季節は巡って秋。
(そろそろか…)
と思って執務室の窓から高い空を見上げる。
そこへミーニャがお茶を持ってきてくれた。
「お疲れ様です。ルーク様。少し休憩はいかがですか?」
と言うミーニャに、
「ああ。そうだな。ありがとう」
と礼を言ってお茶をすする。
飲んでいるのは試作品の緑茶第1号。
夏の終わり、まだギリギリ摘めるという茶葉を少し摘ませてもらって試しに作ってみた。
苦みも渋みも濃いが、なんとか緑茶のような物が出来たのでこれはこれで良かったのだろう。
蒸らす時間が長すぎたのが敗因だと思う。
しかし、乾燥は風魔法を使って上手く出来たからそれなりの形に仕上げることができた。
あとは、お茶農家と一緒に研究を重ねていけばいい。
ちなみに、農家のおっちゃんもこの緑茶には興味を持ったらしい。
けっこう乗り気で研究してくれそうだ。
そんなこの村の新たな可能性を感じる1杯をゆっくりと味わいながら、ミーニャに、
「そろそろ米と綿花の収穫時期だからちょっと様子を見てこようと思うんだが、衛兵隊の日程を聞いて来てくれないか?」
と頼む。
すると、ミーニャは、
「大丈夫です。今度は私がお供します!」
と、やや前のめりに言ってきてくれた。
「え?いや、危ないぞ?」
と、話に聞くミーニャの実力なら問題無かろうとも思いつつも一応止める。
その言葉を聞いてミーニャは少し不満げな顔を見せ、
「こう見えてちゃんと戦えるんですよ?」
と拗ねたような口調で言ってきた。
私は、その表情を微笑ましく思い、
「ああ。そうだったな。じゃぁ頼もうか」
と言って苦笑いを浮かべる。
その言葉を聞いたミーニャは、途端に笑顔になると、
「はい!頑張ります!」
と鼻息荒くそう言った。
(表情のコロコロ変わる子だな…)
と思って軽く笑みを浮かべる。
そして、また苦いお茶をひと口飲み、その日も書類仕事に一日を費やした。
翌々日の朝。
まずは綿花の様子を見にさっそく森に向けて出発する。
当然旅は順調に進み2日と少しで綿花が咲く例の場所へと辿り着いた。
「すごいですねぇ…」
と一面に咲いた綿花がふわふわと風にそよぐ光景を目の当たりにしてミーニャがつぶやく。
私もその美しい光景に一瞬目を奪われてしまった。
「さて、さっそく収穫だな」
と、気を取り直すようにそう言ってさっそく作業に取り掛かる。
私のその言葉にミーニャも、
「はい。頑張ります!」
と言って続いてくれた。
摘み取り方はよくわからなかったが、とりあえず綿毛の部分を摘んで麻袋に詰めていく。
やがて、夕日が辺りを染める頃には5袋くらいの綿花が収穫出来た。
「よし。とりあえず見本にするには十分な量だな」
「はい。紡ぐのは村のご婦人方に任せれば大丈夫です」
「そうか楽しみだ」
「はい!」
と会話を交わして、その日の作業を終える。
そして、私たちはさっさと野営の準備に取り掛かった。
私が設営をする間にミーニャが飯の支度をする。
ミーニャの作るスープはやはり私やハンスの作る物とは一味も二味も違って、家で食べるのと遜色ないのもが出来上がって来た。
(やはり餅は餅屋だな…)
と前世のことわざを思い出しつつ、
(ああ、もち米も発見できれば…)
と妙なことを思い出す。
そして、さらに、
(餅と言えばこたつだな…。よし、帰ったらさっそくこたつの図面を書いてみよう)
とこたつの存在を思い出した。
そんな妙な記憶を思い出しつつも、スープを美味しくいただき食後のお茶を飲む。
そして、いつものようにライカにもたれかかりながらゆっくりとした気持ちで眠りに就いた。
翌朝。
ブランケットの中でもぞもぞと動く毛玉のくすぐったさで目を覚ます。
「おはよう」
そう声を掛けると、毛玉ことコユキは、まだ寝ぼけた感じで、
「くぅん…」(うーん…)
と返事にならない返事をしてきた。
そんな様子を微笑ましく思いつつコユキを起こさないようにそっと起き上がる。
すると、すでに起きていたミーニャから、
「おはようございます。ルーク様!」
と元気に朝の挨拶をされた。
「ああ。おはよう」
と笑顔で返す。
「まずはお茶を淹れますね」
というミーニャに、
「ああ。ありがとう」
と言ってライカに、
「おはよう」
と挨拶をした。
「ぶるる」(おはよう、ルーク)
とコユキに気を使ったようなやや小さな声で、挨拶を返してくるライカを少し撫でてやる。
そして、ミーニャからお茶をもらうと、それをゆっくりと味わうようにして飲んだ。
温かい朝食を食べてさっそく帰路に就く。
(帰ったらさっそく衛兵隊に採取の依頼を出さねばな)
と思いながら進む帰路はいつもよりウキウキとした気持ちで進んでいった。
屋敷に帰り着いた翌日。
さっそく村のご婦人方に綿花を届けて、また森へ行く準備に取り掛かる。
今度は米だ。
今回もミーニャは前のめりで同行を求めてきた。
苦笑いでそれを許可する。
そして翌日。
やや慌ただしく屋敷を発ち森へと向けて出発した。
初日森の入り口に着き浅い所にある衛兵隊の野営地で野営をする。
またミーニャに美味しいスープを作ってもらって、その日はのんびりとした雰囲気の中でゆっくりと体を休めた。
翌日。
さっそく、米が群生している場所に向かって歩を進める。
ここからは油断できない。
そう思っていると、やはり、
「ひひん!」(来るよ!)
と言ってライカが魔獣の接近を知らせてきた。
「お任せください!」
と、やる気に満ちた声でミーニャが前に出る。
私はこちらもやる気満々のライカを少し宥めつつ、
(そのうち私も戦ってみなくてはいかんな…)
と思いつつミーニャを見守った。
やがて藪がガサゴソと動きゴブリンの集団が現れる。
数は20ほどいるだろうか。
(この間ハンスが戦った時よりやや多く見えるが大丈夫だろうか?)
と思いつつ、私も刀を抜く。
しかし、そんな心配を他所にミーニャは次々とゴブリンを倒していった。
(速さだけでいうならハンスよりも早いじゃないか…)
とその圧巻の剣速を感心しながら見る。
そして何の問題もなくすべてのゴブリンが斬られ、私も刀を鞘に納めた。
「いかがでしたか?」
と、ややドヤ顔のミーニャに苦笑いを浮かべつつ、
「ああ。すごかった。ありがとう」
と礼を言う。
その言葉にミーニャは、
「やっとお役に立てました」
と言い、嬉しそうな恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
ゴブリンの始末をして、先へ進む。
そこからは一度野営を挟み、何事も無く米の群生地へと無事辿り着くことができた。
一面を黄金色に染める米の群落を見て、ミーニャが、
「きれいですね…」
と、微笑みを浮かべてつぶやく。
私も、それにつられたのか、
「ああ。これが希望の色だ」
と柄にもなくキザなことを言ってしまった。
さっそく農家で借りてきた長靴を履いて沼地に入っていく。
最初は苦戦したが、そのうち慣れて来て、一日がかりでなんとか麻袋3杯分の稲穂を収穫することが出来た。
(ほんとうなら藁ごと収穫しなきゃいかんのだがな…)
と思いつつも、見本と来年から使う種籾としては十分な量を取れたことに満足してその日はその場で野営にする。
その日は思いの他疲れていたのか、食事の後、ライカにもたれかかると、すぐに眠りに落ちてしまった。
翌朝。
ハッとして目覚める。
ずいぶんとぐっすり眠ってしまった。
そのことを反省しつつ起き、さっそくみんなに挨拶をする。
そして、またミーニャが淹れてくれたお茶を飲み、温かい朝食を食べてさっそく帰路に就いた。
屋敷に戻った翌日。
さっそく裏庭で米を半分ほど乾燥させる。
途中魔法で一気にできないだろうかとおも思ったが、それでは村人たちが栽培を始めた時の参考にならんだろうと思ってそこは自然に任せることにした。
残りは農家に持ち込む。
ちなみに、夏頃持ち込んだ成長途中の稲も何とか根付き、同じく稲穂を実らせていた。
(これで来年からは本格的な栽培が可能になるな…。後で前世の知識を軽くまとめておかねば)
と思いつつ、米の試験栽培を手伝ってくれたおっちゃんに礼を言って、引き続きよろしく頼むと固い握手を交わしてから屋敷に戻った。
その後、米の乾燥具合をひたすら試していく。
その結果、米の乾燥にはかなりの時間がかかるのではないか?と言うことが分かった。
(やはり、魔法で一気に…いや、なにかしら機械が作れればいいが…)
と思いつついろんなアイデアをまとめていく。
ちなみに、選別と精米は農家のおっちゃんと一緒に試行錯誤しながら麦の機械を応用して行った。
そしていよいよ米が出来上がる。
苦労して精米したその米は前世の記憶にあるものよりも白く光り輝いて見えた。
さっそく出来上がった米を持って屋敷に戻る。
ここからが本番だ。
米の味をみんなに味わってもらい、これが栽培に値するものだと知ってもらわなければならない。
私は並々ならぬ決意を胸に台所へと向かった。
興味津々といった感じで私の作業を見つめるエマやミーニャの視線を感じつつ、前世の記憶を頼りに研いで炊いていく。
その結果少し焦げてしまったもののなんとかうまく炊き上げることができた。
そして私は、始めに味わってもらうのは何がいいだろうかと考えたが、単純に塩むすびと浅漬けの組み合わせを提案してみることにした。
(さて、どんな反応を示すのか…)
と思いながら、塩むすびを握っていく。
途中からは、
「なんだかおいしそうな匂いがしますねぇ」
とか、
「ルーク様のお考えに間違いはないと思います!」
と言うエマとミーニャにも手伝ってもらってたんまりと塩むすびを作った。
出来上がった塩むすびを食堂に持っていき、さっそく実食に移る。
「まずは一番単純な料理にしてみました。とりあえず食べてみてください」
と言って、父に勧める。
父は、やや緊張気味に、
「あ、ああ…」
と言って、恐る恐るという感じで塩むすびを口に運んだ。
ひと口食べて、
「…ん?んん?…ん!」
という声を上げる。
表情を見る限り、最初は食感に驚き、次にその未知の味に驚き、最終的にそれが美味いものだと気が付いたというところだろうか。
私はその表情を見てしてやったりという視線を父に送る。
その視線に父はコクリと深くうなずいて、
もう一口塩結びを口に運んだ。
「うん。美味い…」
と父から感想が漏れる。
その言葉を聞いて、みんなが一斉に塩結びを口に運んだ。
「あら。美味しいですわね。パンより甘いでしょうか」
「はい。もっちりとした食感が独特ですね」
「ほう。これはこれは…」
とエマ、ミーニャ、バティスもそれぞれに好感触と言った感想を述べる。
私はその感想を満足げに聞きながら、自分もさっそく塩むすびを口に運んだ。
やはり精米具合が少し甘いだろうか。
しかし、そんなことはどうでもいいくらい懐かしい美味さが口いっぱいに広がり、私の魂を震わせた。
(ああ、これだよ、これ…)
と言葉にならない感動が胸の奥底から込み上げてくる。
私は感動のあまり微かに涙ぐみながら、その魂に刻み込まれた味を堪能した。
やがて、試食会が終わり、父と話をする。
「米と言ったか。これは可能性があるな」
という父に、
「ええ。保存性も高く栽培も麦とあまり変わらない労力ですみます」
と答える。
その言葉に父は重々しくうなずき、
「上手くいけばお前の目指す領の食の充実が一歩進むな」
と言う父に、私は、
「ええ。美味い飯は笑顔と活気を生み出しますからね」
と笑顔でそう答えた。
そこから我が家で米料理の開発が加速する。
まずはピラフが開発され、次にハヤシライスが完成した。
おじややおかゆも誕生する。
そのことによって我が家の食卓が一気に米に占領される結果となったのは言うまでもない。
私はそんな様子を心の底から満足に思い、
(これは売れるな)
と確信した。