フェンリルのもとから帰って来た翌日からさっそく訓練を始める。
まずは桶に入れた水を操るところから始めた。
水を入れた桶に手を入れ、そっと掬うように水の塊を持ち上げる訓練から始める。
魔力を通すとそれはいびつながらも丸い形になって空中に浮いたが、集中力が少しでも途切れると一瞬にして砕け散ってしまった。
そんなことを何度か繰り返し、息が上がったところで訓練を終了する。
そして、その日はその桶の水で顔を洗ってから屋敷に戻った。
そんな訓練を初めて10日ほど。
ようやく桶の水をソフトボール大の球にして浮かせることに成功しはじめる。
まだ完璧ではないが、自分が着実に成長出来ているという証を自分の目で見られるというのは励みになった。
それからまた10日ほど。
今では完全にボールの形を保ったまま球を動かせるようになっている。
(着実に進んでいるな…)
と思い、今度はそのボールを小さくすること訓練を始めた。
野球のボールくらいの大きさを目指して魔力を絞る。
すると、また最初に戻ったような感じでいびつな形の水の塊を作るところまでしかできなくなってしまった。
(やはりフェンリルの言った通り、小さい方が難しいな…)
と思いつつ訓練をする。
するとまた5日ほど経って今度は野球ボールほどの大きさでも自在に空中で動かせるようになってきた。
(よし。なんとなくだがコツが掴めてきたな…)
と思いつつ、ビー玉大に挑戦する。
これには3日ほどかかったがやはり成功することができた。
(そろそろか…)
と思いつつ、稽古を終えて食堂に向かう。
そして、食事の席で、みんなに、
「明日からまたフェンリル殿の所に行って来ようと思う」
と告げた。
翌日。
また旅立つ。
そして、また3日かけて例の滝のそばまでやって来た。
滝のそばまでやって来ると、ライカから降りて、ここまでの活躍の労をねぎらってやる。
ライカはまた狼を一瞬で撃退してくれた。
(あの魔法はいつ見ても凄まじいよな…私もいつかこんなことができるようになってしまうのだろうか…)
とある種恐怖にも近いような感覚を抱いていると、いつものように後ろから、
「待っていたわよ」
と声を掛けられた。
礼を取り挨拶をする。
すると、それにフェンリルがうなずき、
「さっそく見せてちょうだい」
と言って、いつもの通り成果の確認という作業からその日の稽古が始まった。
ビー玉くらいの大きさの水の球を作り岩に向かって飛ばす。
すると、「パンッ」という乾いた音がして、岩がほんの少し削れた。
フェンリルを振り返り、
「岩に当てるのは今始めてやりました。…恐ろしい物を身につけてしまったと思っていますよ」
と正直な感想を述べる。
そんな私にフェンリルはうなずき、
「使い方次第よ。自分の中でしっかりとした信念を持ちなさい。私はルーカスを信じているわ」
と優しい目でそう言った。
私もその声に、
「信頼にはお応えしないといけませんね」
と苦笑いでそう応える。
するとフェンリルも少し笑って、
「大丈夫、ルーカスは強い子よ」
とまるで子供を諭すような感じでそう言われてしまった。
「さぁ次ね」
とフェンリルが気持ちを切り替えるような言葉を言って、また岩の方を向く。
そして、
「いい?一瞬だからよく見ておくのよ」
と言うとフェンリルは軽く前脚を振って見せた。
一瞬なんだかろうかと持っていると、向こう岸から「ドシン」と音がする。
慌ててそちらに目をやると、そこにはこれまで的にしていた岩が半分に割れてしまっている姿があった。
「風の魔法は単体で使うとこういうこともできるようになるわ。やってみて」
とフェンリルが事も無げにそう言う。
私は心の中で、
(いやいや…)
とツッコミながらも見様見真似で手を振ってみた。
しかし、岩は微動だにしない。
ただ、周りにあった木々が揺れたので風は起きていたのだろう。
私は、ここでもイメージが大切なのではないかと思って、しばし考え、
「刀を使ってもよいだろうか?」
とフェンリルに聞いてみた。
「ええ。そうね。そういう物があった方が人間は使いやすいかもしれないわね」
というフェンリルに断りを入れて刀を抜く。
そして、集中して構えるとその刀の刃先が飛んでいくようなイメージで刀を振った。
一瞬、体の中から魔力が大量に抜けていくのを感じて岩を見る。
すると先ほど半分に割れた岩の片方がまた半分に割れていた。
「よくできましたね」
と言ってフェンリルが少し驚きつつも褒めてくれる。
私は少し肩で息をしつつも、
「ありがとうございます」
と言って礼を取った。
「これからも励むのですよ」
というフェンリルに短く、
「はい」
と伝える。
すると、フェンリルは軽くうなずいたあと、
「来月もここに来なさい」
と言ってまたパッと私たちの前から姿を消してしまった。
とりあえずその場でお茶にする。
最後の魔法にはずいぶんと魔力を持っていかれてしまった。
とりあえず手近にあった岩に腰掛けお茶を飲む。
そして、ゆっくりとお茶をすすりながら、
(果たしてこの力は身の丈に合っているのだろうか…)
というようなことを考えた。
おそらくこの魔法の力は自分の身の丈には合っていない力だ。
今の未熟な私ではそうそう使いこなせないだろう。
ならばどうすればいいか。
そう考えて、私は、
(まずは人間として成長しなければな…)
という結論を導き出した。
強大な力と未熟な自分。
その差を埋めていくのがこれからの人生の目標になる事だろう。
そう思って私はこれから先の長い道のりを思い、軽く苦笑いを浮かべながら、のんびりとお茶をすすった。
ゆっくりと野営で体を休めた翌朝。
さっそく帰路に就く。
しかし、私はなんとなく思いついて、ライカに、
「なぁ、ライカの好きな場所があったらそこに向かってくれないか?」
と言って寄り道を提案してみた。
「ひひん!」(いいの!?)
とライカが驚きつつも嬉しそうにそう言う。
私はそんなライカを微笑ましく思いながら、
「ああ。でも、あんまり遠くはだめだぞ。…そうだな1日で戻って来られる範囲内ってことにしよう」
と言って軽くライカを宥めてやった。
「ひひん!」(うん。わかった!)
と言ってライカが駆けだす。
その駆け足はどこまでも嬉しそうで、私もつられて少しウキウキとした気持ちになってしまった。
どのくらい走っただろうか。
いつの間にか森を抜けると、そこは真っ白な草原だった。
「…すごいな…」
と思わず絶句する。
ふわふわと白いものが風にそよぎ、辺り一面を真っ白に染めている。
「ひひん!」(きれいでしょ!)
とライカがやや自慢げにそう言った。
「ああ、とってもきれいだ」
と言ってとりあえずライカに微笑みかける。
そうやってのんびり微笑みつつも、私は少し落ち着かない様子でライカから降り、その白い草原へと近づいていった。
間近でその白いものの正体に触れてみる。
そこに植物が生えており、その植物の先端には白くふわふわとしたまるで繭のような形の綿毛がまるで実が生るようについていた。
(これは…)
と絶句する。
私の手に乗っているものは間違いなく綿、綿花だった。
(これが村で育てば…)
私の中で一瞬にして希望が広がる。
この国で綿は貴重だ。
遠くエルフの国でしか採れない。
もし、その栽培に成功したら、村の経済は大きく変わるだろう。
そんな期待に胸が躍った。
「ひひん!」(このお花綺麗だよね。食べられないけど)
というライカに、
「もしかして他にもたくさん咲いている場所があるのか?」
と聞くと、
「ぶるる」(ううん。こことあと少しだけ)
だと言う。
私はそれを聞いて、
(なるほど、それで今まで見つからなかったんだな…)
と思った。
「ライカ。貴重な発見だ。ありがとう!」
と言って、ライカを思いっきり撫でてやる。
ライカは突然のことにびっくりしているようだったが、それでも褒められているのが嬉しかったのだろう、
「ひひん!」(よくわからないけど、やったー!)
と言って無邪気に喜んでくれた。
私はさっそくその花をなるべく傷つけないようにいくつか採取する。
そして、辺りの土の質なんかを簡単に調べるとそれもいくつか採取して荷物の中に入れた。
その日はその場から少し離れて野営にし、今回の旅のことを振り返る。
大きな学びと発見があった。
まだどうなるかはわからない。
しかし、希望を抱くには十分過ぎると言えるだろう。
村に新たな産業が興るかもしれない。
そう思っただけでどうしようもなく胸が躍る。
そして、自分自身もほんの少しだけだが成長できた。
(この先の未来は明るい)
私はそう思って夜空を見上げた。
ふいに星が流れる。
私は、その星に、
(どうか領地が発展しますように…)
と心の中で願いつつ、
(3回は無理だよな…)
と前世の迷信を思い出し、ひとり苦笑いを浮かべた。