やがて、無事昼食が終わりいったん部屋に下がる。
そこで、やや退屈そうにしていたミーニャに、
「どうだった?」
と聞いてみた。
「…はい。お客様なんだから何もしなくていいと言われてしまいまして…」
と苦笑いで答えるミーニャに私は本棚から何冊かの本を取り出し、
「私が小さい頃読んでいた絵物語だ。割としっかりした筋だから大人でも楽しめるように書かれている。時間が余っているなら読んでみるといい」
と言って、その本を渡した。
しかし、
「はい。ありがとうございます…」
と礼はいう物のミーニャの表情は冴えない。
私は、それを苦笑いで見つめると、
「あとでサナさんに職業体験ができないかどうか聞いてみよう」
と言って軽くため息を吐いた。
「ありがとうございます!あ、すぐにお茶をお淹れしますね」
と言って控えに下がっていくミーニャを苦笑いで見送り、とりあえず実家に手紙を書く。
無事に着いたこと、侯爵様が米を気に入ったこと、米と綿花については村の外に出さないよう注意してほしいことなどを書き、最後に、もう少しの間ライカとコユキを頼むと書き添えて手紙に封をした。
ミーニャの淹れてくれたお茶を飲みつつしばらくゆっくりする。
部屋の匂いや風景を懐かしく思いながら、適当な本を読んでいると、部屋の扉が軽く叩かれ、執事のアルフレッドがやって来た。
「アルベルト様がお戻りになりました。つきましては皆様でそろってお茶をと言われておりますがいかがでしょうか?」
と言うアルフレッドに、
「ああ。もちろんだ」
と答えて席を立つ。
そして、ついでに、
「あー。うちのメイドが暇そうなんだ。ちょっとここの仕事を体験させてやってくれないか?」
と頼んでみた。
するとアルフレッドは苦笑いしながら、
「さようでございましたか。では、サナにそのように頼んでおきましょう」
と言ってその頼みを引き受けてくれた。
そんなアルフレッドについていく。
向かっているのはおそらく家族用のサロンだろう。
そう思っていると案の定、豪華ながらもどこか落ち着きのある扉の前でアルフレッドの足が止まった。
アルフレッドが軽く扉を叩いて、
「ルーカス様をお連れいたしました」
と、おとないを告げる。
すると、突然中から扉が開いて、
「おかえりなさいませ、ルーク兄さま!」
という声とともに、声の主シンシア・シュタインバッハ嬢が飛びついてきた。
「ははは。相変わらずお転婆だな」
と言いつつそれを受け止め、
「ただいま、シンシア」
と挨拶をする。
そんな私に向かってシンシアは、
「もう、遅いですわよ」
と少しむくれたような表情でそう言ってきた。
「ははは。すまん、すまん」
と、とりあえず謝っておく。
そして、中に向かって、
「お待たせしました」
と声をかけた。
「うふふ。シンシアちゃん、お行儀が悪くってよ」
と笑いながらシンシア窘めるこの家の夫人ユリア様にシンシアが、
「ごめんなさーい」
とおどけて謝り、さっさとその隣に座る。
そして、そこへやっと私を呼びつけた主、アルベルトが、
「久しぶりだな、ルーク」
と声を掛けてきた。
「ああ、久しぶりだな。元気だったか?」
と声を掛けつつ、無遠慮にソファに腰掛ける。
「ああ、一応な」
と肩をすくめていうアルベルトに、
「ははは。それなりに苦労しているようだな」
と苦笑いで労いの声を掛けてやった。
するとそこへ、
「ふっ。その程度苦労のうちには入らんぞ?」
という侯爵様の半分冗談めかした言葉がかかる。
その言葉を受けて私とアルベルトは苦笑いで見つめ合った。
「もう。お仕事の話は無しですわよ」
というシンシアの言葉を受けて、父である侯爵様も苦笑いを浮かべる。
そこからは家族そろって楽しい昔話に花を咲かせた。
そんな中、ふとシンシアが、
「辺境ってどんな所なんですの?」
と無邪気に質問をしてくる。
私はどう答えた物かとおもったが、ある程度正直に、
「とりあえず主食は肉とジャガイモだな。というか今の所それくらいしか食うものがない。醤油や味噌はおろか砂糖だって貴重品だから甘いものなんて年に1度食えるかどうかの厳しい生活を送っているよ」
と答える。
すると、シンシアは泣きそうな顔になって、
「まぁ…」
と絶句してしまった。
「はっはっは。しかし、それはそれで楽しいものさ。今は少しずつ可能性も見えてきたしな。これからもっとよくなるはずだ」
となるべく明るく答える。
しかし、シンシアは、まだ心配そうに、
「お芋だけではお体を壊してしまいますわ。帰りはたんとお野菜を買っていってくださいましね」
と、いかにもお嬢様らしいことを言ってきた。
その答えに苦笑いしつつ、
「ああ、そうだな。心配してくれてありがとう」
と答える。
そんな私の答えに照れたのか、シンシアは、
「うふふ…」
と言ったっきり、顔をやや赤くしてうつむいてしまった。
「ははは。相変わらずだな」
と言いながら、笑うアルベルトに、
「ははは。何が相変わらずかは知らんが、とりあえずお前には言われたくない」
と返して、こちらも笑う。
するとそこへ、ユリア様が、
「まぁまぁ、2人とも相変わらずねぇ」
とさもおかしそうに笑いながら、声を掛けてきた。
「ははは。母上にはかないませんな」
と笑うアルベルトに続いて、私も、
「ええ、ユリア様にはかないません」
と苦笑いで返す。
するとまたユリア様は、おかしそうに、
「うふふ」
と笑って私たちに視線を向け、
「とにかく元気でよかったわ」
と微笑みながら声を掛けてきた。
和やかな雰囲気がサロンいっぱいに広がる。
(これがこのユリア様という人の魅力なんだろうな…)
と思いつつ、私はなんとも朗らかな気持ちで慣れ親しんだ高級茶をひと口飲んだ。
やがて、日が暮れる。
「さて、続きは晩餐でだな」
という侯爵様の言葉でその場はいったんお開きとなり、自室に戻る。
そして、用意されていた礼服に着替えると、私はさっさと食堂へ向かった。
これでもかというくらい豪華な晩餐を堪能して、再びサロンに向かう。
サロンに集まったのは男性陣のみ。
おそらくそうだろうとは思っていたが、やはり話題は仕事のことになった。
「大変な発見をしたらしいな」
と言うアルベルトに、
「ああ。自分でも驚いたよ」
と、高いブランデーをちびりとやりつつ苦笑いで答える。
「新しい穀物の方にも興味はあるが、やはり何といっても綿花だろうな」
と言うアルベルトに、
「ああ。辺境に新しい主食と主力の商品作物が出来たのは大きい。これでしばらくの間は食いつないで行けるだろうな」
と答えるが、その答えにアルベルトは、
「しばらくの間?」
と疑問を呈してきた。
「ああ、しばらくの間だ」
と迷わず答える。
するとそこへ、侯爵様が、
「ほう。聞かせてもらおうか」
と横から話に加わってきた。
「はい」
と答えて、軽くブランデーで口を湿らせる。
そして、私はおもむろに口を開き、
「米は高級品として一定の需要はあるかもしれませんが、商売としてはそこまで大きなものにはならないでしょう。あくまでも辺境内で自家消費するためのものになると考えています。それに綿花ですが、そこ十数年の間の利益は確保できると思います。しかし、もし他の地域でも栽培に成功すれば、辺境の地の不利が働いて、途端に競争力を失ってしまうでしょう。まぁ、当面辺境の主力商品になることは間違いありませんが、それをどう産業の育成につなげ、将来も持続的に成長していく社会を作れるか。そこが今回の鍵だと思っています」
と、自分が今考えていることを素直に話した。
「さすがだな…」
とアルベルトが口を開く。
「ああ、そこまで先を見通しているとはな…」
と侯爵様もいい、ブランデーをちびりと飲んだ。
「それほどのことでもありません。とにかく必死なんです。人間厳しい状況を前にして必死にやればなにかとそう言うことも思いつくというものですよ」
と照れながら答える。
すると、侯爵様が、ふと笑って、
「なるほど、やはりルークしかおらんようだな…」
と言って、アルベルトになにやら視線を送った。
「ええ。そうですね」
とアルベルトが答え、こちらに視線を送ってくる。
私は、ややきょとんとした表情でその視線を受け止めた。