、

「エレノア様達にはパンを用意させていただきましたが、それでよかったですか?」

と聞いてきた。

「ああ。慣れない土地でいきなり慣れないものを出されたら戸惑うだろうからな。米を出すのはもう少し落ち着いてからの方がいいかもしれん」

と言ってうなずく。

そして、昼を食べ終わった頃。

「ああ、そうだ。ライカの紹介がまだだったな」

と思い出した。

「おお。そうじゃ、エレノア嬢もしゃべる馬に会えると言うのを楽しみにしとったぞ」

というベル先生の言葉を聞いて、私は、

「そうか。では急いで紹介せねばな。よし、午後の予定はライカの紹介にしよう。ついでに一緒に遊んでもらえば気休めにもなるだろうからな」

と言い、その場で午後の予定を決める。

そんな私の言葉に、コユキが、

「きゃん!」(一緒に遊ぶ!)

と元気に申し出てきた。

「はっはっは。そうだな。みんな一緒に遊ぼうな」

と言って、コユキを抱きかかえ、さっそく食堂を出る。

そして、私たちはなんだかウキウキとした気分で離れへと向かった。


(さて、急に来てしまったが大丈夫だっただろうか…)

という一抹の不安も感じながら、離れの扉を叩き、おとないを告げる。

するとメイドのマーサが応対に出て来て、中へと案内してくれた。


「なにも問題が無かったようで良かったな」

とリビングでお茶を飲みながら、まずはそんな挨拶らしい言葉から話を切り出す。

「はい。私もマーサも詳しく見ていただきましたが、どうもなかったようで安心しておりますわ」

と言ってにこやかに微笑むエレノア嬢にさっそくコユキが甘えだした。

「あらあら。コユキちゃんいらっしゃい。うふふ。甘えん坊さんですのね」

と言って、エレノア嬢がコユキを撫でる。

その光景は、どこにでもいる幸せな令嬢の姿にしか見えなかった。

しかし、

(心の中ではさぞかし辛い思いをしていることだろうな…)

と思うと胸が痛む。

私はこの辺境での暮らしの中で少しでもエレノア嬢の心が癒されてくれればと心からそう思った。


「ところで…」

と言ってエレノア嬢が、私に問いかけるような視線を送って来る。

私はその視線にハッとして、

「ああ。そうだった。ライカを紹介するから一緒に厩まで行かないかと誘いに来たんだ。どうだ?」

と、苦笑いでそう言った。

「まぁ。例のおしゃべりできるお馬さんですわね。とっても楽しみにしていたんですのよ」

と言って、エレノア嬢が立ち上がる。

私はその嬉しそうな姿に安心すると、

「そうか。じゃぁさっそく行こう」

と言って、エレノア嬢といっしょに離れを出て、厩へと向かった。


私が近づくと、すぐに、

「ひひん!」(ルーク!)

と言って、ライカが私に駆け寄ってくる。

私はそれを抱き留めると、

「ははは。今日も元気だな」

と言って思いっきり撫でてやった。

ライカが、

「ひひん!」(うん、元気!)

と嬉しそうに頬ずりしてくる。

「そうか。よかった」

と言って私もさらに撫でてやると、ライカはますます私に甘えてきた。


ひとしきり撫でたところで、

「ははは。今日は新しいお友達を紹介しに来たんだぞ」

と言ってエレノア嬢の方に視線を向ける。

すると、エレノア嬢は、ライカに向かい、

「初めまして、ライカちゃん。私エレノアっていうの。エリーって呼んでね」

と可愛らしい感じで略式の礼をとって挨拶をした。

「ぶるる…」(うん。よろしく…)

と、ライカが少しモジモジしたような感じで返事をする。

そんな様子にエレノア嬢は、

「あら…嫌われちゃったのかしら?」

と言って、私の方に寂しそうな視線を向けてきた。

「ははは。この子はちょっと人見知りなところがあってな。ちょっと照れたんだろう」

という私にライカがぐりぐりと頬を押し付けてくる。

おそらく、抗議がしたいのだろう。

私はそんなライカを、

「ははは。すまん、すまん」

と宥めつつ、

「ほら。ちゃんとご挨拶しなさい」

と言って、エレノア嬢に挨拶をするよう促した。

「ひひん…」(ライカだよ。よろしくね、エリー)

とまだ少し照れたような感じでライカが挨拶をする。

すると、エレノア嬢は微笑んで、

「こちらこそよろしくね」

と言い、ライカを優しくなでてやった。

「うふふ。すべすべで気持ちいいですわ…」

と言ってエレノア嬢が目を細める。

私もその光景を見て、なんとも微笑ましい気持ちになり、思わず目を細めてしまった。


そこへ、

「きゃん!」(あそぼ!)

とコユキが声を掛けてくる。

「ああ。そうだな。今日はみんなでできるボール遊びにしよう」

と言って私が持ってきた袋からボールを取り出すと、さっそくコユキは舌を出し、「はっはっ」と興奮したような表情になった。

「ははは。じゃぁ、まずはコユキからな。ほら、いくぞ!」

と言ってボールを軽く転がしてやる。

するとコユキはそれをトテトテと追いかけ、夢中になってじゃれつき始めた。

「うふふ。お上手よ、コユキちゃん」

とエレノア嬢が声を掛ける。

すると、

「ひひん!」(私もお手伝いする!)

と言って、ライカも参戦し、時々鼻先でボールを転がしてはコユキに追いかけさせるということをやり始めてくれた。

「うふふ。可愛らしいですわね」

と言ってエレノア嬢が微笑む。

私はその表情のほっと一安心して、

「ああ。うちの子達はたぶん世界で一番かわいい」

と自信満々にそう言った。

「あら。それは大層な親ばかぶりですわ」

と言ってエレノア嬢がおかしそうに笑う。

私は照れてしまい頭を掻くしかなかった。

やがて、私たちもボール遊びの輪に加わる。

その楽しい時間は1時間ほども続き、やがて、コユキが遊び疲れて私に抱っこをせがんできたところでその日は終了となった。


「楽しかったですわ」

と言うエレノア嬢に、

「それは良かった」

と微笑んで答える。

「また、時折混ぜてくださいね」

と言うエレノア嬢にはコユキが、

「きゃん!」(エリー好き。だからいいよ!)

と言って私よりも先に許可を出した。

私も当然、

「ははは。そういう事らしいからいつでも遊びにきてくれ。なんだったら、こちらからも時々コユキを連れて行こう。あとでミーニャに伝えておくからそちらはマーサ殿に伝えておいてくれればいいだろう」

と言って笑いながら許可を出す。

「はい。ありがとう存じます」

と言って笑うエレノア嬢は本当に幸せそうな顔をしていた。

おそらくこの時ばかりはいろんなことを忘れられたのだろう。

私はほんの一瞬でもそういう時間を作ってあげられてよかったと思いつつ、ふと思いついて、

「じゃぁ、次はピクニックにでも行くか。村の様子も見せて回りたいしちょうどいいだろう。どうだ。みんなで一緒に弁当を持って原っぱで食べないか?」

と誘ってみた。

「まぁ!」

とエレノア嬢が驚きの表情を見せる。

私は思わず、

「嫌だったか?」

と聞き返してしまったが、エレノア嬢は大きく首を横に振り、

「いいえ。とっても楽しみです!」

と明るく答えてくれた。

「ははは。じゃぁ、決まりだな」

「はい」

という笑顔のやり取りでピクニック行きが決まる。

こうしてその日は無事笑顔のうちに終わった。


(明日からもこんな日々を送ってもらえるようにせねばな…)

と思いつつ屋敷に戻る。

私は私の腕の中でいつの間にか眠ってしまったコユキをそっと布を敷き詰めた果物籠に入れてやり、またほんの少しだけ仕事をしようと、執務室へと戻って行った。


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