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第39話ご令嬢を迎えよう01

ベル先生との採取から帰って来た翌日から、採取した植物の試験栽培の準備やら新たな農地の拡張など、忙しい日々が始まる。

私が木を刀で伐採している様子には呆れられたが、魔法の練習も兼ねていると説明すると、ベル先生は苦笑いで納得してくれた。

そんな日々が1か月も続いただろうか。

試験栽培に専念してくれる人材も決まり、私がようやく一段落した頃、侯爵様からの手紙が届く。

その手紙には、

『この手紙を出すのと同時に例の人物、ブライトン子爵家令嬢、エレノア嬢を送り出したから、4、5日遅れて到着するはずだ。できるだけ丁重にもてなすように』

というようなことが書かれていた。

(ほう。子爵家のご令嬢だったか…)

と思いつつ、急いでバティスとエマを呼び指示を出す。

そして、私も出来る限り手伝いながら、物品の確認をして回った。


それから4日はなんだかんだで慌ただしい日々が過ぎていく。

おもに備品の備蓄に関することが多かったが、基本的に物資が不足する辺境の地で貴族のご令嬢を受け入れるということの難しさを改めて知った。

そして、いよいよその日がやって来る。

その日も、執務室で過不足を確認し、急いで取り寄せるべきものなどを挙げていると、執務室の扉が叩かれた。

「今、ハンスさんが先ぶれに来てくれました。お着きになったようです」

というミーニャの言葉で慌てて席を立つ。

そして、いったん自室に戻り急いで身なりを整えると、私は、そのエレノア・ブライトン嬢を迎えるため、玄関に降りて行った。


玄関先に出て、居住まいを正す。

すると、小さく質素な馬車が門をくぐって来るのが見えた。

少なからず緊張しながらその馬車を見つめる。

そして、馬車が玄関先に止まると、バティスが素早く駆け寄ってその扉を開けた。

中からまずはメイドと思しき中年の女性が下りてくる。

細身で真面目そうな印象を受ける。

そして、そのメイドと思しき人物に続いて、いかにも令嬢らしい若く可憐な女性が降りてきた。

一瞬目を奪われる。

しかし、すぐに気を引き締めて、

「エレノア・ブライトン嬢だろうか。私が当家の主ルーカス・クルシュテットだ」

と名乗った。

「申し遅れました、ルーカス・クルシュテット男爵様。私がエレノア・ブライトン、後ろに控えているのがメイドのマーサでございます」

と言ってその令嬢が綺麗な礼を取る。

私はその様子に感心しつつも、

「長旅でさぞお疲れだろう。まずはお茶でも飲んでいただこう。さぁ、どうぞ、中へ」

と言って、エレノア嬢を中に招き入れた。

「ご配慮痛み入ります」

と、またエレノア嬢が礼を取る。

私はバティスに馬車と荷物を離れの方に回すよう指示を出し、エレノア嬢を先導し屋敷の中へと入っていった。


リビングに入り、ソファを勧める。

すると、すぐにエマが紅茶を持ってきてくれた。

「改めて、ルーカス・クルシュテットだ。ようこそ我が領へ」

と言って、再び挨拶をする。

「こちらこそ、この度は私どもを受け入れてくださり感謝申し上げます」

と言って、エレノア嬢が頭を下げると、横に控えていたマーサというメイドも静かに頭を下げた。

「なに。たいしたことじゃない。詳しいことは承知していないが、おそらく私を余計なことに巻き込まないようにという侯爵様のご配慮だろう。離れを用意したからしばらくの間はくつろいで生活していただきたい。不足する物があったら遠慮なく言ってくれ」

と言って、頭を上げるよう促す。

その言葉に少し安堵したのか、エレノア嬢はそこでようやく出された紅茶に口をつけた。

私もお茶に手を伸ばす。

そこで一瞬の沈黙が流れた。

その沈黙を破るかのようにエレノア嬢が口を開く。

「先ほど、詳しいことはご存じでないと仰いましたが、どの程度なのでしょうか?」

と言うエレノア嬢に私は、

「本当に何も知らないんだ。ただ侯爵様からしばらくの間、人を預かってほしい。ついては離れを作れ、金銭的なことは心配するな、と言われただけでな。だから、そちらも余計な心配はしなくて大丈夫だ」

と正直に答える。

すると、エレノア嬢はどこかほっとしたような、しかして、不安気な様子で、

「左様でございましたか…。それを聞いて少し安心もいたしましたが、やはりご厄介になる以上、ある程度の事情はお話させていただきとうございます」

と言って私の方を見てきた。

私はそれにうなずき、

「聞こう。話せる範囲でかまわん」

と答えエレノア嬢を真っすぐに見つめる。

そんな私の視線に少しの威圧を感じてしまったのか、エレノア嬢はやや伏し目がちになると、

「はい…」

と言って、今回ここにやって来るに至った事情という物をぽつぽつと話し始めてくれた。


簡単に話をまとめると、エレノア嬢の実家ブライトン子爵家が政治的な策略に巻き込まれてしまったらしい。

詳しいことはエレノア嬢もわからないらしいが、父のブライトン子爵が、ある日突然横領の罪を着せられてしまったとのこと。

エレノア嬢曰く、ブライトン子爵は非常にまじめで子煩悩な性格の持ち主らしく、不正を働くような人間ではないという。

しかし、裁判でも有罪の判決が出て、蟄居閉門となってしまったのだそうだ。

貴族による公金の横領となると、本来なら死罪もあり得ることだ。

おそらくは侯爵様が何らかの働きかけをしたのだろう。

私はそんなことを考えながら、途中涙をこらえて必死に話すエレノア嬢の話を真剣に聞いた。


話を聞き終え、エレノア嬢に、

「あいわかった。政治的なことは私にはどうしようもないが、おそらく侯爵様が動いてくださっているのだから決して悪い方には動かないだろう」

と声を掛ける。

私には、どうにもこのエレノア嬢という人が嘘や大袈裟を言っているようには聞こえなかった。


「ありがとう存じます」

と言って再び頭を下げるエレノア嬢に、

「なに。本当にたいしたことじゃない。それにご覧の通りの辺境だ。おそらく不便をかけるだろう。こちらとしても精一杯のことはするが、その点はご理解いただきたい」

と言って、こちらも軽く頭を下げる。

お互いに頭を下げあって、ほんの少し間が空いたところにエマがやって来て、

「失礼いたします。お荷物の運び入れが終わりました。整理をお手伝いさせていただきますので、どうぞ、お越しください」

と言ってくれた。

丁寧に礼を言ってリビングを辞するエレノア嬢を見送る。

そして私は、

「ふぅ…」

と小さくため息を吐いた。


やがて夕飯時。

荷物の整理もあるだろうから今日は離れでゆっくりしてもらいたいという伝言をエマに頼んで食事を運んでもらう。

食事はなるべく胃に優しく温かい物がいいだろうと思ってクリームシチューを用意しておいた。

(ご令嬢の口に合ってくれればいいが…)

と思いつつ、私たちも同じものをいただく。

その日のクリームシチューは少し寂しい味がした。


翌朝。

いつものように稽古に出る。

普段通りに木刀を振っていると、ふと後ろに気配を感じた。

一旦稽古を止めて振り返る。

するとそこにはエレノア嬢が立っていた。

「おはようございます。お邪魔をしてしまいましたか?」

というエレノア嬢に、

「いや。大丈夫だ。昨日は眠れたか?」

となるべく優しく聞く。

すると、エレノア嬢は微笑んで、

「はい。おかげ様で、ゆっくり休むことができました」

と答えてくれた。

(嘘だな…)

とその疲れた表情を見て思う。

おそらく、今朝も早く目が覚めてしまったか、あるいはまったく眠れずにいたのだろう。

私はそう思いながらも、一応微笑んで、

「それは良かった」

と答えておいた。

そんな私にエレノア嬢がほんの少し微笑みを見せる。

私はそんな無理に作った笑顔を痛ましく思いつつ、

「今日は晩餐…と言っても辺境なので普通の食事になるだろうが…、とにかく食事に招待したい。その場でうちの家族を紹介しよう」

と言ってエレノア嬢を夕食に誘う。

すると、エレノア嬢はまた微笑んで、

「ええ。ぜひうかがわせていただきます」

と答え、一礼すると離れの方へと戻っていった。


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