ウコンに出会った興奮冷めやらぬまま宿に向かう。
私の余りに浮かれた様子に、ミーニャが、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてきた。
そんなミーニャに、
「ん?ああ、大丈夫だ。上手くいけばまた美味しい料理が増えると思うとつい、嬉しくなってしまってな…」
と照れ隠し半分に苦笑いで答える。
そんな私を見て、ミーニャは、
「え?お薬を買いにいったのでは?」
と不思議そうな顔でそう聞いてきた。
「ん?ああ、そうだ。しかし、薬草の中には調味料として使えるやつもあってな。今回はそれが発見できたんだよ」
とざっくり今回なにがあったのかを伝える。
するとミーニャは驚いて、
「さすが、ルーク様。博識でいらっしゃいますね」
と感心したような声を上げた。
「ははは。帰ったらさっそく実験だな」
という私に、ミーニャが嬉しそうな顔で、
「はい!お手伝いします!」
と答える。
そして、私たちは2人ともウキウキとした気持ちで、宿の玄関をくぐっていった。
夕方、さっそく銭湯に行き、適当な酒場を探す。
やがて、良い感じにガヤガヤした広めの酒場を見つけると、そこへ入り、
「今日は前祝いだ。ぱーっとやろう!」
とミーニャに声を掛けた。
「はい!よくわかりませんが、ぱーっといきましょう!」
と楽しそうにいうミーニャとまずはエールで乾杯する。
そして次々とやって来る料理をつまみながら楽しい前祝いが始まった。
「あ。ルーク様。このピザは当たりだです!」
「ん。どれどれ?…おお、なかなかだな。チーズそのものの味がいい。それにこの『びよーん』と延びる感じもたまらんな」
「はい。この『みにょ~ん』がたまりません」
と会話を交わしながら美味しくビザをつまむ。
そして次に、
「むっ。りゅーくしゃま、かりっとじゅわっとれす!」
「ははは。落ち着いて食え」
と言いながら揚げ鶏を食うと、私たちはほとんど同時にエールのジョッキを空にした。
「「おかわり!」」
の声がそろう。
その夜は楽しく更け、私たちはまたふらふらとした足取りで宿へと戻っていった。
翌日。
買い付けたものが届くまでの時間つぶしに王都の町をうろつく。
ミーニャもさすがに都会に慣れてきたのか、普通の女の子のようにいろんな店を覗いてはきゃっきゃとはしゃいでいた。
適当な店で買い食いをして、町を散策する。
そして、下町の情緒を十分に堪能すると、今度は王城見物に向かった。
「堀の周りを一周する遊歩道があるんだ。…まぁ、けっこうな距離があるから一周はしないが、ベンチもあるから、そこからゆっくり見物しよう」
と言って、貴族街を歩いていく。
貴族街に入ると町の雰囲気は一変して、メイドや執事らしき人物の姿を多く見かけるようになった。
「…なんかすごいですね」
とミーニャが辺りをきょろきょろしながらそんな簡単な感想をつぶやく。
「ははは。本来ならうちもこの辺りに屋敷を構えて年に1度は王都を訪れなきゃいけないんだけどな…」
と一般的な貴族の義務を説明すると、
「え?そうなんですか?」
とミーニャが驚いた様子で疑問を投げかけてきた。
「ああ。普通の貴族は年に一度、社交の時期に王都を訪れるのが慣例だ。まぁ、事情があれば来なくてもいいことになっているが、大抵の場合はみんな来るな。…うちが特別なんだよ」
と、我が家の特殊性の一端を説明する。
「そうだったんですねぇ…」
と感心するミーニャに、私は続けて、
「ああ。他にもあるぞ。租税の免除とか軍役の免除とか…。まぁ、辺境開拓が大変な代わりにいろいろ特典が付いてるって感じだな」
と我が家が置かれている立場という物を説明した。
「なるほど。私は特別な家にお仕えできているんですね!」
と、やや間違った方向だが前向きに捉えるミーニャを微笑ましく思いつつ、
「まぁ、そういうことだな」
と苦笑いではぐらかす。
そんな会話をしているうちに、王城の塔の先端がチラリと見える場所までやって来た。
「あ!ルーク様、あれ、お城ですか!?」
とミーニャが嬉しそうな声を上げる。
「ああ。そうだな」
という私の手をミーニャが掴み、
「早くいきましょう!」
とせかしてきた。
「ははは。慌てなくても城は逃げないぞ」
と笑いながらいう私に対してミーニャは、
「早く、早く!」
とまるで子供のようにはしゃぎながら、私の手を引いてきた。
(喜んでもらえてよかった…)
と心から思う。
それと同時に、
(いつかみんなも気軽に旅ができるようになればいいな…)
とも思った。
辺境の地に押し込められ、厳しい中でも懸命に生きているみんなに、一度でもきれいなものを見、楽しい思いをしてもらうことが出来たら彼らの人生はどんなに豊かになることだろうか。
そう思うと、これから領主として、かの地を発展させていかなければならないという思いがより一層強くなってくる。
私はそんなことを思いつつ、はしゃぐミーニャに手を引かれ、貴族街を王城がある丘の上まで歩いていった。
王城の壮麗な装飾に彩られた威容を見物し、日が暮れかかって来たのを合図にその場を引き上げる。
「すごかったですねぇ…」
と本日何度目かわからない「すごい」という感想を言うミーニャに、
「ああ、すごかったな」
とこちらも「すごい」で合わせて感想を返しながら、私たちは下町へと戻っていった。
下町に着き、いったん宿に戻る。
すると、頼んでいた荷物は全部届いていたらしく、私たちはそれを確認しながら、手分けして荷物を荷馬車に積み込んだ。
そしてそれが終わるとまた銭湯へ向かい、夜の町に繰り出していく。
今日が王都で過ごす最後の夜だ。
そう思うとミーニャに美味しい物を食べさせてやりたいという気持ちが強くなってきた。
(さて、何がいいだろうか…)
と思いつつ、店を物色する。
すると大通りから少し入った路地の一角に、小洒落た料理屋があるのを見つけた。
(よさそうな雰囲気だな…)
と思いつつ、その店の扉を開ける。
「2人だがかまわんか?」
と言って、中に入ると、
「いらっしゃいませ」
と感じのいい女将に出迎えられて、カウンターの席に通された。
どうやら鉄板焼きの店だったらしい。
私は席に座るとさっそく、さも慣れたような様子で、
「適当にお任せで頼む。あと、料理に合う酒があったらそれもつけてくれ」
と頼む。
「かしこまりました。お嫌いなものはありますか?」
という女将に、無いと答えると、
「今日は季節の野菜の良いのがそろっておりますから、たっぷりお付けしますね。お酒はお肉に合う少し渋めの赤ワインがございますので、そちらをお持ちします」
と言って、さっそく奥に下がっていった。
やがてやって来た赤ワインを飲み、先付に出てきたピクルスのようなものをつまんで料理を待つ。
すると、亭主らしき人物が鉄板に火を入れて目の前で肉を焼きだした。
「うわぁ…」
とミーニャが感動と興味津々を足して2で割ったような表情でそれを見つめる。
私はそんなミーニャの様子を見ながら、ゆっくり赤ワインを口に含んだ。
しばらくして、
「お待たせしました。Tボーンステーキと季節の野菜のグリルでございます」
と言って肉と野菜が差し出される。
ミーニャは初めて見るTボーンステーキに興味津々といった感じで、さっそく、
「いただきます」
と言って、肉を切り、豪快に頬張った。
「んふーっ!るーくしゃま、すごいです!」
と感動の声を上げるミーニャに、
「おいおい。落ち着いて食え」
といつものセリフを言って、私もサーロインの方を頬張る。
(うん。この脂の甘味がたまらんな…)
と感想を抱きつつ、その味わいが消えてしまわないうちに、ゆっくりと赤ワインを口に含んだ。
脂の甘味を赤ワインの渋みが綺麗に流していってくれる。
しかし、それと同時に、肉の香ばしい香りとワインの華やかな香りが鼻腔の中で合わさって得も言われぬハーモニーを奏でてくれた。
次にヒレの方を口に運ぶ。
すると、柔らかい食感と肉のうま味を残して、その肉は一瞬で口の中から消えていった。
横から、
「ルーク様、お肉がいなくなりました!」
というミーニャの驚きに満ちた感想が聞こえてくる。
「ははは。落ち着いて、ゆっくり味わえよ」
とミーニャを窘めつつ私はまた赤ワインをひと口飲んでのマリアージュを楽しんだ。
その後も、シャキシャキとした食感と甘味が強い旬の野菜を食べ、肉を食い、酒を飲む。
そんな幸せな時間を心ゆくまで堪能させてもらった。
やがて店を出て宿に向かう。
宿への道すがら、
「美味しかったですねぇ…」
と、やや夢見心地にミーニャがそうつぶやいた。
「ああ、美味かったな」
とつぶやき返す。
「みんなにも食べさせてあげたいですね」
と言うミーニャに私も、
「ああ、そうだな」
と心の底からそう思ってつぶやき返した。
王都の澄んだ夜空を満月が照らす。
私とミーニャはその月に照らされた石畳の道をなんともふわふわとした足で軽やか叩き、楽しいリズムを刻みつつ宿へと戻っていった。