フェンリルから子を預かりコユキと名付けた翌日の朝。
さっそく帰路に就く。
どうしたものかと考えたが、コユキは私の首から下げた手ぬぐいの中に入れ、抱っこして帰ることにした。
コユキはこの状態が落ち着くのか、気持ちよさそうに眠っている。
私はそんなコユキを微笑ましく思いながらライカにゆっくり進むよう頼んで森の中をなるべく静かに進んでいった。
進むこと3日。
ナーズ殿の屋敷に着く。
ライカの時同様、コユキの件は獣人にとってものすごいことなんだろうと想像したので一応報告に上がった。
「…というわけなんだ」
と簡単に訳を説明してコユキを見せる。
「きゃん!」(コユキだよ!)
と可愛らしく挨拶するコユキにナーズ殿は案の定、平伏してしまった。
そんなナーズ殿に、
「見た感じ、コユキは本当に子供だ。これから大人になるのに自分が偉いと勘違いしたままでは教育に良くないだろう。だから、最初は難しいかもしれないが、あくまでも普通の『子犬』として扱ってやってくれ」
とお願いする。
当然ナーズ殿は困惑していたが、最終的には、
「コユキはこれから長く人とともにある存在だ。人のことを良く理解しなければならないだろう。だから、神ではなくあくまでも村の一員として受け入れてやって欲しい」
という、私の考えを受け入れてくれた。
翌日。
ナーズ殿の屋敷を発って我が家に戻る。
我が家でも当然驚かれた。
こちらでも、
「フェンリル曰く、人間の社会というものを教えてやって欲しいということでした。だから、あくまでも家族として受け入れたいと考えていますが、どうでしょう?」
と言ってあくまでも「子犬」として受け入れたいということを説明する。
父やバティス、エマは驚きつつもすんなり受け入れてくれたし、ミーニャも、
「な、なんとか頑張ってみます」
と、やや緊張気味ながらも一応そう言って受け入れてくれた。
そんな様子に一安心してコユキを自室に連れて行く。
まずは適当に見繕って持ってきた果物かごに布を敷いて専用の寝床を作ってやった。
コユキは喜んでそこに入り、さっそく丸くなってうとうととし始める。
私はそんなコユキを見守りながら、ぼんやりとこれからのことを考えた。
(綿花もそうだが、森にはまだまだ使えるものが眠っていそうな気がする。…いや、例えなくても、これからのことを考えれば森の浅い部分だけでも自分の目で見ておくことは必要になるだろう。…魔獣というのがどういう物かも知っておきたい。となるとなるべく早いうちに調査に行く方がいいか…)
と考えつつ、コユキを撫でてやる。
すると、コユキは、
「くぅん…」
と寝言のようなことを言った。
(本当に子犬だな…)
と思って思わず微笑む。
そして、その日は穏やかに暮れて行った。
翌朝。
もぞもぞとした感触で目が覚める。
どうやら私が寝ている間にコユキが私のベッドにもぐりこんできたようだ。
(くすぐったいくらいふわふわだな…)
とその感触を心地よく思いつつも抱き上げて、
「おはよう」
と朝の挨拶をする。
コユキはそれに、
「…くぅん…」
と鳴くがまだ寝ぼけているようだ。
私は、そんなコユキを軽く撫でてやり、例の果物かごでつくった寝床に入れてやると、それごと抱きかかえて裏庭に出た。
裏庭に着くと、コユキが入った果物かごを適当な所に置きさっそく朝の稽古を始める。
素振りで体を温め、いつものように型の稽古をし、最後に魔法の訓練をした。
「はぁ…はぁ…」
と肩で息をしつつも、
(それでもずいぶんと楽にできるようになってきたな。順調にいっているということなんだろう)
と一定の手ごたえを感じて稽古を終わる。
すると、そのころになってようやく果物かごの中から、
「きゃふん」(ルーク。どこ?)
というちょっと泣きそうな声が聞こえてきた。
「ああ、すまん、すまん」
と言ってコユキの側に行く。
そして、優しく抱き上げてやると、
「朝は稽古の時間なんだ。だから私がいなくてもびっくりしないでくれ」
といって撫でてやる。
そんな私に、コユキは、
「きゃふぅ」(うー)
となんだか不貞腐れたような、ムッとしたようなそんな複雑な表情で頭をコシコシとこすり着けてきた。
きっと駄々をこねているんだろう。
私はその様子を可愛らしく思いながら、
「はっはっは。コユキも早起きして一緒に稽古するか?」
と聞く。
するとコユキはまた、
「きゃふぅ」(うー)
と言って、頭を擦り付けてきた。
コユキをいったんミーニャに預け、手早く顔を洗い、汗を拭う。
そして、また私に抱っこをせがんでくるコユキを連れて朝食の席に向かった。
いつものように質素な朝食が始まる。
それでも、
「きゃん!」(おいひー!)
と嬉しそうに食べるコユキの姿をみんなして微笑ましく眺めながら楽しく朝食は進んでいった。
その後、父の執務室に上がり、調査の必要性を伝える。
私は綿花の例をあげつつ、自分も領主として森の現状を見ておきたいということを説明した。
「少し早いかもしれんが、まぁいいだろう。しかし、浅い所だけだぞ。ライカがいるとは言え護衛はつける。…そうだな、ハンスがひとりいればいいだろうから、あとで頼んでおこう。出発は明日を準備に充てて明後日辺りがいいと思うが、どうだ?」
という父に、
「それでかまいません」
と伝える。
そして、そこからは森の地図を見ながら、詳細な打ち合わせに入った。
打ち合わせで決まったのは、普段魔物の出現があまりなく、警戒という意味では目が行き届いていない場所を中心に調査して回るということ。
森の中での行動予定は私が初心者であることを考えると、3日ほどが限界だろうという。
私はもう少し時間が欲しいと思ったが、そこは森のベテランである父の意見に従ってその案を了承した。
翌日。
ミーニャに教わりながら準備に取り掛かる。
基本的なことはフェンリルに会いに行く時と変わらないが、今回は、いざという時の装備が追加された。
(戦うかもしれないし、ケガをすることもあるということだな…)
と、改めて実感する。
そんな準備を終え、翌朝。
ライカに荷物を積み、玄関に回るとそこには革鎧姿のハンスがいた。
「おはようございます。ルーカス様」
というハンスに、
「ああ。おはよう。ルークでいいぞ」
と気軽に挨拶を返す。
「かしこまりました。じゃぁ、ルーク様って呼ばせてもらいます」
と、すんなり受け入れてくれたハンスに苦笑いしつつ、
「さっそくだが行こうか」
と声を掛け、さっそくライカに跨らせてもらった。
「じゃぁ、行ってくる」
と家人に挨拶をする。
そしてライカがゆっくりと歩を進めると、いよいよ私にとっては初めての森の調査が始まった。
「それにしてもすごい馬っすねぇ」
と気楽な感じでいうハンスに苦笑いしつつ、
「ああ。ライカと名付けた。見ての通りユニコーンで、獣人にとっては神に近い存在だからくれぐれも気を付けてくれよ」
とライカを紹介しつつ、森へと続く道を進む。
「了解っす。お馬ちゃん…えっと、ライカちゃん…、様?もよろしくな」
とまた気楽な感じでライカに声を掛けるハンスに、ライカは、
「ぶるる…」(うん。よろしく…)
と少し小さい声でそう言った。
「きゃん!」(コユキもいる!)
と私の胸元から声がする。
その声に私は、
「ああ、そうだな。うん。こっちの子犬はコユキだ。こちらもよろしく頼む」
と言って、今度はコユキを紹介した。
「うっす。えっと、そっちのわんこもなんていうか…」
と言うハンスに、
「ああ。フェンリルの子だ。しかし、小さいうちから余り甘やかさん方がいいだろうから、一応普通の子犬として扱ってやってくれ」
と言ってあくまでも普通の子犬と同じだと説明する。
その言葉にハンスは、
「そっちも了解っす。…しかし、すごいっすね。しゃべる馬も犬も初めて見たっす」
と言い、これまで家人は誰も突っ込んでこなかった所に突っ込みを入れてきた。
(まぁ、そうだよな…フェンリルとユニコーンだからうちの人間はそういうもんだろうと思っていたが、普通の人間からすれば動物がしゃべるってのは驚くよな…)
と思いつつ、
「ははは。私も慣れると便利なものだぞ」
と苦笑いで返す。
そして、
「そんなもんすかねぇ」
と呑気に返すハンストのんびり歩を進めていると、ちょうど昼を少し過ぎたくらいの時間になって、森の入り口にたどり着いた。