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第31話 新しい春

春。

ようやく雪が解け始めた頃。

(侯爵様から頼まれてた家の件、そろそろやらねばな…)

と思つつ、図面片手に村長宅を訪ねる。

私が訪ねると、村長のバルドさんは畑仕事をしていたらしいが、わざわざ戻ってきてくれた。

「忙しい所邪魔してすまんな」

と謝る私に、バルドさんは、

「いえ。そろそろ綿花と米の植え付けについてこちらからご相談に上がらねばと思っていたところですので」

と気さくに答えてくれた。

「ああ。その件もあってきたんだ」

と言って図面を広げる。

「今の試験栽培地だとあまり収穫は見込めないし、かといって既存の農家に転作を迫るのもどうかと思ってな。それで、いっそ新しい農地を開発しようと思うんだが、どうだろうか?」

と言うと、バルドさんは少し考えるような素振りを見せつつも、

「はい。私もそうすべきかと思っておりましたが、場所をどうしたものかと思っていたところです」

と概ね私の考えに賛成だと言ってくれた。

そこからは地図を見ながら打ち合わせが始まる。

その結果、私の考えていた計画を若干修正し、リンゴ畑に向いている丘陵地もいくつか開墾することで全体の方向性が決まった。


話し合いが終わり、緑茶を飲む。

「いやぁ、これからが楽しみですなぁ…」

としみじみいうバルドさんに、

「ああ。私も楽しみだ」

と答え、長閑な初春の空をぼんやりと眺めた。


ややあって。

「いや、いいお話合いができました」

というバルドさんと握手を交わす。

そして、

「具体的な作業に入ったら私も手伝うから遠慮なく呼んでくれ」

と答えてその場を立ち去ろうとした。

そこで、

「ああ、そうだった!」

と思い出す。

私のその突然の言葉に、

「はい?」

と言うバルドさんに向かって私は、

「今日は別件で来たんだった。いや、うっかり忘れる所だったよ」

と言い、ようやく今日の本題である離れ作りの件について相談を始めた。


「ほう。お館様の隠居所ですか」

と言うバルドさんに、

「ああ。そうだな」

と適当に嘘を吐く。

いや、正確には嘘ではない。

しばらくの間、我が領にやって来るという人たちを住まわせるかもしれないが、どうせ将来は父上の隠居所になるだろうから、あながち嘘とも言えないだろう。

私はそんな言い訳を自分の中でしつつ、まずはバルドさんに大工の手配や材木の状況を確認した。

材木については当面の心配は無いだろうとのこと。

しかし、今後のこともあるから、今年は少し多めに伐採しておいた方が良さそうだという話になった。


「じゃぁ、予定よりもリンゴ畑を少し広めに開墾するか。そうすれば木の伐採も進むだろうしな」

と言って、先ほどの計画に少しの修正を加える。

「ええ。少し広げる程度でしたら森に影響はないでしょうし、獣に迷惑もかけませんからな」

と言ってくれるバルドさんの言葉にうなずき、私たちはまた図面を広げて、おおよその場所の再検討に入った。


割と長くなってしまった話し合いが終わり、今度こそ本当に村長宅を辞する。

バルドさんの話では10日もすれば大工が仮の図面を起こしてくれるだろうから、そこから具体的な打ち合わせに入ればいいだろうとのこと。

私は、

(さて、今年の春は忙しくなるな…)

と思いつつも、どこかウキウキとした気持ちで田舎道を歩き屋敷へと戻っていった。


屋敷に戻り、父に今日の話し合いの結果を何となく報告する。

父は、

「ああ。その辺りは任せるから好きにやってくれ」

と言って私に全てを任せてくれた。


数日後。

さっそくバルドさんと一緒に開墾の現場視察に赴く。

どうやら開墾作業と言うのは大変なようで、木を一本切るのにしても一日がかりの作業になるのだそうだ。

(…やはり大変なものなんだな…)

と思いつつ、ふと思いつき、

「なぁ、バルドさん」

と、何気なくバルドさんに呼びかける。

「はい。なんでしょう」

とこちらも何気なく答えるバルドさんに私が、

「あの木が一気に何本も切れたら作業ははかどるだろうな」

と、目の前で一生懸命に働く村人たちに目を向けながら、そう言うと、バルドさんは、少し苦笑いをして、

「え、ええ。まぁ。そうですなぁ」

と言った。


「…よし、ひとつやってみよう」

と言って、作業をしている村人たちの方へ歩み寄る。

「え?あ、あの…」

と言うバルドさんに、

「なに、ちょっと試すだけだ。時間はとらせんよ」

と軽く言い、次に作業しているみんなに、

「おーい。ちょっと試したいことがあるからちょっと場所を開けてくれないか?ああ、休憩でもかまわんぞ」

と声を掛けた。


村人が切ろうとしていた木の前に立つ。

近くで見るとなかなか立派な気で幹の直径は1メートルほどありそうだ。

(行けるか?)

と思いつつも、集中する。

私は体の中心に魔力を集め、その魔力を体全体に行き渡らせるようにして徐々に体の中を巡らせていった。

ゆっくりと刀を抜き、上段に構える。

そして、私はその刀を一気に振り下ろした。

一定の手ごたえを感じ、さっと飛び退さる。

すると、私の目の前にあった大木がゆっくりと音もなく倒れ始めた。

やがて、「ドスン」という大きな音を立てて大木が倒れる。

私は、その様子を満足げに眺めると、ゆっくりと後ろを振り返り、

「おーい。こんな感じで切っていってもいいか?」

と村人たちに声を掛けた。

ぽかんとする村人たちをよそに、

「じゃぁ、次行くぞ」

と言って再び集中する。

そして、また刀を振り下ろすと、今度は後ろへ退かず前に出て倒れてくる木をかわした。

すかさず次に向かう。

木を切ってはかわし、かわしては切るという、まるで剣術の稽古のようなことを何度か繰り返し、最後の一撃で、割と大きな木を切ると、私はいったん集中を解いて周りを眺めてみた。

直径おおよそ20メートルくらいだろうか。

綺麗に木がなくなっている。

私は肩で息をしつつ、

(ふぅ…。わりと上手くいったな…)

と思い、その光景を満足げな表情で見つめた。


「る、ルーカス様…っ!」

と言いつつバルドさんが遠くから声を掛けてくる。

おそらく心配してくれているのだろう。

そう思って私は、

「ああ、大丈夫だ」

と答えて、バルドさんに笑顔で手を振ってみせた。

やがて、切り倒した木を何とか乗り越えてバルドさんがやって来る。

私はそんなバルドさんに向かって、

「こんな感じで問題無いだろうか?」

と聞いてみた。

「え?ああ、はい。…えっと」

というバルドさんに、続けて、

「よし。問題無いなら明日からもこの感じで行こう。ああ、そうだ切って欲しい木に目印をつけておいてくれ。その方が私もやりやすい」

と提案する。

すると、バルドさんは無言で、

「あはは…」

と引きつった笑みを浮かべた。


そんなバルドさんと一緒に作業をしてくれていたみんなの所に向かい、先程私が魔法を使ったことや、これからもこの方式で行くから、明日からは切って欲しい木に目印をつけておいてくれとお願いする。

その話を聞いた村人たちは、口々に、

「奇跡じゃ…」

とか、

「ご領主様はすごいお人だったんですなぁ…」

というような感想を漏らした。

そんなみんなの態度に若干照れつつ、

「いや。たいしたことじゃない。それよりも、開墾作業はここからが本番だ。みんなすまんがこれからもよろしく頼む」

と言ってみんなに軽く頭を下げる。

するとみんなも慌てたように頭を下げて、

「こんだけやってもらったんだ、ここからは俺らの力の見せ所ってやつだよな」

とか、

「ああ、辺境育ちの力、みせてやんべ」

というようなことを言ってくれた。

和気あいあいとした雰囲気で、その後も作業が続く。

私はその様子をなんとも心強く思いながら眺めた。


屋敷に戻り、夕食をとりながら、今日のことを父に報告する。

父は、やや唖然としていたが、私の、

「村のみんなはなんだか生き生きとした感じで作業してましたよ」

という言葉を聞くと、

「ああ。それが一番だ」

と言って、笑ってくれた。

和やかに夜が更けていく。

きっと今頃この領のどの家庭でもこんな和やかな夕食の時間が持たれていることだろう。

私はそう思うと、

(これからもっとこの食卓を豊にしていかねばな…)

と、そんなことを思った。

食は明日の力になる。

そんな明日の力があればきっと未来に希望が持てるはずだ。

それを信じて、この村の食を豊かにしていけばいい。

私は、そう思ってすっかり我が家の定番となったカレーライスを大きなひと口で頬張った。

爽やかな刺激が口いっぱいに広がり、米の甘味がそれを追いかけてくる。

(ああ、今度みんなみ炊き出しでカレーを振舞おう。きっともっと作業が捗るぞ)

と、そんなことを考えつつ、ふと窓の外をみると、不意に星が流れた。

この村で流れ星など珍しくもなんともなく、何かを願う習慣も無い。

しかし、私は前世の記憶を思い出しながら、その星に祈った。

(どうか、このまま、みんなが幸せなまま発展していってくれよ)

と。


「ルーク様、どうかされましたか?」

とミーニャが声を掛けてくる。

おそらく私はほんの一瞬ぼーっとしていたのだろう。

そんなミーニャに、

「いや。なんでもないさ」

と答えてまたカレーを頬張る。

すると、ミーニャが、

「カレーって美味しいですよね」

とニコニコしながら、カレーを頬張り、コユキが、

「きゃん!」(美味しい!)

と喜びの声を上げた。

(ああ。これだな…)

と思う。

(このささやかな日常をこれからも守っていかなくてはならんのだな…)

私はそう思って、2人を微笑ましく見ながら、またカレーを頬張った。


「お替り」

という声が聞こえて父が皿を掲げる。

私も負けじと、

「あ。こっちにも頼む」

と言って皿を掲げて見せた。

「うふふ。カレーはついつい食べ過ぎてしまいますわねぇ」

と言いつつ、エマも自分の皿を持っていったん台所に下がっていく。

そこへバティスがしみじみと、

「楽しいですなぁ…」

とつぶやいた。

「ああ。今日も楽しいな」

と笑顔で返す。

そして、

(そう。これだ…)

と、また思う。

この楽しいがきっと明日に、そして未来につながっていくんだ。

私はそう確信しながら、お替りが来るのをワクワクとした気持ちで待った。

今日も我が家の食卓には笑顔がこぼれる。

そして、いつものように、食堂は温かい雰囲気に包まれ、ただただ幸せな時間が流れていった。


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