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第30話SS革命のファンファーレ

チルとリンゴの収穫から帰ってすぐ。

まずは衛兵隊に情報を伝え、リンゴ採取の依頼を出す。


そして、私とミーニャはさっそくリンゴジャムの試作に取り掛かった。

砂糖が貴重な辺境でジャムは貴重品だ。

失敗は許されない。

そういう緊張感はあったが、なんとか試作第一号を作り上げる。

「ルーク様、お味見をどうぞ」

と言って、ミーニャが出来立てのジャムが乗ったスプーンを差し出してきた。

「ありがとう」

と言って、受け取りひと口食べてみる。

それは私の中の前世の記憶にあるリンゴジャムほど甘くはなかったが、それでも独特の酸味が効いていて、それはそれで美味しいジャムになっていた。

「うん。美味い。ミーニャも食ってみろ」

と言ってミーニャにも味見を促がす。

するとさっそくミーニャのひと匙リンゴジャムを口に運んで、

「んー!甘い!」

と、歓声を上げた。

「成功だな」

と言ってミーニャと握手を交わす。

「はい。大成功ですね」

と言ってミーニャが満面の笑みを浮かべた。


私はその笑顔を見つつ、

(まだまだこれからだ。リンゴの可能性は無限だ。タルトタタンなんかの菓子類もいいし、ソース類の味だって変えられるだろう。それに将来村で醸造が出来るようになれば酢やリンゴ酒の可能性だって開けてくるぞ…)

と思って、ひとり心の中でこっそりと微笑んだ。


出来上がったジャムを少量とリンゴとその苗木を持って村長宅を訪ねる。

するとうまい具合に村長のバルドさんは家にいてくれた。

さっそくリンゴを見せ、話をする。

そして、試しにジャムの味を見てもらうと、案の定、すぐに栽培実験に入りましょうという話になった。

バルドさん曰く、

「おそらくですが、この手の果物は安定して実が生るまでに最低でも5年はかかるんじゃないでしょうか?豊作と言えるほど採れるまでには10年、場合によってはもっとかかるかもしれません」

とのことだったので、

「では、しばらくの間は衛兵隊に頑張ってもらうしかないな。私も出来るだけ森に入るようにしよう」

と言って、村長宅を後にする。

私は米、綿花に続くこの村の貴重な産業の種が見つかったことに大きな満足感を得ながら、屋敷へと続くあぜ道をライカの背に揺られてウキウキと進んでいった。


その翌日。

ついに、シュテルの町で仕入れた荷物が届く。

私は心待ちにしていたその荷物の中から特に楽しみにしていた香辛料を取り出すと、さっそくミーニャと一緒に台所へと向かった。

いくつもの香辛料を並べ、前世の記憶を頼りに、何となく混ぜ合わせては味を見て、という作業を繰り返す。

その結果、なんとかそれっぽい物が出来たところで、今度はエマにも参戦してもらって、さっそくカレーの試作品作りに取り掛かった。

すり下ろしたリンゴを炒め、香りづけにローリエに似た薬草を入れタマネギ、ニンジン、ジャガイモを入れる。

そして、ちょうど手に入った新鮮なイノシシ肉を入れると、いよいよ煮込みにかかった。

いい感じに具材が煮えたところで、カレー粉試作第1号を投入する。

するとたちまちあの香が台所中に広がって、私たちの食欲を刺激してきた。


「なんだか、嗅いだことのない香りですけど、妙にお腹が空きます!」

「ええ。何言えばいいのかしら…」

とミーニャとエマが期待と戸惑いが入り混じったような声を上げる。

私はその戸惑いの方を打ち消すべく、

「いったん味見をしてみてくれ」

と言って2人に味見を勧めた。

2人が恐る恐る小皿を取って味をみる。

すると、次の瞬間、

「んふーっ!」

「…あらまぁ…」

という驚きの声が上がった。

ミーニャがキラキラとした目を私に向けながら、

「辛いです。でも美味しいです。なんでしょう。もっと欲しくなります!」

と言い、エマも、

「ええ。これはすごいですわねぇ…」

と言って、感動したような表情で自分の手元にある小皿を見つめている。

私はその瞬間勝利を確信し、心の中で小さくガッツポーズをとった。

「これはちょっと寝かせた方が美味しい。いったん冷ましておこう」

と言ってカレーが入った鍋に蓋をする。

そして、

「夕飯が楽しみだな」

と言うと、今すぐがっつきたい気持ちをぐっとこらえて台所を出た。


台所を出てリビングに入る。

すると、すぐに、

「きゃん!」(美味しい匂い!)

と言ってコユキが駆け寄ってきた。

「はっはっは。ああ。とびっきり美味しいのが出来たぞ」

と言いつつ、コユキを抱き上げてやる。

そんな私の腕の中でコユキが、

「きゃん!」(早く!早く食べよう!)

と言い興奮気味に頭を擦り付けてきた。

「おいおい。ご飯はみんな一緒に、だぞ」

と一応窘める。

それでも、

「きゃん!」(早く!)

と言って甘えてくるコユキを、

「はっはっは。私も待ち遠しくてたまらん。よし、晩ご飯の時間までみんなで遊んで待っていよう」

と言って遊びに誘った。

「きゃん!」(やった!)

と素直に喜ぶコユキを連れてライカのもとに向かう。

そして私たちは夕方までボール遊びをしたり昼寝をしたりしてたっぷり遊んだ。


そしていよいよ夕飯の時間になる。

食堂に入るなりコユキはウズウズしだした。

私も待ちに待ったカレーの登場を今か今かという気持ちで待つ。

すると、台所の方からあのいい匂いがして、いよいよカレーがやって来た。

「お待たせしました!」

と言ってミーニャがみんなにカレーを配る。

私は、早くもがっつきそうになっているコユキをしっかり押さえつつ、興味津々といった感じでカレーを覗き込み匂いを嗅いでいる父やバティスに向かって、

「新しい料理を作ってみました。是非感想をください」

と言い、父がうなずくのを見ると、さっそく、

「いただきます」

の号令をかけた。

コユキが躊躇なくがっつき、

「きゃふーん!」

と声にならない声を上げる。

ミーニャとエマもひと口食べて幸せそうな笑顔を浮かべた。

父が恐る恐るという感じで、慎重にカレーを口に運ぶ。

そして、次の瞬間目を見開いた。

その見開いた目をそのまま私に向けてくる。

私は父にしっかりとうなずくと、

「今夜この辺境から世界に広がる革命が起きました」

と、重々しくそう言った。

「ああ、確かにこれは革命だ…」

と父もうなずく。

「このカレーのレシピが広がれば米が売れること請け合いです。ますます村が豊かになりますよ」

と答えると父は、

「カレー?」

とひと言疑問を投げかけてきた。

私は一瞬、しまったと思いつつも、

「ええ、この料理はカレーと名付けました。特に意味はありませんが、なんとなく呼びやすい名が良かろうと思ったんですが、いかがです?」

と平然と答える。

すると父は、

「うむ。なぜかはよくわからんが、その『カレー』というのが、この料理にはぴったりなような気がするな…」

と、私の提案を受け入れてくれた。

「そうですね。何故でしょう。ピッタリなように感じます」

と、嬉しそうにカレーを食べながら、バティスも賛成してくれる。

ミーニャとエマも、

「いいですね。『カレー』」

「ええ。なんだか妙にしっくりきますわ」

と言って賛成してくれた。

「ああ。我ながらいい名前だと思うよ」

と苦笑いしつつ、私もさっそくカレーを口に運ぶ。

ひと口食べた瞬間私の魂が震えた。

カレーライス。

日本の魂、米を最もよく輝かせる国民食。

スパイスの香りと野菜の甘味、そして大ぶりに切ったイノシシ肉のうま味が混然一体となった素晴らしい出来のその料理に私は明るい未来を感じた。

いや、明るい未来しか感じなかったと言った方がいいかもしれない。

しかし、同時にこの革命がほんの序曲でしかないこともまた同時に感じた。

(トッピングの開発に具材のバリエーション。そのうち地域性も出てくるだろう。もっと辛いもの、濃厚なもの、さっぱりとしたもの…。可能性は無限だ)

私はそう思って、またカレーをひと口頬張った。

「きゃん!」(お替り!)

というコユキの声が高らかに食堂に響き渡る。

私はその声を聞いて、

(ああ、これぞまさしく革命のファンファーレにふさわしい)

と感じた。

賑やかな、かつ、衝撃的な一日が暮れていく。

「お替り」という名の革命のファンファーレは、その後も何度か鳴り響き、辺境の美しい夜空へ吸い込まれていった。


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