ベル先生がやって来た数日後。
朝食の後、また建設現場の視察に訪れる。
「やぁ、どうだ?」
と、たまたま近くにいた大工の棟梁に聞くと、
「へぇ。順調なもんでさぁ。あ、この間はカレーをありがとうございました。ありぁ、うまいもんですなぁ…」
と恍惚としたような表情でそう言われた。
「はっはっは。気に入ってもらえたようで良かったよ。香辛料の都合があるからそう頻繁には出来んが、また香辛料が手に入ったらみんなにも振舞おうと思っている。期待していてくれ」
と、笑いながら答えて、もうほとんど完成している建物を眺める。
(はてさて、どんな御仁が来ることになるのやら…)
と、やや不安な気持ち半分でその建物をぼんやり眺めていると、
「お。ここにいたのじゃな、ルーク」
と言って、ベル先生がやって来た。
「ん?なんだ?急ぎの用でもあったか?」
と、振り返りつつ聞いてみると、
「いや、わしも建物の出来が気になってのう」
と、やや意外なことを言ってきた。
ベル先生に「?」という顔を向ける。
すると、ベル先生はひとつコクンとうなずいて、
「ミリアルド殿から事情は聞いておる。いざと言う時は力になってやってくれと言われたから、一応気になってのう」
と言いながら、ほんの少し困ったような顔でその建物を眺め始めた。
「お互い大変だな」
と言って苦笑いを浮かべる。
それに対してベル先生は、
「ふっ。気楽なものよのう」
と私とは別の意味の苦笑いを浮かべた。
「なるようになるさ」
とあえて軽く答える。
すると、ベル先生は、
「はっはっは。ミリアルド殿から聞いていた通り、肝の据わった男よのう」
とおかしそうに笑いながら、そう言った。
(いったい、侯爵様は私のことをいったいどう評していたんだろうか?)
と一応気にしつつも、
「ははは」
と笑ってその場を流す。
すると、ベル先生も話題を変えて、
「ところで、そろそろ森に行ってみたいんじゃが都合はどうじゃ?」
と聞いてきた。
「ああ。そうだな。米と綿花の生育状況を見る感じで構わんか?」
と気軽に聞き返す。
すると、ベル先生は少し考えるような素振りを見せた後、
「ついでじゃ、森の様子を詳しく観察したい。できれば少し奥まで行かせてもらえんか?」
と言ってきた。
「ああ。それは構わんが、大丈夫か?」
と、森が危険なところであることを踏まえてそう聞いてみる。
その問いに、ベル先生はどこか自信ありげな表情で、
「なに。そんじょそこらの冒険者連中には負けんくらいは戦えるでな。護衛と心配は無用じゃ」
と答えてきた。
(まぁ、武人の手をしていたし、本人が大丈夫というなら大丈夫なんだろう…)
と思いつつ、
「わかった。じゃぁ、出発は明後日にしよう」
と提案する。
そして、提案に、ベル先生が軽くうなずき、
「ああ。わかった」
と答えるとその場で明後日から森へ調査に入ることが決定した。
さっそく仕事を片付けて準備に取り掛かる。
その日の夜は森に詳しいミーニャや父にも同席してもらって、詳しい日程を検討した。
その結果、森に入っているのは長くとも10日くらいに抑えておいた方がよかろうという結論になる。
私は、何気に、
(私にとっては大冒険だな…)
などと思いつつ、嬉々としていろんな草花の情報を父やミーニャに聞くベル先生の様子をどこか微笑ましく見つめた。
翌々日の朝。
準備を整えミーニャと一緒に玄関に降りる。
するとそこにはすでにベル先生が装備を整えて待っていた。
ベル先生はどうやら弓と魔法を使うらしい。
いかにも魔法使いのような杖と立派な短弓を持っている。
どちらも体に合わせてやや小ぶりだからおそらく特注品なのだろう。
私はその姿を見て、
(本当に護衛はいらなかったようだな…)
と安心しつつ、
「おはよう。待たせたな」
と声を掛けた。
「うむ。年甲斐もなく気が急いてな。ずいぶんと早く目覚めてしまった」
と苦笑いしながら言うベル先生に、
「ははは。じゃぁ、待たせてもなんだしさっそく出発しようか」
と声を掛ける。
「ああ。そうじゃの」
と言って器用に馬に跨るベル先生に続いて私とミーニャも馬に跨ると、みんなの見送りを受けさっそく森へ向かって出発した。
途中、村の畑の様子を見ながら、進む。
「みんな頑張っておるようじゃの」
と微笑ましい顔でその景色を眺めるベル先生に、私は、普段からのみんなの働きを思って、
「ああ。うちの領一番の自慢だ」
とその働きぶりを自慢げに答えた。
その答えを聞いて、ベル先生が、
「ふっ。いい領主様じゃないか」
と、ややからかうような笑顔を向けてくる。
私はそれに苦笑いしつつも、
「なに。当然のことを言ったまでだ」
と正直な思いを伝えた。
そんな会話をしつつ森に入りその日は森の浅い所にある衛兵隊の野営地点で野営の準備に入る。
そこで、ベル先生と一緒に設営をしつつ、ベル先生に、
「冒険にはよく出かけるのか?」
と、なんとなくその経験値を聞いてみた。
そんな私の質問にベル先生は、
「ああ。薬草採取でたまにな…。熊やオーク程度ならしょっちゅうお目にかかっておるぞ」
となんでもないことのように答える。
私は素直に感心してしまって、
「すごいな…」
と答えた。
そんな感想に少し照れたのか、ベル先生が一瞬「ふっ」とシニカルな感じで笑う。
私はその笑顔の感じをなんだか少年のようだと感じ微笑ましく思った。
そんな私の少し上から目線の感想に気が付いたのか、ベル先生はひとつ「こほん」と咳払いをする。
そして、
「ところで」
と言って話題を変えてきた。
「ん?なんだ?」
と気軽に聞き返す。
すると、ベル先生は、
「さっきから気になっておったんじゃが、その得物、どこで手に入れた?」
と意外にも私の刀のことについて質問をしてきた。
「いや、普通にシュテルの町の武具屋で買ったが…」
と素直に答える。
そんな私の答えにベル先生はものすごく驚いた顔をして、
「なんと…。オーガ族の魂が…」
と言った。
「オーガ族っていうのは、あのオーガ族のことか?」
と私も「オーガ族」という突拍子もない単語の登場に思わず聞き返してしまう。
その問いにベル先生は、驚きの表情を崩さないまま、
「ああ。その刀という武器はオーガ族の中でも選ばれたものしか持つことを許されん、言わば種族の魂のような武器じゃ。それが普通に町の武具屋で売られていたとは…。私はてっきりミリアルド殿がその昔なんからの因縁で手に入れた貴重な宝をそれとは知らずにルークに下賜してしまったかどうかしたものだと思っておったぞ…」
と、少し重々しい言葉でそう言った。
「それは…」
と言ったきり私は言葉を失う。
オーガ族と言えば必要最低限の交易以外、外部との交流を持たない謎多き種族だ。
その宝がいったいなぜ。
しかも、金貨1枚という捨て値で。
そして、日本と何かつながりがあるのか…。
と、いろいろな疑問が浮かんできた。
そんな疑問を持つ中、私は、ふと、
「返さなくていいのだろうか?」
とひと言つぶやいた。
そのつぶやきにベル先生がびっくりしたような表情を見せる。
私はその表情を見て、
「いや、種族の宝だというなら返した方がいいだろう?」
と素直な気持ちを述べる。
するとベル先生は、
「ははは。君は面白い考え方をする人間だね」
と愉快そうに笑いながらそう言った。
「いやいや。普通の考えだと思うが…」
と言いつつ、私は、
「ベル先生。オーガ族に連絡する手段を知っているか?」
とベル先生に聞く。
そんな私にベル先生は、
「うーん、無いことも無いが、時間はかかるぞ?」
と言って、何とか連絡する手段があると教えてくれた。
その答えにどこかほっとして、設営を終える。
するとちょうどいいタイミングでミーニャが、
「ご飯が出来ましたよ」
と声を掛けてきてくれた。
美味しそうな匂いに、ふと腹が鳴る。
「はっはっは。ルークの腹は正直じゃな」
と言ってベル先生が笑った。
ついでにベル先生の腹も鳴る。
私が、「ぷっ」と噴き出すと、ベル先生も「あはは…」と照れたような笑みを浮かべた。
2人して笑いながらミーニャのもとに行く。
そして、私たちはいかにも辺境風のポトフを食べ、その日はゆっくりと体を休めた。