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第20話売り込みに行こう02

整備された街道を進むこと15日ほど。

途中、王都によることも考えたが、どうせ帰りに仕入れで寄ることになるだろうと思って素通りする。

ここからシュタインバッハ侯爵領まではあと10日もかからない。

私は懐かしい侯爵領の風景を思い出しながら、ウキウキとした気持ちで先を急いだ。


それから9日。

私たちは予定通り、シュタインバッハ侯爵領の領都シュテルの町に入った。


「…す、すごい人ですね…」

と、圧倒されたような声を上げるミーニャに、

「ああ。ここからさらに南に1日くらい行ったところに海があるんだが、そこの港がこの国の重要な交易拠点になっていてな。その関係で、この町にはたくさんの取引所や問屋がある。だから、この国では王都と同じくらい人が多い」

と、この町に人が多い理由を簡単に説明してやる。

「…そうなんですねぇ…」

と、周りをきょろきょろしながら、心ここにあらずといった感じで言うミーニャを微笑ましく思いつつ、その日の宿に入った。

時刻は昼を少し過ぎたくらい。

まずは部屋に荷物を降ろし手紙をしたためる。

そして、書き終わった手紙を持ってミーニャと一緒に侯爵様の屋敷を訪ねた。


侯爵邸の門に着き、

「やぁ。ルッツさん。久しぶりですね」

と顔見知りの門番に声を掛ける。

「お。ルーク様じゃねぇですかい。いやぁ、久しぶりですなぁ」

という門番のルッツさんに、

「一応正式な訪問の依頼です。後で侯爵様にお届けください。宿は下町の『梢亭』にしましたので」

と言って手紙を渡す。

「わかりました。おそらく明日にもお迎えに上がることになりますぜ」

というルッツさんに別れを告げてその場を後にする。

ミーニャは初めて見る侯爵邸の威容に圧倒されたのか終始ぽかんとした顔で建物の方を眺めていた。


「すごいお城でしたねぇ…」

とまだどこかぽかんとしているミーニャを連れて少し町をぶらつく。

私にとっては懐かしい店を見て歩き、時折知り合いに会って声を掛けられたりしながらのんびり宿へと戻っていった。

一旦部屋に入り軽く着替えると、すぐに宿を出る。

そして私は慣れた感じでミーニャを案内し1軒の居酒屋へと入っていった。

「2人だが空いてるか?」

「へい。どうぞ」

という短い会話を交わして適当な席に着く。

そして、さっそくやって来た店員に、

「エールを2つくれ。あと一夜干しの良いのがあったら頼む」

と言ってさっそく「とりあえず」の注文を出した。

「『いちやぼし』ってなんですか?」

と聞いてくるミーニャに少しドヤ顔で、

「海で獲れた魚を軽く干したものだ。美味いぞ」

と一夜干しとは何かを教えてやる。

「にゃ!う、海のお魚ですか!?」

と言って目を丸くするミーニャに、

「はっはっは。この辺りの名物でな。海が近くないと食えん。ああ、ちなみに海辺の町に行くと新鮮な魚も食えるぞ」

と教えてやるとミーニャはさらに目を丸くして、

「海のお魚が食べられるなんて…」

と言い、ゴクリと息を呑み込んだ。

ややあって、

「あいよ。エールですね。あと、エルクの良いのが入ってましたんで、それにしときましたよ」

と言って、店員がエールと一夜干しを置いていく。

エルクと言うのはアジを大きくしたような魚で、いわゆる大衆魚と言うやつだ。

安くて美味い。

そんなエルクの身をさっそく解してミーニャに取り分けてやる。

初めてみる海の魚を目の前にしてミーニャは、

「すごい色ですね…。黒いです…」

とまた目を丸くしてそう言った。

そんなミーニャに私は、

「ははは。干してあるから黒っぽく見えるのかもな。本来はどちらかというと青と銀だ。…ほら、冷めないうちに食ってくれ」

と言って、さっそく食うよう勧める。

するとミーニャは意を決したように、

「い、いただきます…」

と言って恐る恐る魚の身を口に運んだ。

途端、

「んふーっ!?」

と声が上がり尻尾がピンと張る。

「どうだ、美味いか」

と聞く私に、ミーニャは無言で首を大きく縦に振った。

私はどこかしてやったりと言ったような笑顔で、

「はっはっは。そりゃよかった。ほら。もっとあるから食ってくれ。なんならお替りもしていいからな」

と言い、さらに身をほぐしてやる。

ミーニャはそれを夢中で食べ、気が付けばほとんどの身を自分で食べてしまっていた。

1匹分食べ終わり、ミーニャが呆けたような感じでぼーっとしているのを見ながら、追加で魚貝出汁のスープや魚のすり身を揚げた、さつま揚げのような食べ物、すり身揚げなんかを追加で注文しエールを飲む。

そこでようやくミーニャは現実世界に戻って来たらしく、ハッとしたような表情で、

「あ、あの、す、すみません。私ばっかり…」

と言って謝ってきた。

そんなミーニャに対して私はやや鷹揚に笑いながら、

「ははは。いや。構わんさ。美味しそうに食ってくれてこっちもうれしいよ」

と答える。

その後も、ミーニャは海の幸の味に感動しっぱなしの様子で、

「お肉と全然違う味がするんですね。こうなんていうか奥からじゅわーってうま味が出来てくる感じがします」

と言いながら舌鼓を打ち、結局エルクの干物をさらに1匹分追加で注文して食べていた。


「はぁ…美味しかったですぅ…」

と、ふわふわした、どこか夢見心地な表情でそう言うミーニャを微笑ましく思いつつ、私もふわふわとした足取りで宿までの道を歩く。

どうやら久しぶりの魚に興奮して少し飲み過ぎてしまったらしい。

そんな自分のことを、

(最近ではようやく大人らしい飲み方ができるようになったと思っていたが、私もまだまだ子供だな…)

と思うと、自然と苦笑いがこぼれてきた。


翌朝。

少しだるい体を何とか起こし、ほんの少し気合を入れて準備を整える。

そして、ミーニャと一緒に階下に降りて食堂で朝食をとっていると、宿の人間が、

「ルーカスさ…様。お客様ですがお見えです」

とややぎこちない感じで、私に客の来訪を告げてくれた。

「ありがとう。すぐに行く」

と答えて、手早く朝食を済ませる。

そして、荷物を宿の人間とミーニャに任せると、さっそくその客に挨拶をするため、玄関へと向かった。

客は案の定、ルッツさんで、

「おはようございます。お迎えにあがりましたよ」

と気軽に声を掛けてくる。

私も、

「おはようございます。今準備をしているので少し待っていてください」

と答えてそこから少し世間話をして時間を潰した。

なんでも、侯爵様は相変わらずらしい。

元気そうで何よりだと思っていたが、侯爵家の長男で私と同級のアルベルトは政務に忙しいだけでなく、いい加減に結婚しろという圧力に日々悩まされているという。

そんな話を聞いて、

(ああ、私もそろそろそういうことを考えねばならん歳なのかもしれないなぁ…)

とぼんやり思いつつ、やや遊び人気質のアルベルトのことを思う。

(あいつもいい加減落ち着けばいいものを)

と苦笑いをうかべているとそこへミーニャがやって来て、

「準備が整いました」

と言ってくれた。

さっそく馬に乗って宿を後にする。

そして、いよいよ私にとっては実家よりも長い時を過ごした懐かしの侯爵邸へと向かって出発した。


「な、なんだか、緊張してきました。どうしましょう…」

と言うミーニャに、

「なに、いつも通り私のメイドをしてくれていれば構わんさ。それに一応お客様だからな。万事あちらに任せておけばいい」

と、気を楽に持てと言い聞かせる。

するとミーニャはまだ、どこか緊張で顔を青くしつつも、

「そ、そうですね…」

とほんの少し笑みらしきものを浮かべてくれた。

そんなミーニャをまた微笑ましく思いつつ、侯爵邸の通用門をくぐる。

まずは厩に向かいそこで馬と荷物のことを頼むと、ルッツの案内でさっそくいくつかある入り口のうち、家族やお傍付きの使用人が使う小さな玄関へと向かった。


玄関の扉が開くと、

「いらっしゃいませ、ルーク様。お久しぶりでございます」

と古参のメイド、サナさんに声を掛けられる。

「やぁ、サナさん。こちらこそお久しぶりです。元気でしたか?」

と気さくに声を掛けるとサナさんは少し微笑んで、

「ええ。みんな息災です」

と答えてくれた。

「それはよかった」

という私に、サナさんは、

「まずは控室にどうぞ。旦那様も楽しみにお待ちですよ」

というサナさんの案内で私たちはさっそく屋敷の中へと入っていった。

後から、

「ほえぇ…」

という小さなつぶやきが聞こえる。

私はそんなつぶやきを聞き、自分が初めてこの屋敷に入った時もそうだったな、と懐かしい記憶を思い出した。


やがて我が家に比べれば断然豪華な、しかし、この屋敷にしては少し地味な扉の前に案内される。

「慣れたお部屋がよろしいかと思いまして」

と言ってくれるサナさんに、

「ああ。助かるよ」

と微笑みながら声をかけ、その懐かしい部屋へと入っていった。

部屋に入るといっそう懐かしさが込み上げてくる。

部屋の配置も本棚に入っている本も私が出て行った時のままだ。

きっと、いつでも遊びに来いという侯爵様なりの気遣いの現れなんだろう。

私のその気遣いを心の底から嬉しく思いつつ、

「着替えたらすぐに行くとお伝えしてください」

とサナさんに伝言を頼んでさっさと支度に取り掛かった。

「あ、あの…」

と所在無さげなミーニャに、

「ああ、あそこの扉があるだろ?あそこの向こうがメイドの部屋だ。おそくら後で侯爵家の人が来て色々教えてくれるだろうから、まずは荷物の整理をしておいてくれ」

と指示を出す。

そして、手早く着替えを済ませると、例の綿花から作った糸の見本を懐にいれ、

「じゃぁ、行ってくる」

と言って、私は侯爵様が待っているであろう執務室へと向かって行った。


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