翌朝。
簡単に朝食を取ったあと、さっそくチルの収穫作業を始める。
おかげで、昼前には十分な量のチルが収穫できた。
ミーニャの作ってくれたスープを飲んで、
(さて、まだ十分な量が生ってるし、今日はもう少し収穫するか…)
と思っていると、私の横に座っていたライカが、
「ぶるる」(ルークたちって酸っぱいの好きなの?)
と聞いてきた。
「ん?酸っぱいのが好きというわけじゃないぞ。この果物は煮ると甘くなるんだ」
と、ジャムにして食べることを教えてやる。
すると、ライカがちょっと感心したような感じで、
「ひひん」(へぇ。果物って煮ると甘くなるんだね。じゃぁあれもかな?)
と、気になることを言った。
「あれも、というと?」
と、興味を持って聞く。
その質問に、ライカは、
「ひひん」(あのね、青かったり赤かったりして酸っぱいの知ってるの。熊もよく食べてるよ)
と言って、何やら私たちの知らない果物があるということを教えてくれた。
「なに。それは興味深いな…。遠いのか?」
と、やや前のめりで場所を聞く。
すると、ライカは、
「ぶるる…」(ちょっと先。…夕方前には着くと思うよ)
と言ってくれた。
「よし、行こう」
と言って立ち上がる。
ミーニャも新しい果物と聞いてどうやらやる気になったらしく、
「今度こそ護衛は任せてくださいね」
と言って、さっそく準備に取り掛かってくれた。
手早く荷物をまとめ、準備を終える。
私たちは、
「ひひん!」(美味しいのだといいね!)
「ああ。そうだな」
「うふふ。きっと美味しいものですよ」
「きゃん!」(美味しいの好き!)
と会話を交わし、どこかワクワクとした気持ちで森の奥へと進んでいった。
ライカは森の中を迷いなく進んでいてく。
そして、森を抜けると木々がまばらに生える林と草原の中間のような開けた場所に出た。
さっそくライカを中心にその果物が生っている木を探す。
するとややあって、ついに私たちはその果物を見つけた。
野球ボールほどの大きさで、見た目は青い。
まだ熟していないのだろう。
ひとつもいで香りを嗅ぐ。
(間違いない、リンゴだ!)
と思って私はそれをひと口かじってみた。
「酸っぱ!」
と思わず口に出して顔をしかめる。
しかし、私の口の中に残る味や食感は間違いなく、リンゴのそれだった。
「酸っぱいんですか?」
と不安そうに聞くミーニャに、
「ああ。しかし、これは使えるぞ。よし、今日はここで野営にして明日本格的に赤く熟したものを探そう。出来れば程よく育った苗木も持って帰りたい。ははは。明日も忙しくなるな」
と笑顔で答える。
そして、
「了解です!」
と笑顔で答えるミーニャと一緒にさっそくその場で野営の準備を始めた。
また焚火を囲み、交代で見張りをしながらゆっくりと休む。
その日の夜もまた静かに更けていった。
翌朝。
さっそく赤く熟したリンゴを求めて移動を開始する。
慎重に辺りを見回しながら、歩を進めていると、まずは適度に育った苗木が何本かあるのを見つけた。
「よし、まずは苗木を採取していこう」
と言って、さっそくその苗木を掘り返す作業に取り掛かった。
3本の苗木を取り終えたところでちょうど昼になる。
「そろそろ昼にしよう」
私はミーニャにそう声を掛けて、いったん休憩を取ることにした。
簡単なスープを作ってもらって、体を温める。
寒さの中で作業していた体に、温かいスープがよく沁みた。
昼の休憩を終えて、また移動を開始する。
すると、しばらく進んだところで、リンゴの群生地を見つけた。
「おお。たくさん生ってるな…」
と思わずつぶやく。
「すごいですねぇ」
とこちらも感心したようにつぶやくミーニャと手分けをして、私たちはさっそく収穫作業に取り掛かった。
まずはひとつもいでひと口かじってみる。
やはり、
「酸っぱ!」
と声を漏らしてしまったが、あの青い実よりはずいぶんと甘さが増しているように思えた。
ミーニャもひと口食べて、
「酸っぱ!」
と思わず声を漏らす。
しかし、そのあと、良く味わって、
「でも、なんだか、煮込んだら甘くなりそうな気がします」
と言ってくれたので、おそらくこのリンゴが持つ可能性に気が付いてくれたのだろう。
私はそのことに満足感を覚えつつ、改めてリンゴの収穫作業に取り掛かった。
やがて袋いっぱいのリンゴを収穫する。
ミーニャも同じくたくさん採れたようだ。
そのことを確認して、収穫を終えると、まだ十分に日は明るかったが、私たちはその場で野営をすることにして、さっそく準備に取り掛かった。
野営の準備をすることしばし。
順調に設営を終えて、
(さっそく焼きリンゴでも作って味を見てみるか)
と思っていた時、突然ライカが、
「ひひん!」(いるよ!)
と言って、周囲を警戒し始めた。
私もミーニャも瞬時に身構える。
しかし、なかなか気配が掴めない。
じりじりとした時間が過ぎる中で、私のこめかみかを汗がスーッと一筋流れた。
「油断しないでください。たぶん、狼です」
というミーニャの言葉でさらに緊張感が増す。
私はゆっくりと動いて、ライカとコユキを守れる位置につき、
「ひひん!」(私がやっつける!)
と意気込むライカに、
「同士討ちが怖いから、少しの間自重していてくれ。…しかし、いざとなれば頼むぞ」
と声を掛けた。
「ぶるる!」(わかった。ルーク頑張ってね)
と言ってくれるライカの言葉を受けて、ほんの少し落ち着きを取り戻す。
(大丈夫だ。落ち着け…)
そう自分に言い聞かせつつ、ゆっくりと魔力を練り、集中力を高めていった。
やがて、段々と気配が濃くなっていく。
(近い…。囲まれてる?)
と気が付いた時、私の周りで一気に気配が動き出した。
(来る!)
そう直感して刀を抜いた。
ミーニャも剣を抜く。
そんなミーニャに私は、
「こちらは任せろ。前衛を頼む」
と指示を出した。
ミーニャが、
「はい!」
と短く答える。
そして、次の瞬間、藪の中から次々と狼たちが姿を現してきた。
(10…いや、それ以上か…)
と意外にも冷静に相手を見る。
そして、
(とにかくライカとコユキを守ることに集中しろ…)
と改めて自分にそう言い聞かせた。
「ワオーン!」
というリーダーらしき1匹の遠吠えを合図に狼たちが動く。
勢いをつけて、一気に飛び掛かって来る狼たちを相手に私はまず横なぎの一閃を放った。
2匹ほどの狼が倒れる。
すると、それをみた他の狼たちは、私から距離をとり始めた。
そこへすかさずミーニャが突っ込んで行く。
すると、狼たちはミーニャの方に集中し始めた。
私もまた魔法を放って狼たちを牽制し、ミーニャの背中を守る。
私が遠距離から牽制し、ミーニャが確実に仕留めていくという即席の連携で狼たちは次々と倒れ、ついにリーダー格と思われる個体を倒し、何とか戦闘は終了した。
「ふぅ…」
と息を吐いて集中を解く。
あれだけ魔法を使ったからだろうか、それとも、緊張から一気に解放されたからだろうか、私は思わずその場に腰を下ろしてしまった。
「大丈夫ですか!?」
と心配そうにミーニャが駆け寄って来る。
私はそれに、
「ああ。大丈夫だ。…少し魔法を使い過ぎたのかもしれん…」
と答え、苦笑いながらも一応微笑んで見せた。
「はぁ…。よかったです」
とミーニャがほっと胸を撫で下ろすような仕草を見せる。
私はその仕草を見て、
(ずいぶんと心配をかけてしまったようだな…)
と反省しつつ、いかにも「よっこらしょ」という感じで何とか立ち上がった。
パンパンと尻についた土を払って、ミーニャと一緒に狼たちの後始末をする。
今回は、私も魔石や毛皮の剥ぎ取りに挑戦してみた。
ミーニャに習い、やってみるが、なかなか上手くいかない。
それでも何とか魔石を取り出し、初めて自分で取り出した魔石をしげしげと見つめる。
その魔石の大きさは、殻付きの落花生ほどで、ザクロのように少しくすんだ赤黒い色をしていた。
あまり美しいものではない。
(一応、記念に取っておくか?)
とバカなことを思いつつ、それを無造作にポケットに入れる。
そして、またミーニャを手伝い、狼たちの後始末の続きに取り掛かった。
暗くなり始めた空の下で簡素な食事を済ませる。
(いろいろと濃い数日だったな…。最初のピクニック気分が嘘みたいだ)
と思いつつ、ミーニャが淹れてくれたお茶を飲み、
「ふぅ…」
と息を吐いた。
(初めてにしては上出来だとミーニャは言ってくれたが、今の私はハンスやミーニャの足元にも及ばん…。これはもっと気合を入れて毎日稽古しなければいかんな…)
と思いつつ、またお茶を飲む。
そんな反省をしながら飲む緑茶の試作品はいつもよりほろ苦く感じられた。