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第17話初めての調査03

ゴブリン戦の後、その場から少し離れて野営の準備をし直す。

あの場は臭くてとてもじゃないがゆっくりする気にはなれなかった。

「思った以上に気持ち悪かったな…」

と苦笑いで言う私に、ハンスが、

「まぁ、そうっすね。でも、慣れっすよ」

とこちらも苦笑いで答える。

初めて見る魔獣に私はもっと興奮したり怖気を覚えたりするのかと思ったが、意外と冷静でいられた。

(これも前世の知識のおかげなんだろうか…)

と、思いつついつものように飯を食う。

しかし、やはり多少なりとも興奮していたのだろう。

その日はあまりゆっくりとした気持ちで眠ることが出来なかった。


翌朝。

ややだるさを感じつつ起きる。

また、ありきたりの朝飯を食って、さっそくその場を発った。

(そのうち、野営飯で米が食える日が来るんだろうか…。だとすればカレーは是非実現したい物だ)

と夢想しつつ、楽しく進む。

そこからは何事も無く森を抜けることが出来た。


クルツ村に戻ると、屋敷に戻る前に村長宅を訪ねる。

すると、上手い具合に村長のバルドさんがいてくれたので、さっそく採取してきたコメを渡した。

湿地帯で育つこと、失敗しても群生地を見つけてきたから大丈夫だということを伝えて、試験栽培を頼む。

バルドさんはコメを見て、不思議そうな顔をしていたが、きっと私の並々ならぬ熱意を汲み取ってくれたのだろう、

「かしこまりました。さっそく村一番の農家にやらせてみます」

と言って、その試験栽培を引き受けてくれた。


ウキウキとした足取りで屋敷に戻る。

「ただいま」

と玄関で帰還を告げると、真っ先にミーニャが出て来てくれて、

「おかえりなさいませ!」

といつも以上の笑顔で出迎えてくれた。

さっそく風呂を沸かしてくれるというミーニャに礼を言って、父の執務室に上がる。

そこで、コメのこととさっそく試験栽培を依頼してきたことを告げた。

未知数だが、と断ったうえで、コメの可能性について父に説明する。

しかし父はまだピンと来ていない様子で、

「そうか。まずは成果が出てよかった。まぁ、ゆっくりしてくれ」

と言って私に微笑ましい顔を私に向けてくれた。

(ふっ。そのうち腰を抜かすことになるぞ…)

とひとりほくそ笑みつつ、風呂を使わせてもらう。

そして、ゆっくりと疲れを取り、その日はやや早めに休ませてもらった。


翌朝。

いつも通り、稽古に出る。

コユキは一応起こしたが、

「くぅん…」(もうちょっと…)

と言っていたので、そのまま部屋に残してきた。

ライカにも朝の挨拶をして稽古を始める。

いつものようにまずは木刀を振り、その後魔法の訓練をした。

稽古が終わりいったん部屋へ戻る。

そして、まだ果物かごの中で丸くなっているコユキを起こすと、

「きゃふ…」(だっこ…)

と言って甘えてくるコユキを抱いて食堂へと向かった。

いつものように食事をとり政務を始める。

私は地図を広げて、綿花栽培に適した土地とコメ栽培に適した土地の候補をいくつか挙げ、新しい農地開発計画の素案作りに取り掛かった。


ややあって、

(久しぶりの図面作業は疲れるな…)

と思いつつ肩を揉む。

しかし、いい仕事が出来た。

新田開発にはかなり時間がかかりそうだが、それでも5か年計画くらいで収められそうだという見込みがたったのだから上々の出来と言っていいだろう。

そんなことを思いつつ、ひと息入れようと、書類の整理をしつつ手伝ってくれていたミーニャに頼んでお茶を淹れてもらう。

そして、淹れてもらったお茶をゆっくりと飲みながら、

(米と言えば緑茶だな…)

と思い、また書類仕事に精を出した。


やがて窓から西日が差し込んできたのを合図に仕事を切り上げる。

少しだけ凝った肩を軽く回しつつ食堂に入ると父がコユキと戯れていた。

その様子を微笑ましく見ていると、コユキがこちらに近づいて来て、私にも同じように甘えてきた。

私も父と同じように軽く遊んでやる。

するとそこへ夕食が運ばれてきて、いつものようにささやかな夕食が始まった。


翌朝からも普段通りに稽古をし、政務に励む日々が続く。

そんな日々が20日も経っただろうか。

私はコユキの里帰りも兼ねて、再びフェンリルに会いに行くことにした。


前回同様、ライカに乗って順調に進んで行く。

そして、森に入って最初の夜。

私が、

(そろそろ野営にも慣れてきたな…)

と思ってのんびり飯を食っているとライカが、

「ひひん!」(狼が来たよ!)

と言って、すっくと立ちあがった。

私も慌てて刀に手をやる。

(バカか。油断し過ぎだ)

と自分の愚かさを思いつつも私のそばで寝ているコユキを守れる位置についた。

ややあって、なにやらざわついたような雰囲気になる。

(なるほど、これが気配ってやつか…)

と感じつつも、油断なく刀を抜いた。

「ぶるる」(大丈夫)

とライカが声を掛けてくれる。

私は、その声に安心しながらも、

(いつまでも子供に守られているようじゃ情けないな)

とまた、自分の未熟さを感じ、なんだか恥ずかしい気持ちになった。


やがて、空気のざわつきが大きくなる。

そして、狼たちが姿を現した。

周りを取り囲まれている。

(いつの間に…)

と思い、私の緊張は一気に高まった。

しかし、

「ひひん!」(いくよ!)

というひと言でその緊張は一気に解ける。

眩いばかりの閃光と、

「ドンッ!」

という大きな音がしたかと思ったら、狼たちが一瞬で黒焦げになってしまった。

唖然としながら、状況を確認する。

どうやら本当に一瞬でかたが付いてしまったらしい。

私は呆然としつつ、コユキを見た。

コユキは何事も無かったかのようにすやすやと眠っている。

そんなコユキを見て私は、

(将来はどんな大物になる事やら…)

と思って苦笑いを浮かべた。


そんな軽い事件を挟んで翌日も旅は順調に進む。

そして、その日の午後。

例の滝がある場所にたどり着いた。


「久しぶりね」

といきなり後ろから声を掛けられる。

私は苦笑いしつつ、ゆっくりと振り返り、

「ご無沙汰している」

と軽く礼を返した。

私はさっそく抱っこ紐の中からコユキを出してやる。

するとコユキは、

「きゃん!」

と喜びの声を上げ、とてとてと母のもとに向かって歩き出した。

その様子を私もフェンリルも微笑ましい様子で見る。

そして、コユキがフェンリルのもとに辿り着くと、フェンリルはさっそくコユキを器用にくわえて自分の胸元の毛の中に入れてやった。

(なるほど、そこが定位置なのか)

と思いつつ、

(羽毛布団があればコユキが喜ぶかもしれんな。いや、そうしたら今よりもっと寝坊助になるかもしれん。教育に良くないな)

と妙なことを考えてその見事なまでにもふもふの毛を見る。

そうして、しばらくほのぼのとした時間をすごしていると、フェンリルが、

「お待たせしたわね。見てあげるわ」

と言って、私の魔法を見てくれると言ってきた。


「ああ。頼む」

と言ってさっそく準備に取り掛かる。

私はまず刀を抜くと、集中力を高め、滝に向かって風の魔法を乗せた一閃を放った。

ほんの僅か滝が割れる。

ここ最近でずいぶんと威力も増したし、疲れもさほど感じなくなったきた。

そんな一閃を放ち終えてフェンリルを見る。

「どうだろうか?」

という私に、フェンリルは、

「ええ。順調ね。そろそろ次かしら」

と短く答えてくれた。

「次?」

とこちらも短く聞き返す。

そんな私のフェンリルは、軽くうなずき返すと、

「ええ。そろそろ身体強化を覚えてもいいころよ」

と言った。

「身体強化?」

と、なんとなく想像はつきつつも聞き返す私にフェンリルはまたうなずき、

「魔力を体の中に巡らせて体の動きを早くしたり力を強くしたりする魔法のことよ。そろそろ覚えてもいい頃合いだわ」

と身体強化というものについて、ざっくりとした説明をしてくれた。

「なるほど。で、それはどのようにすれば?」

と問い返す。

その問いにフェンリルは、

「訓練は簡単よ。魔力を体に巡らせるあの状態を維持しながら動けるようにしていくの。最初はゆっくりやれば今のルーカスなら問題ないはずよ」

と答えてくれた。

「なるほど…」

と言いつつ、

(いや、簡単だと言うが、それって結構難しいぞ?)

と考える。

そんな私の考えを見通したのかフェンリルが少し苦笑いをして、

「ゆっくり取り組んでみなさい」

と私を諭すようにそう言ってきた。

「ああ。わかった」

と私も苦笑いで答える。

そして、その日はフェンリルも含めたみんなで野営をすることにした。


簡単な飯を作り、のんびりと食べ、ゆっくりとお茶をすする。

コユキはフェンリルに甘え、ライカは私に甘えてきた。

私もフェンリルもそれぞれに目を細めながらライカとコユキを存分にじゃれさせる。

ただただ幸せな時間が過ぎて行った。

森の奥。

満天の星が輝く夜空に焚火の炎がゆっくりと溶けていく。

その光景を見て私は、

(こんな幸せな日がずっと続けばいい…)

と、心の底からそう思った。


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