「とりあえず昼にしましょう。この先はあんまりゆっくりできないですからね」
というハンスの意見に従って昼にする。
昼はエマが持たせてくれた弁当を広げた。
近頃我が家での定番になってきたキッシュと素朴なサンドイッチを食いながら、ケチャップの存在を思い出す。
(作り方はどうだっただろうか…。うろ覚えだが試してみる価値はありそうだな。あれがあれば料理の幅がうんと広がるぞ)
と思うと妙に胸が高鳴った。
ウキウキした気持ちでぼそぼそのサンドイッチを食べる。
そんな私を見てハンスが、
「ルーク様ってそんなにサンドイッチが好きなんすね」
とちょっと的外れなことを言ってきた。
「ははは…」
と少し照れて笑う。
そんな感じで昼食を手早く済ませ私たちはいよいよ森の中へと入っていった。
進むこと数時間。
日がやや西に傾いてきたのを見て野営地へと向かう。
ハンス曰くこの辺りにはいくつかの野営地があらかじめ整備されているのだそうだ。
そのうちのひとつに向かいながらこれから先の森の状況を軽く聞いてみた。
「この先にはどんな魔獣がでるんだ?」
という質問に、ハンスは、
「そっすね。この先だったらゴブリンとかくらいっす。今回は奥までは行くなって言われてるっすからそこまでの大物はいないっすよ」
と気軽に答えてくる。
私はその大物というのが気になって、
「ほう。大物ってのは例えば?」
と聞いてみた。
その質問にハンスややや考えるような素振りを見せたが、
「オークとかグレートウルフが割と大きいほうっすね。他にも、熊、鹿、猿、鶏にトカゲ…。とにかくいろんなのがいますすよ」
と、いかにも気安く、まるで八百屋の品揃えを言うように答えてくる。
その答えを聞いて私は、つい、
「そんなのがいるのか…興味深いな…」
と答えてしまった。
一瞬、
(不謹慎だったか?)
と思いハッとする。
しかし、ハンスは笑いながら、
「ははは。そのうち図鑑でも作ってみますかい?」
と、また気軽に答えてきた。
どうやらこの辺境の衛兵にとって魔獣はあまりにも身近な存在になっているらしい。
私はそのことを複雑な思いでとらえる。
(結局。淘汰ではなく、共存を図らねばならない相手なんだろうな…)
ということを改めて感じた。
やがて、やや開けた所に出る。
整地されているから、ここが野営地なのだろう。
「この辺はまだ大丈夫っすけど、油断はしないでくださいね」
というハンスの言葉にうなずいて、私たちはさっそく設営に取り掛かった。
設営といっても火を熾し寝床を整える程度で終わる。
その後、衛兵隊が野営中に食べる定番だというマッシュポテトとベーコンのサンドイッチを食べてその日はライカに寄りかからせてもらいゆっくりと休んだ。
翌日。
いよいよ本格的な森の調査に入る。
ハンスに果物や穀物類、珍しい木が無いか確認しながらゆっくりとすすんだ。
しかし、めぼしい物はなく1日目が終わる。
予定ではあと2日。
私はなんとなく焦りを感じつつも、
(なに。まだ始まったばかりだ)
と自分に言い聞かせ、その日もゆっくりと休ませてもらった。
さらに翌日。
また、森の中を進む。
今回はライカにも森の中で美味しい果物や実のなる草がないか聞いてみた。
すると、ライカが思いついたようにハッとして、
「ぶるる!」(私は好きじゃないけど、牛がよく食べてるのなら知ってるよ!)
と言う。
ハンスもその言葉にうなずいて、
「ああ、そういえばなんかありましたね。麦っぽい感じのやつが」
と言った。
私はその言葉を聞いて、なにかを直感する。
そして私の中にある前世の魂が震えるのを感じた。
「さっそく向かおう」
と乗り気な私にハンスが不思議そうな表情を浮かべる。
ライカはもしかしたら自分が役に立つのかもしれないと思ったのだろう。
ウキウキとした足取りで進み始めた。
やがて、足場が少しぬかるんでくる。
どうやら湿地帯のようだ。
私の期待はますます高まった。
すると、ふとライカが足を止め、
「ひひん!」(あれだよ)
と少し先を見つめる。
私も目を凝らしよく見ると、まだ、青いが確かに麦のような形をした穀物があるのが目に入って来た。
「よし、行こう!」
と、やや勢い込んでいい、さっそくその場所に向かう。
悪い足場をライカは苦も無く進んで行く。
ハンスの馬はやや苦戦しているようだ。
「ハンス。馬に無理をさせるな。そこら辺で待っててくれ」
と言いつつ、その植物の群落に近づいていく。
そして、その場に着いた瞬間私は言葉を失った。
私は泥で汚れるのも構わず沼地に降り立つと膝をついてその植物を観察する。
間違いない。
コメだ。
しかも見たところいわゆるジャポニカ米であるらしい。
私は歓喜し、思わず涙を流しそうになるほど感動してしまった。
「やったぞ!お手柄だ、ライカ!」
と言ってライカに抱き着く。
突然のことにライカは少し戸惑っているようだったが、私の喜びが伝わると、
「ひひん!」(よかったね!)
と言って一緒に喜んでくれた。
そんな私の胸元から、
「きゃふ?」
と声がする。
おそらく寝ていただろうコユキが起きてきた。
「ああ、すまん。起こしてしまったな」
と撫でてやりつつ、
「新しい食べ物が見つかったぞ」
と今の状況を教えてやる。
するとコユキは途端に元気になって、
「きゃん!」(美味しいの好き!)
と嬉しそうな声を上げた。
「ははは。そうか、そうか」
と言って、コユキを撫でてやる。
そうやって私とライカとコユキはしばらくの間笑顔で喜びを分かち合った。
「なんか見つかったみたいっすね」
と少し離れた所からハンスが声を掛けてくる。
そんなハンスに、
「ああ、新しい穀物だ。採取するから少し待っててくれ。ああ、場所をちゃんと記録しておいてくれると助かる」
と言って、さっそく採取に取り掛かる。
(秋になって実ったらまた来なければならんな…)
と思いつつせっせと稲を採取して、ライカに積ませてもらった。
「よし。今回はこれで帰ろう。村に帰ったらさっそく栽培試験だ」
とハンスに告げる。
そして、ハンスが、
「了解っす」
と言うと、私たちはさっそく帰路に就くことにした。
沼地を出て少し離れたところにある小川で泥を落とす。
今日はそこで野営をすることにした。
コメの発見という偉業を成し遂げられた興奮はまだ冷めやらないでいる。
もしかしたら、私は鼻歌のひとつも歌っていたかもしれない。
そんな私の興奮を一気に冷ますひと言がハンスの口から飛び出してきた。
「来るっすよ!」
という一言にハッとする。
そして、私はとっさにライカを守れる位置につき、刀を抜いた。
遠くから、
「ギャギャッ」
という声が聞こえてくる。
「ゴブリンっす。数も少ないし雑魚なんで任せておいてください」
と言ってハンスが前に出る。
すると、その瞬間藪の中から醜悪な小人が姿を現した。
見ると手には木の枝らしきものを持っている。
武器のつもりなのだろうか。
(気持ち悪いな…)
というのが私の第一印象だった。
話には聞いていたし、簡単な絵も見せてもらったが実際に見るといかにも臭そうだ。
緑色の皮膚に黄色く蛇のような目。
口の中は紫色をしているようだ。
(まるでゲームだな…。大きさは1メートルとちょっとか…)
とその様相をじっくりと観察する。
すると、そのゴブリンたちがハンスに向かって一気に飛び掛かっていった。
(見た目以上にすばしっこいな…)
と思いながら、ハンスが戦う様子を見る。
時折こちらに向かってこようとする個体もいたが、ハンスはものの見事にそれを阻止してくれた。
ハンスが剣を振るう度にゴブリンが倒れる。
私はその様子を、
(すごいな…)
と感心しながら見つめた。
ハンスの剣は速い。
その分軽いのかもしれないが、おそらく手数で勝負するタイプの剣士なんだろう。
剣筋からそんなことを想像しながら、見ていると、最後のゴブリンが斬られ、あっと言う間に戦闘が終わった。
「終わったっす」
とこちらに笑顔を向けてくるハンスに、
「ああ。ありがとう。助かった」
と礼を述べる。
するとハンスはやや照れくさそうに、
「これが仕事っすから」
と言って頭を掻いた。
その後、私も手伝ってゴブリンを焼く。
ちなみに、ゴブリンが焼ける臭いはなんとも言えず臭かった。