目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第34話賢者が村にやって来た02

それからしばらく技術者の受け入れの話や今後のことについて協議する。

その話によると、派遣できる技術者はおそらく10人前後になるだろうとのことだった。

「若くて活きのいいのを希望じゃったな」

というベル殿に、

「ああ。特に新商品開発に積極的なものを中心に人選してくれ」

と答えて話をまとめる。

そして、お互いが納得できる結論を得ると握手を交わして、さっそく食堂へと移った。


食堂に移りまずは家族を紹介する。

「…お初にお目にかかる。賢者殿。バルガス・クルシュテットだ」

とやや緊張気味の父に、ベル殿が、

「こちらこそお初にお目にかかる、剣豪殿。話はミリアルド殿から聞いておるぞ」

とにこやかに挨拶をし、握手を交わした。

そんな2人に今度は私が、バティス、エマ、ミーニャを紹介する。

そして、それぞれが握手を交わしたところで、最後に、

「あとは、うちのペットで、フェンリルのコユキだ」

と言い、コユキを紹介した。


「きゃん!」(コユキだよ!)

という声を聞いてベル殿が固まる。

そして、

「え?」

という驚愕の顔を向けられた。

「まぁ、そういうことだ」

とあまりにもざっくりとした説明をする。

すると、また賢者殿は固まり、コユキの方へ視線を戻したあと、

「…どういうことじゃ?」

と、さらに困惑の色を深くしたのか、呆然として様子で、こてんと首を傾げ、しげしげとコユキを見つめた。

そんなベル殿に、経緯をちゃんと説明する。

「…というわけなんだが…」

と言う私の話を聞き終わりベル殿はなぜか頭を抱えてしまった。


「あのなぁ…。フェンリルというのは神なんじゃよ。獣人にとってもエルフにとってもな。それをペットとは…。いや、フェンリルたっての願いとあらば仕方ないのかもしれんが…。いや、それにしてもじゃよ…」

と言い、なにやら考え込むベル殿を見て、コユキが、

「くぅーん…」(コユキ、ごあいさつしたもん…)

とコユキまで不安そうな顔になってしまった。


「ああ。よしよし。そうだな、コユキはちゃんとご挨拶出来て偉いぞ」

と言って、コユキを慰める。

そして、ベル殿に、

「すまんが、コユキに挨拶をしてやってくれんか。どうも、自分の挨拶が不味かったと思ってしまったようだ」

と言い、再びコユキをベル殿の方に向かせた。

もう一度、しかし、さきほどよりは慎重な感じでコユキが、

「…きゃん」(わたし、コユキ…)

と挨拶をする。

ベル殿は、それを苦笑いで受け止めると、

「ああ、私は、クララベル・フラン・イルベルシオートじゃ。長いからベルでよいからの」

と一応にこやかに挨拶をし、右手を差し出した。

私が、コユキの右前脚をその手に近づけて握手のような形をとってやる。

すると、コユキは喜んで、

「きゃん!」(ベル、覚えた!)

と楽しそうにそう言った。

「ははは。新しいお友達が出来て良かったな」

と言って、またコユキを撫でてやる。

「きゃん!」(うん!)

と本当に嬉しそうなコユキに、

「ははは。じゃぁ、ベル殿にも抱っこしてもらおう」

と言って、私はやや強引にコユキをベル殿に引き渡した。

「お、おい…」

というベル殿だったが、素直にコユキを抱き留めてくれる。

そして、

「おお…」

とひとつ感嘆の声を上げた。

「どうだ?気持ちいいだろう?」

と、ややドヤ顔で聞く。

そんな私に、ベル殿は困ったような顔をしながらも、

「ああ。この信じられないほどのふわふわともこもこ。まさに神の御業じゃな」

と、苦笑いでそう言ってくれた。


「一応内密にしてくれよ…。まぁ、どうせそのうちいろんなところにバレてしまうんだろうが、できれば混乱は避けたい」

と言う私に、ベル殿は、

「ああ。熱心な連中が詣でに来ても面倒じゃろうからな。当分の間は秘密にしておこう」

と割と真剣な目でそう言ってくる。

しかし、

「きゃふ?」(なんのこと?)

とコユキが質問すると、すぐに相好を崩して、

「よしよし。そちは良い子じゃのう…。ほれ、ここが気持ちいいのか?」

と言ってコユキをあやし始めた。


きゃっきゃと喜ぶコユキの姿を見て、微笑ましい気持ちになっていると、そこへ、

「お待たせしました」

という声がかかる。

その声に反応して食堂の入り口の方を振り返ると、ミーニャがカートを押して昼食を持ってきてくれたところだった。

「よし。挨拶も終わったことだし、飯にしよう」

私がそう言うと、

「きゃん!」(やった。カレーだ!)

とコユキがはしゃぎ、

「ほう。そのカレーというのが噂の料理かな?」

とベル殿が興味深そうな顔になる。

私はそんなベル殿に、

「ああ、期待していてくれ」

と言うと、さっそくそんなベル殿を席に促がした。

私も席に着き、さっそくみんなの前にカレーが並べられる。

そして、私の「いただきます」の号令がかかると、みんなもそれぞれに、「いただきます」と言って、さっそくカレーを食べ始めた。


ベル殿が緊張の面持ちでカレーを口に運ぶ。

そして、思い切ってとうい感じでカレーを口に入れた瞬間、

「むっふl!」

と奇声を上げた。

「なんじゃ!?なんじゃこれはっ!?…はっ。革命じゃ、そうじゃ、これはまさしく革命じゃ!」

と言うベル殿に、

「ああ。革命の第一歩だな」

とドヤ顔でそう言う。

すると、ベル殿は、カレーの味に驚いた顔をそのまま私に向けてきた。

「ベル殿。これはあくまでも試作品だ。材料も香辛料も限られている。しかし、考えてもみてくれ。この世の中に一体何種類の香辛料があるか、と」

という私の言葉に、ベル殿が息を呑む。

そして、

「そうか…。なるほど。これは序曲という訳じゃな?」

と言って、私に少しだけ鋭い視線を向けてきた。

そんなベル殿に私は、

「ああ。この序曲を皮切りに世界中で新たなカレーという交響曲が作られ演奏されていくことだろう…」

と言って、どこか遠く、希望の星を見つめるような目でそう言う。

すると、その言葉にベル殿も、どこか遠くを見るような目になり、

「すごい革命を起こしたものじゃな…」

とつぶやくようにひと言そう漏らした。


衝撃の後、我に返ったベル殿がガツガツとカレーを食べ始める。

「うん。この複雑な香りがたまらんのう。このカレーは米のためにある料理だし、カレーのために米があると言っても過言ではないほどの組み合わせじゃ。いや、これは研究のしがいがあるぞい」

と言っているから、よほどお気に召したのだろう。

私はそんな様子を見て密かにほくそ笑みながら、自分も負けじとカレーをガツガツ食べ始めた。


やがて、食事が終わりお茶の時間。

やっとベル殿の興奮が収まったところで、

「すっかり、遅くなったが、荷ほどきを手伝おう。荷物はどのくらい持ってきたんだ?」

と聞く。

その質問にお茶を飲みながらまったりしていたベル殿が、

「ああ、小さな馬車に積んでこられる程度しか持ってきておらんが、手伝ってもらえるとありがたいのう」

と答えたので、さっそく私はミーニャを連れて荷下ろしを手伝いに行くことにした。

厩へ行く途中、

「ああ、先に言っておくがうちにはユニコーンもいる。ちょっと人見知りする子だから、あまり驚かせないでやってくれ」

と、予めベル殿にお願いしておく。

すると、案の定ベル殿は、

「はぁ!?」

と言って驚いたが、

そのすぐあと、

「もう、驚き疲れたわい…」

と言って、ため息を吐いた。


やがて、無事厩に着き、

「ライカ。今度新しく家でお世話することになったベル殿だ。仲良くしてやってくれ」

とライカを紹介する。

「ぶるる…」(うん。ライカです。よろしく…)

と遠慮がちに言うライカに、ベル殿は、

「クララベル・フラン・イルベルシオートじゃ。長いからベルで良いぞ」

と優しく言って、ライカの首を軽く撫でてやってくれた。

「ぶるる…」(うん。ベル、よろしくね…)

とまだ照れを残しつつも、ライカが可愛らしく挨拶をする。

その姿に私はなんとも言えない微笑ましさを感じ、

「ははは。新しいお友達ができてよかったな」

と先ほどコユキに言ったのと同じように言いながら、ライカをたっぷりと撫でてやった。


やがて、荷物を客室に運び終え、荷物の整理の手伝いはミーニャとエマに任せて私は執務室へ戻る。

そして、午前中に処理する予定だった書類に目を通し、決裁のサインをしていると、そこへベル殿がやって来た。

「なにか不都合でもあったか?」

と聞く私に、ベル殿は、軽く掌を横に振りながら、

「いや、何通か書類にサインをもらいにな」

と答える。

なんでも他国の使節が滞在する場合にはいくつかの書類が必要になるらしい。

私は心の中で、

(ああ、在留許可申請みたいなものか…)

と思いつつ、ベル殿が出してきたいくつかの書類に目を通し始めた。

その中からベル殿の履歴書らしいものを見つける。

(…え?250って…。そんなに長生きなのか。エルフの長寿はしっていたが、見た目じゃわからんなぁ…)

と驚きつつ、他の項目も読んでいると、職業欄に、「イリスフィア王立科学院教授」という文字が書かれているのが目に入って来た。

「ほう。ベル殿は大学の教授をされていたのか。では、私もちゃんと『ベル先生』と呼ばねばならんな」

と改めて感心しつつ、ほんの少しの冗談を言う。

「はっはっは。好きにすればよい。まぁ、知り合いの連中はたいてい『ベル先生』と呼ぶから、そっちの方がしっくりくるがのう」

と鷹揚に言うベル殿に向かって、私は、

「じゃぁ遠慮なくベル先生と呼ばせてもらおう。私のことはルークで構わん」

と言ってサインを終えた右手を差し出した。

「うむ。ならば私も遠慮なくルークと呼ばせてもらおう」

と言いつつベル先生が右手を握り返してくる。

私は新しい友達が出来たように思ってなんだか少し気恥ずかしいような気持ちになった。

おそらく、それはベル先生も同じだったんだろう。

「あはは…」

と言いつつ、左手で頭を掻いている。

私も苦笑いで、

「ははは」

と笑うと、その場になんとも言えないくすぐったいような空気が流れた。

「よろしく頼む」

「ああ。少なくとも数年は厄介になるじゃろうが、よしなに頼むぞ」

という会話を交わして、握手を終える。

こうして、突然現れた賢者殿はベル先生として新しく我が家の仲間に加わることになった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?