「お替り!」
という父の声が食堂に響き、本日3杯目のハヤシライスが父に供される。
どうやら父はこの料理が気に入ったらしい。
すっかり米の虜になっている。
私はその様子を満足げに眺めつつ、父に、
「綿花のこともありますし、一度侯爵領に言って反応を見てきたいと思っています」
と告げた。
「おお。そうだな。それがいい。なに、食道楽のミリアルドのことだ、すぐに食いついて来るぞ」
と笑顔で言う父の言葉に笑顔でうなずく。
ミリアルド・シュタインバッハ侯爵はいわゆるグルメで名の通った人物だ。
きっとこの米という目新しい食材にもすぐに食いついてくることだろう。
私はそう確信しながら、
(さて、どんな料理で侯爵様にこの米を紹介しようか)
と密かに考えを巡らせた。
これから向かおうとしている侯爵領は王国では貿易の中心地として栄えている。
辺境よりもふんだんに材料がそろう分作れる料理の幅も広がるはずだ。
私はそんなことを考えながら、その日は執務室に閉じこもり思いつく限りの米料理のレシピを紙に記していった。
翌日からは侯爵領に向けて旅立つ準備に取り掛かる。
今回もミーニャを供に連れて行くこととした。
ただそこで問題が起こる。
ライカとコユキが拗ねてしまった。
当然だが今回の旅に2人を連れて行くわけにはいかない。
そのことでまずライカがしょぼんとし、コユキも事態を理解すると、泣きながら私に甘えてきた。
私はずいぶんと困ってしまったが、まずは、比較的話が通じるライカに向かい、
「寂しい思いをさせるのは本当に申し訳ない。私も辛いんだ。しかし、この仕事はこの領の未来に関わる重大な仕事で私にしか出来ない。…すまんが、わかってもらえるか?」
と言って説得する。
ライカはやはりしょぼんとしていたが、
「ぶるる…」(うん。わかった…)
と言って渋々ながらも事態を受け入れてくれた。
次にコユキを私とライカ2人がかりで説得する。
コユキは最後まで私に泣きついてきたが、やがて泣きつかれて眠ってしまった。
私もライカも苦笑いでそんなコユキを見つめる。
「すまん。大変だろうが、頼むな」
と言って、ライカを撫でると、ライカは寂しそうにしながらも、
「ぶるる」(まかせて)
と心強い言葉を言ってくれた。
そんなライカを存分に撫でて屋敷に戻る。
そして私は、泣き疲れて眠ってしまったコユキのことも存分に撫でてやり、準備の最終確認をすると、その日は早めに床に就いた。
翌日。
父の腕の中で泣きじゃくるコユキをたっぷりと撫でてやる。
しかし、コユキは、
「きゃん!」(やだ!)
と言って泣き止まない。
それを見かねたライカが、コユキに優しく、
「ぶるる…」(寂しいのは私も一緒だよ…)
と語り掛けた。
それでも、
「きゃん!」(やだ!)
というコユキにもう一度ライカが、
「ぶるる…」(待ってる間、お姉ちゃんが一杯遊んであげるから我慢しようね)
と言って慰める。
すると、コユキは、
「きゃふ?」(ほんと?)
と言って首を傾げた。
「ぶるる」(うん。いっぱいいっぱい遊んであげる)
と言うライカに、コユキが、
「きゃん!」(やった!)
と言って無邪気に喜ぶ。
私はそんなコユキに、
「よかったな。優しいお姉ちゃんがいてくれて」
と言葉を掛け、やさしく撫でてやった。
「きゃん!」(うん。お姉ちゃん、嬉しい!)
というコユキを撫で、次に、立派なお姉ちゃん役を担ってくれたライカを存分に撫でてやる。
「ありがとう」
という私の言葉にライカは、
「ぶるる…」(ううん…)
と少し照れくさそうにそう言った。
私の、
「いってきます」
の挨拶に、
父が、
「ああ。ミリアルドによろしくな」
と言い、バティスとエマがそれぞれ、
「いってらっしゃいませ」
と声をかけてくれる。
ライカとコユキも、
「ひひん!」(いってらっしゃい!)
「きゃん!」(はやく帰ってきてね!)
と言って私を送り出してくれた。
後ろ髪を引かれつつ歩を進める。
そして、私にとっては懐かしい道を通って侯爵領へと向かって行った。
「ルーク様、侯爵領ってどんなところなんですか?」
と興味津々で聞いてくるミーニャに、
「あー、なんというか、とにかく都会だな」
と曖昧に答える。
「都会ってどんな所なんでしょう?」
と顎に指を当てて考えるような仕草を見せるミーニャに、
「とにかく人が多いし、店もたくさんある。…きっと驚くだろうから、今のうちから覚悟しておいてくれ」
と苦笑いで言うとミーニャは、
「はい!覚悟しておきます!」
と、謎のやる気を見せてくれた。
そんなミーニャを微笑ましく思いつつ、山越えの道を行く。
そして、やはり峠の頂上で振り返ると、小さな点にしか見えない領地を見て、
(これからもっと大きくしてみせなくてはな…)
と、密かに決意を新たにした。
それから2日ほどかけて山を下る。
途中の野営はミーニャのおかげでずいぶんと楽をさせてもらえた。
私が来る時よりもはるかに快適な旅を送り、4日ほどかけて最初の宿場町に入る。
この宿場町はここ、エデリシア王国と隣国ミトランド公国を結ぶ街道の中間点に位置し、田舎にしてはそれなりに栄えている町だ。
そんな宿場町に入るとミーニャの表情が大きく変わった。
「と、都会ってこんなにすごいんですね…」
というミーニャに、
「ははは。ここはまだ田舎の方だ」
と教えてやる。
そんな私の言葉にミーニャは目を見開き、
「こ、こ、ここでも田舎なんですか!?」
と驚愕の声を上げた。
(ははは。これで王都や侯爵領の領都を見たらどんな反応になるんだろうな…)
と思って苦笑いしながら適当な宿に入る。
時刻はまだ夕方前。
しかし、ここで一度旅の疲れを癒しておく方がいいだろうと思って少し早めに銭湯に行くことにした。
当然銭湯は初めてだろうミーニャに使い方を教えて番台を通る。
そして、久しぶりの風呂で旅の垢をすっきりと落とした。
やがて、また番台をくぐって外に出る。
しばらく待っていると、そこへミーニャがやって来た。
「あ、ルーク様お待たせしました」
と言って駆け寄って来るミーニャに、
「大丈夫だったか?」
と念のため声を掛けてみる。
しかしミーニャはなんとも楽しそうな顔で、
「はい。たくさんの人とお風呂に入るのってなんだか楽しいですね」
と言ってきた。
そんなミーニャに、
「ははは。そうか。そいつは良かった」
と笑顔で答えつつ、
(そのうち各村に銭湯を作ってもいいかもしれん…。公衆衛生は重要だからな)
などと考える。
そして、そのまま適当な酒場に入りまずはエールを注文した。
酒は飲めるもののエールは初めて見るというミーニャがシュワシュワとした泡に驚くというなんとも微笑ましい光景を経て料理を適当に注文する。
ピザに揚げ芋、サラダやオムレツなんかの定番メニューを見たミーニャはまた驚いて、
「る、ルーク様。こ、ここって噂に聞く高級なお店ってやつですか?」
と、まるでひそひそ話をするように聞いてきたのには思わず笑ってしまった。
「安心しろ、安い酒場だ」
と笑いながら答え、料理を勧める。
ミーニャにとってはどれも初めての料理だったんだろう。
「おいひいれふ!るーくはま!」
と言いながら口いっぱいに料理を頬張り、目を輝かせながら、美味しそうに食べる姿がとても印象に残った。
そんな楽しい夕食を終えて宿に戻る。
きっと楽しかったからだろう。
ミーニャはほろ酔いでなんとも気持ちよさそうな顔をしていた。
私も久しぶりのエールの味に懐かしさを覚えたが、それと同時に、
(やはりビールは冷えていた方が美味いよな…)
と余計な前世の記憶を思い出し、なんだかげんなりもしてしまった。
翌朝。
ほんの少しだるそうなミーニャを気遣って軽めの朝食をとる。
適当な屋台で買ったその朝食のパンが柔らかいことにもミーニャはものすごく感動していた。
(やはり食の向上は辺境の発展に欠かせないな…)
と改めて実感しつつ、宿場町の門をくぐる。
そして、私たちは田園風景の中を少し曲がりながら続く平坦な街道をのんびりと進み始めた。