昼食が終わり、その場を発つ。
午後はとりあえずリンゴのあった辺りを目指してみることにした。
ベル先生が時折なにやら植物を採取するのを手伝ったりしながら進む。
すると、そろそろリンゴを発見した場所に近いだろうかというところで陽が暮れ始めた。
「この辺りで野営にしませんか?」
というミーニャの提案を受けて野営場所を探す。
するとしばらく行ったところで、いい感じに開けた明るい場所に出た。
「ここが良さそうだな」
と言ってさっそく設営に入る。
そして、適当にタープを張れる木を見つけ、そこに紐を結び付けていると、その木に実が生っているのが目に入ってきた。
(お。ここにもりんごがあったのか…)
と思って手に取ってみる。
すると、それはリンゴに似ていたが、少し違って、茶色く皮の表面が少しざらざらとしていた。
(梨!?)
と思ってすぐさまもぎ取りベル先生を呼ぶ。
「ベル先生。こんなものを見つけたんだが、知っているか?」
と聞きつつベル先生にその実を見せると、
「お。これはトーリじゃないか。てっきり南方系の果物だと思っていたが、ここでも生育しとったんじゃな…」
と、やや驚きの表情でそう言ってきた。
(なるほど、この世界で梨はトーリというのだな…)
と思いつつ、
「食えるのか?」
と聞く。
その問いに、ベル先生は、
「ああ、爽やかな甘さで美味いぞ」
とにんまりとした顔でそう言ってきた。
「そうか。よしさっそく食ってみよう」
と言ってナイフを取り出し適当に切る。
そして、さっそく口に入れてみると、噛んだ瞬間、じゅわりとあの瑞々しい果汁が口いっぱいに広がった。
辺境では貴重な甘い果物の味に感動しつつ、味わう。
すると、そんな私のもとにライカとコユキがやって来た。
「きゃふ?」(それなぁに?)
「ひひん!」(知ってる!それ美味しいよね!)
「きゃん!」(美味しいの!?)
と言う2人の分もさっそくもいでやる。
味を知っているライカは、
「ひひん!」(うん。やっぱり美味しい!)
と言って喜んで食べ、初めて食べるコユキも、
「きゃふーん!」(甘くておいしい!)
とかなり興奮したような声を上げた。
「ははは。美味いか。良かったな」
と言いつつもう一つもぎ、ミーニャにも切ってやる。
するとミーニャも驚いたような声で、
「甘いです!」
と目を見開いてそう言った。
さっそく私が実を採取して、ベル先生が苗になりそうな若木を探す。
そして、日が暮れる頃には麻袋いっぱいの梨ことトーリと小さな若木が2本ほど手に入った。
その日の夕飯のデザートにまたみんなで食べる。
私たちはその思いがけなく手に入った甘味を心ゆくまで満喫し、その日はどこかふんわりとした気持ちで体を休めた。
翌日。
さらに奥を目指して進む。
また時々ベル先生の採取を手伝いながらゆっくりと進んだ。
ベル先生曰く、この辺りには珍しい植物が多いらしい。
中には薬効のあるものもあるということで、日ごろ家庭においておくような常備薬なら十分な量が用意できる可能性があるという。
私はそんな言葉を嬉しく思いながらも、
(この領にも薬師がいれば…)
と少し悔しいような気持ちにもなった。
その後も順調に採取しながら進んで行く。
そして、その日の夕方。
今回の採取はここでいったん終了して翌日帰路の着くことを決め野営の準備に取り掛かった。
夕食後。
「いやぁ、なんだかんだで収穫の多い調査だったのじゃ」
と満足そうにお茶を飲みながらいうベル先生に、前世の『桃栗三年柿八年』の続きに確か梨があったんじゃなかろうか?というようなことを思い出しつつ、
「ああ。トーリの発見が大きい。あれはどのくらいで実をつけるだろうか?」
と聞く。
するとベル先生は意外にも、
「ん?最初に実が付くまで順調にいけば2、3年。たわわに生るもの4、5年もあればいけるじゃろ」
とさも簡単そうにそう言った。
私は驚いて、
「割と簡単なんだな…」
とつぶやく。
そのつぶやきにベル先生は、
「ああ。トーリは割と簡単な方だからの。リンゴとやらもおそらく同じじゃ」
と言い、他にもいろんな薬草栽培の方法なんかを簡単に紹介してくれた。
(さすがは賢者様だな…)
と思いつつ、その講義を聞く。
そして私は、
(この辺境にも豊かになる可能性があったんだな…)
と改めて実感し、未来への希望を抱いた。
翌朝。
さっそく帰路に就く。
帰路は行きとは違う道を通り、村を目指すことにした。
また途中で採取をしながら、ゆっくりと進む。
一仕事終えたからだろうか、みんなの雰囲気はどこかのんびりとしているように感じた。
そんなのんびりとした道の途中。
また、ベル先生が、
「あ。ちょっとよいかの」
と言って、馬を止める。
「また、何かあったのか」
と気軽に声を掛けると、
「ああ。ほれ、あの木じゃ」
と言って一本の木を指した。
「ああ、あの渋い実の木ですね…」
とミーニャが辟易とした顔でそう言う。
そんなミーニャに対してベル先生が、
「ははは。なんじゃ、あれを食ったのか?食いしん坊じゃのう」
と、おかしさと呆れを混ぜたような笑顔でそう言った。
「違いますよ。衛兵隊の訓練中に騙されたんです!」
と、ミーニャが少し怒ったような表情を作って反論する。
「ははは。それは災難じゃったのう」
と、またベル先生がそう言うと、ミーニャは、
「はい。大変でした」
と、今度は、当時のことを思い出したのだろう、本当に苦そうな顔でそう言った。
「ほう。そんなに苦い実が生る木なのか…」
と興味本位で聞いてみる。
すると、ベル先生は、困ったような苦笑いで、
「ああ。見た目は美味しそうに見えるが、やたらと渋い実が生ってなぁ…」
と、こちらも昔を思い出すような顔でそう言った。
「ははは。それはそれで興味があるな」
と半分冗談で言ってみる。
そんな私にベル先生が、
「ははは。秋になったら食ってみればよい。葉が薬湯に使えるから採取して帰るしのう」
と、さもおかしそうにそう言い、さっそくその木に近づいて行った。
私も興味本位でついていく。
すると、その木には青々とした実がいくつも生っていた。
「ほう。これが…」
と言いつつひとつもいでみる。
すると、それはどこからどう見ても柿だった。
(おいおい。これは、大発見じゃないか…)
と、またもやの大発見にひとり驚きつつ、
「なぁ、ベル先生。これは何という木なんだ?」
と聞く。
するとベル先生はなんでもないことのように、
「ああ。これはカキという木だ」
と答えた。
(な!…名前まで一緒なのか…。やはりこの世界と日本にはなにかつながりがあるらしい…)
と、ひとりそんなことを思いつつ、その実をしげしげと眺める。
そして、今後、辺境の冬に甘味が増えることを思って密かににんまりとした。
その後は何事も無く数日が過ぎ、無事森の入り口に辿り着く。
その日はのんびりとした気分で野営をしつつ、今後のことについてベル先生と少し話をした。
「今回採取したものは村の試験栽培場で育ててもらってもいいか?」
と聞く私に、ベル先生が、
「ああ。そのつもりじゃ。なんだったら私が去った後も育つように栽培方法も伝授してやろう」
と言う。
私はその言葉に、
「ありがたい。農家の倅を何人か専任でつけるからよろしく指導してやってくれ」
と言って頭を下げた。
「なに。もののついでじゃ。それにこの森に興味が湧いたからの。少なくとも数年はゆっくりさせてもらおうと思っておるかよいか?」
と言うベル先生に、
「ああ。うちは何年でも構わん。得る物が多いからな」
と快く答える。
そして、
「うふふ。これから楽しくなりそうですね」
と笑顔で声を掛けてくるミーニャには、これからの村の発展のことも考え、
「ああ。そうだな」
と、笑顔で応えた。
そんな私のもとに、
「くぅん…」(だっこ…)
と言って、眠そうなコユキがとてとてと近づいてきた。
抱き上げて膝の上に乗せてやる。
ライカも私の後にやって来て、静かに膝をついた。
さっそくコユキが私の膝の上で丸くなる。
その様子をみんなが優し笑顔で見つめた。
その優しい笑顔が、パチパチとはじける焚火にほんのりと照らされる。
私は、
(この笑顔と温もりが日常的に溢れる領にしていかねばな…)
と心の底からそう思った。