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第36話ベル先生と一緒に調査に行こう02

翌日。

まずは綿花の生育場所へと向けて出発する。

綿花の生育場所まではある程度道らしきものを整備出来たおかげか、その日の夕方には無事辿り着くことが出来た。

「おお…」

と言って、ベル先生はさっそく調査に取り掛かろうとしたが私はそれを止め、まずは野営の準備に取り掛かる。

「むぅ…。明日はじっくり調査させてもらうからな」

と、やや不満げなベル先生を宥めつつ、その日もミーニャのスープを飲み、軽くコユキやライカと戯れてゆっくりと体を休めた。


翌、早朝。

ベル先生にせかされてさっそく調査を開始する。

ベル先生は、土を試験管に入れ、なにやら試薬のようなものを掛けたり、綿花の周りに生えている植物を熱心に観察したりしていた。

私とミーニャは荷物持ちをしながら軽くそれを手伝う。

そんな風にして調査は結局夕暮れまで続いた。

ベル先生曰く、今日一日でずいぶんと多くのことが分かったらしい。

調査終了後、夕飯を食べながら、ベル先生は、周りに生えていた植物の特徴なんかも踏まえて、

「冷涼な環境を好むことも一年草であることも…とにかく、なにもかもが私の知っている綿花とは違っておる。おそらく、取れた綿にも特徴があるんだろうが、その辺りは綿織物の職人任せじゃな」

と言って私たちに簡単な植物学の講義をしてくれた。


ゆっくりと体を休めた翌日。

今度は米のある湿地帯へ向かう。

こちらもある程度道らしきものが出来ているおかげで1日半ほどで到着することができた。

昼を取さっそく調査を開始する。

ここでもベル先生はなにやら土の質を調べ、今度は水に試薬のようなものを混ぜて色を見たり、昆虫を捕まえたりしていた。


一晩野営を挟んで翌日も調査が続く。

昼前、

「おい。ルーク。来るのじゃ!」

というベル先生の声がして慌ててそちらに向かう。

すると、ベル先生は一つの植物を指さしながら、

「『シュルツ』が生えておるぞ!」

と、やや興奮気味にそう言った。

「しゅるつ?」

とその聞きなれない言葉に思わず聞き返す。

するとベル先生は、

「珍しい薬草じゃ。風邪やら腹痛やら…とにかく流行り病によく効く薬になる」

と言って、嬉しそうに説明してくれた。

そう言われて私もその植物をよく見てみる。

そして、思わず、

「ワサビ…」

とつぶやいてしまった。

「ん?」

とベル先生が聞き返してくる。

私はそれに、

「ああ、いやなんでもない…」

と答えて誤魔化しつつも、

「なぁ、ベル先生。これは食えるんじゃないか?」

と何となく聞いてみた。

そんな質問にベル先生は一瞬、驚いたような顔を見せる。

しかし、次の瞬間、ややにやけたような顔になると、

「食えるも何も薬草じゃから体に害はないが…。まぁ、よいたくさん生えているようじゃし1本抜いて食べてみるがよい」

と言ってきた。

私はそのにやけたような表情を見て、確信した。

(なるほど、ツンとした刺激でイタズラしてこようってことだな…)

と思い心の中でほくそ笑みつつ、1本抜いて、まずは葉を少しちぎって匂いを嗅いでみる。

間違いない。

ワサビの香りだ。

私はなんだか嬉しくなってさっそくそのシュルツを引き抜くと、やや小ぶりながらもしっかりとした緑色をしたその根をほんの少しナイフで斬り落として、口に運んでみた。

採れたと独特の甘味が広がった後、ツンとした爽やかな刺激が口の中を刺激し、鼻から抜けていく。

私は思わず、

(ああ、これだ…)

と思って天を仰いでしまった。

「どうじゃ、辛かろう」

とイタズラ顔を向けてくるベル先生に、

「ああ。かなり刺激的だ…。しかし、これはいけるぞ」

と真剣な目で返す。

そんな私の返しにベル先生は驚いたような表情を見せ、

「なんと…。いや、『蓼食う虫も好き好き』というが…」

とつぶやくようにそう言った。


そんな驚きの表情を浮かべるベル先生に、

「ははは。ベル先生。物には程度というものがある。これはそのまま食ったんじゃたまったものじゃないだろうが、どうだ、薬味として考えて見るといけるという気がしてこないか?」

とイタズラ顔で返す。

すると、ベル先生は、やや憮然とした表情ながらも、

「薬味?」

と興味を持ったような感じで返してきた。

私はそれにしっかりとうなずき、

「ああ。薬味だ。ちょうど昼だし試してみるか?」

と提案してみる。

その提案にベル先生は、

「…よかろう」

と言い、覚悟を決めたような表情で重々しくうなずいた。


さっそくミーニャのもとに向かい、ワサビことシュルツを渡す。

そして、

「このシュルツを試食したい。ベーコンを焼いて、それに細かく叩いたこのシュルツをほんのちょっと添えてくれればいい」

と指示を出して、その時をワクワクとした気持ちで待った。


やがてベーコンの焼けるいい匂いがして、ベーコンが運ばれてくる。

私は期待、ベル先生は不安、ミーニャは興味津々といった感じの表情でそのシュルツが添えられたベーコンを出迎えた。

「こんな風にほんのちょっと乗せて食ってみてくれ」

と言ってまずは私が見本を示す。

それにミーニャとベル先生はコクンとうなずくと、ほんのちょっとのシュルツをベーコンに乗せた。

「いただきます!」

と言って、まずはミーニャがそれを口に運ぶ。

そして、一瞬の間を置き、

「んふーっ!」

という叫び声にも似た声を上げた。

「ど、どうじゃ?」

と恐る恐る聞くベル先生にミーニャが、

「はい。刺激的です!でも、慣れたら美味しいかもしれません」

と答える。

その答えを聞いて、ベル先生も恐々といった様子でシュルツの乗ったベーコンを口に運んだ。

「んふlっ!」

とミーニャ同様の叫び声を上げる。

気のせいでなければやや涙目のようだ。

しかし、次の瞬間、

「なんじゃこれは…。この薬草にこんな使い方が…」

と言って、驚愕の表情を浮かべ、細かく刻まれたシュルツをしげしげと眺め始めた。

「どうだ?」

と、ややドヤ顔で聞く私に、ベル先生が真剣な顔でコクンとうなずく。

そして、

「いや。驚かされた。…長生きはするものじゃなぁ…」

と感心したような言葉を述べるとすぐ、横にいたミーニャに、

「もう一つ焼いてくれ」

と注文を出した。

「かしこまりました!」

と言ってさっそくミーニャがベーコンを焼きに行く。

私はそれを見て、なんだか勝ち誇ったような気持ちになりながら、自分の分のシュルツが乗ったベーコンを口に入れた。

脂の甘味を感じた後、ツンとした刺激が追いかけてくる。

辺境産の濃厚なうま味が詰まったベーコンとシュルツの爽やかさが溶けあい、それが鼻腔を抜けるとなんとも言えない幸福感が私を包み込んだ。

(ああ、これだ…。また魂が震えている…)

と感動に浸りながら天を仰ぐ。

そんな私を見て、ベル先生が、

「なんじゃ、そんなに辛かったのか?」

とほんの少し見当違いなことを言ってきた。

「ああ。つけ過ぎたのかもしれん」

と苦笑いで答える。

そして、お替りのベーコンがやって来ると、私たちはまたそれぞれの感動に浸りながら、そのツンとした刺激を楽しんだ。


午後からも調査を続け、ベル先生と一緒にシュルツの栽培についての可能性を探る。

そしてその結果、稲のすぐ近くに生えているということは、おそらく田んぼで作れるのではないか?という話になった。

もし、田んぼでシュルツが栽培できれば流行性の病に対する薬にもなるし、薬味にもなる。

どちらにしろ村に笑顔が増えることに違いない。

それを思うと、私はなんとも言えず嬉しい気持ちになった。


そんな私の横で、

「良かったですね」

と言ってミーニャが微笑む。

私はその笑顔を、

(この薬草がもっと早く発見されていれば、もしや…)

という複雑な気持ちで受け止めた。

「たられば」は所詮「たられば」だと言うことはわかっている。

しかし、私はミーニャの生い立ちを思って感傷的にならずにはいられなかった。

それでも、

「ああ。良かったな」

と笑顔で応える。

「はい!」

と答えるミーニャの顔にはなんのけれん味も無かった。

その笑顔を見て、私はなんだか救われたような気持ちになる。

そして、

(こういう笑顔を増やしていかなければな…)

と、そっと心に誓った。


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