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第21話売り込みに行こう03

執務室の前に着くと、執事のアルフレッドがすでに待っていてくれて、

「お久しゅうございます。さっそくですが、どうぞ」

と言って軽く扉をノックしてくれる。

そして、私が、

「ありがとう」

と言うのとほぼ同時に、

「入れ」

という声が中から聞こえてきた。

アルフレッドが扉を

「失礼いたします」

と言ってくぐる。

そして、そのまま、

「ご無沙汰しております。ルーカス・クルシュテットにございます。本日はお時間をいただき誠にありがとうございます」

と言って貴族式の礼を取った。

「ははは。堅苦しいのはよい。久しぶりだな、ルーク」

と気さくな声が掛けられる。

私はその声を懐かしく思い。

「はい。お久しぶりです」

とにこやかに答えた。

「疲れたろう。まずは楽にしてくれ」

という侯爵様の案内でソファに腰掛けさせてもらう。

すると、侯爵様も私の対面に座り、開口一番、

「お前のことだ。何か動きがあったんだろ?」

と言ってきた。

私はそれを苦笑いで受け止めつつ、

「はい。大発見がありました」

と言って、懐から糸の束を取り出した。

侯爵様はそれをみて、一瞬眉根を寄せる。

そして、その糸の束を取ると、

「そこそこの品質だな。で、これは?」

と聞いてきた。

私は心の中で、

(よしっ!)

と思いつつ、

「辺境産です」

と、ややしたり顔答える。

「なっ…」

と侯爵様が絶句した。

私は少しわざとらしく、「こほん」と咳払いをすると、侯爵様が慌てて、

「ああ、そうだな。アルフレッド、念のため人払いを」

と命じた。

ややあって、人払いが済むと、侯爵様が、

「で?」

と前のめりに聞いてくる。

私はそれに、

「はい。辺境の森の普段人があまり近寄らない場所に自生していました。栽培については目下試験中です」

と答えた。

するとまた侯爵様はおどろいた顔をして、

「栽培の目途が立ったと言うのか!?」

と驚きの声を上げる。

私はまた、どこかしたり顔で、

「いえ。まだ試験中ですが、なんとなく好感触は得ています」

と答えた。

そこで侯爵様は、

「はぁ…」

とため息とも深呼吸ともつかない息を吐き、

「いきなりとんでもない物を持ってきたな…」

と私に呆れと驚きを足して2で割ったような視線を送ってきた。


「私も驚きました」

と正直に伝える。

すると、侯爵様はまた軽くため息を吐き、

「それはそうだろう。綿花の発見だけでもすごいが、それが栽培できるとなって見ろ、エルフの連中が黙ってはいないぞ?」

と言った。

私はそんな侯爵様に、

「争いになりますか?」

と正直に問うてみる。

その問いに侯爵様は少し考えるような素振りを見せ、

「上手くやらねばな」

と答えた。


「私の見立てですが、どのみち北方地域はこれまで通りエルフの独占市場です。こちらの栽培量も限られてくるでしょうから、こちらが王国内でしか流通させないことと価格の調整さえうまくいけばさほど大きな争いにはならないと踏んでいますが、どうでしょうか?」

とここ最近なんとなく考えていた見立てを伝えてみる。

すると侯爵様は、

「ふっ」

と苦笑いを浮かべて、

「まぁ、そうだろうな。ただし、交渉は大変だ…」

と言った。

「その大変な交渉、お任せしても?」

と言うと侯爵様は、

「はぁ…」

と今度こそため息を吐いて、ソファの背にもたれかかる。

そして、何かを諦めたような視線を私に向けてくると、

「仕方あるまい。状況は逐一伝えるように。あと、…まぁ、大丈夫だろうが、情報管理は徹底しろよ」

と答えてくれた。


「かしこまりました。よろしくお願いいたします」

と言って頭を下げる。

すると侯爵様は、

「ああ。まったく…。お前のことだ。そのうち驚かされるとは思っていたが、まさかこんなに早く、しかもこんなものを持ってくるとはな…」

と言って頭を抱えつつ苦笑いを浮かべた。


そんな侯爵様に、

「実はもう一つ…」

と遠慮がちに告げる。

すると、侯爵様は、また目を見開いて、

「はぁ!?」

と、ややすっとんきょうな声を上げた。

「ああ、いえ。こちらは政治が絡まない分、たいした事にはならないと思います」

と一応答えて、まずは伯爵様を落ち着かせる。

そう言う私に伯爵様はいわゆるジト目を向けてくると、

「…まぁ、いい。言ってみろ」

と言って、また軽くため息を吐いた。

私はそれを苦笑いで受け止めつつ、

「はい。見つけたのは新しい穀物です。コメと名付けました」

と告げる。

今度こそ侯爵様が頭を抱えた。

「で?」

と聞かれる。

私は何が、「で?」なのかわからず、

「はぁ?」

と曖昧に返事を返すと、侯爵様は、

「美味いのか?」

と聞いてきた。


「うちの父は気に入ってますね」

と苦笑いで答える。

それを聞いた侯爵様は、

「…あいつが気に入ったのか…」

とつぶやき、

「ならば間違いないだろうな」

と言って、天を見上げた。

「少量ですが、持参してまいりましたので、午餐にでもお出ししてみましょう」

と提案する。

「おお。それは楽しみだな…。同時に頭も痛いが…」

と言ってまたジト目を向けてくる侯爵様の視線を、

「あはは…」

と苦笑いでかわし、そこからは普通の世間話になった。

アルフレッドを呼び戻し、お茶を淹れてもらう。

辺境のこと、父のこと、昔の話、いろんな話に花が咲いた。

やがて昼時が近づく。

「では楽しみにしておるぞ」

という侯爵様に、

「ご期待に沿えればよいのですが」

と言って、私はいったん侯爵様の執務室を辞し、さっそく米を持って台所へと向かった。


台所に入ると料理人たちが忙しく働いている。

そこへ邪魔をするのはずいぶんと気が引けたが、料理長のエルドさんに、

「お邪魔してもいいかな?」

と声を掛けた。

「おお。ルーカスの坊ちゃん。お久しぶりですね。お元気でしたかい?」

と気さくに言ってくれるエルドさんに、

「忙しい時にすまないが、新しい食材を持ってきたんだ」

と言って苦笑いを見せる。

するとエルドさんも苦笑いをして、

「旦那様はお喜びだったでしょうな」

と言った。

「ああ。同時に頭も抱えてらっしゃったがな」

と冗談を言って、さっそく調理に取り掛かる。

「とりあえず私が指示を出すからその通りにやって見てくれ」

と言って、まずは材料を用意してもらった。

とはいえ、今回も直球勝負で行く。

作るのは2種類。

ステーキ丼とリゾット。

ステーキ丼は単純に米と肉、そして、交易が盛んなこの地だからこそ手に入る醤油を使ったソースの相性を見てもらえばいい。

そして、リゾットはただ単に、そのまま食うだけではなく米にはいろんな可能性があることを知ってもらうための料理だ。

まずは私がやって見せながら普通の米の炊き方を教える。

そして、エルドさんには、生の米を炒めてブイヨンで炊く、リゾットの方を作ってもらった。

時々指導しつつ何とか完成させる。

そして、味見をしたエルドさんが、

「ははは。こいつはきっと気に入ってもらえますぜ」

と自信ありげにそう言った。


私はその言葉にほっとしてエルドさんと固い握手を交わし台所を辞する。

そして、慣れた屋敷の中を進み食堂へ向かうと、メイドが開けてくれる扉をくぐって侯爵様が待つ食堂へと入って行った。


「お待たせしました」

と言って席に着く。

「おお。待っておったぞ。で、首尾は?」

と前のめりに聞いてくる侯爵様に、

「エルドさんのお墨付きは得ましたよ」

と答える。

すると、侯爵様は一気に嬉しそうな顔になって、

「それは楽しみだな」

と本当に楽しみにしているという感じがありありと伝わってくるような口調でそう言った。


やがて、料理が運ばれてくる。

そして、食前酒や前菜、メインに続きいよいよステーキ丼とリゾットがやって来た。

当たり前だが、どちらも大きな皿にちょこんと盛られている。

(本当は丼でかき込んでもらうのが一番なんだがな…)

と思いつつも、

「こちらの肉が乗っている方は、そのままの米の味と肉や醤油の香りを合わせて楽しんでください。リゾット…煮込みの方をそう名付けましたが、そちらはそのままお召し上がりいただけます」

と説明し、さっそく侯爵様に食べていただくよう促した。

「うむ…」

と言って、侯爵様がやや緊張気味に手を付ける。

どうやらまずは米そのものの味を確かめるべく、何も付いていないところを選んだようだ。

(さすがにグルメだな…)

と思いつつ、その様子を見つめる。

侯爵様は、米をひと口食べると、すぐに、

「ん?…うーん…」

と唸った。

いったいどういう感想を持ったのだろうか?

と、心配しつつ様子を見守る。

すると、今度は肉と一緒に米口に運んで、

「…なるほどな」

とひと言つぶやき、ひとつ大きくうなずいた。

私はその言葉がどういう意味なのか理解できず次の感想を待っていると、侯爵様は次にリゾットの方に手を付けた。

「…なるほど」

とこちらも同じようにつぶやき、うなずく。

私がたまりかねて、

「いかがでしょう」

と聞くと、侯爵様は、

「いくらで売るつもりだ?」

と聞いてきた。

私はそこまで考えていなかったが、とりあえず、

「価格は麦の倍ほどが適切かと。ただし、辺境から卸すとなると、残念ながら相当な送料がかかるでしょう」

と答える。

その答えに、侯爵様は、またうなずき、

「わかった。とりあえず帰ったら至急送れるだけ送れ。送料は金貨30枚ほど取ってかまわん」

と庶民の年収くらいの送料をとっても構わんからすぐに送ってくれと言ってきた。

私は心の中で、

(よしっ!)

と叫びつつも、努めて冷静に、

「かしこまりました」

と答える。

そして、私もやっと侯爵家の料理人が作った絶品のステーキ丼とリゾットを口に運んだ。


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