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第33話賢者が村にやって来た01

初夏。

初めての田植えをみんなで四苦八苦しながらやり終えた頃。

離れの建設現場を訪れる。

外観がほぼ出来上がっているのは見ていてわかったが、棟梁から内装についていくつか確認したいことがあると言われたので、午前の予定を切り替えて現場を訪れてみた。


「どうも、わざわざすみません」

と言って頭を下げてくる棟梁に、

「いや。こっちこそ無理を言ってすまん。で確認というのは?」

とさっそく聞いてみる。

「へぇ。部屋数は5つにしやしたが、ちょいと手狭になっちまってないか見ていただきたいんで。あと装飾の感じやら、階段の昇り降りが急じゃないかとか、そういう細かい所もご確認をお願いしやす」

という棟梁に軽くうなずき、私は、各所を見て回った。


「うん。全体としてはいいと思うぞ。部屋はこじんまりとしてるが、貴族の別邸としてはこんなものだろう。それに、装飾もいかにも辺境風でいい感じだ。ただ、階段は年寄りが昇り降りすることを考えて補助の手すりがあればもっといいな。あと、各所の段差をなるべく解消するようにしてくれ」

と、簡単な注文を出す。

そして、

「へい。かしこましりました。すぐに指示いたしやす」

と、快く引き受けてくれた棟梁に軽く礼を言うと、

「あとで、みんなにカレーを差し入れよう」

と言って、屋敷へと戻っていった。


屋敷に戻り台所に向かう。

そして、なにやら野菜の皮むきをしていたエマに、

「ああ、エマ。ちょうど良かった。後で大工の連中にカレーを差し入れてやってくれ。そろそろ完成が近いみたいだから、もうひと踏ん張り頼むと言って振舞ってやってくれ」

と頼むと、私はいつものように執務室へと入って行った。

とりあえず、ミーニャにお茶を淹れてもらってひと口飲む。

緑茶の試作第2弾はずいぶんと美味しくなっていた。

(やはり新茶は違うな…)

と、その味に満足しつつさっそく書類をめくる。

そして、いつものように、各種陳情や許認可の書類を片付けていると、ふいに部屋の扉が叩かれた。


「ルーカス様、お客様がいらっしゃってます」

というバティスの声に、

「客?」

と訝しんで聞く。

その質問にバティスは、

「はい。ご本人曰く、賢者だということでしたが…」

となんとも困ったような歯切れの悪い感じで、そう答えてきた。

「賢者?」

とまた訝しんで聞く。

すると、バティスは、

「はい。そのように申されております。あと、侯爵様からの紹介状をお持ちでした」

と言って、1通の手紙を差し出してきた。

さっそく検めてみる。

その手紙には確かに侯爵家の家紋入りの封筒に入っていたし、侯爵様のもので間違いない署名も入っていた。

中身を読むと、

『エルフの国、イリスフィア王国の賢者、クララベル・フラン・イルベルシオート殿を紹介する。辺境の植生に大変興味を持たれた様子。しばらく逗留して研究したいと仰っているから丁重にもてなすように。費用が掛かるようなら、言ってくるとよい』

と簡単に書かれていた。

私は、それを見て、

(略式だな…。おそらくその場で書いたんだろう…)

と思いつつ、

「わかった。お会いしよう」

と言って、さっそく執務室を出て応接室のある1階へと降りて行った。


トントンと扉を叩き、

「失礼する」

と声を掛けてから扉を開ける。

そして、応接室の中を見渡すと、少女がひとりソファにかけていた。

12、3歳くらいだろうか。

一目でエルフとわかる特徴的な耳をしている。

服装は旅装だからだろうか、地味だが、たしかにエルフのそれだと一見してわかるものだった。

そんなエルフの少女がいやに落ち着いた感じで、お茶を飲んでいる。

私は、不思議に思って側に控えていたミーニャに目配せをすると、ミーニャが苦笑いでコクンとうなずいた。

「お待たせした。当家の主、ルーカス・クルシュテットだ。…賢者、クララベル・フラン・イルベルシオート殿で間違いないだろうか?」

と訊ねてややおずおずと右手を差し出す。

すると、その少女はおもむろに立ち上がり、

「うむ。いかにも私が、賢者、クララベル・フラン・イルベルシオートじゃ。ベルで構わん。よしなに頼むぞ」

と尊大とにこやかを足して2で割ったような笑顔でそう言って、私の右手を握り返してきた。


「ああ。こちらこそよろしく頼む…」

と言い、やや唖然としたままソファに座る。

そして、とりあえずミーニャからお茶をもらうと、

「えっと…」

と、さてどうしものかという感じで話を切り出した。

「うむ。緊張せずともよい」

と言うベル殿はどうやら私が緊張していると思っているようだ。

とりあえず、私はそれに乗って、

「ああ。ありがとう」

と答える。

すると、ベル殿は、

「時に、このお茶。やけに美味いが、名産品かの?」

と聞いてきた。


「ん?ああ、うちの領内で試しに作ってみた茶だ。緑色だから緑茶と呼んでいる」

と答えて、私もひと口茶をすする。

するとベル殿もまたひと口お茶をすすり、

「うむ。このお茶ひとつだけでもここへ来たかいがあったというものじゃ」

とご満悦な様子でそう言った。

私はそこで、

(ああ、そうだったな)

と気が付き、私は、

「この村には綿花の視察に?」

と、当然のことを素直に訊ねる。

その問いに、ベル殿は、

「うむ。あと、新しい穀物もじゃな。ぜひとも味をみてみたい」

とベル殿は平然として答えた。

(やはりか…)

と思いつつ、

「視察は構わんが、せっかく出来た我が村の大事な産業なんだ。その辺の配慮はしてもらいたい」

と、まずは釘を刺す。

そして、ベル殿を真っすぐに見つめると、私とベル殿の視線がぶつかった。

ベル殿が、

「ふっ」

と笑う。

そして、ベル殿は視線をやや逸らすと、

「うむ。その点は心配せずともよい。なにせ気候風土の違う場所で同じものを育てるのは至難の業じゃからの。まぁ、どんなに頑張ったところで数十年はかかるだろうよ」

と言い、また美味しそうにお茶を飲み、やや微笑みながらそう言った。


(なるほど。そういうことか…。ならば引き出せるだけのものを引き出さねばな…)

と思いつつ、

「なるほど。ということは数十年後にはうちの産業も独占状態ではなくなるということか。そうなると、その間に我が領の産業を振興しなければならない。その辺りにご協力はいただけるのかな?」

と、こちらもお茶をすすりつつのんびりとした口調でそう聞く。

するとベル殿は、

「ああ。その通りじゃ。飲み込みが早いのう」

と言いつつ、またお茶をすすり、

「はぁ…」

とさも美味そうに息を吐いた。


ややあって、

「振興策にエルフの技術者を何人か呼び寄せよう。折り機やら農具なんかの開発が得意な連中だ」

と言うベル殿に、私は、

「そこに服飾の専門家も入れてくれ。出来れば若手がいい。発想が柔軟で新しいものも積極的に受け入れてくれるだろうからな」

と追加で注文を出す。

すると、ベル殿は少し驚いたような様子で、チラリとこちらを見てきた。


「なるほど。ミリアルド殿が言っていた通りじゃったな。よく先が見えておる」

と言って、なにやら嬉しそうな顔になる。

その言葉に私は、

「お褒めにあずかり光栄だ」

と苦笑いを返し、またお茶を飲んだ。

そこへベル殿が、

「ああ、米は別じゃぞ?」

と少しこちらを窺うような表情でそう言ってくる。

私がその言葉に柔らかい表情を崩さないまま、

「その心は?」

と理由を聞くと、案の定ベル殿は、

「食は人間の基本じゃ。場合によっては救荒作物になるかもしれん。出し惜しみは感心できんな」

と言って私にほんの少し鋭い視線を向けてきた。


その視線を私は相変わらずの微笑みで受け止め、

「ああ。その通りだ。美味い物は明日への活力になるからな。もとより出し惜しみなんてするつもりはなかったが、ちょうどいい機会だ。新しい香辛料を使ったレシピを渡すからそっちも同時に広めてくれ」

と余裕の表情でそう答える。

その表情を見て、ベル殿は、

「ほう。新しい香辛料とな?」

と言い、あからさまに興味津々といった感じで食いついてきた。

「ああ。これまでは疲労回復の薬として扱われてきたやつだ。たしか流通名は『サッシャ』とか言ったな。それが料理にも使えるということをつい最近発見した。侯爵様には手紙でレシピを伝えたが、食えなかったのか?」

と聞いてみる。

するとベル殿は、

「ほう。あれか…。あれは不味いお茶か染料にしかならんと思っておったが…」

と言って、私の方にやや疑問の視線を向けてきた。

そんな疑いの視線にこちらはややドヤ顔で、

「ああ。あれ単体ではそういう認識かもしれんな。しかし、あれはいろんな香辛料と組み合わせることで、その力を発揮する。確か今日の昼がそれだったはずだ。辛いのがダメじゃなければ気に入ると思うぞ?」

と挑発にも似た感じの笑みを返す。

すると、ベル殿もひとつ、

「ふっ」

と笑って、

「その挑戦受けて立とう」

と言ってきた。


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