目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
第24話王都01

「お世話になりました」

「またすぐに来い」

「ああ、またな」

「道中気を付けるんですよ」

「すぐ、帰ってきてね」

と別れの挨拶を交わして侯爵邸を発つ。

まずは、リッツ商会によって、お土産の一部が積まれた荷馬車を受け取り、私とミーニャそれぞれの馬に取りつけた。

「さて、ここからはのんびり旅だな」

「はい!」

と会話をして、馬に出発の合図を送る。

すると、馬車がゴトゴトと音を立ててゆっくりと動き出した。


行商人や旅人に混じって街道を行く。

荷馬車を曳いている私たちはまるで行商人のようだ。

行きとは違いのんびりとした歩調で進む旅に私たちの心もどこかのんびりとした感じになっていった。

「ルーク様。私の荷馬車はほとんどからですけどいいんですか?」

と聞くミーニャに、

「ああ、この後王都に寄って、布やら雑貨やら…まぁ、とにかくいろんなものを仕入れようと思ってな」

と簡単に答える。

するとミーニャから、

「侯爵様の領で全部そろえるわけにはいかなかったんですか?」

と聞かれてしまった。

「あー。まぁそれも出来なくはないが布やら雑貨は王都の方が種類も多いしなんていうか洗練されたものが多いんだ。それに、どうせならミーニャにも王都でお城やらなんやらを見せてやりたかったしな」

と半分照れ笑いでそう答える。

その言葉を聞いて、ミーニャは、

「お城が見られるんですか!?」

とあからさまに嬉しそうな顔をした。

「ははは。城はでかいぞ」

という私に、ミーニャが、

「侯爵様のお城よりもですか?」

と目を輝かせながら聞いてくる。

「ああ。一応侯爵様のお屋敷はあくまでもお屋敷だからな。城じゃない」

と答えると、

「ほえー…。あれでお城じゃないんですねぇ…」

と少し間の抜けた感じの声が返って来た。

私はその声がおかしくて、

「はっはっは。まぁ、楽しみにしていてくれ」

と言って笑いながら、期待をあおる。

その声に、ミーニャは、

「はい!楽しみです!」

とどこか子供のような感じで元気に返事をしてきた。


旅は順調に進み、やがて王都の壮麗な門が見えてくる。

私とミーニャもたくさんの行商人や旅人の列に加わって、門をくぐる順番を待った。


ややあって、

「次」

と声がかかり、馬車を門に近づける。

すると、衛兵が中を改めて、

「よし。身分証を」

と言ってきた。

私は家紋入りの革手帳のようなものを出し、

「ルーカス・クルシュテット。一応男爵だ」

と答える。

すると衛兵はびっくりしたような顔で、その革手帳と私を交互にまじまじと見つめ始めた。

「侯爵領で物品の仕入れをした帰りだ。これから辺境まで向かう」

と一応旅の行程を説明しつつ、自分は辺境の者だと暗に示す。

すると、衛兵はようやく納得したのか、

「た、大変失礼いたしました」

と言って、私の差し出した身分証を返してくれた。

「ああ。驚かせてすまんな」

という私に、衛兵が、

「あの。貴族様用の通用口は隣ですが…」

と遠慮がちに声を掛けてくる。

私は、

(あ。そう言えばそんなものがあったな…)

と思いつつ、

「いや、なに。こういうのも旅の醍醐味のひとつかと思ってな…。ははは。」

と笑ってごまかした。


そんなこんなはあったが、無事王都の門をくぐる。

私とミーニャはまず行商人がよく泊まりそうな宿を探して王都の通りをのんびりと進んだ。

やがて、良さそうな宿を見つけ、さっそく入る。

入ったのはどこか家庭的な雰囲気のある小さな宿で、部屋に案内してくれた少女、おそらくこの宿の娘の話によると、普段この時期は満室が続くのだそうだ。

しかし、今日から近くの宿場町で割と大きな市が立つらしく、客が少なくなっていたところに私たちが来たものだから、

「お客様が泊ってくださって助かりました」

いかにもほっとしたような感じで、気さくに声を掛けてくれた。

「ははは。それはちょうど良かった。じゃぁ、2、3日逗留しても大丈夫そうだな」

という私に、その娘さんは、

「はい。喜んで!」

と明るく答えてくれる。

私はその明るい、いかにも宿の看板娘的な雰囲気をなんとも微笑ましく感じながら、部屋へ上がり、さっそく荷ほどきをした。

やがて、私と同じく荷ほどきをしたミーニャが私の部屋にやって来たのを合図に宿を出る。

そして、まずはいろんな店がひしめく問屋街を目指して綺麗に整備された石畳の道を歩いていった。


「素材と値段の良し悪しは私が選ぶが、色や柄の好みはわからん。そっちの選別は任せたぞ」

とミーニャに任務を与えて、まずは布屋に入る。

色とりどりの麻や毛の布の中から、まずは実用的な白や黒の布をいくつか選んで買い付けた。

その次に色柄ものに移る。

私は、ある程度の品質を見た後、予算を提示して、後のことは店の人間とミーニャに任せた。

ミーニャが布を選んでいる時間、店の中を何となく見て歩く。

すると、ひとりの店員が近寄ってきて、

「こちらのおリボンなんてどうです?ご婦人方への贈り物にちょうどいいですわよ」

と言って、リボンが飾ってある棚を勧めてきた。

私は心の中で、

(まいったな…)

と思いつつ、一応その棚を見る。

見るが、どれも同じように見えて、どうにも何にどう使うのかさえ分からなかった。

そんな私に、店員が、

「いかがです。この黄色のリボンなんてよく出来ておりますわよ」

と横から声を掛けてくる。

値段を聞くとひと巻で銀貨2枚とのこと。

(1万円くらいか…)

とその微妙な高さに心の中でため息を吐きつつ、断ろうと思ったが、その時ふとライカの姿が目に浮かんだ。

(ああ、似合いそうだな…)

と思った瞬間、つい、

「じゃぁ、それもくれ」

と言ってしまう。

私は、

(あ、何もひと巻買わなくても、ほんのちょっと買えばよかったじゃないか…)

と気が付いたが、出した言葉はひっこめられない。

私はなんとも、気まずいような恥ずかしいようなそんな気持ちになって、

「ありがとうございます」

と笑顔でいう店員に苦笑いを返した。


それから、買い付けた布を宿に送ってくれるよう手配して、次の店に向かう。

次は雑貨屋を覗いた。

ここでも、櫛や髪飾りの類をミーニャに任せて私は別のものを物色する。

店には女性用の小間物以外にも洗濯籠らしきものや、ちょっとした台所用品なんかが置いてあった。

そんな店の一角に奇妙なものを発見する。

革製のボールだろうか。

(なんでこんなところにこんなものが?ていうか、なんに使うものだ?)

と思ってしげしげ見ていると、また店員がやって来て、

「お子様へのお土産にひとついかがですか?」

と笑顔で私に声を掛けてきた。

「お子様?」

と聞く私に、その店員は、

「ええ。これ、いま王都の子供たちの間で流行ってるんですよ。…なんでも地面に落ちないように蹴ったり叩いたりして遊ぶんだそうです」

と遊び方を説明してくれた。

見れば、そのボールはソフトボールよし少し大きいくらいで、けっこうしっかりとした作りをしている。

私はそのボールを手に取ると、ふとそれで遊ぶコユキの姿を思い起こした。

(楽しく遊んでくれそうだな…)

と思って、

「じゃぁ、これをくれ」

と言ってひとつ店員に渡す。

そして、ついでに、

「ああ、ちなみにいくらだ?」

と聞いてみた。

「はい。1つ銀貨1枚です」

という店員の答えを聞いて、私は、

(コユキの分とあとは各村に1個ずつ配ってもいいかもしれんな…)

と思い、

「じゃぁ、4つくれ」

と頼む。

「えっと、4つですか?」

と驚く店員に向かって私は、

「うちの領内には子供が多いからな」

と笑顔で答えておいた。


やがて、雑貨屋にも買ったものを宿に届けるよう依頼して次の店に向かう。

次は薬屋に行くことにした。

辺境で薬は手に入りにくい。

簡単な薬草なら森の入り口でいくらでも取れるから、軽い風邪くらいなら問題無いが、ちゃんとした薬が必要な場合ももちろんある。

私はそんな時に備えて、なかなか手に入らない類の薬を買い付けることにした。


独特の匂いがする店に入り、店員と話す。

ひどい腹痛や高熱なんかの薬を中心にいくつか注文を出した後、店員から、

「滋養強壮に効く珍しい薬草がありますが、見ますか?」

と言われたので、後学のためだと思い一応見せてもらうことにした。

店員曰く、南方で採れる薬草で、最近になって栽培も可能になったらしく、王都や侯爵領で出回るようになったものなのだそうだ。

そんな話を聞きつつ店員が奥から持ってきてくれたものを見る。

私はそれを見た瞬間、

「ウコン…」

と思わずつぶやいてしまった。

店員が「?」という顔をする。

そんな店員に私は勢い込んで、

「もしかして、中身は黄色くないか?で、お茶にして飲むと苦くて独特の香りがして…」

と聞く。

その様子に店員は少し、いや、かなり戸惑いながらも、

「ええ、そうです。味見してみますか?」

と言ってまた奥へ下がると、今度は粉状にしたものとお湯を持ってきてくれた。

さっそく試す。

私の中で前世の魂が震えた。

間違いない、ウコン、ターメリックだ。

「いくらだ!?」

と迷わず聞く。

「え、あ、はい。最近では栽培されるようになったので、小さな麻袋1つ分で銀貨1枚になりますが…」

と答える店員に、

(なるほど、これから価格は下がるというわけか…。ということは香辛料としての用途があるとわかればもっと値はさがるな…。よし、帰ったらさっそくエラルドに手紙を書かなければ…)

と瞬時に考えて、

「5袋くれ」

と即決して注文を出した。


「あ、ありがとうございます」

と、私の勢いにやや押された感じの店員がそれでもなんとか笑顔を浮かべてカウンターの奥に下がっていく。

私は今にも泣きそうなのを必死でこらえつつ、これから辺境の地で巻き起こる、いや、世界を席巻するであろうカレー革命のことを思った。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?