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第40話ご令嬢を迎えよう02

稽古を終え、朝食の席に向かう。

そこでみんなに、

「今日の夕食にエレノア嬢を招待した。そこでみんなを紹介したいからそのつもりで準備して欲しい」

と伝えた。

それぞれが了解の意思を示してくれて朝食を終える。

そして私はいつものように執務室へと向かった。


まず、今回エレノア嬢を迎え入れるにあたってかかった費用の明細作りに取り掛かる。

ここまでにある程度は計算していたが、案の定結構な金額になった。

(まぁ、侯爵様の財力ならこの程度どうとでもなるんだろうが…)

と思いつつも、我が領の財布の小ささを思って少しため息を吐く。

そして、これから必要になるものをひとつひとつ挙げて行き、その明細も作った。

その明細を書き上げ、

(さて、こんなものか…)

と思って、ひと息吐く。

そこへミーニャがお茶を持ってきてくれた。

「ありがとう」

と言いつつ緑茶をすする。

そして、ついでと言っては何だが、ミーニャに、

「ミーニャがエレノア嬢と同じような環境にあったら何が欲しい?」

と聞いてみた。

「私ですか?」

と言いつつ、ミーニャが顎に手を当てて考えるような仕草を見せる。

そして、しばらく間置いたミーニャは、

「木剣ですかね?」

となんともミーニャらしい言葉を言ってきた。

「はっはっは。そうだな。そういうのもいいかもしれん」

と冗談を返す。

するとミーニャは、

「私は女の子っぽい趣味はわかりませんけど、そういう打ち込める何かがあれば気がまぎれるんじゃないですか?」

と自分が木剣と言った意図を説明してくれた。

「なるほど。趣味か…」

そう言って私は、自分の気の回らなさを少し恥じる。

そして、

「そうだな。その辺りは気にしておいてくれ。私が直接聞いてもいいが、遠慮して話してくれないかもしれないからな。それとなく聞いてみてくれると助かる」

とミーニャに頼むと、とりあえず私は先ほどいったん完成させた明細に「世の令嬢が好みそうな本」という項目を追加した。


やがて、慌ただしく時間が過ぎ、夕方。

窓から入ってくる西日に気が付いて、慌てて自室に戻る。

そして、急いで身なりを整えると、やや急ぎ足で食堂へと向かった。

幸い、エレノア嬢はまだ来ておらず、私が一安心しているとまるで図ったかのようなタイミングで食堂の扉が叩かれた。

「失礼いたします。エレノア様がいらっしゃいました」

というバティスの言葉に立ち上がりエレノア嬢を迎え入れる。

「ようこそおいでくださった」

という私に、

「本日はお招きありがとうございます」

と言ってエレノア嬢が綺麗な礼を取る。

エレノア嬢は今朝とは違い、質素ながらもきちんとドレスを着こんできていた。

(この人にはきっと明るくて淡い色のドレスが良く似合うだろうな…)

と思いつつ、当たり前かもしれないが、やや緊張気味のエレノア嬢に、

「今日は精一杯の料理を用意させてもらった。…決して豪華な料理ではないがそこは勘弁してほしい」

と言って、、席を勧める。

その言葉にエレノア嬢は、

「とんでもございません。ご厄介になる身として、お招きいただいただけでも光栄です」

と答え、また綺麗な礼を取った。

(真面目な人だな…)

という印象を持つ。

そして、お互いの挨拶が終わったところで、今度は我が家の家族の紹介に移った。

まずは父を紹介する。

「バルガス・クルシュテットだ。もう隠居の身だから時間がある。暇なときには話し相手になってやってくだされ」

とにこやかに挨拶をする父に、エレノア嬢は、

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

と言って、やや作ったようにだが、にこやかに挨拶を返した。

次に使用人たちを紹介し、ベル先生の紹介に移った。

「理由合って、我が家に居候してもらっている、クララベル・フラン・イルベルシオート先生だ。我々は気軽にベル先生と呼ばせてもらっている」

と紹介すると、エレノア嬢は、

「まぁ、お可愛らしいお方。おいくつなの?」

とまるで子供に話しかけるように少し腰をかがめてにこやかにそう聞いた。

慌てて仲裁に入ろうとした私をベル先生がにこやかに笑いながら手で制す。

「はっはっは。いつものことじゃ。気にしとらんわい」

というベル先生の物言いで、さすがにエレノア嬢もおかしいと思ったのか、慌てて礼をとり、

「ご無礼仕りました」

と言って頭を下げた。

そんなエレノア嬢に、ベル先生は、

「いやいや、この見た目じゃ仕方あるまい。それより私もミリアルド殿からエレノア嬢のことを頼むと言われておるからの。後日、お茶でも頂戴しにまいろう」

と言って気さくに応じる。

エレノア嬢はなんとも恥ずかしそうに、

「ありがとう存じます」

と、言ってほほを染めた。

そんな様子を微笑ましく見つつ、最後にコユキを呼ぶ。

コユキも挨拶がしたくてウズウズしていたのだろう。

私が呼ぶと、トテトテと走ってきて、

「きゃん!」(コユキだよ!)

と元気よく挨拶をしてくれた。

「…え?」

と言って、エレノア嬢が固まる。

私はコユキを抱き上げ、

「はっはっは。うちのペットのコユキだ。ご覧の通り見た目は子犬だが、れっきとしたフェンリルの子でな。こうして話ができる。と言ってもまだほんの小さな子供だから、失礼があったらそこは勘弁してやってくれ」

と言って、コユキを紹介した。

「…まぁ…」

と、エレノア嬢が絶句する。

そんなエレノア嬢にコユキがもう一度、

「きゃん!」(よろしくね!)

と元気よく挨拶をした。

そんなコユキに驚きながらも、エレノア嬢は、

「え、ええ。こちらこそよろしくね。私のことはエリーって呼んでね」

とコユキに挨拶をして、軽く撫でる。

私は笑いながら、その光景を見つめ、

「ははは。家には馬…ユニコーンもいる。ライカというんだがそちらも同じように話ができるから、そちらは明日改めて紹介しよう」

と言って目を細めた。


「まぁ…。おしゃべりするワンちゃんと…お馬さん?がいるなんて、辺境とはすごい所なんですのね…」

とエレノア嬢が若干的外れな感想を述べる。

私はその感想がなんともおかしくて、

「ああ。そうかもしれんな」

と言って微笑むとさっそくエレノア嬢に席を勧め、エマとミーニャに食事の用意をお願いした。


ややあって、食卓にはいかにも辺境風といった鹿肉のローストやチルのジャムが添えられたミートボールが並べられる。

そして、食事は和やかな雰囲気で進んで行った。

徐々にエレノア嬢の表情が柔らかくなっていく。

その様子を私はなんとも微笑ましい気持ちで眺めた。

辺境のことを話したり、エレノア嬢が住んでいた王都の最近の様子などの話も聞いた。

その流れで、自然とお互いの趣味の話になる。

私が、

「私から剣術と食べることを取ったらあとは仕事しか残らない」

と苦笑いで言うと、エレノア嬢は、

「まるで父のような方ですわね」

と言ってくすりと笑った。

そんなエレノア嬢に趣味を聞く。

すると、エレノア嬢は、少し遠慮がちながらも、

「昔からお料理やお裁縫が好きでしたの…」

とややうつむき加減にそう言った。

きっと、この辺境ではもうそういうことは出来ないとでも思っているのだろう。

私はそんな風に感じて、

「なるほど。それはいいご趣味だ。最近うちで開発したカレーと言う新しい料理があるから今度食べてみるといい。気に入ったら作ってみるのもいいかもしれんな。カレーはいろんな香辛料を混ぜて作る料理何だが、入れる香辛料の種類や量によっていろいろと味が変わるから、研究し甲斐があるぞ?」

と笑顔で提案してみる。

すると、私の横から、ベル先生が、

「うむ。あれの可能性は薄々感じていたが、いろんな種類のカレーができるなら私も協力しよう。なに香辛料のことは心配ない。侯爵殿に言ってたんまりと送らせるからな」

と、その会話に混ざってきた。


「…ありがとう存じます」

と言って、エレノア嬢が少しだけ目に涙をためる。

きっとみんなの気遣いが嬉しかったのだろう。

私はそれを見て、

(ああ、優しい人なんだな…)

と直感的にそう思った。

食堂に優しい時間が流れる。

涙を拭きつつ、

「うふふ」

と微笑むエレノア嬢の姿を見て、私は心から安堵し、

「さて、食事を続けよう」

となるべく明るくそう言った。

「きゃん!」

とコユキが鳴いて、ミートボールにかじりつく。

私たちはその微笑ましい姿を見ながら、ゆっくりと楽しいひと時を過ごした。


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