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第14話フェンリルの子

フェンリルのもとから帰って来るとすぐに父の執務室に上がり、綿花を見せる。

その時の父の驚き様は言うまでもないだろう。

父は今にも小躍りしださんばかりに喜んだ。

さっそく各村の村長に遣いを出す。

餅は餅屋というが、こういうのは慣れた人間に任せるのが一番だ。

そう思って私は、自分用にも少しだけ種を確保しつつ、ほとんどの種を領民に預けることにした。


その緊急会議も無事に終わり翌朝。

久しぶりに木刀を持って裏庭に出る。

前回のことを思い出し、少しだけ怖いような気持ちを抱きつつも、慎重に魔力を操作して木刀を振るった。

素振りから初めて型の稽古に移り、そして、最後にまた丸太に向かって斬撃を放つ。

すると今度こそ丸太は切れず、綺麗に止まってくれた。

再度気合を入れなおし、今度は木刀に魔力を纏わせる。

そして、再び丸太に向かって木刀を振り下ろすと以前にもましてすっぱりと丸太が切れた。

(なるほど、この感覚か…)

と思いつつ、木刀を見る。

すると後ろから、「パチパチパチ」と拍手の音が聞こえた。

見れば、

「さすがですルーク様!」

と言いつつ目を輝かせたミーニャが私に拍手を送っている。

私はそのことに大いに照れつつ、

「たいしたことじゃないさ…」

と言っていつものように手ぬぐいを受け取って汗を拭った。


井戸で軽く顔を洗い、水を飲んでから食堂に向かう。

今日の朝食はキッシュが出された。

このところ、我が家の食卓にはほんの少しではあるが新しい物が登場するようになっている。

今日のキッシュもその一つだ。

他にも茸出汁や、肉ジャガも出来たし、それを潰して揚げたコロッケも出来た。

これらの料理はエマに頼んで村中にレシピを配ったから今ではけっこうな家庭で食べられている。

特にスパニッシュオムレツ、村では普通にジャガイモオムレツと呼んでいるが、その評判がよく、村人はまるで貴族様のお屋敷で出てくるようなご馳走に見えると言って喜んでいるらしい。

私は、

(こんなささやかな幸せをどんどん作り出していかねばな…)

と心の中で思いつつ、その日も、ずいぶんと美味しくなったエマのキッシュを美味しくいただいた。


そんなささやかな幸せと希望に満ちた日々を1か月ほど過ごし、またフェンリルのもとを訪ねる。

私は、綿花の他にも何か村で栽培可能なものがあるのではないかと思い辺りを注意深く見るため、いつもより少しゆっくりめにライカに進んでもらった。

やがて、いつもよりやや遅く例の滝に到着する。

ここまでめぼしい発見は無かったことを少し残念に思いつつ、水を飲んでいると、いつものように後ろから突然声を掛けられた。

「待っていましたよ」

というフェンリルの声に振り返り、

「すみませんお待たせしました」

と頭を下げる。

「何かあったの?」

と、やや心配そうにいうフェンリルに、

「いえ。実はこの間の帰りに綿花を見つけたので、今日もそんな発見が無いかと思ってライカに少しゆっくりと進んでもらってきたんです」

と正直に事実を告げた。

「そうだったのね。で、なにか発見は?」

と興味深そうに聞いてくるフェンリルに、

「いえ。今のところは」

と苦笑いで首を横に振る。

するとフェンリルは少し残念そうな顔をして、

「そうなのね。村の発展は私も願っているから、何か力になれそうなことがあったら言ってね」

と協力を申し出てくれた。

「ありがとうございます」

と言ってまた頭を下げる。

するとフェンリルは、

「今日はお願いがあって呼んだのよ」

と言い、私にぐっと顔を近づけてきた。

(やはり近くで見ると威圧感が凄いな…)

と思いつつ、

「私にできることなら」

と即応じる。

するとフェンリルは、

「良かった」

と言って、もぞもぞと自分の胸元の辺りに首を突っ込んだ。

(うあぁ…みるからにふかふかだな…触らせてもらえんだろうか…)

とバカなことを思いつつ、その様子をみる。

そして、しばらくするとフェンリルが胸元から頭を出し、もう一度私に顔を近づけてきた。

(うん。やはり近くで見ると威厳があるな…)

と思いつつ見ていると、どこからか、

「きゃふっ」

と可愛らしい、子犬の鳴き声らしきものが聞こえてきた。

「ん?」と思って辺りを見回す。

すると、また、

「きゃん」

と元気な鳴き声がした。

フェンリルが私の足元に鼻を近づける。

いや、どうやら何かを置いたらしい。

私は何気なくそちらに目をやる。

するとそこには綿毛がひとつかみ落ちていた。

大きさは両掌に乗せられる程度。

(はて、なんだろうか?)

と思いつつ、それを手に取る。

すると、その綿毛がもぞもぞと動いた。

私は驚いて、危うく手を放しそうになるのをなんとかこらえてもう一度その綿毛をみる。

よく見てみると、なんとその綿毛は子犬のようだった。

「…子犬?」

と首をかしげる。

そんな私に子犬も首を傾げ、

「きゃふ?」

と鳴いた。

そうやってお互いに首をかしげている私たちに、フェンリルが、

「さぁ、お互いに挨拶なさい」

と言う。

私は、何がなんだかわからなかったが、とりあえず、

「ルーカス・クルシュテットだ。ルークでいい」

と自己紹介した。

その自己紹介に子犬が反応して、

「きゃん!」(ルーク!)

と私の名を呼ぶ。

私は、そのことにかなり驚きつつも、そこで初めて、

(ああ、そう言う事か…)

とだいたいの事態を把握することができた。


「お子か?」

とフェンリルに聞く。

すると、フェンリルは、

「ええ。まだ10年ほどよ」

と、どこか母親らしい顔でそういった。

「かわいい盛りだな」

と微笑みながら答え、子犬をこちょこちょと撫でてやる。

ふわふわの、本当に綿毛のようにしっとりとした毛並みがなんとも気持ちよく感じられた。

「うふふ。本当に素直で可愛らしい子なのよ」

と言ってフェンリルが目を細める。

そして、次に、

「この子をしばらく預かってほしいの」

と言ってきた。

「え?」

と思わず声を上げる。

そんな驚愕の表情を浮かべる私にフェンリルは続けて、

「フェンリルはね。幼いころは人間と暮らすことで、人間の社会という物を覚えるの。だから、お願いね」

と普通のことのようにそう言った。

「いやいや…」

と言いつつ、

(これは断れんよな…)

と半ばあきらめて、

「私でいいのか?」

と聞く。

そんな私にフェンリルは、

「ええ。ルーカス。あなたが適任よ」

と、真剣な表情を私に向けながらそう言ってきた。

「わかった。命に賭けて守ろう」

と覚悟を決めて答える。

「うふふ。ありがとう。ルーカスならきっとそう言ってくれると思っていたわ」

と嬉しそうにいうフェンリルに、私は、

「名はあるのか?」

と、やや苦笑いで聞いてみた。

案の定、

「いいえ。ルーカスが付けるべきものよ」

という答えが返って来る。

私は

(やっぱりそうなるか…)

と思いつつ、苦笑いでその子の名前を考え始めた。

(白、綿毛、もふもふ…)

とまずは見た目の印象を整理していく。

そして、ふと、

(粉雪みたいにふわふわだな)

と思いついた。

そこで、前世の記憶を引っ張り出してそれっぽい名前を探る。

すると「小雪」の2文字が浮かんできた。

(うん。小さいし、雪のように真っ白だし、ふわふわだし、それがいいだろう)

と思って、

「コユキなんてどうだ?」

とフェンリルに提案する。

すると、私の手元から、

「きゃん!」

と嬉しそうな鳴き声が上がった。

「うふふ。気に入ったみたいよ」

というフェンリルの言葉を受けて、子犬の方を見る。

見ると、その子犬はつぶらな瞳を精一杯キラキラと輝かせて、「はっはっ」と舌を出しながら、興奮気味に尻尾を振っていた。

「『コユキ』でいいか?」

と今度は子犬に向かって聞く。

すると、

「きゃん!」(うん。かわいい!)

という元気な返事が返って来た。

「そうか、そうか。気に入ったか」

と言いながら子犬、もとい、コユキを撫でてやる。

「良い名をありがとう」

というフェンリルに、

「いや。精一杯面倒を見させてもらおう」

と答えて、私は再びコユキに目をやった。

つぶらな瞳がこれでもかというほどキラキラと輝いていて、本当に可愛らしい。

(まるで人形だな…)

と変な感想を抱きつつ、もう一度撫でる。

そんな私にコユキは、

「きゃふー」

という声にならない声を上げ、しきりに甘えはじめた。

「うふふ。甘やかしすぎはいけませんよ」

とフェンリルから注意の言葉が掛けられる。

その言葉に私は笑顔で、

「善処しよう」

とだけ返した。


「じゃぁ、その子、コユキのことは頼んだわよ。これからも訓練は怠らないこと。あと、たまにでいいから遊びに来なさい」

と言い残して、今日は少し名残惜しそうな感じでフェンリルが消える。

コユキは突然母が消えたことで寂しがるかと思ったが、なぜか平気な顔で、

「きゃん!」(ルークといっしょ!)

と嬉しそうにそう言った。


「はっはっは。と、いうわけでライカ。これから一緒に暮らすことになったコユキだ。よろしくな」

とライカにコユキを紹介する。

「ひひん!」(ライカだよ。よろしくね!)

というライカにコユキが、

「きゃん!」(コユキだよ。ライカお姉ちゃん)

と元気に挨拶をした。

「ぶるる…」

となぜかライカが照れる。

おそらくお姉ちゃんと言われたのが照れくさかったのだろう。

私はそう思って、

「かわいい妹が出来て良かったな」

と言いつつ、ライカを優しく撫でてやった。


ふと空を見ると、いつの間にか暮れかけている。

「今日はここで野営だな」

と言って、さっそく設営に取り掛かった。

いつものように飯を作りつつ、

(そう言えばフェンリルの子には何をあげればいいんだ?)

と思い、

「なぁ、コユキ。普段はどんなものを食べてたんだ?」

と聞く。

するとコユキは、

「きゃふ?」

と鳴いて、こてんと首をかしげた。

そこへライカがやって来て、

「ぶるる…」(あのね、私たち食べても食べなくても平気だよ。私は草とかしか美味しくないから食べないけど、コユキちゃんはきっとなんでも大丈夫だと思う)

と教えてくれる。

私はそんなライカに、

「そういうものだったのか…。ありがとう」

とお礼を言って、コユキに、

「ただの芋だが、食ってみるか?」

と声を掛けた。

「きゃん!」(食べる!)

と元気に返事をしてくるコユキを微笑ましく思いつついつものジャーマンポテトを作る。

そして、ほんのちょっと取り分けてコユキに差し出すと、さっそくがっつこうとするコユキに、

「おっと。まだだぞ」

と言って待ったをかけた。

しょぼんとするコユキを撫でてやりつつ、

「いいか。食事の前には『いただきます』と挨拶をするんだ。食べ物に感謝を込めてな」

と教えてやる。

すると、コユキは、さっそく、

「きゃん!」(いただきます!)

と言って、私の方に視線を向けてきた。

おそらく食べていいかどうかの許可を待っているのだろう。

私は、

「いい子だ。よし、食べていいぞ」

と言って、許可を与える。

すると、コユキはすぐに食事にがっつき、

「きゃふーん!」(おいしー!)

と叫び声を上げた。

「ははは。そうか。そいつは良かった。じゃぁ私もいただこう」

と言ってさっそく私も『いただきます』をしてから何の変哲もないジャーマンポテトを口にする。

当然、いつもの味しかしなかったが、それでも、そのジャーマンポテトはいつもより美味しいように感じられた。


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